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バグベアーさんはお困りのようです  作者: 森のクマさん
第二章 迷宮のお医者さん
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悪魔の秘薬

今回の話は、ポォ以外の視点による三人称がほとんどを占めております。

「ポオ、いったい何があったというんだ!?」

 絶望に打ちひしがれ、呆然とする僕を、アロンソが横から心配げな口調とともに揺さぶる。

 だが、そのとき僕にはそれに答える気力すら残ってなかった。


 ……あぁ、どうしてこんなことになってしまったのだろう。

 僕は、モニターに移っている冒険者たちの群れを見て、一人嘆くしかなかった。

 先日までは、あんなに閑古鳥が鳴いていたというのに。


「僕は……僕はただ単に薬を作っただけなんだ。

 きっと、みんな喜んでくると思ったのに」

 そしてその薬を餌に冒険者をおびき寄せようとした、それが間違いだったのである。


「いったい何の薬を作った!?

 こいつら……尋常な目つきじゃないぞ」

 アロンソもまた、モニターを見てゾッとしたような声でつぶやく。

 そこに映っている冒険者の顔は、どれもが目を血走らせ、完全に正気を失っていた。

 メルティナに頼んであの薬のデモンストレーションを冒険者ギルドで行ってもらのだが、ここまで過剰に反応するとは予想外である。


 人間は恐ろしい……こんな些細なことで理性をなくし、魔族よりもずっと欲深く、無慈悲で残酷になれるのだから。

 さて、そんな世迷いごとはさておき、このまま座して冒険者を受け入れるなど冗談ではない。

 彼らが欲望と快楽に取り付かれて狂ったというのならば、僕は理性をもって彼らを砕こう。

 狂気が理性に勝利することがあってはならないのだ。


「……アロンソ。 時間稼ぎにしかならないとは思うけど、植物型魔獣に指示を出して防衛ラインを固めてくれる?

 その間に、彼らを地獄に送り返す方法を考えるから」

「わかった。 心配しなくても、いざとなったら俺が守ってやる。

 だから、安心して悪巧みをするといい」

「ひどい言い草だね。 まぁ、否定はしないけど」

 そんな軽口を叩きながらも、僕は何をすればよいかを必死で考えていた。

 あぁ、そうだ。

 僕も彼らも欲望に忠実すぎたのだよ。

 だから、その報いを受けなければなるまい。

 そして僕はこの恐怖によって十分に報いを受けた。

 だから――今度は君たちの番だ。


 僕は魔王城のシステムを呼び出して、音声出力機能を選択する。

 そしてマイクを接続してから彼らに告げた。


「このダンジョンに入った人間諸君に告ぐ。

 とても残念なお知らせだ」


 ――さぁ、人間達よ。

 不本意ではあるが魔族の誇りにかけて、君たちを惑わしてあげよう。

 せいぜいうまく踊ってくれたまえ。


「君たちの求める薬は数が少なく、君たち全員に行き渡るだけの量が無い。

 だから……誰が薬を得る権利があるかを、君たちらしく決めたまえ」

 すなわち――

 

「奪い合い、争いあうがいい。 僕がその舞台を用意してあげよう」

 かくして、災厄の宴の幕が上がった。


***


 ニコおじさんこと、ファウド・ニコルソンは街の巡査である。

 彼は元冒険者であり、街を守る優秀な騎士であり、そして善良な男であった。

 これはそんな彼が、自らの闇を垣間見ることとなった……実に忌まわしい事件の記録である。

 

 思えば、その日は朝から不気味な事が続いていた。

 出勤しようとしたら、玄関で靴紐が切れ、家のドアを開けたら黒猫が目の前を横切る。

 さらには通勤中に鳥の糞が靴に落ち、同僚のひっくり返したインク壺が昨日おそくまで残業して作成した書類の上に溢れ、見事台無しに。

 しかも先日職場の仲間と一緒に購入した評判のいい水虫の薬はまったく効果がなく、今日も詰め所には鼻が曲がるような足の臭いが充満していた。

 なお、一日中密閉度の高い鎧姿で、ブーツをはいたまま街を巡回する彼らにとって、水虫や陰金は避け難い職業病である。


 そして最後には、人望のない事で知られている上司から強制的な呼び出しがかかった。

 ヘマをやらかした覚えはない。

 だとしたら……

 前回は怪盗エメラルド捕縛の手柄をよこせととの内容だったが、今度はいったい何だというのか?

