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バグベアーさんはお困りのようです  作者: 森のクマさん
第二章 迷宮のお医者さん
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とある高貴なクマさんの苛立ち

「なんという光景だ……彼らは滅びるべきかもしれない」

 このエリア一帯を見渡すいくつものモニターを見て、僕はそう呟いた。


「ポォ先生、それはあんまりかと」

「いやいや、ルルーお姉さん。

 これは当然の意見だと思うよ?

 いくらボクでも、この状況を見たら爆発しろといいたくもなるさ!」

 モニターに映るのは、カップル、カップル、海のごときカップルの群れ。

 なぜこんなことになっているのかというと、例の雑誌の取材の反響が大きすぎたのだ。

 

 そもそもこのエリアは僕のレンタルした私有地であるというのに、雑誌でデートコースと発表されたせいで魔王城の管理部に問い合わせが殺到。

 結果、魔王城の管理部一同からのフライング四回転ジャンピング土下座を含むこの世のものとも思えない怒涛の嘆願に耐えられず、全二十階構造のうちの三階と四階のフロアをショッピングとデートコースのフロアとして開放したのが原因である。


 さらには僕と取引のある化粧品メーカーがこのショッコピングエリアに店を出し、僕の作った化粧品の即売所を開いたせいで客がなだれ込み、その人の流れに目をつけた僕の知り合いの業者が様々なお店を出し始めたのだ。


 特に注目なのが、僕の友人であるメルティナと糸紡ぎの妖精であるハベロットのお姉さん方が立ち上げた服飾ブランドと、アロンソの実家であるティレスミートホールディングス直営のレストラン。

 この二店舗は、人気も実績も洒落にならない数字をたたき出している。

 おかげで赤字経営に苦しんでいた魔王城の管理部は毎日狂喜の舞を踊っている有様だ。


 だが、結果としてあまりにも多くの人が押し寄せてしまい、僕の作り上げた静かで美しい環境が一気に劣化してしまったのである。

 花が綺麗だからってむしるのはやめてほしいし、デリケートな植生の部分には立ち入らないでほしいし、アルバを持ち帰ろうとした人は本気で呪うよ?

 窃盗として告訴しないかわりに、先日から大量虐殺している白癬菌の霊を取り付かせるからね?

 あと、せめて出したゴミはくずかごに入れてよ、ほんと。


 そして困ったことに、そのような無作法を働くのは、魔族の中でも下流階層や貧民層の連中がほとんどだった。

 その振る舞いの詳細については、正直言って思い出したくも無い。

 天下の往来で喧嘩しているのかと思うほど大声で話すのは下品だし、地面に唾を吐くのはやめてほしいし、僕の管理するダンジョンはトイレではないんだよ。

 けど、ここまでなら僕が我慢すればある程度収まる話だった。


 けれど、その目に余る行為から身分の低いものへの偏見が増大し、暴力事件が何件か発生してしまったのである。

 その報告を受けたとき、さすがに僕もこの問題への介入を決めた。

 ……というか、どうして貧民層の人間と僕って相性が悪いんだろう?


