かくも恐ろしき一夜
それは、午後のお茶の時間の、何気ない会話から始まった。
「魔族の女の子の年に一度の楽しみといったら、それはポモーナの夜だよ」
「なんですか、そのポモーナの夜って」
僕の告げた言葉の意味がわからなかったらしく、ルルーお姉さんはその卵のような形をした小さな顔をコテンと横にかたむけた。
獣人化が浅いので顔は人のままではあるが、たらんと揺れる黒い犬の耳はなかなかに愛らしいと思う。
「あぁ、ルルーお姉さんは魔族になったばかりだから知らないよね」
製材所の小倅のクラウドとキスをしたばかりに獣人化してしまった彼女は、人間の社会の中にいられなくなって最近この森に引っ越してきたばかりだ。
ちなみに、今はうちで住み込みの助手として働いてもらっている。
「ポモーナの夜はね、今年最後のイチゴのタルトを焼いて、女の子同士が集まって、寝巻き姿のままで夜通し語り合うお祭りの日なのさ。
なお、男子禁制。 覗いたやつは尻を叩いて追い出すことになっているのだよ」
「あら、なんだか楽しそう。
それで先日からイチゴを売っている農家の人がたくさんいたんですね」
僕が簡単にポモーナの夜について説明すると、彼女は楽しそうにやんわりと微笑んだ。
「うん、すごく楽しいんだよ! 最近はぜんぜん参加できなかったけどね」
なぜかアロンソと知り合ってから僕とポモーナの夜を過ごしてくれる女の子はいなくなっだよね。
もしかして僕の話しって、みんなにとってはつまらなかったんだろうか?
「でも、私とポォさんの二人だけですか? それだと、普段働いているときと変わらないような……」
「それなんだけどね、メルティナも呼ぼうと思ってるんだ」
というより、ほかにこのお祭りに呼べるような女の子がいないんだよね。
けど、ルルーお姉さんは予想通り顔を曇らせた。
「でも、メルティナさんは人間ですよ?
あまり長くこの森にいると面倒なことになるのでは? お泊りなんて大丈夫なんですか?」
万が一にでもメルティナが僕の診療所に転移した瞬間を地元の魔族に目撃されれば、ルルーお姉さんのときと同じような騒ぎになりかねない。
そして、おそらくあの事件はルルーお姉さんにとっても深いトラウマになっているのだろう。
けど……
「大丈夫。 夕方になったら魔術で緑の壁を作って外から見えないようにするし、こんな薬を開発したから」
僕は最近完成させた薬品の瓶をルルーお姉さんに差し出した。
すると、ルルーお姉さんはさっそく瓶の中身に鑑定をかける。
さぁ、思う存分驚くがいいよ!
「なんですかこれ……トランス・キャットピープルって、人を一時的に獣人に代える薬ですか!? いつのまにこんなものを……」
「ふふふ、すごいでしょー これでメルティナを一時的に猫の獣人にすれば、明日の朝まで誰を気にするともなくポモーナの夜を楽しめるね!」
「ほんと、無駄にすごいですね……」
「ふふふ、もっとほめて! ほめて!」
僕はほめられて育つタイプなんだ。
だから、僕をほめるのも立派な助手の仕事なんだぞ?
あれ? ルルーお姉さん、『すごい』の前に『無駄に』ってつけなかった?
それ、どういう意味?
「はいはい。 それよりも、お茶が終わったらさっさとイチゴタルトを作りましょうね。
アロンソさん、取りに来るんでしょ?」
「あ、そうだった!」
イチゴタルトを焼いたらあいつにも分けてやる約束をしたんだっけ。
あの馬鹿牛、味にはやたらとうるさいから手を抜けないんだよね。
僕は午後の日課をすべて中止して、ルルーお姉さんと一緒にイチゴのタルトの準備を始めた。
そしてイチゴタルトが焼きあがるころ。
匂いをかぎつけた馬鹿牛が、さっそく手土産もなしにやってきた。
「よぉ、ポォ。 約束どおりイチゴのタルトを分けてもらいにきたぞ」
「あ、はいこれ。 大事に食べてね」
はい、と紙箱にいれたイチゴタルトを差し出すと、僕はそそくさとドアを閉める。
だが、その寸前に奴の靴がドアの間に挟みこまれた。
――ちっ、無駄にすばやい!
