苺前線異常あり
次のニュースです。
先日発覚したメンヒス地方のゴブリン氏族による集団逃亡は現在も続いており、人類国家と激しい戦闘が続いているようです。
ここで今回の経緯について振り返ってみましょう。
近年、ゴブリン至上主義国家であるゴブガリアン帝国からの難民問題が懸念されておりました。
しかしその難民を中心とするグループによるポロメリア公女を襲撃した事件をきっかけにし、流れ込んだ難民のおよそ一割が特殊工作員であることが先日発覚し、残り9割のゴブリンも何らかの形で工作活動に関与していたことがわかりました。
工作員たちは『難民たちに対する我が国による粛清が始まる』という情報を流して民衆を煽動し、結果としてほぼすべての住人が故国であるゴブガリアン帝国へと移動を開始。
その膨大な数にまぎれて工作員が脱出を図ります。
しかし、この動きに対して魔王城の対諜報機関が監視対象の帰還魔術を察知。
即座に対処を行ったため、メンヒス地方のゴブリン氏族は帰還魔術が使用できず、膨大な数の難民ゴブリンが魔王城に殺到しました。
魔王城は政府の認可のもとメンヒス地方のゴブリン氏族の難民指定を削除し、戦略級大魔術ハラホーレ・ヒ・レハレを発動。
全員をくるくるぱーにした上で人間国家の支配領域に追放するという対処を取ります。
これにより……
僕はそこでテレビのスイッチを切った。
「なんというか、最悪だね」
「痛ましい話ですなぁ……」
僕の呟きに、横でご飯を食べていたアジルがぼやく。
もっと穏便な方法などいくらでもあっただろうに、なぜこうも血を流したがるのか。
同じ赤いものなら、もっと美味しいもののほうがいいのに。
「そういえばアジル。 先日管理を任せたイチゴ畑はどんな感じ?」
「そろそろ食べごろですな。 かなり赤くなっておりましたから」
おぉ、すばらしい!
さっきの血なまぐさいニュースよりも、何倍も幸せな気分になれるよ。
「しかし、このダンジョン内の施設はたいしたものですな。
たった一週間でイチゴを収穫できるとは……」
アジルがしみじみと呟く。
むろん、秋も半ばの今の時期に普通の栽培方法でイチゴが手に入るはずもない。
アジルに任せておいたのは、イチゴの葉っぱからクローン技術で培養したイチゴの実験だ。
「そこまで力を入れているのはイチゴだけだよ。 ほかの作物はそこまで栽培技術を研究してないから」
「はぁ。 なぜイチゴだけ?」
……と、とても不思議そうな声。
まぁ、ふつうはそう思うよね。
僕の脳裏を、カシュガナルの森であった悲惨なイチゴたちの末路がよぎる。
「……いろいろとあったんだよ。 いろいろとね」
***
本日は、診療所をお休みします。
急患の際は、このベルを鳴らしてください。
「これでよしっ、と!」
「ポォ、イチゴ狩り楽しみだねぇ!」
「うん、楽しみだね、メルティナ!」
アジルからイチゴ栽培の報告を受けた翌日、僕はいてもたってもいられなくなってイチゴ休暇をとることにした。
イチゴ休暇とは、文字通りイチゴを楽しむために一日休みをとるものである。
なお、これは絶対に必要なことなのだ。
……だって、イチゴが気になって仕事が手につかないんだから仕方が無いじゃないか。
「でも、ただイチゴを食べるだけじゃないんだよね」
「アロンソさんとポォのお父さん、張り切ってましたねぇ」
ルルーお姉さんが遠い目をする。
今日のイチゴ休暇、みんなを誘ってみたところ……なぜかアロンソとウチのパパがイチゴを使っての料理対決という流れになってしまっていた。
自分より美味しくイチゴを食べさせる奴でなければウチの娘はやらん!……とパパが主張した結果である。
わが親ながらバカである。 まごうことなきバカである。
これがわが国の厚生大臣かと思うと、かなり頭がいたい。
ママに話したところ、「本当にポォはパパそっくりね」と、あまりうれしくない謎のコメントをいただいてしまった。
似てないから。
絶対に似てないから!