 そもそも、厚生大臣であるうちのパパをはじめ、厚生省の職員たちががんばっているから、極端な貧困問題はかなりなくなっているはずである。

 だが、悲しいかな、衣食足りても礼節を知る機会が無いために、彼らの教養が未だに低いというのが問題なのだ。

 身の振る舞いについての教育を受けられない現状は、とても問題があると思う。


 まぁ、気に入らないという理由で目下の者に暴力を振るう奴がいるように、上流階級の人間だからといって礼節を知る人間ばかりだとも限らないけどね。

 結局はすべて教育の賜物だ。

 ……まじめに働けというより、まともに働け文部省。


 そんな有様を憂慮した僕は、この開放したエリアの利用者に制限をつけた。

 具体的には有料で一年間有効な会員カードを発行し、そのカードが無いと入場用の転移門が起動せず、入場できなくなるようにしたのである。

 これにより、貧民層の入場者はほとんど消えた。

 当然、問題を起こした会員はその権利を剥奪し、二度と入場できなくなるのは言うまでもない。


 さらに僕は四階のフロアをセレブ向けにして、身分差によるトラブルを削減することに努めた。

 この方向性がなぜか魔族の中流階級や上流階級の優越感を刺激したらしく、今は会員の申し込みが殺到している状況である。


 まぁ、一部の者からは激しいクレームがきたらしいけど、そもそもこのエリアの一般開放自体が僕の本意ではないのだから知ったことではない。

 そもそも原因は君たちの立ち振る舞いだ。

 向こうから見れば僕はかなり嫌な奴だろうけど、そこまで文句があるのなら自力で同じものを作ってくれたまえ。

 このダンジョンは、居心地よさが最優先なのだよ。


 ……というより、こんな騒ぎはもううんざりだ。

 はやくこんな場所は引き払って、元の森に帰りたいよ。

 僕はそろそろここでの生活に疲れを感じ始めていた。


 なお、低所得層や貧民層のための同じようなエリアを、僕の管理するエリアの隣エリアに作る計画も提案してあるので、そのうち安い商品が立ち並ぶ怪しいエリアが出来上がることだろう。

 それはそれでなんとなく楽しそうだし、いいんじゃないかと思っている。


 なお、開放しているのは三階と四階だけではない。

 このダンジョンの一階と二階は人間側に開放しているエリアだ。


 メルティナを仲介して極秘裏に冒険者ギルドと提携し、認可制で薬草の採取と患者の受け入れを行っているのである。

 そして入り口でダンジョン内の有益な情報を売ると同時に、宝珠についての情報を集めてもらっているのだ。

 だが、この方針がどうしようもなく面倒な人物を招きよせてしまった……


「ポォ、またあの人きているよ?」

 メルティナのうんざりした声に、僕は思わず軽い頭痛を覚えた。


「またぁ? ほんとしつこいな。 アロンソはどこいったの?」

「直営店の視察にいってますね。 帰ってくるのは夕方になるそうでよ」

 おにょれ、役に立たない牛め。

 まぁ、奴はそっちが本業なんだけどさ。


「ポロメリア公女! どうか話を聞いてくだされ!!」

 診療所の中で大きな声をあげているのは、先日僕のダンジョンの中にホテルを立てた男である。

 あれだけのことがあったというのに、まだこのエリアでホテルを経営するという妄想を諦めきれないらしいのだ。


「ここは診療所であって、商談の場ではないんだけど?」

「それは重々承知の上ですが、こんなところでもなければ、話を聞いてすらいただけないではありませんか!」

 だからといって、診療所を騒がしくしていいという理由にはならないと思う。

 その点だけでも、僕はこの男が非常に不愉快だった。


「だって、聞く必要もないもん。

 そもそもここはホテルを開くために作った場所でもないし、いうなれば僕が趣味で動植物を育てている庭みたいなものだね。

 そんなところにホテルを建てたいだなんて、頭どうかしているんじゃない?」

 熱意さえあれば、何でも許されると思ったら大間違いだ。

 僕はすごく迷惑しているし、この男ががんばればがんばるほど僕の中の好感度は低下してゆく。


「そこを曲げて、どうかお願いします!

 私は自分のホテルを立てるために様々な場所を見てまいりましたが、こんなに美しい場所は他にありません!

 ホテルを建てるなら、ここ以外にはありえない……」

 それはそちらの都合である。

 僕は単に自分が満足したいためにここを作ったのであって、君にために作ったわけではないのだから。


「そんな場所を君はどう扱ったか覚えてる?

 むさぼって、めちゃくちゃにして、僕をすごく悲しませた。

 僕の作品といってもいいこの場所を、その維持にかかる労力を、君はまったく理解していなかったじゃないか」

「その件については私が浅はかでした!

