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Prologue

 大きくついたため息がすぐに白く染まる。

 考えてみればもうそんな時期だよな。そのため息の主はクリスマスの飲み会の帰り道、自宅近くの駅前で立ち止まった。

 

 今の専門学校に入ろうと決めたのは入学申し込み期限の一週間前だった。

 一地方都市に住んでいた彼はその更に一年ほど前にいきなり家族すべてを失っていた。残された遺産と、念のためにと弁護士へ依頼されていた後見人、それに加えて両親の保険と事故の賠償金。一人で生きていく分には十分な金額が残ったが、それで気持ちが楽になるということもない。

 元々両親ともに親戚と疎遠だったのか、それともそもそもいなかったのか、彼は誰一人として両親の親族の連絡先を知らなかった。家捜ししても何も出てこない徹底振りだった。

 両親はプログラマーだった。フリーランスの。それこそ傭兵のようなものだった。今日はこっちの戦場、明日はあっちの戦場と、週割り日割りでいろんな会社を駆けずり回っていた。そのためか、葬儀に顔を出してくれた同僚と名乗る人物たちも、そう多くなく、二度三度と足を向けてくれる人も指折り数えるほど。四度ともなると誰もいなかった。

 

 一息ついてまず彼が考えたのは進路のことだった。通っていた高校の教師は大学進学を勧めるが、そのときの彼の心境は『時間を無駄にしたくない』だった。

 人はいつ死ぬかわからない。だからこそのんびりと遠回りしている時間は無い、と思っていた。半ば焦っていたといっても間違いは無い。

 また、幼い頃からプログラムに触れ、家には山ほどの資料と参考書や機材。それを無駄にしたくなかったというのも大きかった。

 在学中に後見人の弁護士と連絡を取り、都内に両親の遺産や遺品を持ちこめる程度の大きさの部屋を借り、トランクルームを借り、そして専門学校への入学を決めた。

 

 しかし、卒業間際になったクリスマスの飲み会が終わり、振り返ってみれば、同じ卒業生でも在学中に活動をして、すでに就職を決めてる人間もいることに気づいた。すでにOJTも終わり、卒業すれば即実戦投入という段階と聞く。

 彼は愕然としていた。時間を無駄にしたくないと言いながらこの有様はなんだ、と。実際、彼は自分に自信を持てていなかった。まだ実戦はおろか、卒業制作以外で作品を一つ作り上げることにすら不安がある。『こういう操作をさせるプログラム作れるか?』と聞かれてもすぐさま『できます』と答えることができないんだから無理だ。そう考えていた。

 やっぱりあの時、専門学科のある大学に進学すべきだったか。いや、今の有様を考えれば、そっちに進んだところで同じだっただろう。今からでも遅くないんだろうか。でもこの何ヶ月、いや何年かに達するかもしれない遅れはどうしようもない差として一生ついて回るかもしれない。

 

 立ちすくみ、改めてゆっくり白い息を吐く。この最寄り駅から自宅まで、ゆっくり歩いても数分とかからない。しかし、今すぐには帰りたくない。帰ればまたぬるま湯につかるだけかもしれないと、彼はゆっくり駅前のベンチに腰を下ろした。

 幸いなことに資金はまだある。無駄遣いはできないが、更に別の学校で学ぶだけの余裕はある。成人しているので後見人は打ち切られたが、何かあったら相談してくれといわれているので、弁護士に相談するのも良いかもしれない。または高校時代の恩師か。今の専門学校の講師陣はどうだろう? いまひとつ頼りない印象はあるが。

 しかし、それはまた、自分が忌避しようとしている『時間の無駄遣い』につながるのではないか。

 

 どれくらい経っただろうか、酔いがあったのもあるだろう。不意にうつむいていた顔を上げ、周りを見回すと、ひと気が一気に減っていた。スマホで時間を確かめると、すでに二時間はここで考え込んでいたことになる。ひょっとしたら軽くうつらうつらしていたのかもしれない。

 帰ろう。

 そう思って立ち上がろうとした瞬間だった。中腰になった身体を下から思い切り衝撃が突き上げた。衝撃と苦痛のあまり、声も出せない。何も考えられない。

 後になって思い返し、表現するのであれば、骨盤を思い切りハンマーでたたき上げられて、背骨を伝って脳天まで衝撃が突き抜けた、といったところだろうか。

 胡乱な意識を保とうとしながら、震える膝を何とかしようとするが、耐え切れなくなり、ゆっくりと膝をついた。

 服越しにざりっとした地面が感じ取れる。

 次に手をついた。同じくざらりとした手ごたえ。アスファルトでもコンクリートでもない。

 最後に地面に倒れこみ、頬に当たる感覚、そして匂いで土の地面だと認識した。

 駅前にこんな場所あったかなぁ。

 彼はそんなことを考えながら、体中の骨という骨がきしみ、悲鳴を上げているかのような痛みに、ゆっくりと意識を手放した。

基本不定期投稿ですが、今回は少し書き溜めしているので、4話までは毎日投稿の予定です。

……予約設定を失敗しなければですが。

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