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バグベアーさんはお困りのようです  作者: 森のクマさん
第一章 乱された平穏
2/18

ハッピーエンド原理主義

 毛皮に覆われた僕にはちょっと辛いけど、初夏という季節はそんなに嫌いじゃない。


 空を行く白い雲を目で追いかけながら、野薔薇の香りが立ち込める森の中で、僕は野苺をつんでいた。

 カシュナガルの森は本当に豊かな場所で、この時期に少し茂みを掻き分ければ、茂みの奥に酸っぱい野苺がたくさん実っている。

 まるでルビーのような瑞々しい果実に爪先を伸ばすと、その茂みの中に巣を作っていた蜘蛛がいて、僕の姿に驚いて茂みの奥に逃げていった。

 せっかくの家を台無しにしてしまって申し訳ない気分になるが、これもおいしい野苺を食べるため。 広い心で許してほしい。


 ちなみに、野苺を摘むのは意外と大変だ。

 十分に熟れてないとなかなかポロリと実が取れてくれないし、熟れすぎているとこんどは爪の先で潰れてしまう。

 まだ若い実を取るのはルール違反だ。

 野苺だって、せっかくならおいしく食べてほしいだろうしね。


 ちなみに、油断するとせっかく取れた実も、下に落ちてどこか藪の中に消えてしまう。

 だから、野苺を摘むときは押し黙ったまま神経を集中して挑まなければならない。

 なお、落ちてしまった野苺は、潰れた上に土がついてしまうことがおおいので、心の中で森にお返ししますと祈りを捧げて諦めるのがマイルールである。


 そのままどれぐらい野苺を摘んだだろうか、たくさんとったつもりだけど、篭の中を見ると意外と量が無い。

 けど、一回ぐらいなら何か作れそうだよね。

 明日はこれでタルトを作ろう。

 ちょっと癖の強い全粒粉のタルトにカスタードクリームを入れて、その上にどっさりと野苺を乗せるのだ。

 そのままでは酸っぱくておいしくない野苺も、砂糖をまぶしてからオーブンにいれればちょうどいい味になるだろう。


 それにしても……こうやって野苺を摘んでいると、転移してきた人間によって台無しになってしまった僕のイチゴ畑を思い出す。

 幸いなことにまだ青かったイチゴの実があり、その生き残ったイチゴがそろそろ熟れて食べごろになりそうだ。

 こんどこそイチゴを心から楽しもう。 次は何がよいだろうか?

 アロンソの実家の牧場から生クリームとゼラチンを分けてもらって、イチゴのムースに挑戦するというのもいいかもしれない。


「おーい、そろそろ焼けるぞ」

 そんなことを考えていると、遠くからアロンソの声が聞こえてくる。

 僕は野苺の入った篭をかかえ、急いで家に帰ることにした。


 ちなみに、今日は天気がいいので、アロンソと一緒に裏庭にある薬草園の前でご飯を食べる予定である。

 僕の担当は冷やしたトマトスープのサルモレホ。

 アロンソはメインであるパエリアとワインの担当だ。

 彼のワインの趣味はなかなかのものなので、ちょっと楽しみにしている。


「なんだポォ、茂みの中に体突っ込んだのか? リボンに野苺の葉がくっついてるぞ」

「え? ほんと? とって」

「動くなよ」

 かがみこんだ僕の金茶色をした頭を、アロンソがゴソゴソとまさぐる。

 そうそう、前にメルティナから男と間違われたのがなにげにショックだったので、最近は人目で女とわかるようにピンクのリボンをつけているんだよ。

 アロンソからは評判がいいんたけど、メルティナからは『可愛いけど無駄な抵抗』と、ずいぶんと微妙な言われようだ。

 ちゃんと女の子らしいでしょ!? その評価はきわめて不本意だよ!