 ですから今回は反省し、この場所の維持と管理についてもご教鞭をいただきたく……」

「お断りだよ」

 世の中はね、すばらしいから、感動したからといってなんでもしていいわけじゃないんだ。

 自分の理想を他人に押し付けるのは、ただの思想の暴力でしかないんだよ。


「そこを曲げて、どうか……なにも無報酬とは申しません」

「お金なら困ってないけど?」

 僕はこれでも公爵令嬢である。

 しかも人類よりはるかに技術も文化も進んだ魔族の公爵令嬢だ。

 たかが人間にすぎない彼に、僕を満足させることが出来るとは思わなかった。


 けど……

「ですが、これならばいかがでしょう?」

 そう言いながら男が出してきたものを見て、僕は思わずギュッと拳を握り締めた。

 

「ルルーお姉さん……」

「間違いありません。 探していたものですよ、ポォ先生」

 それは、僕が探していた転移の宝珠の不良品だった。

 そっか、こいつについてわりとオープンに情報を集めていたのだから、僕がほしがっているのを知っていてもおかしくは無いよね。


「……いくつか条件がある。 それでもいいなら」

「ありがとうございます!!」

 喜ぶのは早いよ。

 こんなことでいきなり好感度が上がるほど、僕は安い女じゃないんだからね。


「まず、この場所は僕の完全な所有物じゃなくて、土地の持ち主は別にいるんだ。

 ここを僕が利用できるのは、僕がここをレンタルできている間だけ。

 僕が撤収した場合は、君も撤収してもらうよ」

「なんと……」

 まぁ、驚くのも無理は無いよね。

 ダンジョンのボスだと思っていた僕が、実は賃貸で住んでいるだけだなんて、人間には思いもよらない話だろう。


「あと、ここを拠点にした冒険者に暴れられると管理部からクレームが来てここを閉めなくてはならなくなるからね。 この点には配慮が必要だよ。

 客がここから出るときは転移でそのまま魔王城の外へ転移してもらう。

 これは絶対に譲れないから覚悟してね」

「それについては依存ありません」

 男はうれしそうな顔のまま頷いた。


「じゃあ、さっそく今からいろんなことをレクチャーするけど、ちゃんとついてきてよね。

 たぶん、君にとっては知らないことばかりだろうから」


 そんなわけで、ダンジョンに再度ホテルを立てることにはなったものの……


「いや、ポロメリア公女、さすがにそれは無理です。

 いくら大恩あるあなたでも、ダンジョンの中に人間のホテルを作る事は許可できません」

「ですよねー」

  当然ながら魔王城の管理部がいい顔をする事はなかった。

  逆にこれがすんなり通るなら、魔族の一人としてかなり心配である。


「逆に言えば、ダンジョンの中じゃなければいいんだよね?」

「……は? たしかにダンジョンの中でなければかまいませんが」

 言っている意味が分からないといわんばかりの管理課の面子に、僕はニッコリと笑って告げた。


「じゃあ、屋上使うね」

「……え?」

 魔王城にホテルを建てるという約束と、魔王城の()にホテルを立てる事は許可できないという、矛盾する要望を一挙に解決するアイディアを出してきたのは、メルティナだった。

 あとは僕が魔王城の管理部を相手に言質をとるだけ。

 いやぁ、柔軟な考え方を持つ友人がいると助かるよ。


「ちょ、ちょっと待ってください! たしかに私たちはダンジョンの中に立てる事は許可できないといいましたが……」

「ダメならいいよ?

