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バグベアーさんはお困りのようです  作者: 森のクマさん
第一章 乱された平穏
4/18

友情と解なき哲学

 晴れた日は美しい

 そんな歌詞の低い歌声が、鶏肉の焼ける香ばしい匂いとともに庭に作った即席のオーブンのほうから流れてくる。

 好きな女性のことを『私の太陽』と連呼する、実際のせりふだったらかなり恥ずかしい歌だ。


「ほんに、腰に響くようないい声じゃのぉ……奴が死んだら我が伴侶に誘うのもよいかもしれぬ」

 そう言いながら僕の秘蔵の美形スケルトンのカタログを見ているのは、僕の家にすっかり憑りついてしまったレイア姫という幽霊である。

 幽霊の癖に昼間っからどうどうと出てこないでよね、ほんと。


「アロンソを誘うのは勝手だけど、憑り殺したりしないでよね」

「心配せんでも、あれは生命力も精神力も強すぎて妾の手には余るわ」

 手に余るねぇ。

 ほんと、このお姫様が言うとどこまでが冗談だからわからないからたちが悪い。

 僕が数少ない貴重な友人の安全を心配していると、その当人が勝手口のドアを開けて戻ってきた。


「おい、そろそろ飯ができるからみんなに声をかけてくれ」

「うん。 わかった」

 僕は作り終わった薬を机において席を立つ。

 すると、その薬のラベルを見てアロンソがおやっと声を上げた。


「なんだ、珍しい薬を作っているな」

「あ、それ? 例の宝珠をそろそろなんとかしたいからね。 人間の社会まで壊しにゆく準備だよ」

 僕が作ったのは、人間化薬という人間社会を探る間諜御用達の薬である。

 効果のほうは、3日ほどの間だけ魔族を人間の姿に変えるというものだ。


「面倒なことだな」

「仕方が無いよ。 今のうちにやらないともっと面倒なことになりそうだから」

「違いない」

 苦笑いしながら、アロンソは出来上がった鶏の丸焼きをキッチンへと運び込む。

 今日のメニューは取れたばかりのジャガイモでつくったポタージュと、フィアーレンダー・シュトゥーベンキューケンという舌をかみそうな名前の鶏肉料理だ。

 名前だけじゃどんな料理かわからないだろうけど、アロンソの話によると低地で育った肉質のやわらかい種類の鶏の腹に、ハムやトリュフを詰めてグリルにしたもので、いずれにせよ僕には作れない大掛かりで面倒なご馳走である。


「アロンソは薬草園でルルーお姉さんを呼んできて。

 僕は玄関先で近所の男の子に口説かれていい気になっているメルティナを呼んでくるから」

「あいつ、半猫の状態でまだそんな遊びしてんのかよ」

「いいんじゃない? 本人は楽しいみたいだし」

 そして僕が近所のサカリのついたガキンチョを追い払い、気持ちのが悪いぐらい猫をかぶったメルティナを引きずって食卓に戻ってくると、すっかり食事の準備が整っていた。


「あ、ごめん。 手伝いができなくて……」

 デザートのルバーブのタルトは僕が作ったものの、今日のお昼はほとんどアロンソにまかせっきりになってしまった。

 うーん、なんというか居心地がよすぎて危険を感じるよ。

 そんな僕の葛藤をよそに、アロンソはニッコリと機嫌よさそうに笑う。


「気にするな。 レイア姫が手伝ってくれた」

「ほほほ、たまには庶民のするようなことも楽しいものじゃの」

 優美な笑みを浮かべるレイア姫だが、その笑顔に僕はなんとなく黒いものを感じていた。

 キャラが違うだろ!

 お前の本性が男かと思うぐらい女子力低いゴリラ女であることは知っているんだぞ!

 いったい何をしかけた、このわがまま幽霊!?

