おまえも仲間になるがいい
「まず、最初に言っておくと……この事件、魔族がらみよ。
しかも、私たちの知っている魔族」
宿の部屋でやることを済ませた後、エメラルドはベッドの上で肩をすくめながらそう告げた。
「まさか、ポォ先生か?
いや、賢者ルルー殿も魔族化したのだったな」
寝汗をタオルでぬぐいながら、ニコルソンは首をかしげる。
知り合いの魔族ともなると、その二人しかないだろう。
あとは彼女たちにかかわりの深いワーウルフやミノタウロスぐらいしか思い出せないが、彼らは知り合いというにはあまりにも関係が希薄だ。
「だが、なぜ彼女たちが?」
「それなのよね。 理由がまったくわからないの。
だから私も、今回の件にはその二人のどちらか、もしくは両方が絡んでいると思うけど……まだ絞りきれてないのよ」
「どういうことだ?」
絞るも何も、そこまで分かっているならあとは本人に聞けばいい話である。
だが、そこまで考えてニコルソンは先日聞いたことを思い出した。
――あぁ、今は向こうに行けないのか。
今は庭の大規模な改装中であることと、庭に父親から派遣された騎士が詰めているため、近づかないでほしい。
ポロメリア公爵令嬢から、先日そう言い渡されていたのである。
「……思い出したようね。
そう、事件を引き起こしたであろう本人に確認を取る事はできないの。
そしてあの二人の関与を私が疑っているのは、例の騒動の発端がメルティナだからよ。
あの子はポロメリア公女とも賢者ルルーともかかわりが深いでしょ?」
確かに言われてみれば納得である。
だが、なぜメルティナがそんな事を?
「いろいろと解せないな。
情報を聞くたびに次の疑問が出てくるばかりだ。
そもそも、なぜメルティナが発端なのかも詳しく聞かせてもらえるか?」
しばらく考えをまとめるために沈黙した後、ニコルソンはそんな疑問をつぶやいた。
「その薬を最初に持ち帰ったのが、ほかでもないメルティナだったからよ。
そして、彼女がその効果を周囲に示したとたん、その場にいた冒険者が全員参加の乱闘になったらしいの」
「妙な話だな。 いくら冒険者が刹那的でも、自分から麻薬をほしがるとは思えない。
そもそも、連中も痛み止めの弱い麻薬で副作用を体験しているはずだから、麻薬を使った後にどうなるかは十分理解しているはずだぞ」
意外なことに、冒険者連中は麻薬が嫌いである。
痛み止めとしては頻繁に使用しているのだが、その副作用によってどんな結末を迎えるのかを実体験として知っているからだ。
ゆえに、麻薬におぼれるのは冒険者として相当落ちぶれてしまった連中であり、そんな連中に勤まるほど冒険者という仕事は楽な代物ではなく、ほどなくして魔獣の腹の中に納まることとなる。
「そう、そこがおかしいのよ。
その場に居合わせた冒険者は、『ほんの小指のつめの先ほどしか手に入らなかったが……あれは天国への扉だ』とつぶやいたらしいけど、それ以上はどうやっても話してくれなかったわ。
なんでも、競争相手は作りたくないからって」
実に不気味な話であった。
聞けば聞くほど麻薬にしか思えない話ではあるが、同時にそれを麻薬と仮定するほど違和感も強くなる。
「それで、メルティナはどこからその薬を手に入れたといったんだ? まさかポォ先生やルルーからと言ったわけじゃあるまい」
彼女の価値観は、人としてすこしおかしなレベルでポロメリア公女を中心としている。
そんな彼女が、あえて危険をポロメリア公女にかかわらせるようなことをするはずがなかった。
「それがね。 彼女は魔王城でその薬を手に入れたといったらしいのよ。
しかも、実入りが無くて誰からも無視されていたエリアから。
今はそのエリアへの探索をするためのパーティーの募集が行われているらしいわ」
「なるほど、真実が知りたければその一団に参加するしかないようだな」
そこまで結論を出した時点でエメラルドの腕がニコルソンの腕を捕らえ、やんわりとベッドの中に引きずりこむ。
――明日に響かなければいいんだが。
そんな年より臭いことを考えながら、ニコルソンは二回戦へと突入するのであった。
