5.コチ村
いまさらですが、ひょっとしたらお伝えしているかもしてませんが、初投稿作品です。いじめないでください
翌朝。井戸の水を使い、洗面を済ます。
1晩寝かせて、味の染み込んだ煮芋を朝食とし、食器と鍋を洗う。
竹箸は、村人に見つかると騒ぎになりかねないので、リリスに預けてある。
箸を預けた時点で気が付いたが、ケネスとして転移する前の地球での道具類をリリスは『預かっている』と言った。
それがキャンプに持ち込んだ50kgのアウトドア用品だけなのか、自宅に所有している物も含まれるのか、女神の言葉通りなら後者ということになる。
となれば、リリスはかなりの量の物品を管理しているのだろう。
《亜空間収納、いわゆるアイテムボックスですね。あちらの荷物をお預かりした時、女神様にスキルとして付与していただきました。限界容量は、ちょっと分かりませんが、まだまだ余裕がありますよ》
妖精族は夜行性と言っていたリリスは、姿を見せぬまま話しかけてきた。
脳内に別人格がいて会話をしているようなものだが、不思議なことに違和感はない。
一度は妖精としての姿を確認していること、異世界の情報に貪欲になっていることなどが、脳内会議を受け入れる土壌になっているのだろう。
《何が入っているんだ? いざというときに、何が使えるか分からないというのは不便なんだが?》
《地球から持ち込んだ物品は、一部を除いてこちらのアイテムに変換されています。2輪車は荷運びロバに変わり、ご自宅の冷蔵庫はリリスのアイテムボックスで代用、パソコンやタブレットPCなどの情報端末はリリスのナビゲーター機能で我慢してもらい、テレビや電子レンジ等は代わるものがないので金銭になっています。その他については膨大すぎるので、そのつど訊いて下さい。それから、現金は銀行預金を変換した分も含めて金貨160枚程度です》
《金貨160枚って、手持ちの200枚の銀貨が金貨20枚分だから、8年分ってことか?》
女神から長時間の説明を受けたはずなのだが、異世界転移の条件交渉以外の記憶がない。
二度手間だが、しばらくはリリスからこの世界の知識を得ていくしかないだろう。
《いえいえ、こちらの一般人なら年間金貨5枚程度で賄えます。ケネス様の手持ち分も含めますと、90年分の生活費ということになりますね。ま、この村では使いようがありませんが……》
《いまいち物価の感覚がつかめないが、一人で生活する限り、直ちに困窮するというわけではないと考えていいんだな?》
《はい。ただし、代官としての収入はコチ村での年貢次第ですから、これから先も安定するとは言えません。あ、誰か来たみたいですね……》
唐突に脳内会議は終了し、粗末な戸板が叩かれる。
「お代官さま、おはようごぜえます。お加減はいかがで?」
昨日、ケネスの怪我の介抱をしてくれた村長が、その妻を伴って代官屋敷(小屋)にやってきた。
村長夫人が両手で抱えるように持ってきた樹皮製のざるには、葉で包まれた塊が乗っている。
村長に返事をしながら、二人を招き入れる。
「おはようございます、村長。おかげさまで、すっかり良くなりましたよ」
「んだば、お代官様が討たれた亥の血で汚れただけだったんだなー。念のため、頭を薬草に浸した布で巻いておいただが、傷は見つからなかっただよ。あ、昨日の亥は血抜きして捌いておいただ。ワタは傷みが早いで、昨日のうちに食っちまっただが、身の方はお代官様に渡すだよ」
若い亥だったはずだが、村長夫人の抱えている肉は、20kg余りあるようだ。
毛皮を剥いで骨をとった腿肉と肩肉で18kg、あばら骨が付いた塊が6kg程度だろうか。
村には貨幣経済がないので、食糧は村長管理の配給制だ。狩猟で採れた獣肉は保存に限界があることから、貯蔵して分配することが難しいため、例外的に狩猟者に権利があることになっている。
その家族で食べきれない分は、配給とは別に近所にお裾分けされるのである。
「こんなに肉をもらっても、腐らせずに食べきれないよ。腿肉と肩肉は、村のみんなに分けて欲しい。わたしは、ばら肉の半分の半分で十分だよ」
「ありがてえことですだ。んじゃ、痛まねえうちに村で分けさせてもらうだ。ちっと包丁を借りてもいいだか?」
この小屋に最初からあった包丁の場所を示すと、村長の妻が各家の人数を勘案して、肉を切り分けていく。
ちなみに、この奥さんの名前はアドリアーナ、村長はリチャードと言う。
彼らが話す言葉が、いい加減な方言に聞こえるのは、『言語理解』による通訳機能のせいらしい。
生前のケネスの知識では、普通の言葉として受け取っているのに、今のケネスの脳内では方言に変換されてしまうのだ。
