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異世界という玩具箱で  作者: 神谷 隼
第1章 辺境の寒村にて
9/32

9.春の訪れ

寂れた村で、自然に囲まれながら、まあまあ生活の困らない……ほのぼの異世界生活は、ここまでです

この、お話には、けっこー細かい数字がでてきます

第1章は、ここまでです

積雪で、小屋に閉じ込められている状況に辟易としたケネスは、雪かきに精を出すようになった。

自宅である代官屋敷(小屋)の周囲から始めて、徐々に川辺に向かって雪を掻き出していく。

積まれた雪は、まとめてリリスに一旦収納してもらい、川に捨てた。

屋根の雪下ろしで得た雪とは分けて収納できるらしいので、保存用の雪に泥が混じることはない。


村人の目がある場所では、荷運びロバに板を引かせて、雪を運搬することもある。

引かせている板は、約1畳分の大きさの古い戸板で、村で余っていたものを村長リチャードから無料で分けてもらった。

戸板とロバとの接続は、ロバ小屋の脇で眠っていたロバ引き荷車を参考にして、大量に余っている毛皮をベルト状に加工したりして、実現している。

あまり、強度があるとは言えず、大量の雪を運ぶには非効率だった。


少しでも横勾配があると、戸板が滑ってしまうため、完全な平地でしか運用できなかったのだ。

村の周囲は、ことごとく傾斜地であり、村人が使っているような手押し荷車のほうが、はるかに効率がよい。

そこで、雪を被っている村の農地を中心に除雪をすることにした。

農地は比較的平坦で、戸板運搬でも支障がでにくい。


こうして村のあちこちで除雪作業をしていると、村人との自然な交流も生じてくる。

ウィリアムの長男嫁が第2子を懐妊しただの、ロバートの孫が熱を出して看病が大変だったというような、普通の世間話を振られることもある。

だが、村人との交流の大部分は、ロバに引かせている戸板に乗らせろという、子供たちからの要求だった。

もちろん危ないので、きっぱりと断るのだが、雪に閉じ込められて退屈しているのは子供たちも同様で、なかなかに諦めない。


こんな雪の中でも、鹿や兎を狙って狩猟に精を出すベテランハンターも村人の中には存在する。

冷蔵庫が要らないほどの気候だが、干し肉ばかりの食卓は味気ないのか、冬場の生肉は人気がある。

積雪で覆われた森林を踏み外さずに歩ける者は、周囲の地理を熟知した本物のベテランである。

ケネスには真似のしようもないが、ご存知のように生肉の在庫に困っておらず、まともな狩猟技術もないため、敢えて冬季狩猟に出かけることもなかった。


除雪活動を1ヶ月も続けていると、雪に雨が雑じるようになり、雪解け水でドロドロにぬかるんだ地面が現れるようになった。

春が突然にやってきたようであるが、数日で厳冬のような寒さに逆戻りする。

その繰り返しが2週間ほど続くと、やっと村の女性たちが春の山菜採りに出かけ始めた。

コチ村は3ヶ月半の降雪期間を終え、遅い春の到来を迎えていた。


《リリス、春の山菜いっぱい採ろうな。できれば天ぷらで食べたいけれど、村には食用油が見当たらないし、『油で揚げる』という食文化そのものがないのかな》


《揚げ物はありますよ。薪だと油の温度管理が難しいので、魔道具を使った調理設備をつかいますね。都会のお金持ちの家か、料理店ぐらいにしか備えてない高価な代物ですけれどね》


《キャンプでは炭火でも天ぷらを作るんだよ。調理後の油の処理が面倒だらか、あまり一般的ではないけれどね。なんにしても、楽しみだな》


《そんなに山菜が好きなんですか? 苦くて、癖のあるものもありますよね》


《リリスは食事しないのに、味とか分かるの? まあいいや、冬の間は、ほとんど緑の野菜を食べてないだろ。栄養バランス的な危機感もあるけれど、春の訪れを彩り鮮やかな山菜で楽しみたいのさ》