翌日、ベッドでだらしなく眠り続けるエメラルドを残し、ニコルソンは変装をしてから冒険者ギルドに潜り込んだ。
変装といっても、愛用のプレートメイルに顔をすっぽり覆うようなフルフェイスのヘルメットをかぶっただけなので、知り合いには一発でバレるだろう。
だが、あまり親交のない相手ならこれで十分だし、知り合いのほうもこの状態を見ればなにか訳ありだろうと察して無視してくれるはずだ。
「ニコラスだ。 ニコと呼んでくれ。
見てのとおり重戦士をやっている」
「ようこそ、戦士ニコラス。 君を歓迎しよう」
偽名を名乗ったニコルソンに返事を返したのは、例の薬を求めるパーティーのリーダーだった。
自分のコネではなくエメラルドの伝手を使ったおかげで、今のところ怪しまれてはいないようである。
「一つ聞きたいことがあるのだが、よいか?」
「なんだ」
「……皆が求めている薬とは、いったい何の薬なんだ?」
「死ね!」
その瞬間、すさまじい殺意とともに刃物が飛んでくる。
「うぉっ!? いきなり何をする!!」
なんとか体をひねって回避したものの、そのままバランスを崩してニコルソンは椅子から転げ落ちた。
そんな彼に、上から冷たい言葉が降り注ぐ。
「金目当てや好奇心で探りにきただけなら帰ってくれないか」
「す、すまない。 だが、私にもそれなりの理由があるのだ。 察してくれないか」
「……誰かから依頼されたって事か」
「そんなところだな。 悪いが詳しい事はいえないのだ」
まさか自警団の査察だとは口が裂けてもいえないめ、ニコルソンは相手の勘違いをあいまいに肯定するような言葉を重ねる。
「まぁいい。 俺たちの目的は一つ。
一刻も早くあの薬を手に入れなければ……」
その言葉とともに、リーダーの目が欲望に曇った。
まずいな……こいつら、たぶん正気じゃない。
ニコルソンが一抹の不安を抱える中、この場にいるほかの連中も、ガリガリと鎧の上から体をかきむしり始めた。
「あぁっ……体がうずく」
「俺も手足がうずいて仕方が無ぇぜ」
なんとも不気味で狂気を感じる光景だが、いったい何の薬だろうか?
もしかしたら、その香りだけで人間を快楽でとりこにするという禁断の麻薬なのだろうか?
その時、ふと気づいたことがあった。
なぜかはしらないが、ここにいるのは自分のような全身甲冑の人間が妙に多い。
逆に、ローブ姿の連中の顔ぶれは皆無だった。
何か理由があるのだろうか?
「すまないが、わけが分からないまま仕事をするのは気分が悪いんだ。
せめて何の薬かだけでも教えてくれないか?」
「悪いが、教える事はできない。
これは、我々の名誉と尊厳にかかわる問題なのだ。
君の依頼人にとってもおそらく同じなのだろう。
てっきり、君もその姿なら分かると思ったのだが……」
その言葉に、その場にいたほかの騎士や重戦士たちがそろってうなずく。
まずいな……さっぱり意味がわからない。
だが、これ以上探りを入れれば仲間として受け入れてもらえなくなるかもしれない。
少し質問の仕方が杜撰だったか。
「わかった。 これ以上は聞かないことにする。
それよりも、早く薬とやらを手に入れないか?
俺も依頼人を待たせたくないんだ」
「いいだろう。 おい、行くぞ」
リーダーの呼びかけに、周囲の冒険者が狂気に満ちた目をして雄たけびを上げる。
かくして、ニコルソンは何も事情が分からないまま、魔王城へと突入することとなった。
そして、彼が魔王城の中で見たものは……
「ここが、魔王城の中だと!?」
その問題のエリアに差し掛かると、周囲の景色が一変した。
「信じられないけど、そのようね」
横の女戦士がボソリとつぶやく。
薄暗いダンジョンの扉を開けた向こうには、まるで外に出てしまったかとおもうほど明るい世界が広がっていた。
いや、そんな生易しいものではない。
そこは、花と緑あふれる熱帯の楽園のような場所だった。
「よく見ろ。 天井に青い塗料を塗って光を当てているだけだ」
「だが、その光の源はどうしているんだ?」
「みろ、植物だ。 光る植物がそこらじゅうにおいてあるぞ」
「この植物だけでも、もって帰れば好事家にいい値段で売れそうだな」
このダンジョンを品定めをし、冒険者たちが口々に利益を上げるための算段を始める。