「はいって、これだけかよ! 会話がなさ過ぎるだろ! 冷たくするなよ!!」
「そんな泣きそうな顔したってダメだよ、アロンソ。
だって、今日はポモーナの夜だから。
男子が女の子たちの語らいを覗いたら、お尻を叩いて追い出される決まりなのだ!」
だが、奴は力づくでドアをこじ開けると、意味も無く胸を張ってにやりと笑った。
「ほほぅ? 俺を追い出すだと? やれるものならやってみろよ!」
そしてくるりと振り向き、その筋肉でガチガチに引き締まった尻を僕に見せ付ける。
「言ったね!? 容赦しないよ!! たぁっ! たあっ!」
「おー いてててて。 痛くて泣いちまうぜ」
ちくしょー 痛いのはむしろ僕の両手だよ!
なんでこんな無駄に頑丈なのさ!
いや、もしかしたら手でなければ奴にダメージを与えることができるかもしれない!
そう、たとえば足は手の三倍の力があるという。
「この不埒なミノタウロスめ! ならば正義のキックをうけてみよ! ……ってあわわ」
「おっと、気をつけろよ。 転んで怪我したらどうするんだ?」
蹴りをかまそうとしてバランスを崩した僕を、アロンソの腕が一瞬で抱きとめる。
は、恥ずかしい!
「アロンソが変なこと言わなきゃ誰も怪我しないよっ!」
「へいへい。 じゃあ、悪い虫は帰るとしますか。
……何かあったらすぐに呼べよ? 最近は、ポモーナの夜が女の子ばかりだってんで、この日を狙って乱暴しに来る奴もいるらしいからな」
「この森にはそんな変な人いないよっ!」
そう、この森にそんなおかしな人はいない。
みんな善意の人ばかりなのだ。
「まぁ、それもそうか。
あぁ、そうそう。 冬の祭りの夜にすごす男はちゃんと予約入れておけよ。
ま、誰もいなかったら俺が付き合ってやるから安心しておけ」
な、なんという余計な台詞!
僕にそんな相手がいないと知っていて言っているな!?
「そ、それまでにはアロンソよりいい男見つけるんだからっ! 余計なお世話だよっ!!」
どうせ、アロンソのところには女の子からの予約が殺到しているんだろ!
知ってるんだぞ!?
「そうかよ。 せいぜいがんばりな」
なぜか不機嫌そうな声をつぶやいて去っていったアロンソだが、怒っているのは僕のほうなんだからな!
さてと、こんなことで気分をイライラさせているのもばかばかしいね。
今日はなんといってもポモーナの夜なんだから、気分を切り替えてめいいっぱい楽しまなくちゃ!
やがて太陽も地平線のかなたに沈み去り、夜の帳が近づくころ。
帰還の魔術でメルティナがやってきた。
「やっほーポォ。 お呼ばれにきたよ?」
「いらっしゃい、メルティナ。
さっそくだけど、この薬飲んで」
「なにこれ」
差し出した薬を見て、メルティナが怪訝そうに顔をしかめる。
「一晩だけ人間を魔物に変える薬」
「大丈夫なの、これ?」
なに? なんでそんな心配そうな顔でルルーお姉さんのほうを見るの?
「心配いりませんよ。 鑑定しても副作用とかありませんでしたから」
「そっか。 ルルー先生がいうなら安心だね」
そういってメルティナは薬を飲み込んだ。
「なにその対応の差!」
僕のことは信用してないって言うのかい!?
「まぁまぁ、これが普段の行いって奴?」
「僕は清廉潔白だよ!!」
「はいはい……おっと、なんか耳とお尻がムズムズする。 なにこれ!?」
「猫の耳と尻尾ですね」
見れば、さっそく薬の効果が出てきたようだ。
メルティナの頭から大きな虎縞の耳が生えてくる。
「かわいいよ、メルティナ!」
心のそこからそう思っていったのに、メルティナの反応はかなり微妙だった。
「うわ、そんな言葉を初恋の人に言われると感慨深いわぁ」
「まぁ、メルティナの初恋ってポォ先生でしたの?」
「いつまでそのネタ引きずるんだよ! 早く忘れて!!」
あれは僕にとって結構なトラウマだったんだぞ!