僕が昨日の話しを思い出してちょっとブルーになっていたときだった。
「ひゃあぁぁぁぁぁ!!」
突然響いたメルティナの悲鳴に、彼女の視線を辿ってみると……そこには、シルクハットをかぶったタキシード姿の巨大な芋虫がにこやかに微笑んでいるではないか。
「やぁ、ハリー男爵。 遠路はるばるようこそ」
「ポロメリア公女、本日はお招きに預かり大変光栄である!」
「い、芋虫!?」
こらこら、その反応は失礼だよルルーお姉さん。
「彼はオウド=ゴッキー族のハリー男爵と言ってね、僕の園芸友達だよ。
人間から見るとちょっと怖いかもしれないけど、失礼のないようにね」
「ダドリー・ハリー男爵である。 ポロメリア公女のお招きにより、イチゴの試食会に参上つかまつった」
彼らオウド=ゴッキー族はありとあらゆる果樹に関するエキスパートであり、僕の園芸技術も彼らに教わった部分がとてもおおい。
むろん、その知識は僕の専門外である果実を使った料理にも及ぶ。
今回はパパとアロンソの料理対決の立会人としてお招きしたのだ。
「さ、こんなところで立ち話も何だから、さっさと会場に向かおうか」
そう告げると、僕はさっさと転移の術式を発動させた。
「うわぁ、甘い香りがする!」
イチゴを栽培しているエリアに入るなり、甘い香りが鼻を掠め、メルティナが歓喜の声を上げる。
風香るとはまさにこのことだ。
「ねぇ、早速食べてもいい?」
さっそく香りにあてられたメルティナが僕の肘をつついてくる。
「慌てなくても大丈夫だよ……といいたいけど、僕も我慢できないから一個だけ食べちゃおうか?」
ちょっとはしたない気もしたが、そもそも、ここにあるイチゴは全部僕たちのものだ。
いつ食べようが、誰にも後ろ指を指される謂れは無い。
トマトよりも深い、ガーネットのような果実をつまみ……あ、潰れた。
えっと、こんどはもうちょっとやさしく……あっ!?
「はいはい、ポォの爪は収穫にはむいてないね」
そう言いながら、メルティナが僕のためにイチゴを摘んで渡してくれた。
よし、食べるぞ!
……と口の中にイチゴを放り込む。
「うっ、すっぱーい!!」
「ほんとだ、酸っぱい!」
この畑で作ったイチゴは、まるでレモンのように酸っぱかった。
「風味のほうはかなり良いのですがねぇ。
どうしても甘みのほうがいまひとつでして」
アジルが頭をかきながらそんな言い訳を口にする。
君もまだまだ修行が足りないね。
「ふむふむ、これはおそらく土の配合を間違えてますな」
僕たちと同じようにイチゴを食べたハリー男爵が、この酸味の原因を一瞬で見破った。
鑑定魔術もなしにそう判断できるあたり、さすがプロである。
「窒素系ではなくてリンを多く含む土壌が良いと聞いていたので、そのとおりにしたんですがねぇ」
「それは間違いではありませんが、あまりにもリンの多い土壌を作ってしまうと、実ではなくて草のほうの力が強くなりすぎてしまい、結果して酸味の強いイチゴが出来てしまうのです」
むむむ、さすが男爵。
アジルの悩みについて、即座に適格なアドバイスが返ってくる。
彼を招いた事は正解だったと思うけど、普段の僕のポジションを奪われているようでちょっと面白くない。
「……とはいえ、このように風味が強くて甘みの少ないイチゴは料理向きでしてね。
ティレスの御曹司とウルスラグナ公爵のお手並みが楽しみになりましたぞ」
そう言ってカチカチと牙を鳴らす男爵に、メルティナはドン引きである。
えーっと、あれ、笑っているだけだから。
威嚇じゃないから、僕の背中に隠れるのはやめようね。
そしてアジルの管理するイチゴ園の奥にやってくると、テーブルを並べた広場の真ん中で、ウチのパパとアロンソが視線の火花を散らしていた。
「親父さん、手加減はしねぇぞ」
「小僧、返り討ちにしてくれるわ!」
このふたり、無駄に盛り上がっているけど……正直、美味しいご飯が出てくるなら僕はどうでもいいんだよね。
まぁ、仲が悪いわけじゃないからいいんだけど、なんで男ってこういう勝負事好きなのかなぁ。
不意に背中をつつかれて振り返ると、 少し顔を赤くしたメルティナがボソボソと僕の耳に囁きかける。
「ねぇ、なにあのショタ……声からすると、あれってポォのパパ?