 確実なのは、絶対にロクな事ではないということだけである。


 ――畜生、今日は厄日だ。

 そうつぶやくニコルソンに、同僚たちはとても生ぬるい視線を送るのみだった。

 かばいたいのは山々だったが、誰だって火傷するのは嫌なのである。

 厄介なのは、この水虫だけで十分だ。

 そんな言葉を胸に秘めながら、彼らは自分の足の指の間に、効きもしない薬品を塗りつける。


「お呼びでしょうか、ゲスケネル巡査長」

「あぁ、楽にして構わない。

 一つ君にやってほしい仕事があってね」

 そう言って椅子を進めらられたが、ニコルソンに長話を聞く気はなかった。


「無理です。 今は手が離せません」

「潜入捜査を頼みたい」

 即座に拒絶するニコルソンに、ゲスケネル巡査長は頬のたるんだ顔に不気味笑みをはりつけながら言葉を押し付けてきた。


「今は急ぎの書類があるので他をあたっていただけないでしょうか」

 実際、台無しになった書類を今すぐ書き直さなければ経理を担当する年代モノのお姉さまに角が生えるだろう。

 そしてそんな事態になったとしても、ゲスケネル巡査長はきっと責任を取らない。


「残念だが、他に適任者がいないのだよ。

 ……元冒険者である君以外にはね」

 そう言いながら、ゲスケネル巡査長は胃がキュンとするような素敵な笑顔で書類を差し出す。

 いやいやながらその書類に目を通したニコルソンだが、内容を確認してさらにその顔が険しくなった。


「薬物ですか」

「そうだ。 なにやら、魔王城の一角で貴重な薬が手に入るらしい。

 だが、どんな薬なのかまったく分からない。

 分かっている事は、異様なまでにその薬を求める冒険者たちがいると言う事だけだ」

 なにやらずいぶんときな臭い話である。

 たしかにこれは街の平和を守る人間として見過ごす事はできない話だ。


「上は違法薬物を疑っているんですか?」

 この情報から導きだされる懸念はそれしかないだろう。

 ゲスケネル巡査長はわが意を得たりとばかりに大きくうなずく。


「その可能性は高いという事だ。

 似たような事件は過去にも何度かあったらしい」

 ――くそったれめ!

 ニコルソンは思わず心の中で毒づいた。


 この話が本当だとしたら、これは違法薬物……おそらく麻薬に手を染めた冒険者との戦いになる。

 そして彼らは、その麻薬を自分たちから奪われないよう、なりふりかまわず抵抗するだろう。

 冒険者とは、言わずもがな争いごとには慣れた連中だ。

 予想される被害がどれほどになるか、ニコルソンには想像もつかない。


 だが、ニコルソンには一つの懸念があった。


「お言葉ですが、私は冒険者たちに顔が知られています。

 むしろうちの若手を新人冒険者として潜り込ませたほうが有効かと」

 ニコルソンは実力を買われて冒険者から巡査になったことで知られている男だ。

 そんなニコルソンが冒険者たちに接近すれば、それこそ例の薬について官憲が調査を行っていると宣伝しているようなものである。

 だが、ゲスケネル巡査長は違う意見を持っているようだった。


「顔なじみなのは利点だろう?

 それとも、この私が判断にケチをつけようというのかね!?」

 ――殴りたい!

 ふてぶてしい笑みで自分の意見をゴリ押しする巡査長の顔は、サンドバッグに貼り付けるのにぴったりだと思う。

 だが、内心の苛立ちを飲み込みつつ、ニコルソンは上司を前にしてなおキッパリと言い切った。


「はい。 私では不適格です。 警戒されるだけですから」 

「そ、そこはなんとかしたまえ!

 君の頭は何のためについているのかね!!」

 少なくとも、明らかに効率の悪いアイディアを無理矢理実現するためにあるのではない事は確かだろう。


「私の考えはすでに述べました。 別の人間を使うべきです」

「そ、そこまで言うのなら適任者を指名したまえ! むろん私の人選を否定するのだからその程度の事は考えているのだろうね!」

 なんともひどい切り替えしだが、ニコルソンはニッコリと笑ってゲスケネル巡査長を指差した。


「では、巡査長ご自身を推薦いたします。

 貴方は冒険者に顔が知られてないし、機転もきくはずでしょう?