 睨み付けたところで白状するような奴じゃないことはわかっているが、なんともいえない不安がよぎる。


「どうしたんだ? スープが冷める前に食べてくれ」

「あ、ごめんアロンソ。 じゃあ、いただきます!」

 どうしようもなく心配ではあったが、確たる証拠もなしに昼食を中止してはせっかく作ってくれたアロンソに申し訳ない。

 僕はわざと楽しげな笑顔を貼り付けて自分の昼食に手をつけた。


「うわっ、このスープおいしい!」

「そーだろそーだろ、今朝うちで絞った牛乳と、ポォの畑で取れた新ジャガイモで作ったポタージュだからな」

「この鳥の丸焼きも絶品ですね。 余分な脂が落とされた鶏の肉に、トリュフのうまみと香りがたっぷりしみこんで……」

「わかってるねぇ。 この焼き加減がポイントでなぁ、焼きすぎるとすぐに肉が硬くなって……」

 とまぁ、こんな感じでしばらくは何事も無く楽しい昼食が続いていたんだよ。

 そう……

 ふと、僕が自分の作った薬の瓶を見て、中身が半分ほどなくなっていることに気づくまでは。


「ちょっとまって、全員ストップ!

 僕の作った人間化薬が半分なくなっているじゃないか! レイア姫、何に入れた!!」

「おや、なぜ妾を疑う……といいたいところじゃが、お主がそこの牛頭の顔の出来をあまりにも褒めるものでのぉ。

 人になったらどれほどのものか試してみたくなったのじゃ」

 ニヤリと笑うレイア姫だが、後悔するがいいよ……お前はしてはならないことをしてしまった。


「ルルー先生、メルティナ、目を閉じて。 絶対に見ちゃダメ」

「え、なに?」

「どういうことです?」

 だが、時すでに遅し。

 アロンソの変異はすでに始まっていた。


「あれ? アロンソさんの角が小さくなってる?」

「それに、なんか雰囲気が……」

 くっ、間に合え!

 僕はとっさにメルティナの頭に飛びついて、その視線からアロンソをはずす。

 ルルー先生は残念ながら距離があったために手が届かなかった。

 ごめん、クラウド!


「あ、あぁぁぁぁぁぁ!?」

「えぇぇぇぇぇ!?」

 そして長閑だった昼食の場に、レイア姫とルルー先生の悲鳴が響き渡る。


「な、何が起きているの?」

「メルティナ、僕が処置するまで絶対に顔を上げちゃダメ。

 人間化したアロンソは、君たちにとって兵器だから」

 メルティナに強くそういい含めると、僕はルルーお姉さんの精神がアロンソの顔面にこれ以上汚染されないようにそっと椅子の向きを変えた。


「お前な、人のことをなんだと思っている」

「対女性用最終兵器。 甘い囁きひとつで魔王城に攻めてきた100人以上の女冒険者を全員戦闘不能にしたのはどちらさまでしたっけ?」

「ふ、古い話だ!」

 古いも何も、そのころから顔が変わってないでしょ。


「とりあえず、これでも頭からかぶってて」

 僕は食器を拭くためにおいてあったタオルをアロンソに投げつけた。


「うわっぷ……扱いがあまりにもひでぇよ」

 そしてアロンソの危険すぎる顔が布で隠れると、僕はようやく一息ついてメルティナの体を起こす。


「もういいよ、メルティナ。 とりあえず危険ではなくなったから」

「な、なんなのよ、もう」

 そして彼女は周囲を見渡してヒッと小さく悲鳴をあげた。

 ルルーお姉さんは小声でブツブツと「わ、私にはクラウドさんと言う人が……でも、アロンソさん……王子様すぎて……普段があれなのに……反則過ぎる……あれじゃ何をやっても」といった感じで延々とつぶやいている。


