1.キャンプツーリング
初投稿作品です。いじめないでください。温かく見守ってください。心が弱いんです。ええ、とっても。
「よし!」
2年ぶりに3日間の有給休暇が取れたので、土日を加えて5日間の休暇となる。
そこで、かねてからの計画であったキャンプツーリングに出掛けることにした。
愛車の原付二種エイプ110に50kg程度のアウトドア装備を括り付け、早朝の甲州街道を西に進む。
晩秋の都内は快晴で、低排気量ではあるが4サイクルSOHCの控えめな排気音をBGMに、道中コンビニ休憩をはさみながら、神奈川と山梨の県境にある道志村をめざす。
道志村には、津久井湖あたりで相模川に合流する道志川沿いにキャンプ初心者でも安心な施設の整ったキャンプ場が点在する。
この季節、夜間の最低気温は摂氏5度程度で、雪上キャンプのような極寒アウトドア装備までいかなくとも、ある程度の耐寒装備を要するだろう。
暖をとれるファイアープレイス(焚き火)は、遠赤外線の効果で体を芯から温められるし、厚手のダウンシェラフ(寝袋)、使い捨てカイロがあれば極地用テントがなくとも凍えることはない。
とはいえ、夏のファミリーキャンプで使われるような背の高い大型のドーム型テント不向きで(もっともエイプ110に長尺の金属ポールを搭載できるわけがないが)、厚手のフライシートを被せた1~2人用のツーリングテントが望ましい。
落ち葉の積もる道端を避け、後続車の迷惑にならないように時折は道をゆずりながら、山間の舗装路を走る。
前回のキャンプツーリングの記憶を呼び起こし、目的地近くのガソリンスタンドで満タンに給油することも忘れない。
エイプ110は燃費のよい小型バイクだが、帰路に残燃料を気にしながら走るのはストレスが大きい(燃料計がないので、何度もタンクキャップを開けて確認する)。
大幅な天候や体調の変化で、予期せず深夜にキャンプ中断した場合は、ガソリンスタンドやコンビニ(田舎のコンビニは24時間営業ではないこともある)に立ち寄れない可能性があるのだ。
最悪の可能性を考慮して慎重に行動することは、高校生の頃にサイクリングキャンプを始めてからの長年のアウトドア趣味から身についている。
途中、キャンプ場の周辺住民が利用している地元の小さなスーパーに立ち寄り、地元で採取されたキノコや野菜、冷凍保存されていた川魚を仕入れる。
釣り道具や小型の鉈はキャンプ装備セットをしまいこむ専用のリュックサックの奥底にあるのだが、生憎のところ現在は禁漁期間で「狩猟生活ごっこ」を楽しむことはできない(周辺の山は私有地だし、入漁権がないと釣りもできないので、オンシーズンには許可を得ている)。
もともと、めったに釣果が得られたことのない腕前では、たとえ禁漁期間でなくとも保険は必要である。
入り口の受付で料金を支払い、ごろごろした石が敷き詰められたキャンプサイトに入る。
今回は有給休暇を利用してのキャンプ行なので平日となり、他に客もいないが、(自然を楽しむ他の客に無粋なエンジン音で不興を買わないよう)念のためエンジンを切ったバイクを押しながら、南斜面の木陰で平坦な場所を選ぶ。
磁石で燃料タンクに固定されたタンクバックから、かまぼこの板と細めのタイダウンベルトと取り出し、板はサイドスタンドの支えとし、木の幹に回し込む形でタイダウンベルトをエイプ110に掛ける。
これで固定されたエイプ110は、スタンドが地面にめり込むこともなく、よほどの強風でも倒れることはない。
テントを施設する位置に畳んだブルーシートを広げ、地面からの湿気を防ぎ、大人が二人並んで寝られる限界の小ささのテントを張る。
続いて、テントを固定するペグを利用することで、ポール1本で自立する小さなタープを張り、その下にファイアープレイスを設営する。
ここまで、キャンプ場についてから20分。慣れたものである。