「たぶん墓場まで引きずるんじゃないかなー」
「まぁまぁ、そんなことより中に入りましょ。
イチゴタルトの前に晩御飯にしなきゃ」
「あ、賛成!!」
「あとできっちり話しをつけるからね!」
なにやらうやむやにされそうな気がするけど、これ以上追求できるような空気でもないので、僕はおとなしくルルーお姉さんの後に続いて診療所の中に入るのだった。
そして晩御飯の終わった後。
夜も更けて、みんなの分のイチゴタルトを焼いたらポモーナの夜の始まりである。
診療所のベッドを横にぴったり3つくっつけて、寝巻き姿で集合だ。
このお互いの肌の感触がわかる距離でいろんなことを語るのが、ポモーナの夜の醍醐味である。
そして、何を語らうのかというと……年頃の女が三人も集まれば、話題なんてひとつしかない。
「でさー、最近気になる人がいるのよ」
最初に切り出したのはメルテイナだった。
「え? メルティナの好きな人ってどんな人?」
ついこの間まで、暗殺者として禁欲生活に近い暮らしをしていた彼女である。
先日まで初恋もまだだったというのに、もう新しい恋をしているのかと思うと驚きだ。
そんな驚愕を隠し切れない僕に、メルティナは両手のこぶしで顔を隠しながら恥ずかしげに答えた。
「え、えっとね……冒険者ギルドで知り合った剣士の人。
強くて、顔がよくて、とにかくかっこいいんだー この間もダンジョンに潜る前に、お嬢さんお一人ですか?って声かけられて!」
「え……冒険者で、しかも剣士ですか?」
だが、そこに難色を示したのがルルーお姉さんである。
「やめておいたほうがいいですよ? 冒険者の、しかも剣士だなんて」
「なんでよ! いいじゃない、剣士!」
すかさず文句を言うメルティナだが、ルルーお姉さんは沈痛な顔で目をそらしながらこうつぶやいた。
「あの人たちのほぼ半分ぐらいが、付き合ってしばらくすると暴力を振るうようになるんですよ。
なにせ、力づくで物事をどうにかすることに慣れていますからね。
喧嘩になっても、腕力に訴えて何も言わせてもらえないんです。
冒険者ギルドにいたころ、受付の子から何度相談されてきたか……」
う、うわぁ、それは僕もドン引きだよ!
「め、メルティナ、好きになるならもう少し相手のことを知ってからにしたほうがよくない?
あと、冒険者ギルド以外にも出会いを探したほうがいいとおもうよ?」
「なによー 彼がそうだって決まったわけじゃないじゃない!」
まぁ、そうなんだけど……
確立50%はちょっとリスク高いわー
「そんなルルーこそどうなのよ?
あんたの彼氏、ワーウルフでしょ!?」
「彼ですか? 優しいですよ?
私一筋でほかの女の子には見向きもしませんし」
ルルーお姉さんはにっこりとメルティナの悪意を受け流す。
これが結婚を前提にお付き合いをしている人のいる奴の余裕か!?
だが、メルティナの次の台詞で、彼女の余裕もあっけなく崩れさる。
「へぇー でも、犬みたいなものなんでしょ? あんたと会うとき嬉ションなんかしないの?」
「……」
ルルーお姉さんは返事をしない。
ただ、笑顔のまま凍りついているだけだ。
「ちょっと、そこは反論するところでしょ! ただの冗談でしょ!? なんで黙ってるの!!」
「メルティナ、この世の中には聞いちゃいけないことがあるんだよ」
そして愛情表現にも、いろんな形があるんだ。
幸い、バグベアーの愛情表現はそんな特殊じゃないけどね。
「そ、そうだ! ポォこそどうなのよ!
アロンソさんとはちゃんと進んでる?」
「な、なんでそこでアロンソの名前が出るのさ。
優しくてハンサムだとは思うけど、別に付き合ってないよ。 好みでもないし」
いろいろと誤解されているけど、僕の好みはもっと細身の男性である。
あんな筋肉ダルマを愛でる趣味は無い。
「え? そうなんですか?」
「ちなみに、ポォの好きなタイプってどんなのよ」
二人ともびっくりした顔をするが、そんなに意外だった?
わりとわかりやすいと思ったんだけどなぁ。
ちなみに僕の好みの男性はというと……
「診療所に、ガリクソン君がいるでしょ?」
「ガリクソン君って、あの骨格標本?」
そう、ガリクソン君は、僕の診療所にいつも置いてある骨格標本だ。
「あのすらりとした足といい、セクシーな骨盤といい、彼は完璧だね! 彼が生きているなら、メロメロになってもいいな」
その瞬間、世界が凍った。
なぜに!?
「ポォ、なんかあんたの男の趣味がよくわからない」
「わ、私にもよくわからない……」
「そぉ? 二人とも見る目がないなぁ」
あんなセクシーな骨格標本をいつも隣においていたら、僕の好みぐらいすぐにわかると思ったんだけど。
絶対にこの二人の目のほうが節穴だよ。
「でも、あの骨格標本がいつも奇妙なセクシーポーズとっている理由がよくわかった。
あれって、あんたの性癖を満足させるための、ただのフィギュアだったのね」
なぜかうんざりしたような口調でメルティナがつぶやく。
「やだ、何もおかしくないでしょ……それに、女の子なら、誰だって素敵な骨格標本を部屋に飾っているものだよ!
