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よくわかる!まほう言語入門!  作者: 若穂 陸
第一章 Hello World!
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004

『魔法の素養について語るためには、魔法の仕組みについて説明する必要があります。少し長くなりますがよろしいでしょうか?』

 その問いは歴史の説明のときにこそ欲しかった。残念だ、と心の中で呟きながら、大樹は小さく頷いた。

『魔法は杖に保存された術式……呪文やプログラムと言い換えてもいいかもしれませんが、それを術者の演算領域に転送、演算終了後に、杖を経由して、近距離の魔法であればそのまま空気中のナノマシンへ、広範囲であれば更に衛星を経由して周辺のナノマシンへ伝達し、魔法の効果を再現します』

 沈黙。

 しばし沈黙。

「えっ?」

『理解いただけなかったようですので、再度説明を繰り返します』

「いや、それはいいです」

 大樹はメッセージに待ったをかけた。

 アプリを起動し、演算結果をナノマシンが再現する。

 再び沈黙。

 後にゆっくり口を開いた。

「魔法じゃなく物理だそれ!」

『ご理解いただけたようで幸いです。ここで言われる魔法とは、魔法という名の物理現象の再現です』

「おおおおおおお……ナノマシン万能すぎだろう」

『恐縮です』

 褒めてねえ。いや、ある意味褒めてるけど。そう思いつつも、そうか、と理解した。分子や原子すら操作できるとすれば、空気中から水分を作り出すことくらい簡単だろう。病巣だって分解できる。傷も癒せる。疲労だって色々なんだかんだ治せるんだろう。

『こういう言葉があったと聞いています。充分に発達した科学技術は魔法と見分けが付かない、と』

 それはそうだろうが、ここまで魔法だとクラークも泣くわ。

「これは魔法ではなく科学だ、と訂正はしないんですか?」

『無駄な努力でした』

 たった八文字になぜか圧縮されたような悲哀を感じる。努力されたんですね。そうですか。

「……失礼しました」

『いいえ。人とは苦しいときに、そういった見えない力に縋りたくなるという気持ちを理解するよう、規程されています。ところで、素養の話に戻りますが、あなたの演算領域はこの時代の一般的魔法使いに比べて数倍する大きさを持っています。これはおそらく幼い頃から何らかの演算や言語に触れていたため、その領域が肥大したものと思われます』

 ああ、なるほど。大樹は得心した。そりゃそうだ。プログラミングとこれは畑違いかもしれないけれど、演算やら言語やら、小さいころからどれだけ触れてきたことか。少なくともそれに関してだけは、他の誰に対しても勝るとも劣らないと自負があった。実務的能力はともかく。


 魔法を制御しているAIにそう言われるなら、とりあえずなんとかやっていけるかもしれない。大樹がそう前向きに考え始めた時だった。

「あの……」

 行き倒れていたフードの人物が声をかけてきた。食料渡して放置していたが、スマホに対してのツッコミの数々、傍目から見れば不審者であること限りない。大樹は忘れて大声出していたことを後悔し、冷たい視線を覚悟しながら振り返った。

「食料、ありがとうございました。不思議な味でしたが、おいしかったです」

「え、ああ、どういたしまして。口にあったなら良かったです」

 気にしていないような普通の態度が返ってくる。拍子抜けしたように、ちょっと戸惑い混じりの返事をした。

「あの、ところで、さっきから手にあるそれですけど……。あと、どなたとお話を?」

 ほっとしたところに時間差フェイントで来た!

「これはこちらで言う杖の代わりになるようなものでして。信じられないかもしれませんが、どうやら僕は違う時間というか、異世界からこっちに来たばかりらしいんですよ。会話の相手は……えっと、見てみます?」

 どう説明したものか、と直接画面を傾け、行き倒れに示す。覗き込むが早いか、目を見開き、そしてその場で突然土下座……いや、手を着いていないので、正座からの深いお辞儀のようなポーズを取り始めた。手は両掌を組み合わせ、頭の上に突き上げているので、ある意味、それは祈りの姿に似てた、と言っても良いかもしれない。

「せっ、精霊文字っ?! い、異世界の大魔法使いさまでしたか!」

「いや、異世界はそうかもしれないですけど、大魔法使いとか誤解です。魔法なんてさっき知ったばっかりですから」

「で、ですがっ! 精霊様とも対話できるようですし!」

「精霊様?」

『AIだと説明していたのですが、エーアイという名前の精霊だと認識され、説明を理解してもらえなくなり、不都合もありませんでしたので、それ以降否定していませんでした。そして、昔の日本語や英語のほとんどは精霊文字や魔法文字、古代文字という名前で呼ばれるようになっています』

 メッセージを読んでいる間も、「恐れ多い」とか「偉大なる」とか「精霊様の」とか、不穏な二つ名のようなものが大樹の耳に届いてくる。

「とりあえず、落ち着いてください。僕はそんな大層なものではありませんから」

 声をかける。しかし、一旦ぴたりと動きと声が止まり、ほんのわずか顔を上げてちらりと大樹へと視線を向けると、さっきよりも倍速で震え、同じく倍速で何かを呟き始めた。

 ああ、もう限界だ。本当にもうキャパシティいっぱいいっぱいなんですよ。

 今日は色々ありすぎた。人生について疲れ果てるまで考え、事故に遭い、激痛に苦しみ、人命救助し、歴史の講義を受けて、魔法にツッコミ、そして今。ああ、もう限界だ。疲れた。寝る。すぐに寝る。方法を問わず黙らせて寝る。大樹は笑顔のまま、小さな声でスマホに話しかけた。

「対象を眠らせる魔法、ありますか?」


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