山岳のキャンプでは、そもそも強風でもあるためタープを張らず、テントの前室(就寝に利用する以外の隙間のようなもの)での調理をするようだが、テントの内部で焚き火をするわけにもいかず、極めて高カロリーな食事をすることで体温を維持する。
なんにせよ、今回のキャンプは山岳極地ではなく、焚き火を利用した調理を大きな楽しみとしているので、ファイアープレイスのためのタープは必須だ。
近場で燃えやすい枯れ枝(割箸サイズ)や落ち葉を拾い、キャンプ場の管理事務所で購入した6kg程度の薪を脇に置いて、焚き火台を設置する。近年、地面に薪を置いての焚き火(いわゆる直火)は多くのキャンプ場で禁止されていて(主には火事対策だとは思うが、土中バクテリアや生物の保護も理由として挙げられる)、焚き火をするためには専用の焚き火台(折り畳み可能な、バケツのようなもの)を使用するのだ。
火熾しは、手軽に着火マンを使う。
マグネシウムを使ったファイアースターターも予備の火熾し道具として持ち込んではいるが、これまでに使ったことはない。
着火マンの電池が切れて、どうしようもない時の保険にしかすぎず、しかも今まで電池が切れる前に燃料が無くなったことはない。
落ち葉と枯れ枝とホワイトガソリンをたらしたティッシュペーパーを使えば、焚き火台の上に炎が燃え上がる。
管理事務所で購入した薪は、よほどのオンシーズンでない限りは湿っていて、この段階で炎に近付けても燃えることはない。
枯れ枝と落ち葉の焚き火を楽しみながら、焚き火台の上に薪を載せて乾燥させつつ、そこから白い水蒸気があがってきてから、延焼させるのがコツだ。
薪に火がついて、2段目の薪からも水蒸気が上がり始めたら、いよいよ鉄網を焚き火台に被せ、調理ができる。
最初の薪の半分は熾になっていて、摂氏10度を下回る夕暮れのキャンプ地では、確かな温もりを発している。
この熾火作りの間も、ただ焚き火を眺めているわけではなく、事前に折り畳み水タンクに汲み置いた水を使って米を研ぎ、ガソリンストーブで米を炊いている。
カセットガスボンベを使う安価な調理器具もあるのだが、いざとなればエイプ110の燃料も利用できるガソリン式の調理器具を彼は好んでいた。
ガスボンベは揮発熱により冷えるとガス圧が弱まるため、標高の高いキャンプ地や連続使用には不利である。
その点、ガソリン式はポンピングという手間はあるものの、外気圧や揮発熱に影響を受けず、一旦安定してしまえば、燃料の入手しやすさからも利点は多い。
実際のところ、専用のホワイトガソリンもキャンプ用のガスボンベも、燃料の入手難度は変わらないのだが、自動車燃料のガソリンが転用できる点で、キャンプツーリングとの相性はガソリンストーブが勝る。
地元スーパーで入手した椎茸の石づきをナイフで切りおとし、裏側から焚き火台の網であぶって、ひっくり返しながら塩と醤油で味を付ける。
そろそろ焼きあがるタイミングで、保冷剤をあてた缶ビールのプルトップを開く。
焚き火の明かりで照らされたカエデやブナ、モミジの紅葉を目に入れつつ、星空に缶ビールを掲げる。
まさに人生万歳とも思え、都会に残してきた雑多な人間関係や就業環境を忘却できる至福の瞬間であった。
タンクバックに差し入れていたドライブナビ替わりのタブレットPCの電源を落とし、紅葉と焚き火で彩られた静寂の時を、炙られた川魚や山菜入りの炊き込みご飯で楽しんでいた時、のどかな無人のキャンプ場には似つかわしくないけたたましい音が頭上で響く。
スガガガーン、ゴロゴロ、メキメキ……
次の瞬間、ささやかなる幸福をもたらしてくれていたキャンプ地は、ガードレールを突き破ったトラックの下敷きをなり、跡形もなく消えていた。
次回、「2.女神との交渉」
テンプレ異世界転移でチートはもらえるのか?
乞うご期待。
あ、はい。