 そしてレイア姫はというと、体がほとんど消えかかっていた。

「あぁぁ……だめじゃ……昇天……昇天してしまう」

 いっそそのまま昇天してしまうがいいよ、このお馬鹿姫。

 魔族史上、空前絶後のアイドルと呼ばれた男の顔をその目で見た報いだ。


「とりあえずルルーお姉さんをベッドへ。 人間が人化したアロンソと三秒以上目を合わせたら半日は意識不明になるよ」

「なにその石化の呪いみたいな顔」

「……人聞きが悪い」

 そう言いながら、アロンソはズボンのポケットからサングラスを取り出してゴソゴソと布の下で装着している。


「これでどうだ? 少なくとも意識が飛ぶことはないだろ」

 そして布の下から出てきたアロンソの顔を見て、メネティナがガタっと身じろぎをした。


「うわっ、サラサラのプラチナブロンドだし、いつもと違って程よく筋肉質だし、雰囲気が死ぬほど色っぽいし、なにこの王子様。

 むしろ威圧感がすごいから王様? サングラスで目元隠しているのにそれでも美形すぎて心臓に悪いんだけど。

 ……というより、普段と違いすぎて怖い」

「魔族から見たらいつもこんな感じだよ。

 普段からサングラスを持っているのも、素顔で仕事に出ると営業先で事件が起きちゃうからだし」

 そういう意味ではなかなか難儀な星の下に生まれた奴である。

 実家は奴が営業するだけで死ぬほど売り上げが上がるからウハウハらしいけどね。


「まともに目を合わせたら色気にあてられて意識が飛ぶよ。 ほとんど邪眼だね。

 牛顔のときは君らにとって無害なんでほっといたけど、この姿のときは出来るだけ近寄らないように」

「ねぇ、ポォ先生って、この顔にほぼ毎日迫られているの?」

 何か信じられないといわんばかりの目をメルティナが向けてくる。

 そりゃ初対面のときは僕ものぼせ上がったけどさ。


「まぁ、好みじゃないし。 三日もそばにいたら見慣れるよ」

「見慣れてほしくなかった……というより、お前も人間化が始まってるぞ、ポォ」

 ……え?

 アロンソの指摘に自分の顔に手を当てると、僕の顔を覆っている和毛がきれいさっぱりなくなっていた。

 あぁぁ、肉球もなくなってるし!


「か……かわいい!!」

 そんな声と同時に衝撃が襲い掛かり、僕の視界が横に大きく揺れる。


「いやぁぁぁぁ! ポォさんこんなかわいかったの!? あぁん、もふもふさせて!!」

「髪伸びてるし! お人形さんみたい! すっごーい、お姫様みたい!!」

「ちょっと、メルティナ! ルルーお姉さん! やめて! 抱きつかないで! アロンソ、見てないで助けて!!」

 正気に戻ったルルーお姉さんとメルティナにもみくちゃにされ、思わずアロンソに助けを求めたが、奴は口元をゆがめてニヒルに笑うだけだった。


「俺が対女性用最終兵器なら、お前だって対男用最終兵器じゃねぇかよ。

 しっかり俺の中和剤の役目をこなしやがれ、この、永遠のロリっ娘アイドルめ」

 不本意な……僕を目にしたアロンソの被害者が正気に戻る確立が高いのは確かだけどさ。

 僕だって好きでこんな姿に生まれたんじゃないよ!