《じゃ、夜明け前に起きて、リリスに採取させてくださいよ。夜は見つけにくいんですから、早起きですよ!》


実は、油も酒も塩も醤油も味噌も、量はそれほどではないが、リリスの亜空間収納に収まっている。言うまでもなく、アパートの部屋に貯蔵していた調味料が変換されて持ち込まれていたのだ。

それらは、ペットボトルや瓶だった容器が壺に変わっただけで、中身の味はまったく変わっていない。

つまり、この異世界のどこかには、醤油や味噌が使われている国があるということだ(清酒があるということは、米も!)。

そんな地球の調味料を使って、フキノトウに似た山菜を天ぷらにして楽しんだ。

しかし、二人の春の味覚キャンペーンは、長続きすることはなかった。


「お代官さまー。ご領主さまから、お手紙がとどきましただよー」


久々の村長リチャードの登場である。

いや、雪かきとか物々交換の仲介とかで、頻繁にやりとりはしていたのだが、日常事務的な会話であったため、特に記す機会がなかっただけだ。

それよりも領主の手紙である。赴任前に挨拶だけさせてもらったが、直接会ったことはない。

たしか、使用人が領主館から出てきて、たぶん執事かなんかだろうけれど、よろしくお願いします、お伝えしておきます、で終わったんだよな。

執事の名前はもちろん、領主の名前も知らないぞ。たしか伯爵とか言っていたが……


「わざわざ届けてくれて、ありがとう。さっそく読んでみるよ」


封を開け、中身を取り出すと、上等な紙にくねくねした字が大きく書かれていた。


《紙があるんだね。文字は……読めるな》


《非常に高価ですが、紙は一部の貴族が使っていますよ。でも、トイレットペーパーはありませんからね》


『コチ村 代官殿


業務連絡である。コチ村の作付面積を調べ、本年の収穫量を概算で知らせよ。

報告の際に、男性の村人を3人ほど随行させるようにしろ。遅れるな。すぐ来い。


カーン辺境伯 ヨセフ・ヤセフ・パーデンネン侯爵』


「ぶっ、これは……」


まだ、目の前に村長がいるのを失念して、領主の名前にツボりそうになったのを抑え込む。


「リチャード村長、作付面積の報告のために、ご領主様から領都へ呼び出されました。ついては、村の男性3人に随行をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか?」


「また、戦争でごぜえますだかねえ……」


「ん? どういうことですか?」


「お代官さまは、先の戦での働きが認められて代官職を得られたと聞いてますだ。立派な戦士さまであるにちげえねえだが、それで次の戦でも戦働きをお代官様に頼もうという腹でごぜえましょう。畑の広さだけなら、手紙でも伝わりますだ。それをわざわざ、村の男衆を3人もつけて領都に来いだなんて言われりゃ、ははーんこりゃ戦の準備だなって、田舎者のワシでもピンと来るもんでさあ」


「なるほど……。村の男性は貴重な労働力だから、いつまで続くかわからない戦に徴兵されてしまうと、困ったことになるね」


「お代官さまには申し訳ねえだが、年寄りを出すしかねえだ。スコット爺(58)とロバート(46)、それにウィリアム(43)を連れて行ってくだせえ。3人には、ワシから話しておきますだ。ワシの倅を出せればええだが、あれは学校に行くことになってますで、兵役にだせねーだよ……」


「村長の立場は、分かります。ご領主さまは、お急ぎのようですが、この村から領都までの距離は、どのぐらいあるんですか?」


「村には馬も馬車もねーだで、徒歩で行かれますと4日間はかかりますだ。途中に休める村はねえだ。3晩とも野宿になりますだよ」


「食料と野営用の寝具、それに着替え、護身用の武器防具などを用意するように3人に伝えてください。食料については、わたしの分もお願いします。その費用も合わせて、随行の報酬として一人あたり銀貨2枚、計6枚をお渡しします。領都での滞在費用は、わたしが負担します」


「ありがてえことですだ。今まで随行の費用はもちろん、報酬なんてもらったことはねーですから。ま、この村で銀貨をもらっても、使いようはねえだが、領都で調味料や布、薬などを買わせて、村の食料と交換しましょう」


