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バグベアーさんはお困りのようです  作者: 森のクマさん
第二章 迷宮のお医者さん
17/18

乙女に気安く触れるなかれ

 すべての戦略は、手に入れた情報から生まれる。

 ……というわけで、事件が起きて僕がまず行ったのは、情報の収集だった。


 むろん僕に隠密としての才能や技術があるはずもなく、手持ちのコアで管理室の音声を拾うというやり方である。


「シャザーン、とりあえず管理室の音声を拾ってきてくれる? 傍受されるのが怖いから、糸電話方式で」

「あいあいさー」

 呼び出されたジーニィは丸型の薄い膜となり、その中心からするすると糸が伸びはじめた。

 そして糸は空調ダクトを通って隣の管理室まで伸びてゆく。


 待ったのは数秒ほどだろうか?

 流れてきたノイズが徐々に修正され、丸い膜からクリアな音声が流れ始める。


「隊長、管理コア一基の30%の掌握が終わりました。

 魔王城メインコアへの支配魔法、いつでも発動できます!」

「よし、あとはそれをもって帝国に戻るだけだが……」

「ちくしょう! なんて頑丈なセキュリティーなんだ!!」

「まさか、管理コア自体に移動禁止の処置がされているとはな」

 なるほど、彼らの本当の狙いは魔王城のコアを支配下に置くことと、僕の作った管理コアか。

 たしかに魔王城を明け渡せだなんて要求が通るとは彼らも思っていなかったのだろう。

 そして魔王城のシステムさえ支配下においてしまえばここを攻め落とすのは簡単だし、演算能力の高いコアはそのまま国の力に直結するしね。


「ぐあぁぁぁぁ! コアを固定するシステムをどこに隠した!! 畜生! ダメだ! パスを通す前に入力画面すら出ないぞ!?」

「どっかに物理的なスイッチがあるんじゃねぇのか?」

「だったらこの部屋のどこかにあるはずだ!! よく探せ!」

 あーそれね。

 悪いけどそこにいる限り無理だよ。

 コアの移動を解除するスイッチは、アロンソの提案で隣の部屋に設置したから。

 ついでにスイッチの解除の仕方もゴブリンの指では動かせない物理的なパズルになっていて、いちど間違えると1分は反応しなくなるイライラ設定の上に、最後に僕の肉球の皺による認証が必要になるという鬼畜っぷりだし、素直に諦めることをお勧めするね。


「どうする? あまり時間がかかるとこちらが不利になるぞ」

「だが、解除スイッチが見つからないことには任務が達成できない」

「このまま撤収するか?」

「無理だ。 それでは、悪戯にこの国を刺激しただけになり、軍事裁判にかけられる」

「じゃあ、力づくで!」

「馬鹿! この手のコアはデリケートなんだぞ!!」

 男たちの会話を聞いていた僕は、その続きを予想してすぐに動くことにした。

 まず、練習室の鍵をかけて時間稼ぎをし、戸棚によじ登って空調ダクトの蓋を開ける。


「まて、自分たちの手で解除できないならば、解除できるやつがすぐそこにいるじゃないか」

「そうだな。 いかな魔術の権威といえどたかが女一人だ」

 ほら、やっぱりこうなった。

 あまいよ君たち。 これでも僕は軍医になるときに最低限の軍事訓練を受けているし、君たちよりずっと長く生きているんだ。


 僕は空調ダクトの中に入り、入り口を魔術で隠蔽すると、まずは彼らと距離をとることにした。

 たぶん僕に掛けられたセキュリティーシステムも解除されているから、つかまったら終わりだろうしね。


「んー たぶん四階にいるアロンソと合流するのが一番楽なんだけど……」

 詳しく状況説明したら絶対に馬鹿にされるね。

 うん、奴の手を借りるのはナシで。


 方針が決まれば、あとは行動するだけ。

 僕は狭い通機構をもぞもぞと芋虫のように匍匐前進で進むと、なんとか18階のフロアに降り立った。


「ふぅ、僕の毛皮が埃まみれになっちゃったよ。 早くお風呂入りたいね」

 そして未だに燦然と輝いているアルバを一つ手に取ると、魔王城にいくつもしつらえられた隠れ部屋へと潜り込む。

 なにぶんここは本来が軍事施設なので、外的に襲撃された場合に備えた設備が山のようにあるのだ。


「さてと、長くかけると逆探知で居場所がバレるね。 手早くやるとしますか。

 でておいで、シャザーン」

 僕は部屋の中で一息つくと、管理コアを取り出してジーニィを呼び出す。

 そして術話器の機能を呼び出し、通話をかけた。

 なお、連絡の相手はアロンソだ。

 ……早めに連絡だけはしておかないと、あいつはスネるしね。


「あ、アロンソ? 僕だよ。

 え? もちろん無事だよ。 ゴブリンたちが何かしてくるまえに逃げたからね。

 うん、そうしたいのはヤマヤマなんだけどさ、隔壁が下がってて魔王城のほうにも逃げられないんだよね。

 しばらくはダンジョンの中を逃げながらコントロール権を取り戻すつもりだから、あんまり暴れないで……あ、そろそろ探知されそうだから切るね!