 来期から三階と四階の開放エリアの管理はそっちでやってね。

 あと、その分のレンタル料は払わないから」

 そんな事になれば、たぶん凄まじい抗議と損失が発生することだろう。

 けど、そもそも僕はあのエリアを正式にレンタルしているのである。

 問い合わせが凄まじいからって、商業エリアとして開放する義務は無かったのだ。


「ほ、本部に持ち帰って検討させていただきます」

「明日までに結果出してね。 でないと、ほんとにやるよ?」

 僕が軽く脅しをかけると、魔王城の管理部の面子は泣きながら帰っていった。


「あーあ、可愛そうに」

「とは言ってもね、メルティナ。

 彼らも僕に相当な無茶させているからね?」

 ほんと、そのぐらいは負担してもバチはあたらないよ。


「しかし、師匠。 ここの管理はそれほど大変なのですかな?」

 そう話しかけてきたのは、今回の面倒の原因……ホテル設立に命をかけた地魔術師であった。

 ちなみに、名をアジルという。

 見た目は30代後半の歴戦の戦士でしかない、ようするに暑苦しいマッチョだ。


「説明するより見るほうが早いね」

 僕はアジルをつれて、診療所の奥にある管理室へと足を踏み入れる。

 その瞬間、彼は目を見開いた。


「これは……?」

 目の前には、様々な色をした正八面体の結晶が、光を放ちながらクルクルと空中で回っている。

 その数、50個。


「僕の作ったこの施設の管理コア群。

 魔王城のダンジョンコアとは別に、このエリアを独自に管理している制御システムだよ」

「貴重な代物なのですか?」

 まぁ、人間の技術力と発想ではそんな程度だろうね。


「このコア一つで、処理能力が魔王城のダンジョンコアとほぼ同等。

 一般のダンジョンで使われている最新式のコアの128倍ぐらいの性能だね。

 今のところ、この大きさでこれだけの性能を持つコアを作成できるのは魔界でも僕だけかな。

 このエリアの水周りや微妙な魔力供給をすべて制御しようと思ったら、このぐらいは必要なんだよ」

 僕の掌サイズの大きさでしかないが、これでも国内トップクラスの処理能力を持つ自慢のコアである。

 

「それは……大変なことになりそうですね」

「たぶん、現状手に入るコアでこのエリアの環境を処理しようと思ったら、そのシステムにあわせた基礎工事だけで魔王城の予算二十年分ぐらいかかるかな?

 いまも向こうの経費削減のために、この管理コアの30番と31番を魔王城のシステム処理の補助として貸してあげてるんだけど、あの態度なら来期は契約解除だね。

 代わりに君のホテルの周囲をこいつで管理してあげるよ」

 けど、アジルは引きつった顔で「光栄です」と呟くだけだった。

 実につまらない反応だね。


「とりあえず今動かしてない44番のコアを屋上フロア処理に割り当てるか。

 僕の好みだと、熱帯の果物がたくさんある場所がいいな。

 マンゴー、ライチー、ランブータン、ロンヤン、チェリモア、ジャックフルーツあたりでどう?

 バナナはこの間の嫌がらせに使われてトラウマになっているかもしれないから避けたほうがいいだろうけど」

 そんな事を呟きながら、僕はコマンドを入力して郡体生物型ナノゴーレムを起動する。


「でておいで、シャザーン」

「ぱぱらぱー」

 合言葉に反応して気の抜けたような声と共に現われたのは、霧で出来ているようなぼんやりとした姿のスケルトン型の存在だった。

 実はこの体を構成する霧の粒子の一つ一つが、粒子レベルで様々な仕事を行うナノゴーレムと呼ばれる人工生命体である。

 それらが連動して一つの自我を持っているように振舞う存在……僕たち最高位の魔術師たちの間では俗にジーニィと呼ばれる代物がこれだ。

 なお、スケルトン型であるのは僕の趣味である。


 まぁ、簡単に言うと、わりと何でも出来る人造作業員と思えばいい。

 僕の管理するエリアではこのジーニィを1フロアごとに割り当てて管理しているため、床が砕けようが壁が崩れようが数分で自動修復されてしまう。

 ちなみに、このエリア自体がすべて崩落したとしても、管理コア一つとジーニィ一体さえ残っていれば一日もかからずに元の姿に戻すことが可能だ。


「じゃあ、まずは屋上の基礎工事の準備からお願いね。

 大理石の買い付けと運搬、あとは設計のたたき台を準備して」

「あいあいさぁー」

 シャザーンが再び霧となって消えると、その光景を見ていたアジルがペタリと地面にしゃがみこんだ。


「これは……すでに人智をはるかに超えている」

「何言ってるの。 最低限でも君にはアレの劣化版を使いこなしてもらわないといけないんだから……しっかりしてよね」

 当たり前のことを言ったつもりだったんだけど、なぜかアジルから返事はなかった。

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