君はワルツを三人で踊れというのか
冒険者ギルドにとっての一番の敵と聞かれたら?
街の者や商人は素行の悪い冒険者たちだと言い、冒険者たちはギルド自身が無能であることだと言い、そして当人たちは性質の悪い依頼主……すなわち顧客である街の住人や商人だというだろう。
ちなみに冒険者ギルドにとっての二番目の敵は、冒険者たちに他ならない。
いつだって、人間にとっての一番の敵は、普段から接する存在なのだ。
そして魔王城に接するその国の冒険者ギルドは、自らが定める最大の敵によってかつて無い存亡の危機を迎えていた。
その未曾有の危機を前にして、ギルドマスターは幹部を招集。
集まった面子は、どれも顔色が悪い。
「さて……すでに知っていることだとは思うが、とりあえず情報の刷り合わせもかねて状況を説明しようか」
暗い口調でそう切り出すと、ギルドマスターは陰鬱な会議の始まりを告げた。
「先日のゴブリンたちによるスタンピードについては、みなの尽力でなんとか乗り越えることが出来た。
そのことについてまず感謝する」
だが、その声に勝利を祝う喜びは無い。
なぜならば……
「だが、その際に恐るべき問題が見つかってしまったのだ」
「それは……もしかして女神の涙のニセモノについてでしょうか?」
近くにいた女性の幹部がそう尋ねると、ギルドマスターは眉間に皺を寄せながら大きく頷いた。
「そうだ。 わりと最近になって、魔王城で女神の涙が頻繁に見つかるという事例が発生していた事は記憶に新しいだろう」
そう断定すると、ギルドマスターはテーブルの上に青い光を放つ宝珠の入ったケースをとり出す。
実際には魔族同士のいざこざで人間側に流出した別物であり、メルティナから秘密裏にそれを知らされているのだが、卑怯にも彼は真実を口にする事はなかった。
「だがゴブリンたちの被害が起きる中で、わがギルドから購入した女神の涙を使用した顧客から、治癒の力が発動しなかったという報告があった。
その一つがコレだ。
ギルドに寄せられた報告によると、そのうち何件かでは使用者の姿が一瞬にして消えてしまったという情報まである」
「ニセモノですか。 しかもなんて悪質な……」
男性職員からの指摘に、ギルドマスターは再び頷く。
「そうだ。 一見して女神の涙のように見えるかもしれないが、別物だ。
しかも、わがギルドの現在の鑑定能力では、未知の魔力を帯びた宝珠としかわかっておらん。
賢者ルルーならばこの宝珠の正体を正しく看破できたかもしれんが、彼女はもういない。
……状況からすると、おそらくかなり悪質なトラップが仕込まれていたのだろうと予測されるが、その発動条件も含めて詳しい事はまったくわからん」
その言葉に、会議の参加者たちは思わず宝珠から身を引くように動いた。
未だに不明である発動条件さえ満たしてしまえば、次は自分たちがトラップの犠牲者になってこの世から消滅するかも知れないからだ。
実際にはポォのイチゴ畑跡地に転移され、魔族に捕縛されるだけなのだが、傍から見れば肉体を消滅させるトラップにしか見えなかったことだろう。
「心配せんでも、それはトラップが発動しないように特殊なケースに入れてある」
ギルドマスターの言葉に、部屋の中にホッとしたような空気が流れた。
「しかし……ギルドマスターの話からすると、最初から危険物だとわかっていながらわざと女神の涙に似せて作ったうえでダンジョンの宝箱に入れていたということになる」
「明らかに悪意があるな。 これは、もしかしなくても魔族の陰謀か!」
「つまり、魔族によって計画された策略により人間社会の一般人に被害者が出ただけで無く、我々は顧客からの信用の問題という危機にさらされているというわけか」
「なんと卑怯な!」
会議の参加者から、次々に怨嗟の声が上がる。
実際には卑怯も何も無い。
単に彼らは巻き込まれただけに過ぎなかった。
冒険者ギルドにとって不幸だったのは、例の宝珠が偶然にも女神の涙にそっくりであり、高額な回復アイテムである女神の涙を購入しようと考えた相手の多くが高位の冒険者や財力のある貴族だったことだ。
そんな彼らが、ニセモノを掴まされて黙っているはずが無いのである。
――言えない。
ギルドマスターは心の中で呟いた。