たしかに、このダンジョンの植物の一部でも持ち帰ることが出来たならば、多大な利益となるだろう。
だが、ニコラウスはこのエリアの主が誰であるかを思い出し、彼らを思いとどまらせることにした。
「やめておけ……このダンジョンの有様が俺の知っている奴の仕業ならば、恐ろしいことになりかねんぞ。
魔界の公女の恨みを買いたいというなら留めはせんが」
その言葉を聞くなり、冒険者たちの動きがピタリと止まる。
争いを忌み嫌うポロメリア公女ではあるが、彼女の場合は別の意味で恐ろしい手段をいくつも持っているはずだ。
なによりも、彼女の隣にいるあの恐ろしいミノタウロスが黙ってはいないだろう。
そんな彼女の大切な植物を持ち出すなど、まさに愚かとしか言いようが無い。
「しかし、ここはちょっと湿気がひどいな」
「えぇ、ちょっと体が疼くわ」
そう言いながら、女戦士は鎧の上から腕をかきむしった。
見れば、ほかの連中も同じようなしぐさをしている。
このしぐさ、妙によく見かけるな。
むろんそのしぐさに意味などあるはずもないのだが、おそらく薬で幻覚でも見ているのだろうか。
そして疼くというならば、かく言うニコラウスも、先ほどから持病の水虫が疼いてしょうがなかった。
連中の狂気が移ったわけではないだろうが、気がつくと痒い足をブーツの上からかきむしろうとしている。
あぁ、はやく仕事を終わらせて、靴を脱いで足を湯で洗いたい。
そんな事を考えていたときだった。
どこからとも無く甲高い声が響き渡る。
「このダンジョンに入った人間諸君に告ぐ。
とても残念なお知らせだ。
君たちの求める薬は数が少なく、君たち全員に行き渡るだけの量が無い。
だから……誰が薬を得る権利があるかを、君たちらしく決めたまえ」
この声は……間違いない。
ポロメリア公女だ。
だが、なぜ彼女がこんな恐ろしいことを?
「奪い合い、争いあうがいい。 僕がその舞台を用意してあげよう」
腑に落ちない。
ニコルソンが知っているポロメリア皇女ならば、争うという言葉自体を忌み嫌っているはずだ。
まさか偽者か?
だが、その答えを思いつくよりも早く地面からいきなり宝箱が生える。
「受け取りたまえ。 その中に、染料の入った玉がある。
その玉をぶつけ合い、被弾することなく僕の元にたどり着いた者にだけ、例の秘薬を譲ってあげよう」
なるほど、スポーツ感覚の競争か。
この程度ならばポロメリア公女の許容範囲だとしてもおかしくは無い。
宝箱を開けると、中には青いボールが入っていた。
「これをぶつけ合えというのか?」
誰かがそうつぶやいた瞬間だった。
ヒュッと音を立てて、茂みの向こうから真っ赤なボールが飛んでくる。
「あぶない!!」
「くっ、俺たちの先に入り込んだ奴がいたのか!」
茂みの中に潜んでいた連中は、そいつらだけではなかった。
黄色、緑、紫と、ニコルソンたちとは色違いのボールが次々に飛んでくる。
「くそっ、ここはすでに薬を求める奴らの戦場だったんだ!!」
そう叫びながら、ニコルソンたちのグループの連中はすばやく茂みの中に駆け込んでゆく。
だが、何人かは被弾して体をえも言われぬ斑模様に染めてその場に倒れた。
ダメージは無いはずなのだが、おそらく気分的な問題なのだろう。
そしてニコルソンは悟った。
おそらくニコルソンたちがくるよりも先に彼らは争いを続けていたのだろう。
そして、ニコルソンたちがこの争いに参加することが決定するまで、不意打ちの機会を狙っていたのである。
「くそっ、なんてこった!」
ニコルソンが叫んだその瞬間だった。
「あぶないっ!」
不意に死角から赤い弾丸が放たれ、ニコルソンに襲い掛かる。
まずい、よけられないか!?
だが、彼が赤く染まる事はなかった。
「なぜ……こんなことを」
ニコルソンの前に、一人の女戦士が立ちはだかっていた。
「たぶん、私の腕じゃここを切り抜けるのは無理。
でも、あなたなら……かつて鬼神と呼ばれたあなたならきっと……」
「私の正体に気づいていたのか」
その言葉に、女戦士は小さくうなずく。
「だからお願い……私の分の薬を……」
「目を覚ませ! なぜそこまでその薬にこだわる!