どう見ても10代の美少年にしか見えないんだけど」
あぁ、うちのパパの人間化した姿を見るのは初めてだっけ。
料理するのに邪魔だから、今日のパパは人間の姿をしているんだよね。
「あぁ、僕ら基本的に自分の気に入った姿まで成長すると年取らなくなるから」
「いや、そういう意味じゃなくて……もともとの姿とのギャップが」
え? まぁ、ちょっと体小さくなるよね。
でも、たいしたこと無いでしょ、そのぐらい。
「ほら、本日のシェフたちがお待ちかねですよ。 早く席についてくださいな」
アロンソたちの視線に気づいたルルーお姉さんが、僕たちを真っ白なテーブルクロスを広げた席に案内する。
そして僕とメルティナと男爵が全員椅子に腰を下ろすと、ルルーお姉さんとアジルは給仕役としてアロンソやパパのところへと手伝いにいった。
パパとアロンソは料理の仕上げに入ったらしく、動きがあわただしくなる。
「まずは俺からいかせてもらおう……イチゴとフルーツビネガーソースのタリアータだ!」
そう言いながら最初に料理を持ってきたのは、アロンソだった。
たぶん、後からになると満腹に近い分味の評価が低くなると計算しての事だろう。
しかも、どっしりと腹持ちのいい牛肉を食わせて後手の評価を下げに来るあたりがいかにもアロンソだ。
「うわぁ、綺麗! なんか食べるのがもったいないかも!!」
出された料理を見てうれしそうな悲鳴を上げたのは、メルティナだった。
うん、たしかにいい出来栄えだね。
手加減なしの言葉に偽りなしだよ。
タリアータとは、牛肉の塊の表面を軽く焼いた後、低温で半生になるまでゆっくりと熱を通した料理である。
牛肉の味を引き出すにはもってこいの食べ方だが、それだけに肉の味に左右されやすい。
つまり、肉屋であり、一流の料理人でもあるアロンソの独壇場だ。
盛り付けのほうもかなり凝っていて、アラベスク模様の美しい皿にの上に、甘みのあるフルーツビネガーとバターとイチゴのピュレを使ったソースを使って真紅の湖が広がっている。
その上に土台となる歩照るサラダの陸地を作り、薄切りにしたタリアータをまるで薔薇のような形に盛り付け、緑のベビーリーフを散らし、生クリームで白い花びらを描く……その姿はまるで一枚の絵画のようで、見ているだけでも思わずため息が出る。
「ほうほう、薄切りにしたタリアータにと酸味のあるソースの組み合わせがなんとも。
甘みを控えたイチゴの風味がなんとも上品ですなぁ」
料理に手をつけた男爵がホォと感嘆の声を上げ、アロンソの料理に賛辞を与えた。
僕も一口頬張ると、上質の赤身肉が持つ甘さと味の深みが口の中一杯に広がり、しかも噛みしめれば薔薇の儚さをあらわすかのようにホロホロと簡単にほぐれてしまう。
――美味しい。
いったいどんな焼き方をしたらこんな肉に仕上がるのだろう?
それはまさに一流の料理人による、魔術にも等しき業前であった。
しかも豊かな肉の味わいのその後から、甘酸っぱいソースの味が鮮やかに口の中を染めはじめ、なんとも幸せな気分に浸っていると……
「あ、あれ?」
いつのまにか皿の中身は綺麗になくなっていた。
「……量が足りない」
横を見れば、メルティナが悲しそうに自分の皿を見おろしていた。
さすがアロンソ、本職なだけの事はあるね。
かんぜんにしてやられた気分だよ。
だが、ウチのパパもまったく負けてはいなかった。
若い頃は料理人として働いていただけあって、現役でこそないものの、料理の腕はなかなかのものである。
その証拠に、このアロンソの職人芸にも、彼はまったくうろたえる事はなかった。
「ふっ、今度は俺の番だな」
そして余裕の笑みと共にパパが出してきたそれは……
しっとりとした桃色のドーム、盛り付けられた白い渦巻きの生クリーム、砂糖をまぶされて甘みを増したイチゴ。
甘くて綺麗な、女の子の夢を一杯に盛り付けた無敵戦艦……
「なっ、イチゴのムースだと!? おかずじゃないだろ、それは!!」
アロンソのあせった声に、うちのパパはニヤリと笑って勝ち誇る。
「馬鹿め、貴様のこってりした料理の後に出すなら、この手のデザートが最適に決まっているだろう!!」
そう、昼食の勝負のはずだったのに、うちのパパは綺麗なイチゴのムースを出してきたのだ。
アロンソのやり方を完全に見切った上での戦略である。
「なるほど、こう来たか。 たしかにあの料理の後はこういうものが食べたくなるよね。
やっぱりイチゴはこうでなきゃね」