 だが、そのときだった。

 再びイチゴ畑での方角から、不吉な音が響き渡ったのは。


「まさか……!?」

「確認するぞ」

 マタタビに群がる猫のようになっていた二人から僕を引き抜くと、アロンソは僕を小脇に抱えたまま一目散に裏庭を目指した。


「やっぱり!」

 イチゴ畑にたどり着くと、そこにはやはり人間が落ちていた。

 だが、今回落ちてきた人間は、なんと二人。


 今はイチゴの季節も終わったので、万が一に備えてアロンソが屋根の無い檻を置いておいたのだけど、これ……一人用だったんだよね。


「ふはははは、貴様の悪運もこれまでだ、観念せい!」

「ちょっと、どこに顔をうずめたまま言ってるのよ、このドスケベ!」

 うん、胸ですね。

 捕まっていたのは人間の男女だったんだけど、なんかすごく仲が悪そう。


「や、やかましい! 不可抗力だ!!」

「官憲がそんなんでいいとでも思ってるの、この変態巡査! 市民の敵!!」

 僕たちを無視して言い争う二人を見ていると、ルルーお姉さんがぼそりと後ろからつぶやく。


「あの男女のうち、男のほうは、街の治安を守る騎士ですね。 鎧の紋章に見覚えがあります」

「そうなんだ? ところで僕を後ろから抱きしめるの、やめてくれない?」

「嫌です。 ……ポォ先生の魅力で中和していないと、私、クラウド君を裏切ってしまうことになりそうですから」

 そう言って、ルルーお姉さんは僕の体をがっしりと抱きしめた。

 その横では、メルティナが同じような顔をして僕の体を狙っている。

 くそぅ、アロンソの顔がいいばかりに僕までこんな目に。


「そ、そこの君! ここから出してくれないか!

 私はこの街を守る巡査でニコルソンという。 この女……怪盗エメラルドをやっとのことで捕らえることに成功したのだ!」

「誰がつかまったですって?

 私を捉えることが出来るのは、美しい王子様の魅力だけよ!」

 なにこの痛い人。

「誰が痛い人ですって!?」

「ポォさん、口に出てましたよ」

 あら、いっけなーい。


「まぁ、そんなところでわめかれても迷惑なので出してあげますけど、変な動きしないでくださいね?

 うかつに動いたら命の保障は出来ませんよ?」

 だって――


「ここ、魔族の国の奥地ですから」

 その瞬間、二人の顔が見事に凍りついた。


「ちょっとぉ、どうやって帰るのよ! 魔族の村ですって!? お、おぞましい!!」

 おぞましいって何だよ、失礼な。


「まぁ、運がよければ帰れるんじゃないですか?

 人間の国とは、魔王城をはさんで反対側に1000キロほど離れた場所にありますけどね」

 僕が真実を告げると、女の人はブツブツと何かをつぶやいて現実逃避を始める。

 この女の人に限っては、とっとと見捨てて土に還したほうがいいよう気がするよ。


「な、何か方法は無いだろうか、そ、そこの……愛らしいお嬢さん」

 愛らしいお嬢さんはいいとして、何で手をワキワキさせているんですか、そこのおじさん。


「ポォ先生には触らせませんよ。 これは私たちの共有財産です」

「だめだよ」

「……くっ」

 ルルーお姉さんとメルティナが僕の体をおじさんから遠ざけると、おじさんは繭をハの字にして無念そうな声を上げた。


「とりあえず暴れても無駄だって理解してもらえただろうから、まずは事情を聞こうかな」

 僕はアロンソに目配せをしてからキーワードを唱え、魔力で封鎖されていた檻のドアを開いた。


 そして家に戻ってお互いに情報交換をした結果……


「なるほどね、怪盗を追っていた途中でなぞの光に包まれてここに飛ばされたのか」

「うむ。 君たちの話を聞く限りだと、そこで現実逃避している女が使った逃走用の魔術に反応したと思われる」

 出来立てのスコーンをかじりながら、実はぎりぎり20代だったニコルソンは短く整えた顎鬚にお菓子の屑がつくのを気にしながらそんな推論を語りだした。


「だとしたら、宝珠は転移が行われた場所に落ちているはずだね、 でも、何でそんなものを盗んだんだろう?」

「見た目は宝石みたいな代物ですから、間違えたんじゃないかと」

 そう答えたのは。ルルーお姉さんだ。

 実物を見たことがある彼女の言うことだから、ほぼ間違いは無いだろう。


「とりあえず、怪我もなさそうだし帰還魔術で帰してあげるよ。

 けど、そこの女の人はどうしようかな?」

 怪盗エメラルドと呼ばれた女は、いまだに呆然としたまま壁とお見合いをしていた。

 まぁ、面倒くさそうだから途中でアロンソのサングラス外して黙らせたんだけどね。


「アロンソのところで精肉加工する?」

「お、いいなぁ。 最近は人間肉も流通が滞っているし、お袋もよろこぶぞ」

 だが、ニコルソンさん……めんどくさいのでニコおじさんと呼ぶけど、彼があわてて待ったをかけてきた。


「す、すまないがその女もこちらに引き渡してもらえないだろうか。

 私の役目上、連れ帰って法の裁きにかけなければならんのだ」

「でも、それってこちらにとっては何の益もない、すごく迷惑なだけの話なんだけど……」

 これだけ迷惑かけられたのに、何も得るものは無いってこと?