「いい匂いだね。 やっぱり、パエリアは男のたしなみ?」

 野外で食べるパエリアは、主に男が作るものだとされていて、家族サービスのときも父親が作るのが定番である。

 なので、おいしいパエリアを作る男の子は魔族の女子の間では評価が高い。


 そろそろ出来上がるということなので蓋をあけてみると、お日様のように鮮やかな色をしたサフランライスの上で、真っ赤なチョリソーがジュウジュウと音を立てていた。

 香ばしい匂いからすると、サフランライスの下にはしっかりと焼き目がついていることだろう。

 そして放射状に並べられたチョリソーの隙間を、色鮮やかな赤、緑、黄色、オレンジとカラフルなパプリカがしんなりと柔らかく焼きあがっていた。

 なお、パエリアは海老やイカで作るものだというイメージがあるけれど、本来は鶏肉やウサギ肉を使った山の料理であるらしい。


「そうだな。 こいつが上手に作れない奴はあんまりモテないかもしれないな」

 そういいながら、彼はクーラーボックスからお気に入りだという腰の強い銘柄の赤ワインを出してくる。

 あ、そのワインいい! キリッと辛味のあるチョリソーのパエリアにはまさにぴったりのマリアージュだよ。

 さすがアロンソだよな……思わず口の中によだれがあふれそうになるのを押えながら、僕もまたクーラーボックスから冷えたサルモレホを出してくる。


 サルモレホはトマトをベースにした簡単なスープで、硬くなったパンと大蒜とトマトをすりつぶして作った冷たいスープに、上から刻んだゆで卵と細切れにしたハムを乗せた代物だ。

 トマトは残念ながら季節はずれなのでビン詰めだけど、それでもこんな暑い日にはこんな冷たいスープが最高の食べ物である。

 ちなみに、ここにカリカリに焼いたトーストを突っ込んで食べるのが僕の大好きな食べ方だ。

 

「しってるか? パエリアって料理の語源には諸説あるんだが、その一つに『彼女のため(para ella)』を縮めたものだっていう説があるんだぜ?」

「やだな、アロンソ。 それじゃまるでプロポーズみたいじゃないか」

 ワインを乾杯してそのどっしりとした味わいを楽しもうとすると、不意にアロンソがそんなことを言い出した。

 僕を相手になんでそんな台詞吐くのさ。 君と僕とは、恋人じゃなくて親友だろ?


「ダメか?」

「恥ずかしいから、そういう冗談はやめなって」

「はぁ……まぁ、せっかく作ったんだから、冷めないうちに食べてくれ。 俺の自慢のチョリソーだ」

 そういいながら、アロンソはできたてのパエリアをスプーンでよそい、その上に器用にチョリソーを載せて差し出した。

 なんだよ、そのいやらしい笑み。

 なんか変なこと考えてない?

 それに、一口で食べるには多すぎるんだけど、それ。


「ほら、アーン」

「やめてよ、子供じゃないんだから。 ちゃんとお皿によそって!」

 さすがにムッとして断ろうとしたんだけど、アロンソはさらにスプーンを突き出してきた。

 まったく……ワガママだなぁ。

 恥ずかしいんだぞ、これ。


「誰も見ていないし、このぐらいのワガママ、いいだろ?」

「じゃあ、一回だけだよ? ……あーん」


 だが、その時だった。

「きゃあぁぁぁぁぁ!!」

 突如として甲高い悲鳴が響き渡り、イチゴ畑の辺りにメキメキと音を立てて何かが落ちてくる。

 あぁっ、僕のイチゴ畑がまた!

 イチゴのムースが! イチゴのムースがぁぁ!!


 そして再び台無しになったイチゴ畑の上には、長い黒髪と紺色のローブを身にまとった誰かが地面に突っ伏していた。

 さっきの叫び声からすると、たぶん女性。

 どうやら……また僕のイチゴ畑の上に人間が落ちてきたようである。

 ようやくイチゴが収穫できるとおもったのに……あんまりだよ。


「また……人か。 俺の幸せを邪魔しやがって」

 地獄の底から響くような重低音が響くと同時に、アロンソの手の中で、パエリアとソーセージがのせられたスプーンがメキメキと音を立ててへし折れた。

 うわっ、すごい顔!?

 なにその機嫌の悪さ、おもいっきり怖いんだけど!?