麻薬なんかに縋ったところで何の解決にもならないだろう!!」
「麻薬……? あなたは何か勘違いをしているわ」
そう告げると、彼女は手を伸ばし、自分のブーツを脱ぎ捨てた。
「これが……私たちが薬を求める理由よ」
そこには。目を背けたくなるような惨状があった。
敬虔な神の僕であれば、即座に神への祈りを口ずさんだであろう。
困惑、驚愕、そして歓喜。
そのときの感情をなんとたとえるべきか、詩人ではないニコルソンは己の語彙の少なさをわずかに呪う。
だが、同時に彼は薬の正体を理解した。
彼らが求めていたものとは麻薬なんかじゃない――福音だ。
その瞬間、彼の地味とも称される温厚な顔立ちに変化があった。
まなじりはつりあがり、まるで鬼神のごときありさまに豹変する。
そしてその唇が獰猛な笑みの形にゆがめられた。
普段のニコラウスとは似ても似つかない、まさに悪鬼の形相。
「そうか、そうだったのか……」
まるで悪い熱病のようにつぶやく彼の背後に、一つの気配が生まれる。
「私の後ろに気配を殺したまま立たないでくれたまえ、メルティナ君。
あやうく殺してしまうところだったじゃないか」
いつの間に断ち切られたのか、メルティナの髪がはらりと地面に落ちた。
まさに目にも留まらぬ剣の一撃である。
「気づいてしまったのね、ニコおじさん。
いえ、鬼神ニコラウス」
それは彼が冒険者時代につけられた二つ名だった。
その相貌は鬼のごとく、その動きは疾風のごとく、その一撃は岩をも砕く……と今なお吟遊詩人が歌に語る――結婚をする前の彼は、それほどの力を持った冒険者だったのである。
「あぁ、ようやく理解したよメルティナ君。
君たちが目の色を変えるはずだ。
これがそうであるのならば、仕方が無い。
麻薬なんてとんでもない……まさに天国への扉だ」
声だけはあいかわらず穏やかだったが、かつての二つ名にふさわしい、普段とはまるで別人のようなニコルソンがそこにいた。
「ちっ、なにが鬼神だ! 過去の遺物はとっとと退場しやがれ!!」
そんな彼の元に、いくつものカラーボールが放たれる。
だが……
「ぬるい」
彼が手にした剣を一閃すると、すべてのボールが空中で四散した。
同時に、ニコルソンの姿が忽然と消えうせる。
「ここだ、若造」
気がつくと、身の毛もよだつような笑みをたたえたニコルソンの姿が彼らの後ろにあった。
「た、退避!!」
慌てて敵対する冒険者のリーダーが指示を出す。
その判断は間違っていない。
だが、彼らが何かをするよりもはやく、ニコルソンの放った弾が彼らの体を青く染める。
この数秒ほどの攻防で、5人の冒険者が争奪戦から強制離脱することになった。
――まずい! この男、強すぎる!!
だが、彼らにも引くことの出来ない理由があったのである。
「全員でかかれ! この人数なら……」
だが、驟雨のように襲い掛かるカラーボールは、彼の手にした剣にはじかれてどれ一つとしてかすりもしない。
「皆には悪いが、ここからは本気で行かせてもらう」
それはまさに死の宣告。
絶望のあまり、森にいるすべての冒険者の目から光が消えた。
そして魔王城の一角にて、悪夢のごとき伝説の冒険者がその実力をもって再び伝説を作り出したのである。
そのあとのことについては、さほど語る事はないだろう。
手加減を忘れたニコルソンによって敵対する冒険者グループの連中は金色の野に降り立つ古き言い伝えの人よりもひどい状態となり、生き残った連中の前に彼らの求めた薬の入った宝箱が現われた。
その様子をモニターで見ながら、熊のような姿をした魔族と牛のような姿をした魔族はこんな会話をしていたという。
「うわぁ、ニコおじさんってば大人げなさすぎ!」
それはまさに象と蟻の戦いというべき光景だった。
しかも、象と戦うには蟻の数が絶望的に足りない。
そんな光景を見ながら、牛の頭をした青年がポツリとつぶやく。
「なぁ、ポォ。 結局何の薬だったんだ?」
その言葉に、子熊のような姿をした少女は暗い目をしたまま答えた。
「……水虫の特効薬」
ところ変わって騎士団の詰め所。
問題の薬を手に入れ、その効果を心行くまで堪能したニコルソンは、件の薬にかかわった冒険者たちを連れ、自警団の詰め所で事件の調書を作っていた。
「はぁ? 水虫の薬!? なんでそんなものでこんな騒ぎになるんだ」
その取調べに立ち会ったゲスケネル巡査長が素っ頓狂な声を上げる。
上流階級の生まれであり、現場での経験がまったくない彼にとって、それはまったく理解が出来ない話だった。
「そんな事って何よ! 私たち冒険者にとってこれがどんなにすばらしい福音なのか、あなたたちには分からないの!?」
「わかるわけなかろう! 私は冒険者じゃない!!
