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『では、説明を開始してもよろしいでしょうか?』
画面内にそうメッセージが表示される。
「いや、一定時間でコンタクト取れなくなるのでなければ、もうちょっと待っててもらえませんか。こういうときは人命優先したいです」
そう要望を口にすると、画面内のこちらの発言欄にその内容が表示される。
『了解いたしました。人命優先とのことですので、スマホの最適化とインストールを行い、人命救助につながる方法を用いてステップ・バイ・ステップで説明を行いたいと思います』
至れり尽くせりだな。便利すぎて逆に怪しいだろう、これ。
そんな風に考える大樹を置いてけぼりに、スマホの最適化というものが始まったのか、暗がりになれた目がハレーションを起こすほど強烈な光がスマホから発せられた。
またこの光か。当然見つめることに耐えられず、大樹は片目をとじ、顔をそらすようにしながら行き倒れの方へ視線を向ける。不思議とまぶしそうにする様子も見えない。目を閉じてるのかもしれないが、まぶた越しでもなお明るい光に少しは驚き、反応しそうなものだが。
どれくらい経過しただろうか。行き倒れが再度ペットボトルを空にした頃、ようやくスマホから発する光が治まった。
「なんだったんだ、今の光……」
まだ若干チカチカする目をしばたかせ、画面を覗き込むと、こんなメッセージが届いていた。
『最適化、およびインストールが終了しました。説明のため、ホーム画面にアプリアイコンを登録しました。ご了承ください』
『先ほどの光は魔法光と呼ばれ、魔法と呼ばれる現象が起こされた場合に発生する光です』
『通常、この世界のこの時代の生物のほとんどは魔法慣れしているため、魔法光を感じ取ることはありません。まれに感じ取ることができる個体も存在しますが、魔法過敏症と呼ばれる先天的な病気として扱われます』
『強力な魔法ほど強い光を感じるため、不具合がある場合には別途、魔法光遮断の魔法か、それがエンチャントされた眼鏡を使用されることをお勧めいたします』
読み進めるにつれ、都度メッセージが追加されていく。長いよ。げんなりとしつつも、ゆっくり咀嚼するように文章を読み進める。大樹にとって知らない情報を理解せずにいるということは、失敗に直結することだという認識があった。
『進めてもよろしいでしょうか?』
読み終わり、ふう、と小さく息をつくと同時にそういうメッセージが表示された。おそらくではあるが、息や仕草でこちらの様子を、どうやってかはわからないが、察知しているのだろう。読み終わるまで待ってくれる分、オートで説明文が進むよりかなり助かるな。大樹はそう感じながら、スマホに向かって「はい」と答えた。
『ホーム画面上に新しくできているアイコンをタップし、起動してください。このアイコンは魔法アプリ、一般的には省略して魔法と呼ばれている現象を起こすためのものです』
言われるがままタップしてみると、スマホに向かって光がゆっくりと集まってくる。一定量の光がスマホを包むと、集まる光の動きも止まった。
『魔力と呼ばれる要素の充填が終了しました。事前に対象を指定することもできますが、その場合、充填終了と同時に発動します』
『対象を指定してください。頭の中で魔法の使用対象を強くフォーカスしてください。フォーカスされるまでは一定時間が経過するまで魔力は解放されません』
人命優先、人命救助につながる方法と言って、この魔法が渡された。反射的にこの行き倒れに使おうとしたものの、それは自分の思い込みに過ぎないと気づき、大樹は念のためスマホに問いかけた。
「この魔法の効果は?」
『ケア・ファティーグという魔法で、主に疲労を回復させます。また、疲労からの脱水症状、熱中症も軽減します。ただ、空腹や水分不足そのものは改善しませんので、別途食料や水分を補給する必要があります』
「よくわかりました。説明ありがとう」
煌々と発せられる光に眉を寄せつつ、なんとか文字を読み取ると、まだぐったりと身体をもたれかからせている行き倒れにと意識を集中させた。大樹の中でこれまで感じたことの無い違和感と不快感がぐるぐると回り、混ざり合う。頭なのか身体なのか、どことも言えないもやもやした感覚に、より深く眉間に皺を刻んでいると突然それは消え去り、同時にスマホの光がそのまま行き倒れの身体へと移り、包み込んだ。
大樹にとっては謎の発光現象も驚きではあったが、それ以上に、フードの下から見える行き倒れの肌や唇のかさかさが消え、フード越しに感じ取れる体温が下がっていくのが、それこそ見る見るうちにと表現される早さで起こったことは、魔法の存在を信用するに足る現象だった。
小さく一息つく。元々大樹には危険な状態だったかの診断もできる知識も無いが、少なくとも今すぐどうこうという状態でなくなったようだったのは幸いだった。
「水、もう少し飲んだ方がいいですよ。さっきの……魔法かな? 水を生み出した術でまた水作れますか? あと、おなか、減ってますか?」
行き倒れの身体を自分と同じく大岩にもたれかからせる。大樹自身も、行き倒れも、もうすでに普通に座っていられるだけの体力を取り戻している様子なのだが、だからといって楽にするに越したことは無い。行き倒れは大樹の二つの問いの両方に小さく頷いた。状況が状況であったため、特に問いかけもされなかったが、きっと行き倒れ自身も大樹のことをいぶかしんでいるに違いない。大樹の常識からしても、行き倒れの常識からしても、今の状況はそれほど異常なのだ。
「でしたら、良かったらこれどうぞ。ちょっと粉っぽいので、口の中で水でふやかすようにして。消化に良いかはわかりませんが、背に腹はかえられませんし、なにより栄養価はあるらしいです」
こうです、というようにカバンから取り出した携行食品の箱を開け一袋分を開けると、そのうち一本だけを取り出してかじった。残りを差し出すと行き倒れは慌てながらもそれを受け取り、勢い込んでそれを口に運び始めた。よほど空腹だったのだろう。露になってる一本を齧り咀嚼していると、案の定その粉っぽさに耐えられなかったのか、軽く粉を吹きつつ咳き込んだ。慌ててペットボトルに水を生み出し口にふくむ。特に嫌悪感も無いようだ。この様子ならすぐに残りもたいらげられてしまうだろう。
視界の端に映るそんな様子に苦笑を浮かべながら、大樹はスマホへと向き直った。
「お待たせしました。説明と助力をありがとうございます。仰るとおり、泉大樹と申します。僕が遭ったという事故についてや、この世界について、もう少し教えていただけますか?」
『承知いたしました。説明を開始いたします』
メッセージが表示されると、スマホのすぐ近くに地球儀のような立体映像が表示される。ただ、大陸や島の形が、大樹の知っている地球のそれとは結構違っていた。
『これが現在の地球、あなたのいらした世界から、二回の大戦と文明の消滅が行われた後に近似する地球です』
ゆっくりと表示されるメッセージを咀嚼し、その意味に大樹は言葉もなく、目と口を大きく開くことになった。