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001

 意識を失ってどれくらい経っただろうか。彼はうっすらと目を覚ました。周りは暗く、照らすのは星明り程度しかない。

 まだ続く痛みに歯を食いしばり、顔を上げて周りを見る。やはり見覚えの無い場所だった。いや、見覚えがあるもないも、これまで現代日本で生まれて生きてきた人間なら、きっと写真でしかみたこともないような光景だった。テキサスの荒野だったかアリゾナの砂漠だったか、はたまたエアーズロックの周りか、そんな光景だなと痛みの中、彼は思った。

 手も持っていたスマホが目の前で光っている。そう考えると倒れてからはそれほど時間は経ってないのだろうか。バックパックも背負ったままだ。荷物は……まぁ、朝詰め込んだままだろう。昼に買ったのはペットボトルの水とガムと某社のブロック携行食品くらいか。

 

 ようやく暗がりに慣れてきた目で、改めて周りを見てみると、荒野は荒野でも、今転がっている場所は軽く整地された道のど真ん中だろうことが推察できた。並行する方向に溝もある。わだちか? だとすればこれはまずい、彼はそう思って転がっているスマホに手を伸ばして掴むと、道の端まで痛む体を転がした。こんな暗い中、高速で飛ばす自動車に見つけてもらえなければ、轢死体の出来上がりだ。明日生きていられるかはわからないが、今ここにある危機は避けなければ。そう考えた。

 道の端まで転がると、そこに日陰を作るように巨大な岩石があるのに気づいた。昔、まだ自動車が無い頃、馬車や徒歩の旅人が休むために、こういうもので日陰を作ってたんだろうか。このまま夜明けを迎えれば気温がどれだけあがるかわからない。今は寒くても日陰にいたほうがいい。そのままの勢い転がり込んだ。

 痛みに耐えつつも、変に冷静な頭で感心していると、転がり込んだそこには先客がいた。肉食動物とかそういうものではない。おそらく危険は無いだろう。先客も先客、行き倒れという意味でも先客だったのだ。

 厄介ごとに厄介ごとが重なる。そう思いつつスマホのライトで照らしてみるとフードをかぶった中性的な顔が浮かび上がった。うっすらうめき声を上げているところをみると、まだ死んではいないらしい。

 見回しても出血はなさそうだ。むしろ顔色が赤い。そして、くちびるがかさついている。

 熱中症か? そう考えた彼は痛む身体に鞭打ち、大岩にもたれかかった。

「仮に熱中症でなかったとしても、今の自分にはそれ以外どうしようもない。善きサマリア人の法とかいうやつだ、申し訳ないが間違えていたらごめんなさい」

 相手に聞こえているのかわからないが、出せるだけの声でそう呟くと、膝枕の要領で相手の上半身を起こした。

「確か、気道確保が仰け反りだから、食道確保するのは前屈か。まぁ誤嚥してでも飲ませる方が重要だし。あとは自力で飲めればいいんだけどな」

 知識を整理するために合えて声に出しながら、バックパックからペットボトルを取り出し、ふたを開けて行き倒れの口元にあてがい、少しずつ流し込んだ。

 少しずつ、少しずつ。誤嚥せず、咽ないように気をつけながら流し込む。

 

 どれくらい経ったのか。夜は明けていないからそれほどの時間では無いだろう。行き倒れはうっすらと力なく目を明けた。

「大丈夫ですか? もっと飲みますか?」

 問いかけると力弱く頷いた。結局ペットボトル一本分を全部飲ませたところで、ようやくふらふらと身体を起こそうとした。

「いきなり起きないほうがいいですよ。多分熱中症か何かで、脱水症状になってたようですから」

 一言発声するにも顔を顰めつつも、そういって起きようとするのを押しとどめる。

「水、をもう少し……」

 行き倒れが絶え絶えという様子でかすれた声を出すも、彼は小さく首を横に振った。もう無いのだ。空になったペットボトルを見せた。

 一瞬がっかりした様子の行き倒れだったが、ゆっくりペットボトルへ手を伸ばした。

「ほら、ないでしょう?」

 透明な容器だけに角度によっては見えづらいか? 彼はそう思って手渡した。なにやら行き倒れは驚いたような表情を浮かべたが、改めて、乾ききってくっつく喉を何度か鳴らし、声を一言つむぎだした。

