003
「二度の、大戦? それに文明の消滅も二度、ということですか?」
『その通りです』
大樹の言葉にスマホは肯定のメッセージを表示する。
『あくまで近似の世界ですが、この世界では、あなたのいらした時代から約130年後に世界の国々が戦争を起こしたとあります。詳細は記録にありませんが、その130年の間に生まれた技術の占有によって各国の間で貧富や文化の差が大きくなったため、それを奪い合うことになったそうです。結果、大陸の一部は海に沈み、消失し、奪い合っていた技術も遺失されました』
あるべき島が無い。大陸の形が変わっている。プレートテクトニクスで多少は説明できるかもしれないけれど、それだけでは説明しきれない、幾何学的な痕跡がところどころに見受けられた。
大樹は驚きながらも、頭のどこかで冷静にさもありなんと考えていた。技術は占有し、それによって生み出された物だけを広める。それが便利であれば便利であるほど、大きな利益を生むものだ。そして比例するように恨みも買う。貧しい国なら、殺して……いや、滅ぼしてでも奪い取ると考えてもおかしくは無い。
『その後、おおよそ1600年が経過します。その間、人類がどうしていたかは定かではありませんが、その時代に現在で呼ばれるところの魔法神が魔法という技術を作り出しました。先ほども体験していただいた魔法です。』
「いきなり飛びましたね。ああ、いや、でも……はい、続けてください」
いきなり、よくわからないうちに1600年である。文明が消失したのであれば、よくわからないのは仕方ないところもあるのだろうが、大樹の記憶にある歴史からいうなら古墳時代から現代まで一気に飛んだようなものである。むしろ、そう考えると納得できる部分もあった。古墳時代の人間が現代の技術を夢想することすらできないように、当時の自分には魔法が技術として存在するような世界は考えも付かないだろう、と半ば強引に考えることにした。
『魔法文化が始まっておおよそ2000年後、魔法神の作り出した魔法技術の掌握をしようとする一部のものが、魔法の能力の弱いものたちを隷属させようとすることが起きました。それが二度目の大戦。魔法大戦です』
「歴史は繰り返す、ということですかね」
大樹は眉を寄せつつ、小さく呟いた。平和という言葉で覆われた、平和ボケと言われても仕方の無い国で育った大樹にとって、戦争は縁遠く、そして独特な潔癖感を通してみてしまう対象でもあった。そうは言っても、その国ですら、戦争がなかったのは高々100年にも満たない期間でしかないのだが。
『魔法技術の掌握に失敗した時の権力者は、他のものに掌握されることをよしとせず、魔法の根源であるいくつかの要素を破壊してしまいました。その結果、魔法の暴走が発生し、二度目の文明の消滅が起こります』
「消滅したとのことですが、今も魔法は使えますよね? 復興できたということなら、消滅とは言えないのでは?」
『いいえ』
大樹の何気ない質問に短くメッセージが返ってくる。魔法は存在した。それであれば、文明が滅びたとは言えないのではないだろうか? 当然の疑問だろう。
『現在使えるといわれている魔法の規模は、最大で見繕っても百分の一程度でしかありません。個人使用のレベルで比較するのであれば、万分の一、億分の一といっても良いかもしれません』
さっきの疲労回復の魔法でも、大樹のいた時代から考えれば、奇跡のようなものだった。あれだけ顕著に体調が整えられるなら、栄養剤はいらない。いや、それ以前に病気も同じように治せるのであれば、医者もいらなくなるのではないか。それが百倍、万倍、億倍もなれば、起こす気さえあれば、誰でも戦争を起こせそうな気すらしていた。
『残された人類はおおよそ600年、現代までの間、魔法大戦の影響から脱し、少しでも安定的な生活をと商業や農業を主に据え、努力を繰り返しました。そして、今のこの世界、この時代があるというわけです』
「なるほど……。この世界について、よくわかりました。最初に僕がこの世界に来た理由を事故と言っていましたが、その戦争か文明の消滅に関係が?」
『いいえ、まったく関係はありません』
「えっ?!」
大樹は半ば驚きの声を上げた。これまで歴史の話が続いたのだ。当然それに自分が関係しているのだろう、と推察していた。が、あっさり否定され、続く言葉をなくした。
『あなたのそれは単なる事故です。たまたま巨大な多次元構造体に、四次元のどれとも違うベクトルで衝突され、跳ね飛ばされた結果、並行するパラレル世界であるこちらに飛ばされてきたというわけです。わかりやすく説明するなら、五次元空間を通ってる五次元トラックに、四次元方向に衝突され、四次元の壁を越えるようにこちらの世界まで撥ねられた、とお考えください』
「わかりやすい! ……のか? ひも理論とか理解できないこと言われるよりはわかりやすいけど! じゃあ、さっきまでの長い歴史の話は?」
『この世界があなたのいらした世界とどういう関係にあるかの、純然たる説明です』
「流し読めばよかった!」
手で顔を覆い、俯き、後悔を口にする。それはそうだ。これだけ長い歴史に関する文章を、律儀にも何度も読み返し、咀嚼し、記憶しようとしていたのだ。それはすべてパァ。無駄な努力であった。
『そちらの方が魔法を使用されたことで私があなたを認識し、来歴を調べたところ、事故に遭われたようでしたので救護したということになります。先ほどの説明通り、異次元方向からの事故による怪我だったため、三次元・四次元の人間では怪我の痛みしか認識できませんので、人命優先と大戦当時の技術により治療させていただきました。命にかかわるほどの怪我でしたので事後承諾になってしまい、申しわけありません』
「それは……ありがとうございます。本当に助かりました。」
『いいえ、どういたしまして』
幾分振り回されたとはいえ、助けてもらった恩は恩。素直に礼の言葉を口にした。のた打ち回るほどの痛みから解放してもらったのだ。文章を素直に受け止めるなら、死んでいた可能性すらあったらしい。当然感謝の気持ちはある。魔法の使い方から、世界のあり方、色々教えてもらった。むしろ感謝しかない。ちょっと振り回された感に、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、もやもやした何かがあるだけだ。
改めて深く頭を下げる。
『折角こちらの世界にいらしたのですから、楽しんでいただければと思います。何かお困りでしたらお手伝いもできるでしょうし、どうやらあなたは魔法の能力に長けているようです』
「それは、どういうことです?」
魔法の素質といわれても、大樹にはピンと来ない。何しろ前の時代でもまったくの無縁だったのだから、能力が伸びるような要因に思い当たる節がなかった。