人を変なバグベアーみたいに言わないでよね!」
だが、僕の必死の弁明も、人間社会に慣れ親しんだ二人にはどうも受け入れがたいものだったようである。
ほんと、人間って嗜好がおかしいよなぁ。
そんなこんなで恋話も一段落したころ。
僕たちはポモーナの夜に行うという伝統的な占いを楽しんでいた。
一口サイズに作ったたくさんのイチゴタルトの中にコインを隠しておいて、食べたときに中から出てきたコインの種類でどんな幸運が今年訪れるかを占うというものである。
むろんコインの数は限られていて、ほとんどが外れだ。
ここでどれだけたくさん幸せを手に入れられるかがこのポモーナの夜の一番熱い戦いになる。
「うわ、今年素敵な出会いがあるんだって!」
そして真っ先にタルトからコインを取り出して嬉しそうな悲鳴を上げたのは、メルティナ。
「そっかー 出会いがあるのかー いいなー」
「ポォ先生は?」
「まだコイン出てきてない……んぐっ」
おっと、どうやら僕にもあたりが出たようだ。
ちょっと汚いけど、口の中に爪を入れて、口の中のコインを外に出す。
「どんなコイン?」
「これは……」
ルルーお姉さんがコインの種類を調べてその意味を読み上げる。
「あなたに片思いしている男性が猛烈にアタックしてくるでしょう。 あなたは抵抗できずに攻め落とされる」
「ぶぶっ!?」
「あははははは! よかったじゃない、ポォ先生!!」
「よ、よくないよ!」
誰だよ、その片思いしているって奴!!
僕は簡単に恋をしたりしないんだからな!!
だが、その瞬間……
ズガンガガガガガガガン
まるで僕の憤りを具現化させたかのように、外からものすごい雷の音がした。
ついでに、ドサっと何かが茂みの中に落とされる音がする。
「な、なに今の音」
「近いですよね」
「たぶん、この家の裏庭だよ」
人一倍耳のいいメルティナが、そんな言葉を口にする。
「どうする? 見に行く?」
「不法侵入者かもしれませんからね」
けど、今日はしっかりと玄関にも施錠をしたはずだ。
ドラゴンがきても耐えられる防御システムをくくりぬけるって、どんなやつなんだろう。
「ねぇ、もしかしたら……またあのイチゴ畑に何か落ちたんじゃない?」
「うわ! それは勘弁して!」
メルティナのささやいた言葉に、僕の全身の毛がのこらず逆立つ。
でも、あの理不尽な転移システムならばありえるかもしれない。
だとしたら、また人間が落ちてきたのだろうか?
「とにかく確認に行こうよ」
「そうだね……けが人だったら、保護しなきゃ」
「今、明かりを作りますね」
ルルーお姉さんの作り出した魔法の明かりを手に、僕たちはいつものイチゴ畑に足を向ける。
すると、そこに落ちていたのは人ではなかった。
「これ、絵画だね」
「でも、何か薄気味悪い」
それは、薄気味悪い廃墟のような城を背景に、白いドレスを着たお姫様が必死でこちらに手を伸ばしているという、実に悪趣味な絵画である。
そしてさっそくルルーお姉さんが鑑定を始めたのだが……
「ちょっとまってください、この絵、何か魔力を帯びて……きゃあ!」
「え? なに!?」
突然、絵画から黒い光のようなものがあふれ出す。
そしてその闇の固まりは逃げるまもなく僕たちを包み込み……
気がつくと、周囲の風景が激変していた。
ここ、僕の庭じゃないんだけど。
「ルルーお姉さん、また何を発動させちゃったのさ……」
「私のせいじゃないですよ! 今回は、まるで絵画が意志を持って私たちに何かの魔術をかけたような……」
「それはあたしらに確認できることじゃないからどうでもいいけどさ。 ここ、どこ?」
「さ、さぁ……」
見渡すと、まるで打ち捨てられたお城のような場所だ。
城壁は蔦に飲み込まれているように見えるし、足元の石畳は砕けて草に埋もれている。
いったい、どれだけの間放置すればこうなるのだろうか?
