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バグベアーさんはお困りのようです  作者: 森のクマさん
第二章 迷宮のお医者さん
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クマさん森から出る

 一つ、ここは診療所ですので、喧嘩はしないでください。

 一つ、このドアをくぐると一時的に装備は没収されますが、帰るときにはお返しします。

 一つ、店主は魔族ですが、いじめないでください。


 以上の条件にご了承いただける方のみ、ドアをあけてお進みください。

 なお、通貨は人間の社会のものでもご利用できます。


「よし、これでいいかな」

 僕は真っ黒な石壁に取り付けた看板を見て、一人うなずいた。

 なお、今僕がいるのは魔王城の一角にある空き部屋である。

 そして、今日からここは、この僕の期間限定出張診療所だ。


「お前なぁ、いくら早く事態を収束させたいからって、ここまですることないだろ」

 隣でそれを見ていたアロンソが、手を腰に当てながらあきれたようにボソボソとつぶやく。


「わかってないなぁ、アロンソ。 みんなが忙しく動いているなかで、僕だけ何も出来ないだなんて耐えられると思うかい?

 これでもプライドというものがあるのだよ」

 僕が肩をすくめると、アロンソは苦い表情でため息をつくと、ひざを折って顔を近づけてきた。


「とは言ってもなぁ。 まさか、魔王城の迷宮の中に診療所を開いて、人間の冒険者と接点を持つってのはやりすぎだと思うぞ」

 まぁ、彼の言うこともわからなくはない。

 これでも僕は公爵家の娘だからね。

 万が一が起きたときは、それこそ怒り狂った魔族たちによて人間社会の版図が縮まることになるだろう。


 けど、今の現状を考えると何もしないというのは心情的にちょっと無理だよ。

 今でさえ転移の排出先として設定されている僕の畑には駐在所が立てられて、パパの部下である兵士が見張りにつくことになっている状況だ。

 いつまでもそんな迷惑はかけられないし、なによりも自宅の中が物々しくなるのは気分がよくない。


 それに……あの宝珠が悪用されたら、僕の家めがけて人間の軍隊が押しかけるということにもなりかねないのだ。

 こんな恐ろしい状況で、自分では何もせずに枕を高くして眠る……なんてことが出来るはずないでしょ。


 だからこそ、僕は人間達との接点が発生する魔王城の中で診療所を開き、情報を集め、冒険者に依頼して宝珠を回収することにしたのである。


「これがだめだというならば、ほかに何か僕に出来ることがあるとでも?」

「そこまで嫌なら引っ越せばいいじゃないか。 カシュナガルの森以外にもよさそうな場所はいくらでもあるだろ」

 すかさがアロンソは見も蓋もないことを言い出す。

 これだから頭のいい奴は嫌いだよ。

 たしかに、引っ越してしまえば僕個人にかかる被害はなくなるだろうね。


「それは嫌なの! あの場所は僕のお気に入りだからね。

 だいたい、僕が診療所を作るといったときに、カシュナガルの森を勧めたのは君じゃないか。

 俺の故郷はとてもいい所なんだって、なんども自慢しただろ!」

「まぁ……そりゃそうなんだが……俺はお前の身を心配してだな」

 あぁ、もぅ、いい加減イライラしてきた。


「とにかく! 大丈夫だって言ったら大丈夫なの!!」

 僕は肉球でテーブルをバンバンと叩いて勢いでアロンソをやり込めようとしたのだが、あいにくと奴はそれで引っ込んでくれるような相手ではない。


「大丈夫じゃねぇよ。 だいたいお前、一人でやることないだろ。 ほかの連中はどうしたんだよ」

 いい質問だね、アロンソ。

 僕もそれを考えなかったと思うかい?