 普段からお伺いしている武勇伝からすれば冒険者ごとき束になっても問題ないでしょうし」

 むろん、ゲスケネル巡査長にそんな機転も武勇もあるはずが無い。

 彼にあるのは、有能な部下をすりつぶしつつその手柄を取り上げる才能と、上司へのゴマすりのみである。


「私は管理職だぞ!」

「ご心配なくとも、貴方の普段の薫陶のおかげで、我々は貴方がしばらく何もしなくても正常に機能しております」

 むしろいないほうが潤滑に動くというのが真実だ。


「どうぞお気兼ねなく全力を振るってください」

 激昂するゲスケネル巡査長に向かい、ニコルソンはさらに凄みのある笑みを向けるのだった。


「あ、あいにく私は忙しい身でな!

 この件はとにかく君に任せた!

 うまくやりたまえ! ほら、もう用は済んだから出てゆきたまえ!!」

 これ以上言葉を交わしても勝ち目が無いと悟ったのだろう。

 ゲスケネル巡査長は唾を撒き散らしながら話題を断ち切ると、ニコルソンに退出を命じた。


***


 冒険者に直接聞き込みをすれば、事件の中心にいる連中に警戒される……そんなデメリットを解決するためにニコルソンが頼った人物は、一人の女性だった。


「その話なら私も聞いているわ」

 馴染みのない、少し洒落た酒場で再会した女性――元怪盗エメラルドは少し物憂げな表情でそう答えた。

 本来ならば犯罪者である彼女とこんな風に会話をすることなどできないはずなのだが、あいにくと彼女は『怪盗エメラルドを語る偽者』ということになっているので、問題はない。

 なお、先日処刑された怪盗エメラルドはポォとルルーの作った精巧な偽物に、レイア姫が取り憑いて動かした代物である。


「……詳しく聞かせてくれないか?」

「嫌よ。 無粋な人は相手にしないことにしているの」

 早速話を聞きたがるニコルソンに、今は情報屋をしているというエメラルドは頬杖をついたまま艶っぽい笑みを見せた。

 つまり情報料を払えということだ。


「まったく、冒険者崩れのおっさんに何を期待しているんだか」

「プロは自分の仕事を安売りしないものよ。

 私に情報を求めるのなら、相手が3歳の子供だろうと対価に期待するわ。

 ただし、金にあかせたような代物はお断りね」

 もちろんそんなことはわかっていると思うけど。

 そう微笑むエメラルドとは対照的に、ニコルソンは苦虫を噛み潰したような顔を作った。


 いかにも享楽的な彼女らしい言い分である。

 だが、彼女がそんな性格であることは最初から百も承知だ。

 ――しょうがない、あれを出すか。


 ニコルソンは軽く溜息をつくと、懐から古びたメモを取り出した。

 そしてエメラルドから視線を外し、奥にいたバーテンに声をかける。

「バーテンさん、貴方の職務を考えれば失礼だと思うのだが、このレシピで酒を作ってくれないか? 私と彼女の二人分で」

「かしこまりました」

 随分と奇妙な申し出だが、バーテンは表情を変えることなくそのレシピを受け取り、その内容に目を通す。

 そして片方の眉を一度だけを器用に跳ね上げた。


 だが、一瞬で顔を無理やり平常に戻すと、どこか面白がるような微笑みを浮かべつつも酒を作り始める。

 シェーカーにレシピ通りの酒と果実の絞り汁を入れ、氷の塊をいくつも放り込んでから軽快にかき回す。

 その軽快な音楽にも似た音に耳を傾けながら、エメラルドは楽しそうに職人の仕事を眺めていた。


「お待たせしました」

 やがて出てきたのは、透き通った緑の宝石のような色をしたカクテル。

 確かに綺麗ではあるが、それほど珍しいものではない。


「私の名前と瞳の色にちなんだ酒を出してきたってこと?