「と、とにかくどんな奴が落ちてきたのか確かめようよ」

「そうだな。 責任を取る前に死なれても困るしな。 この始末……どうつけてくれようか」

 だから、その顔怖いってアロンソ。

 君もそんなにイチゴが食べたかったのかい?

 仕方ないから、いつかイチゴのタルトを焼いたら一口だけあげるよ。


 そして現場に駆け寄ると、僕のイチゴ畑を台無しにした二人目の人間は……細身で華奢なお姉さんだった。


「あいたたたた……こ、腰が」

「うーん、おちてきた時にもひどく腰を打ったたようだけど、これは元から慢性的に腰が悪かったみたいだね。

 見事なまでに椎間板ヘルニアだよ」

 前回と違って意識があるようなので、少し離れた場所から魔力をはなって彼女の容態を調べてみたが、随分とひどい状態である。


「ば、バグベアー? なんかちみっちゃいんだけど……まさか変異体!?」

「余計なお世話だよっ!」

 そう、僕の体はバグベアーとしてはとても小さい。

 人には140センチと言っているが、実は139センチ。

 アロンソが210センチあるので、隣に立つと子供みたいに見えてしまうのがひそかな悩みだ。


「い、いやっ! なんで!? ここはどこなの!?」

 僕の存在に驚いた彼女はなんとかして逃げようとするが、腰が痛むので立ち上がることすらできないようである。

 そのまま這いずって逃げようとするが、5mも進まないうちに痛みに耐えかねて泣きながら動きを停止した。


 そのタイミングでアロンソが僕の後ろからのっそりと現れる。

「ひぃぃぃぃ!? み、ミノタウロス! しかも上位種!!」

 おや、そこまでわかるんだ?

 このお姉さん、体力はなさそうだけど見識のほうはかなりすごいみたいね。


「乾ける風の霊よ、湿潤たる地の霊とまじわりて、束縛の力と……魔力が動かない!?」

 アロンソの姿に危険を感じた彼女はなにか魔術を使って抵抗しようとしたみたいだけど、あいにくここは僕の家だ。

 他人が変な魔術を使えないように、念入りに魔術を制限してあるのでそんなものが使えるわけが無い。


「た、助けて……殺さないで」

「あーはいはい。 僕は人間の肉が嫌いだから襲ったりしませんよ。

 でも、こっちの彼は肉屋だからなぁ」

 チラリとアロンソに視線を向けると、彼は機嫌が悪そうに鼻を鳴らした。

 お行儀悪いよ、アロンソ。

 黙っていればプラチナブロンドにアメジストの瞳をした目麗しい王子様で通るのに……君ってとても残念だね。


「どうせ保護するって言うんだろ。

 殺さなねぇよ……嫌われたくないからな」

 最後はボソボソと小さな声だったのでよく聞こえなかったが、どうやら彼の了承も得られたらしい。


 それでもしばらく彼女は大声でわめき続け、やがて疲れ果ててぐったりしたところをアロンソが診療所へと運び込んだ。

 その後も散々抵抗しようとはしたのだけど、やがて打撲のひどい部分に薬草を練りこんだ湿布を張って、むりやり治療用の魔術を施すころになると、ようやく彼女も命の危険は無いと認識したらしい。


