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異世界という玩具箱で  作者: 神谷 隼
第1章 辺境の寒村にて
3/32

3.異世界に転移するということ

いよいよ異世界にお話は移ります。

いちおう、結構な分量の書きだめがあるので、ちゃっちゃと投稿します。

でも、ほんと、心がよわーーいのです。いいですか? さんしっ、はい、「いじないでください」

ジュー


川魚からの脂が、真っ赤に燃え盛る熾火に落ちた音。

人の頭ほどの大きい石で囲まれた焚き火に、木の枝の串に貫かれた川魚が、炙られている。

女神と話し合いをして、異世界に転移することになった事実は理解しているが、川辺で調理をしていること以外、周囲の風景を含めて、状況の変化に戸惑いを感じた。


「ここが異世界か……」


異世界転移という状況を受け入れようとして、思わず独り言が出た。

季節は紅葉や落葉からも同じく晩秋であると思うが、日も暮れかけていた道志村とは異なり、お昼過ぎのような明るさである。

そう言えばテントやバイクは、どうなったのだろう。

振り返ってもテントはなく、ガソリンストーブで炊いていたご飯も消えていた。

ホームセンターで購入し、エイプのリアキャリアに搭載していたABS樹脂製のコンテナもなく、当然その中に収納していた便利なアウトドアグッズも見当たらない。

代わりに、足元には直径50cmはある毛皮の袋があるが……


それは毛皮の袋ではなく、まだ若い亥の死体だった。

晩秋の森は、木の実などのエサが得られなくなる冬を迎えるために、亥やら熊などの獣が活発化する。

どうやら、突進してきた若い亥は、今腰かけている大きめの岩で首を折られ、不運な最後を遂げたようだ。

ふと気になって、自分の頭に手をやると、べっとりと湿っている。

おろした手のひらには、おびただしい血液が付着していた。

不運な死に方をしたのは、若い亥だけではなく、この体の所有者も、この怪我では命を失ったとみてよいだろう。

幸いなことに出血の跡は生々しいが、傷はふさがっており、眩暈や嘔吐を感じない。

耳も異常はなく、そよ風に揺れて擦れあう木々の音や、川の流れの水音が鮮明に聞こえる。


突然、この体の持ち主であろう若者の記憶が、脳内になだれ込んできた。


若者の名前はケネスで、現在16歳の男性だ。

幼き頃、両親と共に農業を手伝う村人だったが、隣国の兵に村を焼かれ、両親ともども捕虜となってしまった。

父親は、母親と長男を人質にとられ、かつての母国でのスパイ活動を強いられた。

ただの農民であった父親の仕事は、間もなく露見し、母国の衛兵によって処刑されてしまう。

次に母親が人質となり、ケネスが前線の兵卒として従軍することになった。

隣国の軍からすれば、失っても痛みのない捕虜兵である。

生きては戻れぬとされる過酷な戦場に送られ、そのことを知った母親は我が子の足枷となっている人質の立場を恨み、首をくくった。

しかし、母親の死はケネスに知らされることはなかった。


過酷とされる前線だったが、なぜかケネスは敵軍の補給路の寸断に成功する。

敵陣の裏側に回っての妨害活動であり、作戦が成功しようとも帰還できる可能性の低い、まさしく死地ではあったが、妨害部隊は補給物資を奪い返そうと迫る敵指揮官を単純な罠で打ち取ってしまった。

この作戦に赴いた捕虜兵はケネスの他にもいたが、敵将の首を持ち帰ったのは彼だけだった。

敵指揮官を護衛する、たった3騎の騎兵に15名の妨害部隊が犠牲になった。

もちろん命が懸れば、捕虜兵であろうとも抵抗はする。

騎兵も無傷ではなく、結果として、運よくケネスだけが生き残ったのである。

この戦果により、敵軍は撤退。ケネスが属する隣国軍の勝利となった。


この戦いで、もっとも戦功を挙げたのは、言われるまでもなくケネスである。

しかし、彼は捕虜兵であり、正規の国民ではなかった。

ケネスの戦功は、直属の部隊長である下級貴族に挿げ替えられ、その貴族は昇爵し、領地を賜った。

一方、ケネスは『口止め料』として、正規の国民としての権利を得て、辺境の僅か20名余りの村落を管理する代官としての地位を得ただけであった。

それでも窮屈な捕虜生活から母を救いだし、寒村とはいえ親子水入らずの新生活を想像して、ケネスは喜んだ。

しかし、母親を伴って任地に赴こうとするケネスは、そこで初めて母親の死を知る。

そこからの記憶は混濁している。

戦で翻弄されるのは、この時代の民として諦めるしかないが、生まれ育った村も家族も失ったケネスは、生きる意味を見いだせなかった。


任地で、粗末な小屋を代官屋敷としてあてがわれた後、数週間を呆然と過ごしていた。

村人の顔も名前も、どうでもよいと思えた。

村人の一人から、罠猟で採れた川魚をお裾分けされたケネスは、川岸で焚き火を設え、漠然と調理を始めた。

川魚の表面がキツネ色の焦げ模様を表しはじめたあたりで、小ぶりの亥が鼻を鳴らし、ケネスに向かってきた。

ケネスは突進を受ければ命が危ういことに気がついてはいたが、腰の剣にも手を掛けることなく、その死を受け入れてしまったのである。


「お、お代官さまあ! お怪我なすってらっしゃるでねえか。誰か、お代官様の手当を手伝ってけれ!」


掌の血糊を見つめるケネスに向かって、粗末な衣服をまとった村人が大声をあげて駆け寄ってくる。

今日から、俺はケネスとして生きるんだな……と、未だに血糊から目を離せずにいる男は、呆然と意識を手放していた。


次回、「4.ナビゲーターのリリス」


なんだよ、このネタバレタイトル。「ナビゲーターとは誰なのか、謎は深まる!」のナレーションのあとに、「次回、ナビゲーターのリリス、お楽しみに!」みたいな、アレじゃん。でも、リリスちょーかわいいよ。主人公より、かわいいかも?

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