コチ村には、商店がない。

行商も訪れない。

完全孤立の自給自足村落であるため、貨幣経済そのものがない。

村での生産物や収穫は村長が集め、平等に分配するというシステムなのだった。

領主は、年貢や兵役と村人から搾取するばかりで、かつてケネスが暮らしていた故郷の村を襲ったような危機に対しても、民の生活を守ろうなど考えてないないだろう。

村人たちが、ただ平和に暮らしていきたいと望むことすら、この世界では魔王の所業とするのだろうか。

既存権力サイドから見れば、権力の根底から揺らぎかねないわけだから、そうなんだろうな、とケネスは心の中でため息をついた。


「荷運びロバに荷車をつけておきます。天候次第ですが、明朝の出発で構いませんか?」


「この季節は、どの道、4日も晴れが続くことはねえだ。村の倉庫前まで、お代官さんがいらしてくれれば、出発できますだよ」


「わかった。よろしく頼みます」


村長リチャードは、随行する3人に伝えるべく、足早に村内を駆けていった。

リリスに領主からの手紙を預け、さっそく旅の準備をする。


《リリス、これって神罰なのかな? 神々は、こういう展開を望んでいるんだろうか》


《ぜんぜん、違いますよ。神罰ってのは、晴れた日に何の前触れもなく、雷に打たれるようなものなんですよ》


《領主より、タチが悪いじゃないか》


《って言うか、神様たちは、この世界に対して直接の手出しはできないんですよ。だから、雷ってのは例えであって、実際はどうもこうもできません。せいぜい、教会でお祈りをしたときに、嫌味をいわれるぐらいですよ。それは、こっちの住民にとっては、雷に打たれるより衝撃的なことでしょうけれどね》


《なるほど。戦争の経緯は分からないが、この国の体制側の事情で100%なんだね。ま、安全第一にできるだけ立ち回ろうか。ところで、野営に使う天幕のことなんだが……》


《この世界で天幕というと、少し高価ですが、なめし革や木綿の布に脱臭した獣脂を塗って、夜露や風雨を避けるものが一般的です。獣毛を織り込んだ布が使われることもありますが、こちらは更に高級品ですね》


《テントは持っていたはずなんだが、二人用だし今回は役に立たないかな》


《ありますよー。『女神の天幕』という魔道具になってまして、オールシーズン対応、耐水圧無限大、空調機能、結界機能、自動補修、亜空間居住室……、これ出しちゃだめなやつですね。春とはいえ、まだ朝晩は冷え込みますし、どうしましょ?》


《そのテントには興味があるが、『自給自足』で天幕を作るしかなさそうだな。モンゴルのパオを小型にして、8人用。素材は革で、ポールは木、内部で煮炊きができるような構造でどうだ》


―― 自給自足:レベルが足りません ――


《うわ、レベルが足りないなんて、初めて言われたぞ。うーん、じゃ6人用で!》


―― 自給自足:レベルが足りません ――


《……、リリス、これ無理なのかな。レベルが足りないと言われ続けるんだよ》


《ケネス様。今までは、トイレットペーパーや木炭などの、単純なものを生産していましたけれど、今回は天幕という、わりと複雑なものですよね。もっと条件を下げてみてはどうでしょうか》


《4人用のテントに4人寝るなんて、実際問題は無理なんだよね。ま、ギリギリの+1で、5人用ならどうだ》


―― 自給自足:レベルが足りません ――


結局、4人用で、天幕内部での煮炊きを諦めるという条件まで落とした結果……


『遊牧民のテント(小):毛皮またはなめし皮を12kg、木材を8kg、獣の牙を10本を入れよ。さすれば得られん』


例の黒い渦の中には、新しい壺は出現していた。

有り余る毛皮と牙はともかく、足りない木材は薪で代用した。

できた天幕の内部は8畳ほどの広さがあり、許容人数よりも内部で煮炊きの条件の方が足を引っ張っていたのかもしれない。


《まだ、戦争と決まったわけでもないし、これでいいよね? つーか、これ、代官屋敷より居住性よくないか?》


《やっぱ、破格のチートなんじゃないですか? ご都合で、なんでも作れちゃうんですから……》


《この壺もリリスにお願いするよ。村に置いてはいけないしね》


次回、「第2章 10.領都への旅」


第2章は、明日投稿します。

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