「ルルーお姉さんは薬草畑の再生作業。 ほかの面子に診療所の仕事が勤まると思う?」

「あぁっ!?」

 その瞬間、アロンソは手を顔を覆って盛大に嘆いた。


「……なんてこった。 きわめて深刻な人材不足だ」

 うん、僕もこのアイディアを思いついた時に思ったけど、うちの面子って本当に能力のバランスが悪いんだ。

 それに、ルルーお姉さんは人間の社会じゃ賢者として顔が知れ渡っているので、冒険者と顔を合わせるわけにも行かない。

 ある意味、知り合いで僕の手伝いが出来るとしたらアロンソぐらいのものなのだが……


「やれやれ、なんで今日に限って営業の仕事が多いのかねぇ」

「どのみち、君も毎日いられるわけじゃないでしょ。 人のこと構ってないで自分の仕事しなよ」

 そう、彼は国内最大の精肉加工会社ティレスミートホールディングの看板息子である。

 彼の類まれなるほどに顔は、それ一つで企業の売り上げに大きな影響が出る魔法の杖なのだ。

 本来ならば、こんなふうに僕の心配をしている暇などないはずである。

 それが分かっているので、彼も今日は僕の手伝いをするとは言わない。


「ポォ、絶対に無理はするなよ。

 怪しい奴が客だったら、たとえ死に掛かっていても治療はするな」

「それは約束できないな。 だって……僕は魔術医だから」

 そもそも、それが出来ていたらこんな面倒なことにはなってないってば。

 まぁ、かわりに友人には恵まれたけどね。


「だったら、普通にどっかの研究所にでも入って、別の方面で社会貢献しておいてくれ!

 だいたい、こんなところで人間に利益のある仕事なんかしていいのか?」

 彼の言うとおり、基本的に人間を治療すれば魔王城に勤める人に迷惑がかかる。

 普通なら魔王城の中に人間相手の診療所なんて作っちゃいけない代物だ。


 まぁ、本来ならばの話だけどね。

 何事にも抜け穴はあるのだよ。

 

「あ……お前、まさか無許可じゃないだろうな!」

 彼はジト目で僕をにらみながらつぶやいた。

 失礼な。

 僕がそんな事をするとでもおもったかい?


「心配ないよ。 ちゃんとパパの許可もとってあるから。

 魔族の間にも、人間と共生しようという派閥があるのは知っているでしょ?

 その派閥にかけあって、魔族への敵意を和らげる事業の一環として政府に営業を認めさせたのさ」

 僕が問題ないことを説明すると、アロンソはため息を吐きながら首を横に振った。


「ほんと……こういうところだけは知恵が回るよな」

 どうやら何を言っても無駄だと悟ったのだろう。

 しょんぼりしたアロンソの背中はいつもより小さく見えた。


「いいか、お前に何かあったらすっ飛んでくるからな。

 そのときは力ずくでもやめさせるから覚悟しておけ!」

「ほんと心配性だなぁ……ほら、さっさと仕事に行った行った!」

 はっきり言って、このまま話しをしていてもアロンソが納得するとは思えない。

 僕は彼の太くて長い尻尾を引っつかむと、強引に診療所の外へと引っ張り出した。


「お、おい、こら! ……わかったから尻尾にさわるな! あぁぁ、そんな強く引っ張るな馬鹿!」

 ふふふ、君の弱点がその尻尾の根元だって事はすでに判明しているのだよ!

 前魔王陛下からのタレ込みだから間違いない!

 事実、尻尾を握られたアロンソは力が入らないようだし、効果は抜群だ!

 あまり強く握らずに、そっとなでるように扱うのがコツだと言っていたけど、まさかアロンソにそんな弱点があるとはね。

 なぜか下腹部を両手で隠し、顔が真っ赤になっているんだけど、もしかして怒ってるのかな?

 ま、いいや。


「ダメですー 手ぬるいことしていたら、君はいつまでも出てゆかないからね。

 尻尾を引っ張られるのが嫌だったら、さっさとお帰りください」

 軽口を叩きながら往生際の悪いアロンソを無理矢理ドアの外まで引っ張ると、僕はすかさず診療所のドアを閉めた。

 それでもアロンソはしばらくその場に立ち尽くしていたのだが、彼のポケットから携帯術話機が鳴り響いて仕事先からの連絡が入るとさすがにあきらめもついたのだろう。

 ようやく肩を落としつつ立ち去ってゆく。

 その背中を鍵穴から眺めながら、僕は大きくため息を吐いた。


「ほんと、うるさいんだから。 これでも僕は君より年上なんだぞ、アロンソ」

 ここはビシッと仕事で成果を出して、年上の威厳という奴を見せ付けてやらなければ!

 僕は一人拳を握り締めて誓うのであった。


 ……が、僕がこのあとすぐに誰かの助けを求めたくなるほど困窮する事は言うまでもない。

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