「もしかして、絵の中かも」
同じようにしばらくし優位を見回した後、メルティナがぼそりとつぶやいた。
言われてみると、先ほどまで見ていた絵の中にそっくりな雰囲気である。
「たぶんそんな感じですね。
すくなくとも普通の場所ではありません。
これだけ草木が生い茂っているのに、ここには鳥も虫もいないようですから」
うわっ、本当だ。
静か過ぎて気持ちが悪い。
「なんとかして出られないかな」
「いろいろと試してみましょう」
メルティナとルルーお姉さんは、この状況にもかかわらず冷静に自分たちのできることを探し始めた。
こんなところはできるだけ早くおさらばしたいから、意味もなくパニックを起こされると非常に面倒くさいのだ。
その点、彼女たちの落ち着きは非常に助かる。
しかし……楽しいポモーナの夜だったはずなのに、とんだ災難だよ。
「最初に言っておくけど、僕の魔術はダメだ。 この世界の名前がわからないから、土地から魔力が引き出せないね。
自分の魔力を使うタイプならなんとか使えそうだけど、そういうのはしょっぱい結果しか出せないからなぁ」
「帰還の魔術もだめね。 発動はするけど、途中ではじかれちゃう感じ?」
まぁ、それは予想の範囲内。
わざわざこんなところに閉じ込めたんだから、その程度の対策は練っているだろうね。
「せめてこの世界の名前さえわかれば、この世界の力を利用してもとの世界に戻ることができるんじゃないかと思うけど……ルルーおねぇさん、鑑定はどう?」
「変な感じですね。
表示される名前はあるけれど、これが本当の名前ではないでしょう。
せめてこの絵の作者の名前でもわかれば正体を暴けると思うのですが」
つまり、それすらもつかめないってことか。
とても厄介だね。
「で、これからどうする?」
「とりあえず、お城のほうを目指さない?
茂みの中を掻き分けていても手がかりがあるとは思えないし」
「それもそうですねぇ」
とまぁ、たいした根拠も無いけれど、僕たちは目立つからという理由でお城を目指して歩き出した。
道なんか痕跡しか残ってないし、そこらじゅうに潅木が生えているのでひどく歩きにくい。
たまにガチャッと陶器を踏み潰したような音がするので足元を見てみると……
「うわぁ、なんかあちこちに骸骨とか落ちてるし。
なんてもったいない」
「ほんと、その魔族の美的感覚ってわからない。 普通キャアとか叫ばない?」
「なんで? きれいな骨の作り物だよ?」
絵の中である以上、これが本物の骸骨であるはずは無い。
せいぜいよくできた偽モノだ。
そんなこんなで歩き回ること10分程度。
少しだけお城の姿も近づいてきた。
「あ、何か落ちてる」
すると、前を歩いていたメルティナが急に立ち止まり、つづいて小走りに前へと駆け寄る。
「これは……何かのプレートですか?」
メルティナが見つけたのは、古くてさびだらけになったプレートだった。
かろうじて何か書かれているのはわかるけど、どうも読みづらい。
「文字が掘り込まれているね。 ガルクスタイン城?」
「どこかで聞き覚えがあような……」
「え? そうなの?
僕にはぜんぜん聞き覚えないし、この書体は魔族の間で使っているものじゃないな。
人間風の筆致だね」
つまり、僕にとっては専門外ということである。
けど、残りの二人はなにやら心当たりがあるようだった。
しばらく考え込んだ後、メルティアがポツリとつぶやく。
「ねぇ、ここってレイア姫の物語の舞台に似てない?
ほら、あの白いバラの咲いている尖塔なんて、ラストシーンの場面にそっくり」
え? なに、それ?
「そういえば……よくわかりましたね、メルティナさん。
えぇ、そうですね。 思い出しました。
ガルクスタイン城は、あの物語の舞台となった場所です」
ルルーお姉さんがそう断定すると、メルティナは感慨深げに周囲を見回した。
「あの物語好きなんだ。 ま、あの婚約者の男だけは無いと思ったけどね」
「メルティナさんもですか? 実は私も……」
「それ、何の話?」
いい加減僕も話しに混ぜてほしい。
そんな意思表示をかねて声をかけると、ネネーお姉さんはハッと僕の状況に気づいたらしく、こちらを見下ろして苦笑いをした。
「人間たちの間に伝わる、悲劇の物語ですよ。 お聞かせしましょうか?」
「うん、ぜひ」
僕がそう答えると、ルルーお姉さんは語りだす。
それは、要約するとこんな感じの物語だった。
それは、邪恋を抱いた隣の領地の領主に愛されたがゆえに、自ら命を絶つこととなった若い姫君の物語。
いずれの王の御世か、とある山深い領地にレイア姫という姫がいた。
吟遊詩人がその美を讃えようとしても言葉が無いと嘆くほどに美しく、その肌は冬の新雪のように白く、その髪は黄昏の海のようであったという。
そして彼女には結婚を誓った一人の男性がいた。
彼の名はチューヴァッカ士爵。
国に使える騎士である。
そんな職務の男なので、やがて国に戦争が起きると、チューヴァッカ士爵はレイア姫を置いて戦争に行くことになった。
だが、そんな彼女をさらなる悲劇が襲う。
チューヴァッカ士爵を見送りに来たレイア姫のことを、隣の領地のアルツ・ディーツ男爵が見初めてしまったのだ。
レイア姫がほしくてたまらないディーツ男爵は、彼女を手に入れるための計略を思いつく。
まず、ディーツ男爵はチューヴァッカ士爵のところにやってきて、こう言葉を吹きこんだ。
女という生き物は、とても弱い生き物だ。
もしも君のいない間に誰かに言い寄られたら、彼女は寂しさからその貞操を簡単に明け渡してしまうのではないか?