 いい加減怒るよ?


「す、すまないとは思っている」

 ニコおじさんが平身低頭で謝ってくるが、そんな事をされても意味は無い。


 だが、そのときだった。

 裏庭の方角から、ドサドサドサっと再び大きな音が響く。

 続いて、ガシャンと檻のひっくりかえる恐ろしげな音。


「なっ、何がおきたの!?」

「わからん。 ただ、また人間が飛んできたみたいだ!」

 な、なんだって!?


 あわてて駆けつけると、そこには今までとは比べ物にならないぐらいひどい光景が広がっていた。

「な、なに、この大量の小汚い人間たちは!?」

 そこにいたのは、貧しい辺境のゴブリンもかくやといわんばかりの襤褸をまとった人間たちがあふれかえっている。

 その数、大人も子供も合わせて40人以上はいるんじゃないだろうか?

 そして彼らは、まるで悪性の病原体のように僕の庭で好き勝手なことを開始する。


「おい、こんなところに新鮮な野菜があるぞ!」

「もらっちまえ!」

「かーちゃん、おしっこー」

「その辺で済ませちまいな」

 うわぁぁぁ、やめて! やめて!

 人間のおしっこは植物に有害なの! 土のPHがかわっただけでしおれちゃうの!!

 あぁぁぁぁ僕の庭が、僕の庭があらされてゆく!

 いったいどういうこと!?


「しまった、誰かが宝珠を貧民窟で発動させたな!? 怪盗エメラルドを捕縛したのは、たしか貧民窟のそばだったし……」

 ニコおじさんがぼそりとつぶやく間も、彼らの暴虐はとどまるところを知らない。


「おい、こっちには高そうな薬草があるぜー」

「よっしゃー! 引っこ抜いて売り飛ばせ!!」

 そのせりふに、ルルーお姉さんが真っ青になった。


「あぁぁぁぁ! 貴重なピンクレモングラスが!? あああ、そのウィンターマシューは枝を切ったら5秒で全体が劣化するの! だめ! お願いやめて!!」

「い、いやあぁぁぁ! 僕の薬草畑が!!」

 思わず飛び出そうとした僕とルルーお姉さんだったが、アロンソにその襟首をむんずと捕まえられる。


「アロンソ?」

「心配するな。 後ろで見ていろ。

 ……害獣共め、駆逐してやる」

 そう言って、彼は虚空から巨大な斧を取り出した。

 だ、だめ! ここで血を流すのは……


「ちょっ、ちょっとまってくれ!! せめて説得を!!」

 だが、害獣を駆逐しようとするアロンソの前にニコおじさんが回りこんで両腕を広げる。

 あ、ありがと! ニコおじさん!!


「くっ、やるなら早くやれ!!」

「わ、わかっている……君たち、ここは私有地だ! 畑を荒らすのはやめなさい!!」

 だが、侵入者たちが動きを止めたのは、ほんの一瞬だけだった。


「あぁ? 見ろよ、あいつ巡査だぜ」

「どうする?」

「見たところ一人だ。 やっちまおうぜ! 身包み全部いただいて死体は川に捨てればいい!!」

 彼らは剣呑な視線をニコおじさんに向けると、憎悪のこもった目をしたままゆっくりとこちらに近づいてくる。

 や、やくただずぅ!