「で、腰のほうだけど、ずいぶんとひどい状況だね」

 出来上がったカルテを眺めて、僕は深々と溜息をついた。

 これ、今回のことが無くてもそのうち二度と歩けなくなっていたんじゃないかな。


「す、すいません、なにぶん事務仕事ばかりなので腰を痛めてしまいまして」

 彼女は恥ずかしそうにうつむいたまま、そんな言葉を口にする。

 あぁ、事務仕事か。

 座りっぱなしの仕事って、すぐに腰を痛めるんだよね。


「とりあえず痛み止めと組織再生の魔術をかけておいたから、三日ほどは安静にしていてね」

 僕が診断結果を告げると、彼女は驚きで目を丸くした。


「治るんですか……これ?」

「うん。 治るよ。

 森の力で体に導きを与え、正しい姿に戻るように促してやるんだ。

 ただ、その時に必要な栄養素をしっかり補給しながらでないと、せっかく治っても体の中のバランスがおかしくなっちゃうからね、

 少し時間をかけて治すから、念のためにしばらくここで入院してね」

 この程度の症状も治せないだなんて、どうやら人間側の医療はずいぶんと遅れているらしい。


「……神様」

 お姉さんはそうつぶやくと、僕の手をガッシリと握り締めてきた。

 よほど腰の痛みに困っていたらしい。


「いや、僕はただの魔族だから

 あと、ここに患者としている限り身の保証は確保してあげるけど、体が治ったら早く帰ってよね!」

 人間がここにいたところで、結局は僕の評判が落ちるだけだ。

 ただでさえメルティナが来るようになってから、近所(ただし1キロ近く離れている)の方々から生きている人間の匂いがすると懐を探るような目を向けられることが多くなってって言うのに……


「それよりもだ。

 なんでポォのイチゴ畑に落ちてきたんだ?

 魔王の城に忍び込んだわけでもないだろうに」

 それまで静かにしていたアロンソが、突如として口を挟んできた。


 そういえばそうだったね。

 前回のメルティナは魔王城に忍び込んだときに転移のトラップに引っかかってここにきたんだけど、このお姉さんに魔王様の城へと忍び込むような技術があるようには思えない。

 思えばずいぶんとおかしな話だ。


「あ、それなんですけど……私、頼まれた鑑定品をうっかり発動させちゃったみたいなんですよね」

「鑑定品?」

 彼女の口から飛び出した意外な言葉に、僕は軽く首をかしげる。

 どういう意味なのだろうとアロンソをみたが、彼も首を横に振るだけだ。


「私、冒険者ギルドの鑑定係を務めております、ルルー・サントリーナと申します」

「なるほど、それでいろいろと目端が利くのね」

 おそらく、彼女は鑑定魔術の使い手なのだろう。

 鑑定魔術とは、アカシックコードと呼ばれるこの世界の情報のすべてが記録されているという領域にアクセスし、そこから情報の一部を持ち出すことが出来るというきわめて貴重な魔術である。

 先天的な才能が大きく左右する魔術であり、他人から魔術オタクと呼ばれる僕でもほんの触り程度しかあつかえない。


「はい。 それで当時の状況を詳しく申し上げますと、魔王の城を攻略中の勇者が持ち帰ったという宝珠を鑑定しておりまして、鑑定結果を報告書に書いている間に宝珠が急に光ったんですよ。

 どうも、思った以上に中の術式が不安定になっているようでして、鑑定に使った魔力の余波程度でも中にこめられていた転移トラップの術式が発動してしまう状態だったようですね」