違うというなら、見知らぬ男に化けてレイア姫を誘ってみるがいい。
その言葉にチューヴァッカ士爵は答えた。
あなたがやれというならやってみるが、彼女はかならずや私の正体を見抜くだろう。
なぜなら、彼女と私は愛し合っているからだ。
続いてディーツ男爵はレイア姫のところにやってきた。
君の婚約者はまもなく帰ってくるだろう。
だが、彼は大きな失敗をしてしまい、遠いところに逃げなければならなくなった。
だから、彼は見知らぬ男に化けて君に会いに来るだろう。
私が彼に頼まれてそう手引きした。
けれど、君は彼のことを知らない男性だと思って接しなければならない。
なぜなら、彼を捉えようと大勢の官憲が君を見張っているからだ。
そして帰ってきたチューヴァッカ士爵は、変装でほかの男性の姿となり、レイア姫を月夜の森へと誘った。
知らない男のふりをしろとはいわれたけれど、そこは憎からず思う相手のこと。
口づけを求められたレイア姫に、それを拒むことができるはずも無い。
すると、たちどころに正体を現したチューヴァッカ士爵は、レイア姫を激しくののしった。
君は婚約者のいる身でありながら、知らない男に唇を許したと。
レイア姫はそんなことは無い、最初からあなただとわかっていたと訴える。
だが、チューヴァッカ士爵は聞く耳をもたなかった。
そして禁断の言葉を告げてしまう。
レイア姫、あなたとの婚約を破棄する……と。
傷ついたレイア姫は泣きながら森から立ち去り、自らの家に閉じこもった。
そして毎日涙に暮れる。
食事ものどを通らず、すっかり痩せ細ってしまったレイア姫。
そしてそんなレイア姫の下へと、ディーツ男爵が現われて、彼女にそっとささやいた。
かわいそうなレイア姫。
けど、彼のことを悪く思わないでほしい。
彼はあなたが遠く過酷な旅についてゆくといわないように、わざとあんなことを言ったのだ。
貴族育ちのあなたの足では、彼の旅にはついてゆけない。
だからあなたのことは私に託すといって、彼は過酷な旅路にも耐えられる平民の女性を伴侶にして旅立った。
だからレイア姫、私のものになってくれないだろうか?
それが彼の望みなのだから。
まるで悪魔のような甘いささやき。
だが、すべてはディーツ男爵の思うままにはゆかなかった。
あぁ、私のいとしいチューヴァッカ様。
あなたとともに行けないのならば、私は鳥にでも生まれ変わってずっと隣に寄り添いましょう。
そう告げると、レイア姫は彼の見ている前で迷うことなく塔から身を投げたのである。
なんということだろう、彼女を永遠に手に入れるつもりだったのに、逆に永遠に失ってしまった。
自らの愛のために多くを犠牲にしてまで彼女を手に入れようとしたのは間違いであったか。
その悲劇を目にしたディーツ男爵は、己の行いを深く悔い改め、この後は国中の許されぬ恋に悩む若者たちを庇護し続け、いつしか恋の守護者としてあがめられるようになった。
だが、そんな彼はレイア姫にのみ愛をささげ、一生を独身で過ごしたという。
「……というお話なのです」
「なんというか……男も女もわりとダメなお話だね」
「うん、私もわりとゲスい話だと思う」
僕たちが、この物語の登場人物のできの悪さを語り合っていた、そのときだった。
アァァァァァァ……
「ねぇ、何か声がきこえない?」
「え……ちょっと、やめてよ!」
「いえ、確かに何か聞こえます」
あぁぁ……恨めしい。
なぜ妾を裏切ったのじゃ……チューヴァッカ。
「で、でたぁぁぁぁぁぁ!!」
恨みがましい声が近づいてきたと思うと、僕たちの前に突如として白いドレスに身を包んだ、体が半透明に透けているお姫さまが現われたのである。
いや、現われたのはお姫様だけではなかった。
ガチャッと音がしたかと思うと、周辺にあった骸骨が次々に動き出したのである。
「い、いやあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
なんということだろう!
これはもしかして、伝説のネクロマンシー!?
この術があれば、ガリクソン君に命を吹き込んで彼氏にできる!?