 ……ふぅ、これでよし」

 とりあえずダンジョンを破壊してでもこっちに来そうな馬鹿に釘をさしたし、これで心置きなく失礼なゴブリンたちをおしおきできるね。


 ……とそんな事を考えてきたときだった。

 管理コアから響くアラームに気づいて幻視モニターを呼び出せば、こちらに向かってくる熱源がある。

 どうやら今の通信が傍受されてしまったらしい。

 さっそく僕の近くまで追手を差し向けるあたり、向こうもそこまで無能ではないってことだね。


「シャザーン、管理権限はどのぐらい取り戻せた?」

「トラップ機能の一つを奪回成功。 落とし穴機能を利用できまぁす」

「……上出来だよ」

 僕はかっこよく呟いて隠し部屋を出る。

 できればそのまま15階に移動したかったのだが……


「見つけたぞ!」

「そこを動くな!!」

 声のしたほうに目を向けると、テロリストであるゴブリンたちが通りの向こうで声をあげていた。


「やばっ!」

 どうやら監視モニターの権限を奪われた上に、思ったより向こうの動きが早いようである。

 まさかこんな近くまで来ていたとは……


 必死で逃げる僕だったが、なにぶん足の長さが違いすぎる。

 ほどなくしてゴブリンたちの足音はすぐ近くまで迫ってきた。


「くっ、みっともないからいやだったんだけどな!」

 そう呟くと、僕は二足歩行を諦めて両手を地面につく。

 そして僕は真の力で走り出した。


「な、何だと!?」

「四速歩行!?」

 二足歩行では人間の子供とかわらない程度のスピードしか走れない僕も、四速歩行なら馬にだって追いつける。

 ……熊みたいだって言われるからすごく嫌なんだけど、こっちのほうが早いのは事実なんだからどうしようもない。

 光栄に思うが言い! 僕がこの姿を人に見せるのは、サカリのついたアロンソから逃げるとき以外には初めてだ!!


「あ、そうだ。 これでもくらうといいよ!」

 そして追いかけてくるゴブリンたちとの距離を開けると、僕は取り返したばかりの機能を行使した。


「おちろ!!」

 その瞬間、ゴブリンたちの足元の床がパックリと開く。

 空間魔術を応用し、なんでもない地面を一瞬で落とし穴の形に捻じ曲げる類の魔術だ。

 どこにでも一瞬で落とし穴を作ることが出来るので、監視モニターとセットにすると斥候殺しの仕掛けになる。


「うわぁ!」

「落とし穴だと!?」

 しかもこれはただの落とし穴ではない。

 中には、バナナ園を経営するイエローエイプス特性の潤滑油つきバナナの皮ゴーレムが召還され、うようよとうごめいているのだ!


「うわっ、これ……滑る!」

「くそっ、手がヌルヌルで穴から出られないぞ!!」

「畜生! 出しやがれこの熊娘!!」

 あ、言ってはならないことを言ったね、君たち?

 僕は畜生でもクマじゃないよ!


「やれやれ、失礼だねぇ。 そんなに言うなら出してあげるよ。 いちにーの、さんっ!!」

 その瞬間、元に戻ろうとした床が、ゴブリンたちをものすごい速度で天井に放り投げる。


「げふっ」「ごはっ」「うがっ」

 天井に叩きつけられた挙句に地面と激突したゴブリンたちは、くぐもったうめき声を上げて意識を失った。


「……とりあえず、命にかかわるような怪我はなさそうだね。

 とりあえず正義は勝つということで!」

 僕は失神したゴブリンたちをすばやく診断すると、次の目的地へと急ぐのだった。


 だが、その頃……

 事態はさらに悪化の一途をたどっていたのである。


「おい、人間共が近くにきたようだぞ?

 なにやらずいぶんと数が多いし……様子が妙だな」

 最初に事態の変化に気づいたのは、対テロ舞台を警戒するために魔王城の周囲を監視していたゴブリンだった。

 幻視モニターには、やけに緊張した大勢の冒険者たちの姿が映りこんでいる。

 その人数の多さもダンジョンを稼ぎとする冒険者としては異質だが、まるで人目をはばかるような態度が妙に目に付いた。


「いったい何をしにきたんだこいつら?」

 その時だった。

 モニターを覗き込んでいたゴブリンが手荷物から資料を取り出して、そこに映りこんでいる人物の一人と資料の中の写真を見比べる。


「まて、あの女……たしか報告書にあった公女の友人じゃないか?」

 周囲にいるゴブリンたちがハッと息を呑む。

 そして邪悪な笑みを同時に浮かべた。

 彼らが何を考えたかなど、わざわざ説明するまでも無いだろう。


「だとしたら……」

「あぁ、餌に使おう」

 そしてゴブリンたちは管理システムを操ると、魔王城からポォの管理するエリアへと続くドアの閉鎖を解いた。



「あれぇ? ちょっと、入り口しまってるし!」

 魔王城の中に甲高い少女の声が響く。

 