 なんて迷惑な。 その宝珠を作った奴、そうとうに腕が悪いぞ。


「それ、たぶん不良品だな。

 転移トラップ用の宝珠なんて製作者でもない限りは外せない代物だぞ。

 トラップを解除するときも、叩き壊すのが普通だからな。

 魔王の城に殴り込みをかけてきた勇者が外してもってくるなんて出来るはずもない。

 たぶん、その宝珠は誤作動が問題になって捨てられたやつだろう」

「なに、その勇者は魔王城のゴミを拾ってきて売りつけたってわけ?」

 僕が呆れた声を出した瞬間、ルルーさんの目が泳いだ。


「まぁ、なにぶん自称勇者ですから。

 魔王城まで入り込むだけの実力は確かにあるんですけどねぇ。

 なにぶんお調子者で、すぐに仕事の手を抜くんです」

「そんな奴を魔王陛下の城に進入させちまうとかユルすぎるだろ。 最近の奴らは何をしているんだ、まったく」

 元近衛騎士として魔王城を守っていたアロンソからすると、そうとう腹ただしい事に違いない。

 これはそのうち殴りこみにゆくな。

 僕は両手の肉球をあわせ、アロンソにしごかれるであろう近衛騎士たちのために祈りを捧げた。


「とりあえずもう歩けると思うから、軽くリハビリもしようか」

「動いて大丈夫なんですか?」

「うん。 軽く動かしながら再生させたほうが、施術後の経過がいいって10年前の論文にも書かれていたしね」

「はぁ……では、お庭を少し散歩させていただきますね」

 そして彼女が外に出て、数分ほどたったときだった。


「きゃあぁぁぁぁぁぁ!!」

「なに、どうしたの?」

 突如として響き渡ったルルーさんの悲鳴に、僕とアロンソは即座に飛び出す。

 そして裏庭に駆けつけた僕たちが見たものは……目から涙を流して感動しているルルーさんの姿だった。


「すごい……これはブラックタラゴン、こっちはクイーン・マジョラム!

 あぁっ、あっちにも貴重な薬草が……ここは宝の山ですか !

 ここにある植物を一株でも売れば、一年は遊んで暮らせますよ!」

 そっか、人間からするとそこまで貴重な代物なんだね。

 ちなみに、ここにある薬草のほとんどは僕がこのカシュナガルの森の中で見つけてきたものをゆっくりと増やしていったものである。


「たしかに珍しい薬草ではあるけど、ちゃんとした育て方をすれば増やすのはそんなに難しくないんだけどな」

「これ、栽培方法を教えていただくわけには……」

 何かを期待するかのような視線を向けられたが、僕は首を横に振った。


「さすがにそれは無理だね。 人間たちとは今も戦争中だし」

 迷い込んだ人間を数人保護するぐらいならまだ大目に見てもらえるかもしれないけど、敵勢力に有用な知識を供給するようなことをすれば明らかな国家反逆罪である。


「ですよね……ちなみにこの薬草でどんな薬を作っているんですか?」

「主に美容液かな?

 他にも傷薬とか、風邪薬とか、腹下しの薬なんかも人気あるけど、美容関係が一番よく売れるね」

 僕の作ることのできる薬はとても数が多いけれど、メインとなるのは普段使いできるような薬品だ。


 宮廷典医なんかが使う難病の治療薬も作れるけど、こっちはそうそう使うことはないからね。

 そして美容関係の薬品が一番売れるのは、どの種族も共通して美に悩まない女性がいないからである。


「こいつの作る傷薬はかなりの貴重品だぞ?

 魔王軍の御用達だしな。 俺も昔はずいぶんと世話になった」

 普段から携帯しているらしく、アロンソはポシェットから傷薬の瓶を出してきた。

 そしてその瓶に刻まれたクマの紋章をみた瞬間、お姉さんの顔がさらに強張る。


「これ……魔王の手下を倒したときにまれに手に入るという幻の傷薬の瓶……」

「あ、僕の薬って人間からするとそういう認識なんだ」

 効力にはそこそこ自信があるけど、幻のとまで言われると少し照れくさい。


 僕がそんなことを考えていると、ルルーお姉さんは渋い顔でつぶやいた。

「あー まずいものを知ってしまったかもしれませんね。 これ、王侯貴族が知ったら目の色を変えますよ。

 前に、このエンブレムの入ったビンに若返りの秘薬が入っていたことがありましてね」

「人間の国では同じ薬って売ってないの?」

 若返りの薬は確かに貴重だけど、王族が目の色を変えるということはまずない。

 不老不死である魔族の王族たちには意味のない代物だし、若返ってまで現在に固執する意味がないからだ。


「売ってないですね。 在庫のほうもすでにすべて使い切った後だと伝わっています。

 残っていたとしても、国宝の類ですよ」

 あぁ、だとしたら彼女の言葉通り本当に目の色を変えてほしがるだろうな。

 人間の寿命はとても短いからね。


「でも、バラす気はないんでしょ?」

 だったらこんなことはつぶやかないだろうしね。


「ありませんけど、人間なんて弱いですからね。

 切羽詰ったら、私も秘密を守りきれる自信はないです」

 とは口で言うものの、意外とこういう人間のほうが秘密は守るものだ。

 絶対に話さないなんてほざく人間ほどあてにならないものは無い。


「いいよ。 バレたところで僕たちの住むあたりまで人間がくることが出来るとは思わないし、それだけのことが出来るなら若返りの薬ぐらい自力で開発できるだろうし」

 そう結論付けたところで、アロンソがぐっと前に顔を出してきた。

 え、なに? なんか悪いこと言った!?