 残念だけど、この程度じゃ及第点は上げられないわよ」

 その鮮やかな緑は確かにエメラルドの目の色と同じだったが、その程度の演出で彼女が満足するはずがない。

 ニコルソンを見つめる目に、かすかに失望の色がよぎった。

 だが、これも想定内である。


「この酒の名はアラウンド・ザ・ワールド。

 知っているかもしれないが、ジンをベースにパイナップルとミントの酒を混ぜたカクテルだ」

「ただし、その配合の比率は人によって様々。 つまり、これはあなたのオリジナルの配合ってわけね……

 世界一周の名もワクワクするし、演出としては悪くなくてよ? いただくわ」

 ニコルソンの口上を遮ると、エメラルドは差し出された酒をあおり、そして驚きとも失望ともつかない奇妙な表情を浮かべた。


「感想を言っていい?」

「どうぞ」

「ジンの配合が多すぎ。 ミント入れすぎ。 執拗にパイナップルの甘さを削っているところが、まるで大人ぶったやんちゃな子供みたいね」

 随分とひどい評価である。

 いや、むしろこんなものを対価としてよこしたニコルソンこそひどいというべきか。

 だが、ニコルソンはどこか遠い目をしながら苦笑を浮かべる。


「そりゃそうさ。 私が冒険者時代にいきがって作ったレシピだからな。 ガキ臭い味だろ?

 だが、当時はこんな酒を最高だと思ってたんだ」

 そう、これは彼の黒歴史というやつであった。

 当時の彼は、舌が痺れるほどひどい酒を平然と煽り、それがかっこいいと思い込んでいたのである。


「こいつは昔の私そのものだよ。 とがってて、自己満足ばかりで、少なくとも旨いはずは無い。

 まさに酒としては最低だ。

 ……さて、私の恥ずかしい思い出の味はいかがかな?」

 そう言ってニコルソンがわざとウインクをしてみると、エメラルドは腹を抱えて笑い転げた。


「に、似合わない! あんたその地味で渋い顔して、昔はヤンチャだったんだ?!」

 見れば、バーテンも必死で笑いをこらえている。


「私にだって若いころはあったさ。 これでも結構強かったんだぞ?」

「し、知ってるけど……今とあんまりにも違いすぎて……」

 どうやら笑いすぎて、エメラルドは喋るのも億劫らしい。

 悪かったな、落差が酷すぎて。


 ――しかし、懐かしい。

 冒険者として世界中に我が名をとどろかせよう。

 これはそんな馬鹿げた夢を掲げていたころに仲間同士で作った酒だった。

 そのせいだろうか、苦味を感じさせるものなど一つも入っていないというのに、最近はこの酒を飲むといつもほろ苦く感じる。

 記憶にあるよりかなりマシな味がするのは、おそらくバーテンの意地という奴なのだろう。

 カクテルというものは、シェイク一つでずいぶんと味が変わるものだから。


 しかし、ずいぶんと自分も変わったものである。

 この話も少し前までは黒歴史として思い出すのも嫌だったが、今では初対面の相手を笑わせる鉄板のネタだ。

 たぶん、年を重ねるというのはこんな感じなのだろうな。


「バーテンさん、同じものをもう一杯。

 ただし、今度の配合は貴方の流儀で」

 変わってゆく自分に一抹の寂しさを感じながら、ニコルソンは酒をもう一杯頼んだ。

 さすがにわざわざまずいものを何度も作らせるのはしのびなく、今度の配合はバーテンにおまかせである。


「私はさっきと同じものをもう一杯頂戴」

 だが、意外なことにエメラルドは先ほどと同じレシピを求めてきた。

 あんなにひどい味だったのにである。


「そんなにうまいものじゃないと思うが?」

「そうね。 でも、他人の間抜けな過去ほど面白い酒の肴は無いわ」

 そう言いながら、彼女は意地の悪い笑みをニコルソンに向けた。


「そりゃよかったな。 私からの貢物は気に入ってもらえたかい?」

「ええ、久しぶりに大笑いさせてもらったわ。 あなたの若かりし頃の栄光に乾杯」

 そしてまずいカクテルを一気に煽ると、今度はニコルソンの飲みかけのアラウンドザ・ワールドを奪い去り、わざと彼の口をつけたところを自分側に向ける。


「今の美味しくなった貴方にも乾杯」

 彼女の台詞がどこまで冗談なのかを推し量りながら、ニコルソンは今晩どんな顔で妻と娘のもとへと帰るべきだろうかと考えた。

【アラウンドザワールド】

 世界一周の航路が確立されたことを記念して作られたカクテル。

 詳しくは下記リンクを参照してくださいませ。

http://ponnnekosan.blog77.fc2.com/blog-entry-299.html

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