「杖、を」

 そういわれて周りを見回すと、行き倒れの頭の辺りに銀色に輝く杖が転がっていた。持ち上げているが、思ったより硬く重さがありそうだった。

「それ」

 行き倒れの言葉に、それを開いた方の手に渡す。震えて力の入らない様子の指が、必死で杖を掴む。

「オープン」

 行き倒れの言葉に、杖の周りに光が集まると、何も無い空間、杖の横にアイコンの並んだ四角い映像が浮かび上がった。

 AR……だと?

 彼が驚きのあまり身体を起こすと、背骨といわず、体中に激痛が走る。詳しく見てみたい。が、今はおとなしくしておくしか無いようだ、と判断し、彼は改めて大岩に体を預けた。

 行き倒れはペットボトルの中に杖の先を差し込むと、なにやら一つのアイコンをクリックした。

 そして数瞬の後、杖は光に包まれ、ペットボトルから溢れ出さんばかりに水がそこに発生した。そう、発生したのだ。蛇口とか、杖型水筒とか、そういうレベルの話ではない。勢いと量がまるで違うのだ。

 なんだこれは。なんだこれは。こいつは何なんだ? FBIの特別捜査課案件か?

 混乱しながらも、杖を引き抜くと慌ててペットボトルを口に運ぼうとする行き倒れを片手を挙げて制した。

「いきなり大量に飲むと身体が受け付けないかもしれない。とりあえずさっきと同じ姿勢で。ほら、ペットボトル貸して」

 得体の知れない存在とはいえ、現時点で害意がある存在とも限らない。加えて言うなら、こんな技術を持っているのであれば、仮に敵対した場合、軽くあしらわれて終わるだけのことだろう。今警戒する意味は無い。そう考えながら、さっきまでと同じペースで水を飲ませることにした。

 と、同時に、身体の痛みが軽減されていくことに気づいた。体中がさっきの杖の光に似たものに包まれている。手や足、肌、それだけでなく身体の中心からも、まるで空気が浸透してくるように、痛みが消えていくのだ。

 わからない。意味がわからない。改めて痛みからの切迫感がなくなると、いろんな方向に意識が向き始めた。ここはどこだ? こいつは誰だ? この状況はなんだ? あの杖はなんだ? なんで水が湧き出た? そしてこの光はなんだ?

 ぐるぐると考えているうち、身体の痛みが完全に消えると同時に、身体にまとわりついていた光も消えていった。

 

 ピローン、と軽い調子の音が鳴った。スマホからだ。まるで赤ん坊に哺乳瓶でミルクを与えるような姿勢ながら、空いている片手で取り、画面を覗き込んだ。止める間もなく何かのアプリがダウンロードが完了する。

 これはまずいか? 何かのウィルスか?

 考え、対処しようとするが、一歩早くそのアプリがホーム画面の上半分にウィジェットとして設定され、自動的に起動する。どうやらメッセンジャーアプリのようだった。

 胡散臭い。彼がそう思い、一旦携帯を地面に置いた。この世界は自分の常識の埒外にある。なにが起こるかわかったものではない。警戒は必須だ。

『ご心配も当然です。あなたは泉大樹さんで間違いありませんか? 私はこの世界の一機能を司るものです』

 胡散臭さもオーバーフロー状態だ。なんだこれは、ハッキングされたのか? 彼は眉を寄せ、携帯をにらみつけている。

『あなたは現在、事故により、未来に近似するこの世界へ弾き飛ばされました』

「……意味がわからない」

 音声入力が有効になっているのか、メッセンジャーの画面にそのままの発言が表示される。

『意味を理解していただくための説明は長くなります。とりあえず定型に習い、こう言わせて頂きます』

 そのメッセージに続く単語に思わず彼は脱力した。

『Hello World!』

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