「どうしました、メルティナ殿」

 首をかしげるメルティナに、同行している盾役の冒険者が声をかけた。


「んー 例の賢者がいるのはこの先なんだけど、入り口が閉まっているのよね」

 彼女たちは冒険者ギルドの依頼により、ポォのところまで転移の宝珠を運ぶ役目を与えられた一団である。

 せっかくここまで来たというのに、これでは先に進めないではないか。

 だが、その時である。

 ガコンと思い金属を打ち付けるような音が響き、目の前の分厚い鉄の扉がゴゴゴっときしみながら上にあがった。


「あれ? 開いた。 なんだろ? ……なんか嫌な予感がする」

 入り口が開いたにもかかわらず、メルティナはすぐには入ろうとせず足を止める。

 何か背中がざわめく感じ……こんなときは、たいてい何かよくないことがおきるのだ。

 そう、初めてポォのところに強制転移されたときのように。


「なにしてるんだよ、メルティナ。 はやく行こうぜ!」

「急がないと。 ギルドの存続がかかってるんだぞ!?」

 そう急かされてはメルティナも立ち止ってはいられない

 だが、彼女は一言だけ注意を促すことにした。


「……気をつけて。 何かあるかもしれない」

「気をつけろって、何に気をつけるんだよ。

 そもそも、ここは魔王城だぜ? どんなトラップがあったとしても驚きはしねぇよ」

 そう言いながら、戦士の男が余裕げな足取りで先のフロアへと足をいれ、仕方なくメルティナも周囲に気を配りながら足を踏み入れる。


「――ダメ。 やっぱり出よう!」

 入ったと途端、さらに悪寒が襲い掛かった。

 これはまずい。

 メルティナは真っ青な顔で外に出ようとするが、斥候の技能を持つ冒険者がその行く手をさえぎった。


「おいおい、ここで引き返せるわけが無いだろ。

 特に罠はなかったんだし、なにビビッて……」

 だが、その言葉が終わるより早く今入ってきた扉が轟音と共に落ちてきた。


 同時に天井からシュウシュウと音を立てて怪しい煙が吹きつけてくる。

「いけない! 毒ガス!!」

「トラップだと!? そんな馬鹿な!!」

 斥候役の男が、信じられないとばかりに叫ぶ。

 だが、メルティナは知っていた。

 このエリアのトラップがすべて人工知能管理になっていて、既存の技術ではまったく対応できないことを。

 このエリアのトラップは、あらかじめ仕掛けるのではない。

 必要に応じて、一瞬でその場で作られるのだ。


 だが、寛容なポォはよほどのことが無い限りこの手のトラップを発動しないように設定していたはずである。

 さらに、友人であるメルティナはトラップの対象外になっていたはずだ。

 先ほどのなかなか動かなかった入り口もおかしかったが、これはたぶんポォの仕業じゃない。

 だったら、何者が……

 しかしメルティナが答えを出すよりも早く周囲を緑に濁った催眠ガスが埋め尽くし、彼女は程なくして床に倒れた。


 そして人間達が全員倒れると、部屋の中のガスが急速に外へと吸い込まれてゆく。

 

「よし、まずは例の女を確保だ」

「くくく、実に他愛も無いな」

 ガスが完全に消え去ると、その場にゴブリンたちが現われた。

 ゴブリンたちはあざ笑いながら倒れた冒険者たちを足で仰向けにすると、その人相を確認しながらメルティナを探しはじめる。

 だが……


「まったく同感だわ。 だからポォにも視界をさえぎるようなガスはやめときなさいって言ったのよ」

 その言葉にゴブリンたちが振り向くよりも早く、鋭い刃物が彼らの喉に突き刺さった。


「おま……なぜ……」

 その言葉が耳障りだといわんばかりに、喉の奥に差し込まれた冷たい感触がさらに深く押し込まれる。


「ごめんねぇ。 わたし寝つきが悪いから、貴方たちの小汚い腕の中じゃ居心地悪くて眠れないのよ」

 微笑みながらナイフを引き抜くその姿は、まさにアサシンの名にふさわしい冷酷さであった。


 無邪気な少女にしか見えないメルティナだが、その体にはおぞましい訓練によって毒への耐性が施されている。

 ガスで視界をさえぎられた彼女はその状況を利用することを思いつくと、息を止めて匍匐前進し、入り口から入ってくるであろうゴブリンたちの死角へと回り込んでいたのだ。


「さて、この役立たず、どうしようかしら?」

 ゴブリンたちを始末すると、彼女は眠ったままの冒険者を見下ろしてため息をつく。


「とりあえずここまで来たらコイツらには特に用は無いし……いいや、先にポォ探そっと」

 冒険者たちの荷物から例の宝珠の入った袋を取り出すと、メルティナはあっさり彼らを見捨て、ポォを探すべくダンジョンの奥へと足を向けるのだった。

すいません、まだ続きます。

続きは出来るだけ早く書きます!

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