口の動きと内容が、一致していない。
村人が話す言葉には強い訛りがあって、それが通訳機能を混乱させているのだ。
村長夫人が作業をしている間、村長のリチャードから村の規模と生産力について説明を受けた。これは、ケネスの代官としての仕事でもあるが、実は赴任してきたときにリチャードから村情報が書かれた獣皮紙を受け取っていた。今回は、それを見ながらの解説となる。
村には5家族が住んでいる。男女比率は、12対11で男性が多い。
年代別で、10歳未満が3人、10代が6人、20代が5人、30代が4人、40代が3人、50代が2人で、高齢過疎化の限界集落とは異なり、労働力は高い。
しかし、家屋や農地が不足しているため、成人未婚者が3人いる。
周辺の森を切り拓いて村を拡大したいが、農地として使えるようになるまでの期間は、収穫のない農作業に労働力が取られるため、それが目下の悩みだと言う。
村の農地は、約400アール(4万平方メートル)で、100m四方の畑が4枚分、地方の小学校のグラウンド8枚分である。
ここから収穫される農産物は、芋5トン、野菜類が6トン、麦や豆などが3トンだ。
5公5民の年貢制度なので、23人の村人の口に入るのはこの半分の量となる。
ただし、野菜類は年貢としては適さないため、単価の高い小麦や保存のきく芋を大目に納めることでバランスをとっている。
実際の年貢量は、芋3トンに麦2トンだ。残りを人口と日数で割ると、1日あたり約300gの炭水化物(芋、麦、豆)と約700gの野菜を摂取できる計算になる。
加えて、狩猟による獣肉や川魚、採取による山菜類や果実なども食卓に上るため、十分に豊かな食生活が想像できるが、実際は不作も頻繁に発生するし、衣類や道具類などと交換するための蓄えも必要となるため、村人たちの暮らしは決して楽なものではない。
村人には、専業というものがない。
全員が畑仕事をし、狩猟をし、採取をし、道具への加工や木材確保、薪割りなどを行う。
食糧配給制とはいえ、木材を確保する木こりだけでは飢饉のときに対応できないのだ。
そのため技術の蓄積に乏しく、どの産業も効率が悪い。
使用する農具や刃物類は、かろうじて鉄器ではあるが、品質は悪い。
村に鍛冶屋や鋳掛屋がないため、刃こぼれしたりして調子の悪くなった道具類を満足に修理することもできず、村の経済の足を微妙に引っ張っているのである。
それでも、15歳となって成人したリチャードの息子は、次の春から領都の初等学校に通うことになる。
村の総力で蓄財した学費を使って、文字の読み書きや算術を習いに行く。
生活に使われる初歩的な魔術も、ここで習得するらしい。
今のところ、村長のリチャードは初等学校で学んだ唯一の村民である。
他の村民と比較すれば、はるかに訛りは少ない。
就学期間は、たったの1年だそうだが、収穫や出生の記録を残すことや、計画の立案のためには文字は欠かせない。
ケネスも、故郷の村では村長の長男として生まれ、初等学校に通ったが、領都との距離や社会制度の違いから、10歳から2年間通学している。
村の衛生環境は、意外にも最悪というほどではない。
便は、まとめられスライム穴で分解される仕組みだ。
用便に使った桶も、麦わらのロープでスライム穴に下ろしておけば、1晩でキレイになるらしい。
スライム穴は、壁も底も石造りの直径2メートル、深さ3メートルの穴で、上部の縁に上がるに従って、細く絞られた構造になっている。
万が一、スライムがよじ登ろうとしても、戻される仕組みだ。
スライム穴には虫がたかることができないので、水洗便所とまではいかないが、匂いも虫も感じさせない清潔な環境が得られている。
この国の住民には入浴の習慣はないが、この村では豊富にある薪を使っての湯沸しは贅沢とまでは言えず、大きな木樽を使って、各家庭で体や髪を洗っている。
洗浄に使うムクロジが豊富に得られることからも、領都などの都市部と比べて、この村の衛生環境は高い。
リチャードと話し込んでいるうちに、アドリアーナ婦人は亥の肉のお裾分けに出掛けたようだ。
リチャードも、これから薪割りをして、午後から森へ採取に出掛けるようだ。
冬が来る前に、秋の実りである木の実やキノコの収集をはかどらせたいと、笑って退出していった。
一人残されたケネスは、先ほど確認したスキルや加護の実践に時間を使う予定である。
次回、「6.破格のチート能力は、使いどころがない」
これね、最初のプロットでは超使えるチートじゃん、とか思ってたんですよ、ええ。
プロットの前に設定とかあるので、もういまさら変えるの面倒なんですよ。
ケネス君には、ほんと御苦労かけます、ごめんねえ。