「そんなことよりも、腹がへってないか?

 パエリアがまだ大量に余っているんだが……」

「あ、忘れてた」

 アロンソに言われて、ようやく僕は昼食を食べそびれたことを思い出した。


 そのあと、なぜかアロンソがすっかりしょげかえってしまい、機嫌をとるのにとても苦労したんだけど、なんでそこまでショックだったんだろう?

 どういうわけか状況を一瞬で把握したルルーお姉さんが、深々と溜息をついてアロンソに酒を注ぐ姿が妙に印象的だった。


 その後、ルルーお姉さんのヘルニアは順調な回復を見せ、好奇心の強い彼女は僕の研究にも興味を見せるようになる。

 彼女の持っている鑑識魔法は非常に有用で、僕の研究も大いにはかどった。

 もしもし彼女が人間でなければ、助手として雇い入れたいのに……事件が起きたのは、そんなことを思っていた矢先の事だった。


「おい、人間だぞ!」

「捕まえろ! 今日の晩御飯だ!!」

「きゃあぁぁぁぁぁ!!」

 聞こえてきた悲鳴に慌てて外へ飛び出すと、僕の家の中に地元の青年たちがなだれ込んできているところだった。

 どうやら、散歩か何かで通りかかったときにルルーお姉さんの姿を見つけてしまったらしい。

 しかも、こんな平和な田舎なので、僕の家の門はいつでも開きっぱなしだ。

 閉じていれば野良ドラゴンが襲ってきても撃退できるような力があるのだが、たとえ優れたセキュリティーがあっても、それを常時はずしているのでは意味が無い。


「ちょっと! なにするんだよ! 人の家に勝手に入らないで!!」

 だが、青年たちはなぜ僕が怒っているのか理解できないといわんばかりの表情で、ルルーお姉さんを地面に組み伏せていた。


「おぉ、ポォ先生! 先生の家の庭になぜか人間がいたから捕まえようと思ったんですよ!

 あとでおすそ分けしますね!」

 ひぃぃぃぃ、やっぱり食料だとしか思っていない!

 僕は思わずそんなことを言い出したゴブリンの青年の頭を肉球ではたいた。


「ダメ! その子はうちの患者だから!!」

「え? でも、人間ですよ?」

 オーガの青年が、信じられないといった顔で僕を見る。


「拾った人間をどうしようが、僕の勝手でしょ」

「はぁ」

 間違ったことは言ってないが、魔族として一般的な意見ではない。

 彼らにとって、人間とはただのご馳走である。


「ところで、なんでポォ先生ところに人間なんかいるんです?

 家畜として増やすつもりなんですか?」

「その子はなぜかうちの庭で迷っていたから保護しただけだよ。

 なんでウチの庭にいたかは、僕が聞きたいぐらいだ!」

 本当に、どうして僕ばかりがこんな面倒を引き当てなきゃならないんだろう?


「えっと……だったら、その子、俺にくださいませんか?」

 そんなことを言い出したのは、わりと近くに住んでいるワーウルフの青年だった。

 たしか、森の木々を間引きしている製材所の息子さんだっけ。


「食べるというなら却下だよ。 せっかく命を助けたのに、おいしくいただかれたんじゃたまったもんじゃない」

「いえ、そういうわけじゃないんですけど、この子を見ているとなぜか顔が熱くなるというか……胸がドキドキするというか……」

 そういいながら、彼の姿は半獣から人間とほとんど変わらない姿に切り替わる。

 あぁ、ワーウルフは半獣と人の姿をもつライカンスロープの一種だもんね。

 そして、人間の姿になった彼の頬は赤く、自己申告どおりなにやら熱でもあるようだ。

 ふと気がつけば、地面に座ったままのルルーお姉さんも同じような状況になっている。

 ……え? なに、これ。

 なんか悪い熱病?

