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第六話

 昼休憩を告げるチャイムが鳴り、俺は少し緊張していた。

 言おうかな、藤川さんに。

 『お昼一緒にどう?』って。

 言えるだろうか……無理かな。

 『おはよう』が言えない俺には難易度が高すぎる。


「今日は屋上で食う?」

「ああ」


 大翔が背伸びをしながら聞いてきた。

 天気が良い日は大体屋上で食べる。


 『藤川さん、一緒にどうですか! 俺の膝の上、空いてますよ!』


 声を掛けたいが、いつも通り袋を持って教室を出ていこうとしている藤川さんを見送ることしか出来ない。

 俺は駄目だ……なんて駄目な奴なんだ。


「藤川さんって、いつも美味しそうなパン持っているわね」


 『藤川さん』という単語が聞こえ、耳が反応した。

 どうやら椿が藤川さんに声を掛けているようだ。

 羨ましい……おのれ椿、気軽に会話しやがって。


 どうか俺にも話を振ってくれ!

 というか、藤川さん誘って!

 俺の代わりに藤川さんを誘ってください!!


「司、行くぞ?」

「おう」


 待て大翔!

 椿に『誘え』ってテレパシー送ってるから。

 椿に届け! 頼む……頼む!!


「ごめん、待たせた? ツカサ、行こっか」

「……おう」


 届かなかった……。

 椿と藤川さんの話はすぐに終わり、誘える感じではなくなってしまった。

 マジか……椿とはもう少し通じ合えていると思ってたわ、残念。

 でもいい、凄く良いこと聞いた。


 WISTERIA(ウィステリア)WISTERIA(ウィステリア)

 忘れないように胸に刻み込んだぞ、WISTERIA(ウィステリア)


 藤川さんのお店、藤川さんの家!

 いつか伺います、『お嬢さんをください』と挨拶に伺います!

 いや『いつか』じゃ無い。

 すぐ行く、今日行く!




 ※※※




 部活が終わると、すぐに藤川さんの家がしているというパン屋に向かった。

 大翔に部活が終わったら遊びに行こうと誘われたが、今日は大事な用事があると断った。


 念のためスマホのナビを見ながらお店を目指す。

 大体分かっているけど、万が一迷ったら嫌だから。

 ナビを片手に進むとすぐにお店は見つかった。

 見たことはある店だった。

 微妙に俺の家からは遠いからあまり来ないんだよな、この辺り。

 これから朝走るときはこの辺りを走ろう。


 ……なんかドキドキしてきた。

 藤川さんがいなかったらどうしよう。

 いや、きっといる。

 いて欲しい!

 いたら『俺達結婚する』!


 あ、やっぱこの賭けは止めよう。

 いなかったらダメージが大きい。

 よく考えたら家がパン屋でもずっといるわけじゃないだろうし。

 いたら『明日、話が出来る』!


 一息ついて、ゆっくりと店の扉を開けた。

 カランコロンと小気味良い音が鳴った。


 いた!

 藤川さんがいた、エプロン姿超可愛い!

 くっそ、『結婚する』の方にしとけば良かった!


「いらっしゃいまー……せ……」


 藤川さんが俺を見た。

 少し驚いているような気がする。

 ああ、藤川さんに見られていると思うと緊張するな。

 ここって何するところだっけ……あ、パン買わなきゃ。


 店内はそう広くはないがシンプルで綺麗な内装だった。

 流石藤川さんの家のパン屋、パンも全部美味そうだった。

 でも俺はエプロン姿の藤川さんの方が欲しい。

 その姿、毎日見せてくれませんか。

 俺の帰りを家で待っていてくれませんか!


 それはいいとして……隣の奴、誰?

 藤川さんと仲が良さそうだ。

 誰なんだ、いや、本当に……マジで誰?


「……片想いの人?」

「ち、違うよ!」


 !?

 二人の会話が少し聞こえてきたけれど……なんだ、今の気になるワードは!


 『片想いの人』?


 藤川さん、好きな人いるの!?

 なんか『誰か分からないけど、藤川さんと親しげで羨ましい男』が、俺の方を見ながら聞いていた気がする。

 で、藤川さんは『違う』って、超否定していた気がするけど!


 え?


 ええ?


 『片想いの人って、アイツ?』

 『違うし!』

 ……ってこと?


 はははっ………………マジかよ。


 俺、失恋?

 挨拶も出来ない、告白もしてないのに玉砕?

 嘘だろ……どんな悪夢だよ……。


 いや、気のせいだ。

 何か勘違いしているんだ、俺は。

 多分早とちりだ、うん。


 うん……。


 そうだと言ってくれ!

 勘違いだと!

 『肩重い』で肩が疲れているとか、霊的なものに憑かれているとかそういう話だよね!?

 俺、泣きそう!

 パンとかどうでもいいわ!

 いや、藤川さんのご両親が作ったパンに失礼だ、超食べたいけど!

 ……帰ろう。

 甘い物を買って帰ったら誰か食べるだろう。

 とりあえず帰ろう。

 ……帰れるかな、俺。


 会計をするためにレジに行くと、藤川さんが来てくれた。

 やっぱり可愛いな。

 

 ねえ、教えてよ。

 藤川さんの好きな人って誰?

 俺、今すぐそいつに弟子入りするから。

 そんでそいつより超格好良くなるから。

 軽く師匠越えしてみせるから。

 だから俺を見てよ。

 もうおおおお、嘘だと言ってくれ!!


 聞きたい。

 今すぐ確認したい!


 『片想いの相手って誰ですか』


 頭の中では……心の中では叫んでいるのに……。


「ありがとうございました」


 言えなかった。

 声に出すことが出来なかった。

 だって挨拶も出来ないのに、急に片想いの相手のこととか聞いたら吃驚するだろうし。

 ……いや、それは言えなかった言い訳だな。

 あーあ、俺って本当に駄目だわ。


 っていうか会計の時、『店内でお召し上がりですか?』って聞いてくれなかった。

 テーブル席があったから、そういうのもあるのかなと思ったんだけど。

 聞かれたら言いたかったな、『食べていくんであーんしてください』って。

 ……絶対言えないけど。


「あ、痛っ」


 店を出て道路を渡ったところで柵に足をぶつけた。

 痛い、超痛くて泣きそうなんですけど……。


 何をやってんだ、俺は。


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