「おい、待ちたまえ! ここは君たちの住んでいる場所じゃないんだ!」

 ニコおじさんが脂汗を流しながら静止しようとするが、彼らの歩みはとまらない。

 彼らは吐き気がするような、卑しい笑みを浮かべるだけだった。


「おい、みんな手を貸せ! やっちまうぞ!」

「やらなきゃどうせ野菜泥棒の罪で牢獄行きだ!! あいつら、俺たちのことなんてどうせムシケラとしか思ってないしな!!」

「後ろの奴らはどうする?」

「おい、あのちっこい女、ものすごい別嬪だぜ!?」

 その声に、女の貧民が答えた。

「決まってるだろ、とっ捕まえて奴隷商人に売りつけるんだよ! あんたたちもボォッとしてないで騎士にむかってその辺の石を投げつけな!」

「おぅ!」

 すると、男たちのみならず、女も子供も手に石を持って僕たちに投げつけてくる。

 うわぁ、なんて野蛮で凶暴なんだ!?


「ちょっ……痛い! 痛い!」

 なんだよ、この人間たち!?

 もしかして、野蛮すぎて言葉が通じてないのではないだろうか!?


「お前ら、ポオを連れて建物の中へ!」

「はやく! こっち!!」

 僕はメルティナに抱えられるようにして建物の中へと引きずられてゆく。

 遠ざかる景色の中で、再びアロンソが斧を構えた。


「このゴミ共か……皆殺しにしてやる!」

「やめて、アロンソ! 僕の診療所で血を流さないで!!」

 僕は……僕はもう、戦場を見るのは嫌なんだ!!


「だが、どうするんだよ、このサルみたいな奴ら!!」

「も、申し訳ない! 申し訳ない!!」

 ニコおじさんが何度も謝る中、投げつけられた石ころが何度もアロンソとニコおじさんの体を打ち据える。

 そして、事件はさらに恐ろしい展開を迎えようとしていた。


「ポォ先生ぇー 俺の嫁、きてません……か……」

 そ、その声は……クラウド?

 聞き間違い出なければ、その声は製剤所の小倅にして、ルルーお姉さんの婚約者であるワーウルフの声だった。

 そして、庭に入ってきたクラウドの姿を見た人間たちは、その人間にはあらざる姿にパニックを引き起こす。


「うわぁぁぁぁ! ばけものだ!」

「うわぁぁぁ! 人間の群れだ! アオッアオォォォォォォォォォォン!!」

 さらに、その反応に驚いたクラウドが、助けを呼ぶために遠吠えを放ったことで、事態はさらに急加速する。


「敵襲! ポォ先生のお屋敷に敵襲!! アオォォォォォォォォォアオォォォォォォォォ!」

 や、やめてクラウド! ま、まずい!! このままじゃ大事になっちゃう!?

 クラウドの遠吠えがさらに響くと同時に、森の中で次々に返答の雄たけびがいくつも上がる。

 そして地響きを……いや、地面を揺らしながら何かが急速に近づいてきた。

 これ、まさか近隣の住民たちが押し寄せてくる音!?


「誰だ、俺たちのポォ先生に手を出した屑はぁぁぁ!!」

「ぶっ殺す! ぶっ殺す! ぶっ殺す!!」

 オーガ、トロール、ミノタウロス、オーク、ゴブリン、バグベア、ケンタウロス、ダークエルフ、そのほかにも数え切れないほどのご近所さんたちが怒号とともに駆けつけるまで、わずか2分。

 は、早すぎるだろ!?


「アロンソ会長! ポオ先生ファンクラブ、まもなく全員集合します!!」

 その報告に、アロンソが鷹揚にうなずく。

 うわ、あの人たち、アロンソが人の姿でも本人だとわかるんだ?

 たぶん、匂い辺りで判断しているんだろうとはおもうけど。

 それよりも、僕のファンクラブって何!?


「よし、あのサル共を駆逐するぞ! いいか、絶対に血は流すな! 生かして捕らえろ! ポォが嫌がる!」

「了解であります!!」

「ポォ先生のファンクラブの人間しか住んでいないこの森でこの狼藉……万死に値するぞ、このクソが!!」

 な、なんか訳わからない事をみんな口走っているけど、とりあえず無駄な血を流さないでくれるならそれでいいよ!