濃いピンクのムースをスプーンで切り崩し、主一揆って一口で頬張る。
あぁ、イチゴだ。 甘くて酸っぱくて、なんとも心がウキウキとするね。
確かにアロンソの料理はすばらしかったが、このムースの前では綺麗に印象が消し飛んでしまうだろう。
……仕方が無いじゃないか。 だって、女の子なんだから。
「ムースケーキ美味しい!!」
「見た目だけではありませんぞ。 イチゴの素材の味を完全に引き出してますなぁ
いやはや、さすが公爵閣下。 すばらしい腕前ですぞ」
とまぁ、男爵もまた大絶賛である。
「なんてこった……」
この有様に、アロンソは失望してガックリとひざをついた。
「……判定は?」
涙交じりの声でたずねてきたアロンソに、僕は迷わずこう告げる。
「そりゃ、アロンソの勝ちだよね」
「……へ?」
「なぜに!? どう見ても俺の勝ちだろ!?」
愕然とした声で抗議してきたのは、ウチのパパだった。
逆にアロンソは目をまん丸に見開いて立ち上がる。
「だってこれ、お昼ご飯の勝負だもん。
パパのそれはご飯じゃないでしょ? だから反則負け」
僕の言葉に、メルティナと男爵、給仕役のアジルとルルーお姉さんまでもが頷く。
昼食の勝負だってのにそれ以外のものを出してくる奴があるか、この馬鹿パパめ。
たしかに好感度で勝つためには正しい戦略だけど、前提が間違えているというか、目的を見失っているというか、策士策におぼれるのレベルですらないよ、これ。
「む、娘に裏切られた!?」
どこからともなくガーンと鐘の音が聞こえてきそうな表情で、パパが仰向けにひっくり返った。
なんというか、自業自得だね。
まぁ、素直に勝負したところで現役で本職のアロンソに勝てるはずはないんだけどさ。
「くそぉぉっ! いいか、若造! これで勝ったと思うなよ!!」
しばらく地面に転がったままブツブツと独り言を呟いていたかと思うと、パパは見事な負け犬の遠吠えをしつつ走り去っていった。
負けるのが嫌なら最初からこんなことしなきゃいいのに。
「ポォ! やっぱお前、俺のことを……んぐっ!?」
余計なことをいいかけたアロンソの口に、僕は取れたての酸っぱいイチゴをがっちりと押し込んだ。
誰が言わせるか、そんな恥ずかしい台詞。
「言っておくけど、昼食の勝負じゃなかったらアロンソの負けだからね」
「んぐぐぐぐぐぐ」
その瞬間、アロンソの尻尾がダランと垂れ下がる。
「ふふーんだ、僕の一人勝ち!
ほら、変な顔してないでさっさと次のスイーツを持ってきたまえ! 僕の別腹がお待ちかねだよ!!」
恨みがましげな目をしたアロンソの足をゲシゲシと蹴り上げて催促すると、奴はしょんぼりと肩を落としつつ調理場のほうへと退散して行った。
「あーあ、しらないよ、ポォ?
アロンソさん、絶対に仕返ししてやるって目をしていたけど、大丈夫なの?」
「ふーんだ。 やれるものならやってみるがいいよ」
そんな強がりを口にしつつ、その日はアロンソに作らせたイチゴのスイーツを満喫したのだが……
「お、おのれアロンソ! この卑怯者!!」
翌日の朝、僕は奴の陰湿な策略に見事はまってしまった。
「どうしたポォ。 さっさと部屋から出てきたらどうだ?」
「出られるわけないだろ、この意地悪!!」
僕の寝室の前には、恐ろしい呪いのかけられた絨毯が廊下いっぱいに広がっていた。
視界の隅では、昨夜はお泊りで僕と一緒に女子会を楽しんだメルティナとルルーお姉さんが同じ策謀にかかって震え上がっている。
「なんだよ、お前は昨日は俺をいじめてずいぶんとお楽しみだったようじゃないか。
これはその代償だ」
あざ笑うようにそう告げると、アロンソは悠々と立ち去っていった。
「ポォ! なんとかして!!」
「なんて恐ろしい報復……アロンソさん、恐ろしい人です」
メルテイナはおろか、ルルーお姉さんまでもが恐怖で真っ青になっている。
ほんとに……廊下に一歩でも足を踏み入れた瞬間、体重が測定されるとか、お前の血はいったい何色だ?!
「そ、そう言われてもこれ……ちょっと解きにくいというか……えぇい、なんて事としてくれるんだ、あの馬鹿牛め!」
あぁ、もぉ、早くこの呪いを解かなきゃいけないというのに、トイレに行きたくて集中できない!!
い、いやぁぁぁ漏れる!? 漏れちゃう!?
でも、体重を量られるのもいやぁぁぁぁ!!
そんなかんじで、僕はアロンソがかけた術式が解けるまで、ひたすらもじもじしながら苦悶するしかないのだった。
あぁ、ほんと、誰か助けて!
僕は……僕は本当に困っています。