実際には人間側の欲が原因であり、魔族からすれば毒団子を勝手に食べて死ぬ野良犬と同レベルの扱いであるなど、人類の尊厳にかけても口に出来るはずがなかった。
彼に出来るのは、メルティナという助言者に従い、一刻も早くこの毒を吐いてしまうことだけである。
「さて、諸君」
ギルドマスターがそう声をかけると、罵声を吐き散らしていた幹部たちもピタリと静かになり、ギルドマスターに目を向けた。
「このままでは、わがギルドは損害賠償の支払いで破産しかねない。 さらには信用問題により、依頼の数も減ることが予想される……。
誰か、この苦境を乗り切る良い知恵は無いだろうか?」
見回しても誰も手を上げない。
予想通りとはいえ、なんとも情けない光景だ。
「ギルドマスター、いったいどうすればいいのでしょう……」
不安げにそう問いかけてきた職員に、思わず自分で考えろと言い返したくなる。
だが、自分も同じ立場であればそう言ったかも知れないと考え、ギルドマスターはグッと台詞を飲み込んだ。
「案ずるな。 すでに方法を考えてある」
その言葉に、参加者からオオッと歓喜の声が上がった。
「魔王城の中に居を構える賢者がこの謎の宝珠に興味を持っていてな。
これを手持ちにある本物の女神の涙と交換しようと言ってくれたらしい」
「なんと!?」
「そのような酔狂な人物が……」
だが、大半の職員の目は半信半疑だ。
およそまともな思考の持ち主ならば、そんな事を言うはずが無い。
詐欺の類を警戒しているのがありありとわかる。
「心配しなくても、こんなものを騙し取ったところで利益は無い。
危険物を処分できるだけでも、むしろ我々に利益がある」
あらかじめメルティナに言われたとおりの言葉だが、効果は抜群だった。
目の前の職員たちの目からようやく警戒の光が消える。
「ただし……その賢者は自らの研究にかかりきりゆえ、魔王城から動くつもりは無いらしい。
さて、いったいこの重要な取引を誰に任せたものか?」
ギルドマスターがそう告げると、評価を稼ぎたくて仕方の無い職員たちが飢えたピラニアのように群がってきた。
***
「……というのが冒険者ギルドの反応ね」
「まぁ、予定通りといったところか」
メルティナの報告に、アロンソが満足げに頷く。
冒険者ギルドの連中も強かだが、この二人からすると子供のようなものだよ。
「君たち、本当に腹黒いね」
あまりの性格の悪い計画にボソリと呟けば、お返しとばかりにアロンソの太い腕が伸びてきて、僕の体を抱き上げた。
ちょっと、セクハラ反対!!
「誰のためだと思ってるんだ、このマイスイートハニー。
仕事の代金をベッドの中で支払ってもらってもいいんだぞ?」
そう言いながら、奴は唇を僕の頬に近づけてくる。
「やめないか、このド変態!!
顔がいくらよくても、好みじゃないと何度いったらわかるんだよ、君は!!」
顔を遠ざけようと伸ばした手だが、逆に肉球にキスをされてしまう。
「うぎゃー!!」
「がんばってね、アロンソさん。 私、お祝いの準備しておくわ」
「ま、まって! メルティナ! 見捨てないで!!」
「心配するな。 最初だからやさしくする」
いったい何をやさしくするんだよ! い、いや、知りたくないから!!
「じょ、冗談はその辺でやめたまえ、アロンソくん」
「……わりと本気なんだがな」
うなじがゾワゾワするような声でアロンソが囁いたその時だった。
「どなたかいらっしゃいませんかー?」
玄関のほうから、来客の声が響く。
――助かった!!
「あ、はーい! 今出ます!!」
「ちっ」
緩んだ腕から飛び降りると、アロンソは憎憎しげな表情で舌打ちをする。
「ちっ、とか言うな! この、ケダモノ!!」
思わずその太い足に蹴りを加えるが、まったくこたえた様子は無い。
無駄に頑丈な生き物め。
不機嫌そうなアロンソをおいて玄関に出ると、そこには作業服を着たゴブリンたちが並んでいた。
「すいません、魔王城の管理部のものですが、ちょっと管理コアとの接続が悪いのでメンテナンスをしたいんです。 こっちのコアと有線で接続できるか確認させていただけませんか?」
「あ、はいはい。 お疲れ様です」
あれ? 管理部にこんなゴブリンいたっけ?