 一抹の不安はぬぐいきれないものの、僕はすべてが怒涛のように流れてゆくこの光景を、ただ呆然と見ていることしか出来なかった。


 そして畑を荒らしていた人間たちはというと……

「うわぁぁぁ! 化け物共が襲ってきたぞ!」

「あの建物の中ににげろ!!」

 脱兎のごとく逃げ出したかと思うと、開けっ放しになっていたドアから家の中に入ってきちゃった!?

 ちょっと、つめが甘すぎるよ、君たち!!


「あっ、あいつら入院患者用の病棟に!?」

「うわっ、早く向こうに通じるドア閉めて!!」

 家に入ってきたブラウニーのお兄さんが手早く病棟へと続くドアを閉め、魔術をかけて開かないように封印を施す。

 見れば、病棟の中に駆け込んだ人間たちもベッドを使って僕たちが入り込めないようにバリケードを作っているらしい。


 こうして、事件は悪い意味で膠着状態に入ったのである。


「貴様らはぁぁぁ 完全にぃぃぃ 包囲されているぅぅぅ おとなしくぅぅぅ 投降せよぉぉぉ」

 夜もふけた僕の家に、ご近所さんたちの野太い声が鳴り響く。

 だが、中からはそれに答える声は無い。

 時々子供の泣きじゃくる声が聞こえてくるだけである。


「ねぇ、さすがに子供には罪は無いよ。 子供だけは無条件で開放するといったほうがよくない」

 たとえ人間の子供でも、子供の泣き声というものは嫌なものだ。


 ずるい僕は、ただ自分の言葉と気持ちを肯定してほしくて、隣に座るアロンソに声をかけた。

 だが、しばらく考え込んだ後、アロンソは「いいや」と否定の言葉を口にする。


「そんなわけないだろ。 あいつらだって石を投げてきたぜ?」

 そう言いながら、アロンソは袖をめくって石をぶつけられた痕を僕に見せ付けた。

 まだ治療してなかったんだね。


「で、でも、自分の意思じゃないよね?」

 僕はアロンソの腕に残る痣に掌を当てながら、治療のための呪文を口にする。


「だったら、戦争で死ぬ奴はいなくなるな。

 ほとんどの奴は上の奴に言われて仕方なく殺し合いをしているんだから」

 まじめな顔でそう答えるアロンソに、僕は反論するための言葉を思いつけなかった。

 ……意地悪。

 僕の考えていることぐらいわかっているくせに。

 嘘でもいいから、甘えさせてよ!


 そんな僕の頭を、アロンソは黙って胸に抱きしめた。

 汗に混じって、彼の男臭い匂いが鼻を掠める。

 けど、この匂い、そんなに嫌いじゃない。


「それに、連中は出てこねぇよ。

 出てきたら、確実に食われると思っているからな。

 事実そのとおりだし」

「そうだね……僕たちは人を食べる生き物で、彼らは魔族を殺す生き物だ。

 僕たちは永遠に分かり合えないのかな?」

 そんな子供じみた疑問を口にすると、アロンソ胸がかすかに震えた。

 たぶん、笑ったんだと思う。

 そして彼は、思いもよらない言葉を口にした。


「どうだろうな。 メルティナとお前は友達じゃないのか?」

 メルテイナか。

 たぶん彼女は友達だ。

 ううん、きっと友達だ。

「そうなんだけど……こういうことがあると、彼女が本当に僕のことを友達と思ってくれているかどうか心配になるときがあるよ」

 こんな時だからこそ改めて思う。

 誰かを信じるって、とても難しい。

 けど、アロンソはまた僕の頭の上で笑った。


「別にどうでもいいんじゃないか、それ?」

 なに、その答え!

 僕は真剣に悩んでるんだぞ!?