お前らのような下賎なものと一緒にするな!!」
その言葉を聞くなり、冒険者たちの目に物騒な光が宿る。
「ならば教えてあげるわ……冒険者の身を守る鎧の下は、みんな水虫の温床なのよ!」
「……は?」
思いもよらぬ告白に、ゲスケネル巡査長が間抜けな声を上げる。
だが、そんな反応をしたのは彼一人だけだった。
「それも、足の裏だけじゃなくて人によっては股の間や頭皮にまでも被害は広がるわ。
かゆくても鎧を脱ぎたくてもダンジョンという環境がそれを許さない!」
「ましてや女性ならば、自分が水虫だって事は絶対に知られたくないわね」
その場にいた詰め所の女騎士が、沈痛な表情で深々とうなずく。
彼女もまた、水虫に悩む哀れな子羊の一人だった。
「一部の女戦士が身につけているビキニアーマーにマントという姿はね、飾りでもセックスアピールでもないのよ!!
あれは肌がデリケートすぎて蒸れる全身鎧を身に着けられない彼女たちの苦肉の策……水虫と戦うための装備なのよ!!」
「し、知りたくなかったぞ、そんな事実」
その時、女戦士の迫力に気おされているゲスケネル巡査長の後ろで、ニコラウスがゆらりと立ち上がった。
「ゲスケネル巡査長。
あなたはご存じないだろうが、我々下っ端兵士にとっても、水虫は最悪の敵なのですよ」
「はぁ? しらんわそんな事!! まったく人騒がせな」
これが麻薬であったならば自分の出世に大きく貢献してくれただろうに、水虫の薬だなど恥ずかしくて上に報告するのもためらわれるわ!
ゲスケネル巡査長からすればそんなレベルの話であっただろう。
だが、この場にいる連中にとっては違った。
その意識のズレが、彼にとって命取りとなる。
「人騒がせ?」
ニコラウスが幽鬼のごとき陰鬱な口調でそうつぶやくと、同じような目をした同僚の騎士たちがそのあとに続いた。
「デスクワークしかしらないお前に分かるか! 蒸れたブーツを履いたまま延々と街を巡回する我々の過酷さが!」
「街のために働き、過酷な任務を終えて、家に帰って靴を脱いだときの、あの嫁や子供の冷たい視線のつらさが!!」
その言葉とともに、彼らはいっせいに靴を脱ぎ捨てた。
あたりになんともいえない異臭が漂う。
「く、臭い!! ま、まて、お前らなんだその目は! さ、さっさと仕事に戻れ!!」
「断る。 もはや我々は価値観を共有できぬお前を上司として認めない」
「う、うわぁぁぁぁぁ!!」
騎士と冒険者たちは協力してゲスケネル巡査長を捕らえると、服を剥ぎ取ってから備品用のロッカーに彼の身柄を押し込んだ。
そして一人ずつ素足でゲスケネル巡査長の素肌を踏みにじり、そのままロッカーに投げ込み、生卵をぶつけて全身をドロドロにしてから鍵をかけ、密封性の高い部屋に運んでから周囲でお湯を沸かし始める。
たちまち周囲の気温は上がり、湿度はむせ返りそうなほどにまで高まった。
「や、やめろ! 私を誰だと思っている!!」
「一人だけ仲間はずれだなんて可哀想でしょう?
あなたも仲間にいれてあげますよ」
悪魔のような嘲りが響き渡り、そうしている間にも物理的な悪意がゲスケネル巡査長のデリケートな肌に襲い掛かる。
このあと、どうなったかなどもはや説明するまでも無いだろう。
数日後、全身に皮膚病を患ったゲスケネル巡査長は逃げるようにしてこの街を離れ、乾いた砂漠の国へと去っていった。
むろん、その症状や理由など恥ずかしくていえるはずが無い。
そして、この事件の元凶であるポォはというと……
「うわぁ、アロンソ! 冒険者が、冒険者が今日も押し寄せてくるよ!!」
ニコおじさんたちがやってきた翌日も、今度は別の冒険者たちが僕のエリアに押し寄せてきた。
あぁぁ、ほんと、なんてもの作らせたんだよ、メルティナ!!
君の言うとおり注目度はバッチリだったけど、この反響は極端すぎるよ!!
「黙ってないで助けてよ、アロンソ!」
こんな時こそ君の出番だよね!
「自業自得だ。 さっさと薬を作ってやれ」
だが、そう言いながらアロンソは行列の整理のために部屋を出ていってしまう。
ちょっとまって、この薬を僕一人で作れって言うの!?
あいにくと、ルルーお姉さんは別件でこの場には来ていない。
「疲れたよ! 腕が痛いよ! この薬、作るの結構大変なんだぞ!!」
叫んでも誰も答えを返してくれなかった。
あぁ、ほんと、誰か助けて!
僕は……僕は本当に困っています。