 こんな即座に感染するような恐ろしい病、聞いたこともないんですけど!!


「か、隔離だ! 今すぐ隔離しないと!!

 ここにいる全員が未知の熱病にかかった恐れがある!!」

 そして僕はこの場にいた全員をむりやり診察室に押し込め、徹底的に検査することにした。


 だが、その結果は……。


「ぶはははははははは!

 そりゃ怖い! その熱病なら俺もしょっちゅうかかってるぜ!!」

「う、うるさいよアロンソ。 僕だってミスすることはあるんだ」

 まさか……まさかあれがただの発情だなんて!

 汚らわしい! 不潔だよ、ルルーお姉さん!!


 ムカつくので胸やら腹やらをポカポカと殴りつけるのだが、アロンソの爆笑は一行に収まる気配は無い。

 本当は頭か顔を殴りつけたいのだが、絶望的な身長差がそれを許してくれなかった。


「ひー死ぬ! ポォに笑い殺される!!」

「君が死ぬ前に、鼻からカテーテル突っ込んでやる! 僕の前でそう簡単に死ねると思うなよ!!」

 僕は近くにある椅子を引き寄せてその上に乗ると、アースワームの腸からつくったカテーテルをアロンソの大きな鼻の穴に突っ込んだ。


「ほら、これで呼吸を楽にしたまえ!!」

「ふごっ!?」

 アロンソの馬鹿を鼻からカテーテルを生やしたままぶっ倒れるというイケメンにあるまじき姿に追い込むと、僕は窓から幸せそうな二人の姿に目をやる。


 ルルーお姉さんと製材所のワンコロは、今日も薬草の手入れをするという名目で目下絶賛デート中だ。

 あ、あいつらキスしやがった!

 な、なんかむかつくーーー!


 でも、大丈夫なのかこの二人?

 片方は魔族で、片方は人間だよ?

 ルルーお姉さんは治療が終わったら人間の世界に戻らなきゃいけないし、ワンコロのほうも人間であるお姉さんをかくまいながら生活をするというのはちょっと難しい。


 あ、そうだ。

 僕はこの段階で大事なことを思い出した。


 ライカンスロープは人間にしか発症しない病原体を持っているから、ルルーお姉さんにはあとで獣素除去薬を飲ませなきゃね。

 獣素除去薬はまず使う機会がないため、僕も知識でしか知らない薬だ。


 参考書を引っ張り出しながら材料をかき混ぜて、他の薬との違いを確かめながら術式を織り込む。

 幸いなことに、たいして難しい薬ではない。

 

 そして僕が獣素除去薬の調合を終えるころ、庭に一人の来客があった。


「やっほー ポォ先生。 元気……じゃなさそうね? なんかあったの? アロンソさんも鼻を怪我しているし」

 やってきたのは、すっかりなじみの顔となってしまったメルティナだった。

 ちなみにアロンソはすっかりへそを曲げていて、片手を上げるだけで挨拶をする気もないらしい。


「まぁ、ちょっとね……また人間が庭に落ちてきたんだ。

 僕の大事なイチゴがふたたび台無しだよ」

「またぁ? ポォ先生も災難ね」

 苦笑しながら彼女は自分が落ちたイチゴ畑を見るべく窓に目をやる。

 そして、一瞬顔をこわばらせた後でこちらを振り向いた。


「あれ? あそこにいるの、賢者ルルー様じゃないの?」

「賢者?」

「うん。 人間の国の中でも一番大きな国の冒険者ギルドで、鑑定部門のトップだった人。

 つい最近、失踪したらしいとは聞いていたけど……そっか、ポォ先生のところに落ちていたのか」

 あらら、ルルーお姉さん、そんな大物だったのか。


「それ、不味いんじゃないの? かなり重要なポストだよね」

「現場はかなり混乱しているみたいね」

「そっかぁ……でも、教えないわけにもゆかないよね」

 でも、本当は僕が言わなくてもそんなことには気付いているよね。

 けど、人の世界に帰ったら、たぶん二度と戻ってくることはできないだろう。

 どうするの、ルルーお姉さん?