「ポォ先生! よくわからない本音が駄々漏れになっているから!」
「何か武器になるようなものでも探してください! あと、しがみつかれないように気をつけて!!」
僕が歓喜のあまり妄想に浸っていると、横の二人から注意が飛んできた。
あぁっ、なんかもったいないけど、これ、敵なのね!
「僕ならば大丈夫。 こんなこともあろうかと、開発しておいた技があるから!」
そう告げると、僕は小柄な体を生かしてすばやくスケルトンの懐にもぐりこみ、そして低い姿勢から蛙が跳ねるような動きで掌底を繰り出した。
「秘拳、アロンソ殺し!!」
僕の突き上げた掌底がスケルトンの腰骨の真ん中を捉え、股関節をバラバラに粉砕する。
体の要を失ったスケルトンは、もはや一歩も動くことはできない。
なお、これはアロンソが発情して見境がなくなったときのために開発した、僕の取っておきの切り札だ。
どこかで大きなくしゃみが聞こえたような気がしたが、間違いなく錯覚である。
「お見事です。 だけど、恋愛を拒むためだけにここまでの技を鍛えられるとか、ちょっとアロンソさんがかわいそう」
「ポォ先生、変なところのガードの固さだけは天下一品だよね」
なんか微妙な評価を受けているけど、この際無視しよう。
今宵の肉球は、血に飢えておる!
ちなみにスケルトンに血は無いぞって言う突っ込みは無しでお願いね!
「はぁっ!! ていッ! とりゃあっ!!」
続けざまにスケルトンの腰骨を粉砕すると、なぜか感情がないはずのスケルトンが僕から微妙に距離をとり始めた。
こいつら、全員雄か。
「まだ、やるき!?」
両手を構えてスケルトンたちを見渡すと、スケルトンたちは脱兎のごとく逃げ去ってゆく。
ふっ、戦いとは実にむなしいものだ。
さて、その後のことだけど……
僕たちは特に障害もなく城にたどり着いた。
けど、なーんにもないんだよね、このお城。
殺風景というか、手抜きというか壁にも床にもレリーフひとつないの。
魔王城の無駄に豪華な装飾とかもどうかと思うけど、これもちょっとないよなぁ。
「ねぇ……」
「どうしたのメルティナ?」
石畳だけが無機質に並ぶ階段を登りながら、メルティナがぼんやりとした声で呼びかけてきた。
「なんかおかしくない?」
「何が?」
おかしいというなら、全部おかしいでしょねこれ。
いったい何を気にしているんだか。
「そもそもさ、こんな呪われた絵なんて、いったい誰が描いたの?」
「そりゃ画家にだってたまにおかしな人はいるでしょ」
むしろ、既存の概念を打ち破るーとか言ってとんでもないことをやらかすのが芸術家という奴だと思う。
だいぶ偏見があるのは認めるけど。
「でも、そんな人がどうやってレイア姫の魂をここに閉じ込めるのさ?
あれ、本物のレイア姫の幽霊だよね?」
まぁ、本物かどうかは知らないけど、たぶんそうだよね。
若干、この絵に取り付いた精霊か何かって可能性もあるけど。
「たしかに誰かの魂を閉じ込めるような絵は、その人を知っているような人物で無いと無理でしょう。
でも、誰が?」
「誰かはわからないけど、レイア姫を知る人が、わざわざ悲劇の主人公である彼女をあんな恐ろしい化け物として描くものなの?」
「よほどレイア姫に恨みがあったとか?」
そんなことを話していると、僕たちはいつの間にか城の最上階にまでたどり着いていた。
ドアを開くと、そこは白い薔薇の咲き乱れる塔の頂上。
甘い薔薇の香りとともに、強い風が僕たちの髪を乱暴にかき乱す。
「……となると、これを描いたのは悪徳領主のアルツ・ディーツ?」
「いえ、彼はレイア姫を無理やり己のものにしようとしていたことを最後には悔いたはず」
「じゃあ、誰がレイア姫を恨んでいるというの?」
そこまできて僕の脳裏にふとひらめくものがあった。
「あ、もしかして……」
これが恨みではなく、もっと別の感情による呪いだとしたら?