「もう、適当なこと言わないでよ」

 ムッとして頭を上げると、アロンソはそれこそ心外だといわんばかりに肩をすくめる。


「適当じゃねぇよ。 向こうがどう思っているかは知らないが、お前はどう思っているんだ?」

「……友達だと思ってる。 友達であってほしいと思ってる」

 意外なことに、そんな言葉が素直に口に出た。

 けど、向こうもそう思ってくれているかわからないから不安なんじゃないか。


 そんな答えの出ない悩みを抱えた僕を、アロンソはもう一度胸に抱きしめた。

 まるで子守りをされているようで少し悔しい。


「だったらそれでいんじゃないか? もしも裏切ったら、俺が地の果てまでも追いかけて報いを受けさせてやるさ」

 まぁ、アロンソはそれでいいんだろうね。

 でも、僕はそれじゃ嫌なんだ。


「なによー 人のことを好き勝手にいってくれちゃってさ」

 ふと聞こえてきた声に振り向くと、それは猫耳を生やしたままのメルティナだった。

 彼女は少し疲れた顔で、僕の隣に腰を落とす。


「さっきの質問聞こえていたんだけど……

 私もポォ先生のことを同じように思ってるよ。

 友達だと思っているけど、とても不安。

 なんか、情けないね」

 そう言って苦笑する彼女を、僕はとても笑う気にはなれなかった。

 だって、不安なのは同じなのに、アロンソに頼っちゃう僕はもっと情けないバグベアーだから。


 すると、僕の頭の上でアロンソが大きくため息をついた。


「思うに……お前ら大きく考えすぎなんだよ。

 すべての魔族と人間は友達にはなれないが、お前とメルティナは友達になれる。

 きっと、ただそれだけのことだと思うぜ?

 ほかのやつらの事なんて、どうでもいいんじゃねぇの?」


 ――そっか。

 人間全員とは仲良くなれなくても、メルティナとは仲良くしてもよかったのか。

 彼の言葉は、奇妙にほどにやさしくて、僕の心の奥まで届いて……なんだか急に力が抜けてしまった。


「そっか。 そうだね。 ありがとうアロンソ」

 安心したら、なんだか眠くなってきちゃったよ。

 僕は彼の胸にもたれたまま目を閉じる。


「おうよ。 おやすい御用だ。

 でだな、ここからが肝心なことだが、この俺がお前のことをどう思っているかというとだな……くそっ、寝てやがる」

 ごめんね、アロンソ。

 このまま君の告白を聞いていたら口説き落とされそうだから、今はこのまま寝たフリをさせてね。

 そして、僕は意識が遠くなり、やがて本当に眠りについた。


 目が覚めたら……

 すべてがよくなっていたらいいな。


 そして僕が再び目を覚ましたとき、僕の不安の元はきれいさっぱり消えていた。

 主に、物理的に。

 人間達の立てこもった入院患者用の病棟は、きれいさっぱり更地になっていたのである。


「な、いったい何があったのさ!」

「まぁ、見てのとおりだ寝ぼすけさん。 お前が寝ている間、けっこう大変だったんだぞ」

 アロンソが不機嫌な声で答えて、僕の頭を軽く叩いた。

 あ、こいつ告白する前に寝ちゃったのを根に持っているな!?

 器の小さいやつめ!


 そして、僕の問いかけに答えたのはルルーお姉さんだった。

「率直に言いますと、帰還の魔術で彼らを建物ごと送還しました」

「なんでそんな事を!?」

「なにぶん……騒ぎが大きくなって、騎士団の方々が駆けつけて人間達を皆殺しにしようとしてましたので」

 あぁ、僕の意に沿った形で片をつけるとなると、もはやそれしかなかったのね。


「それでだな、ポォ。

 お役人が今まであったことの詳細をいろいろと聞きたがっているんだ」

 え? なにそれ?


 すると、アロンソの背中から、騎士の格好をしたゴブリンがにこやかな笑顔のまま僕に告げた。


「……ということで、この現象はいつから起きているのですか? 調書を取りたいのですが」

 ま、まずい!

 調書を取るとなると、メルティナを助けたことも話さなきゃいけなくなる。

 人間を保護したのがバレちゃうじゃないか!


 あぁ、ほんと、誰か助けて!

 僕は……僕は本当に困っています。


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