 ――結論から言うと、彼女は人の世界へと帰ることを選んだ。

 泣きながら、それでも人の世界に帰ることを選んだ。

 自分には、やらなければならないことがあるからと。

 けど、それって仕方なくだよね。


 あなたの幸せはどうなるの?

 賢者って言う地位は、自分の幸せよりも優先しなきゃいけないことなの?

 そう問いかける僕に、彼女はただ黙って悲しげな笑顔を返した。


 だから、僕は彼女をメルティナに託し、帰還の魔術で人間の街へと送り届けた。

 

 そして彼女が人間の街へと帰ってからと言うもの……

 今夜も野薔薇の香る月の光の下で、六月のまだ肌寒い夜の空気を震わせて、狼の遠吠えが悲しげに響く。

 製材所の子倅は、まだ人間街へと去っていった彼女のことが忘れられないのだろう。

 ううん。 きっと、ずっと、いつまでも忘れない。


「悲しいよね。 こんなの間違っているよね」

 狼男の吼える丘のほうを眺めながら、僕はたまらずにそうつぶやいた。


「そうだな。 なんでお互いに好きな相手同士なのに、別れなきゃいけないんだろうな」

 そういいながら、アロンソは僕の頭抱き寄せ、その硬くて分厚い胸に押し付ける。

 その瞬間、僕の体に異変が起きた。


 え……なに、これ?

 顔が、顔が萌えるように熱い!?

 心臓がドキドキする?


 やっぱり、あれは発情なんかじゃなくて伝染する熱病だったんだ!?

 アロンソの胸の鼓動も、心拍数がおがっちゃってるし! 

 どうしよう、ふたりとも熱病にかかっちゃった!


「あ、アロンソ、ね、熱が……早く治療しなきゃ」

「あぁ、この症状な、昔からある病で薬じゃどうにもならないんだよ」

「え? そうなの!?」

 なんと! 僕の知らない病を、アロンソが知っているだなんて!!

 これはもしかすると、戦場で多く発生する病なのかな?


「治す方法はただ一つ……朝までベッドの中で抱きしめあうことかな」

 そう告げると、アロンソは僕の体を持ち上げて、病室のベッドへと運び込もうとした。


「ふざけるなー!」

 なお、家に仕掛けておいたセキュリティーにより、アロンソが撃退されたのは言うまでも無い。

 この、悪い虫め!!


 さてと、この切ない遠吠えが聞けるのもあと12日あまり。

 そう思うとこの切ない気持ちもそう悪くは無い。


 満月になれば、ルルーお姉さんはこの森に帰ってくることになるだろう。

 だって……獣素除去薬をうっかり渡しそびれちゃったから。

 そう、うっかりね。

 ふふふ、僕はハッピーエンド以外のラブロマンスを認めない主義なのだよ。


 ワーウルフが宿主になっているライカンスロープ症候群は、体液を媒介にして感染する。

 そして満月の光と共に人間を魔族である獣人へとかえてしまう病だ。

 あの二人、人の庭先で派手にチュッチュと音を立てていたからね。

 確実に感染しているだろうさ。

 なお、どうやら人間たちの間では傷口からは感染するという話になっているらしく、ルルーお姉さんはまったくの無防備だった。


 そして、人で無くなってしまったルルーお姉さんを、メルティナがここへと連れて帰ってきてくれることだろう。

 ライカンスロープ症候群は、一度発症してしまうともう治らない。

 治すための研究すらされていないしね。


 え、その二人はどうなるのかって?

 満月の夜、すべては僕の思い通りに運ぶはずさ。


 そんなわけで僕の胸のつかえは一つ消えたのだが……


 僕は最近、別のことでとても悩んでいる。

 アロンソの顔を思い出すたびに、僕は謎の熱病を発症するようになってしまったんだ。

 けれど、どれだけ調べても病の原因となるものは見つからず、病状は悪くなるばかり。

 いったい、なんなの? この変な熱病は!


 あぁ、ほんと、誰か助けて!

 僕は……僕は本当に困っています。

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