「何か思いついたのポォ先生?」
「うん。 もしかしたらだけど、この絵の作家かも知れないんだ。
ううん、たぶんそうだ。
この絵がこんな風になってしまったのは、憎しみじゃない。 後悔だったんだ」
口にするごとに、このインスピレーションは確信に変わる。
「そうでしょ? ……チューヴァッカ卿。
あなたは、とても後悔していたんだ」
その瞬間、世界が砕けた。
いや、本当の姿を取り戻したといったほうがいいだろう。
空はうっそうとした曇り空から晴れ渡る青空に変わり、頭上からさんさんと黄金の光が降り注いでいる。
そう、この絵画の世界は、すべてが光り輝いていた。
「うわぁ……きれい」
「これが、この世界の本当の姿……」
あまりにも落差のある光景に、メルティナもルルーお姉さんも呆然としている。
そして、ふと後ろから誰かの動く衣擦れの音がした。
「よもやチューヴァッカの呪縛を解くものがいるとは思わなかったぞよ」
僕たちがいっせいに振り向くと、そこにいたのは、金色の髪をしっかりとまとめ、純白のドレスを身に着けたキツい顔の美人さん。
半透明の体をしたその女性は、まるで男性のように堂々と腕を組んでいた。
「もしかして、レイア姫?」
「いかにも、妾がレイアである」
あぁぁ、やっぱり!
けど、なんというか、薄幸の美女というより戦乙女!?
腰には剣なんかさしているし、物語とぜんぜんイメージが違うんですけど。
「ひとつだけ言っておく。
あの物語、妾とチューヴァッカの配役が逆じゃ!
あやつの絵筆しか握ったことの無い腕で戦争など行けるものか!!」
「な、なんですって!?」
今明かされる、衝撃の事実。
「妾に婚約破棄されたチューヴァッカは、この塔から妾の肖像画を抱いて飛び降り、その命と引き換えに妾の魂を絵の中に閉じ込めてしまったのじゃよ。
まったく……その根性があるなら、最後まで妾に無実を訴え続ければよかったものを」
な、なんという脚色。
この話を伝えた吟遊詩人、お前いくらなんでも話を変えすぎだ!!
「ところで、そろそろこの絵の中から出たいんだけど」
事の成り行きに疲れ果てたのか、ふと、メルティナがそんなことを言い出した。
うん、同感。
そろそろ暖かいお布団が恋しいです。
「そうさの、この絵の題名を知ればそこのバグベアーの魔術で出ることもかなうであろう。
だが、せっかくじゃ。
最後の余興として……この絵の題名、おぬしが当ててみせよ」
「この絵の題名か……」
レイア姫の肖像であることは間違いないだろうけど、こんなことをする腐ったロマンチストがそのまま素直な題名をつけるとは思わない。
ならば、最愛の人? 愛すべき婚約者?
いや、この世界のキラキラとした世界を現すならばもしかして……
「僕の初恋の人」
「……お見事」
僕の言葉に、レイア姫が微笑む。
その瞬間、世界は闇に包まれた。
いや、遠くから無視の声が聞こえてくる。
……帰ってきたんだ。
「ふぅ、今回はほんとキツかったー どうなるかと思ったよ」
「ほんとですねぇ。 あのゲートの宝珠、何とかして壊さないとろくなことを引き起こしません」
だよね。 そろそろ何か手を考えないと被害が大きすぎるよ。
しかし、この災厄としか言いようの無い物語はまだ終わっていなかった。
「ほぅ、ここが今の世界かや」
「な、なんで君がここにいるのさ!」
見れば、レイア姫の幽霊が闇の中で自ら白く輝いている。
「なに、チューヴァッカの妄執が解けてようやく外に出ることができるようになったのでな」
「悪霊退散、悪霊退散!」
僕のホームグラウンドならば、この幽霊にもなんとか対抗できるはず!
えぇっと、悪霊に有効に術式は……と。
「何を失礼な。 妾は悪霊ではないぞえ!」
「で、でも、このまま現世にとどまるって、あまりよくないでしょ!
すぐに冥府へと旅立ってください!!」
「ふむ、じゃがの。 心残りがあるせいで、どうにも冥府の川が見えてこぬのじゃよ」
「い、いったいどうすれば……」
力ずくで冥府に送ろうにも、この幽霊が相手ではいまひとつうまくできる気がしない。
ならば、心残りを解消すればいいんだろうけど……
「恋じゃな」
「恋?」
思い悩む僕にレイア姫の幽霊はとんでもない言葉をつぶやいた。
「かつての悲劇を洗い流すような幸せな恋がしたい。
なぁに、生身の男を連れてこいとは言わぬ。
どこぞに、紳士なレイスや苦味の走ったいぶし銀のゾンビでもおったら紹介してたもれ」
そしてレイア姫の霊は、怜悧な顔に雌豹の笑みを浮かべてこう告げたのだ。
「さもなくば……一生取り憑いてやろうぞ」
「うそぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
かくして、僕たちは楽しかったはずのポモーナの夜にとんでもない悪霊に取り付かれてしまったのだった。
あぁ、ほんと、誰か助けて!
僕は……僕は本当に困っています。