僕はふとそんなことに気づいて首をかしげた。
僕の知っている管理部の技術者といえば気のいいグレムリンやレプラホーンたちなのだが、ゴブリンが来るのは初めてである。
けど、少なくとも身に着けている作業服は本物だ。
少々いぶかしく思ったものの、その程度ではここで彼らを門前払いを食らわせる理由にはならない。
「念のためだけど、指示書を確認させてもらえる?」
「どうぞ」
ふむ、課長のサインも本物だし、いつもの面子は忙しいから別のグループがきたのかな?
「じゃあ、こっちへ。
デリケートな植物の管理をさせているコアも一緒にあるから、変なところは触らないでね」
「お邪魔いたします」
僕の案内でダンジョンの管理室に入ると、ゴブリンたちはさっそく作業を開始したようである。
「あれ? ポォ。 アロンソさんとイチャイチャしてないの?」
「そんな事はしてないし、する予定もないよ!」
しばらくして奥から出てきたメルティナが、ロクでないことを口走る。
ほんとやめてよね。 アロンソはただの友達なんだから!
「ふーん。 じゃあ、あたしは冒険者を案内する準備があるし、街に戻るね」
「おお、メルティナ殿! 自分も街まで資料を取りに戻るのでご一緒しませんかな?」
メルティナが帰還の魔術を発動しようとしたとき、ふと奥の練習室から声が上がった。
「いいよ、アジルさん。 どうせ一人でも二人でも消費する魔力は同じだし。
ポォ、ルルーさんも今日は家族旅行でいないんだし、アロンソさんとお楽しみするならちゃんと避妊だけはするようにね」
うぎゃー いつから君はそんな生々しい冗談を口にするようになったんだい!
品が悪いよ!!
「心配しなくても、魔王城の作業員がメンテナンス関係できているからそんな空気じゃないし、アロンソはそろそろ仕事の時間だよ。 ご期待にそえなくて残念だったね!」
「えー つまんなーい。
ま、いっか。 どうせ時間の問題だし。 じゃーねー」
「なんて恐ろしい捨て台詞だよ」
ろくでもない台詞を口にすると、メルティナはアジルと一緒に光となって飛び去った。
しかし、捨て台詞にしてもなんということを。 あのアロンソが相手だと洒落じゃすまないかも知れないから恐ろしい。
「ま、多少時間をかけてもきっちり口説き落としてやるから心配するな」
「僕は清いお付き合いをお望みだよ!」
ふいに後ろから声を掛けられ、文句を口にしながら振り向いた瞬間である。
不意打ちでアロンソの唇が僕の頬に襲い掛かった。
「ふぎゃー!?」
「これは行ってきますのキスだ。 ただいまのキスも楽しみにしておけ」
不適な笑みと共に恐ろしい宣告を口にすると、アロンソもまた転移の魔術を発動して職場へと飛び去った。
……今日は久しぶりに実家でお泊りしようかな。
パパがいる限り、いかなアロンソでも無茶な事はできないと思うし。
そんな事を考えながら、お泊りセットの荷物をまとめていた時だった。
――プツン。
妙な音と共に、ダンジョンの中の明かりが消える。
あれ? どうしたのこれ?
もしかして、あのゴブリンたちが変な事した?
魔術で明かりをつけ、一言文句を言おうと管理室のドアを開けようとするが、ドアはウンともスンとも動かない。
「何コレ?」
仕方がないので、僕は隣にあるアジルの練習室に入り、そこにおいてある練習用の管理コアを使ってドアを開けようとしたのだが……
「ちょっと! 何してくれてるのさ、あいつら!!」
そこに表示されたのは、ユーザーIDが無効化されているとの表示。
しかも、上位管理者権限で確認したところ、勝手に知らないIDが山ほど追加されている。
しかもログにはアクセスエラーの跡が海のように溢れていた。
……まさか、管理コアの乗っ取り!?
まずい! すでに僕の管理しているこのエリアは、魔王城本体と隔壁によって切り離されてしまっているようだ。
今は一般開放している三階と四階のセキュリティーを動かして、中の客閉じ込めているようである。
えぇい、上位者権限で下位権限のIDを全停止してやるよ!
僕を怒らせて、ただで済むとおもったら大間違いだ。
その時である。
不意にチヤイムが鳴り響き、ダンジョン内に全体放送が響き渡った。
「ワルプルギス魔王連邦国家の豚共に告ぐ。
我々は、ゴブガリアン帝国の勇士である! このエリアは我々が占拠した!
お前たちには、我々がこの魔王城を手に入れるための人質になってもらう!!」
そして、この時をもって僕の長い一人の午後が始まったのである。




