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第三十九話

 我が家の玄関に王子君。

 凄く異様な光景に見えます。

 夢だといいんだけどなあ、夢じゃないんだなあ。


「靴。あと、これ……同じ物がなかったから、似ているものだけど」


 王子君が差し出したのは、洗った形跡はあるけれど汚れの落ちていない靴と、それによく似た新しい靴でした。

 王子君がわざわざ買ってきてくれたのでしょうか。


「あの……新しい方は受け取れません」

「受け取って。……俺のせいだから」

「でも……頂けません」

「……ここに置いておくね」


 そう言って床にそっと靴を下ろしました。

 頂いた方がいいのでしょうか。

 返したところで、王子君が履くわけにはいかないし……。

 お金を払うと言ったのですが、それも受け取って貰えませんでした。


 そんなやりとりが終わり……私達の間には静寂が訪れました。

 何を話そう……。


 香奈ちゃんには『家に上がって』と言いましたが、王子君に上がって貰うのは抵抗があるからここで話をしたいけど、失礼かな……なんて考えていると王子君がゆっくりと口を開きました。


「ごめん、俺がもっとしっかりしてれば……。もう、あんなことが起こらないように俺が守るから」


 本当にそう思っていると伝わる凜とした眼差しを向けられ、戸惑いました。

 『守る』と言われ、心動くものもありますが、やっぱり私は静かに生活したいです。


「私は空気でいたいんです。誰の目にも映らない、空気に……」

「ごめん、それは出来ない」


 はっきりとした声が私の言葉を遮りました。

 どうして?

 どうして私をそっとしておいてくれないの?


「俺は藤川さんをみつけたから」


 どういうこと?

 真剣な目は、今言ったことが王子君にとってとても大切なことだと訴えてくるようです。


「……俺、やってもいないことで褒められることが結構あったんだ。なんだろうって思ってたけど、あまり気にはしていなかった」


 王子君は何かを思い出しているようで、視線を落としながら静かに語り始めました。

 私は自分の手をギュッと握り、静かに耳を傾けました。


「いつも掃除道具入れがちゃんと片付いているのはさすがだって、担任が俺に言うんだ。お前の班は優秀だって。別に俺がリーダーってわけじゃないし、言ってることに心当たりがないから何を言ってるんだろうって思ってた。でも、俺が見るときはいつも汚いから、『片付いてる』だなんて不思議だなって思ってた」


 我が校には、週に一回教室を掃除する習慣があります。

 班に分かれて担当するのですが、私と王子君は名前の順が近いので同じ班です。

 私の知っている掃除道具入れも、いつもぐちゃぐちゃです。

 ホウキや雑巾をかける所があるのですが、下の方に放り込まれて一塊になっているような有り様です。

 汚いなあと思っていました。

 だから……。


「でも、ある日見たんだ。片付けてくれていたのは……藤川さんだった。皆の分もちゃんと片付けてくれていた」


 私は動くのが遅くていつも片付けるのが最後になるから、ついでに皆の分も片付けていただけで……見られていたことが驚きです。


「図書館の本もそうだ。姉に言われて借りた本を返すと、破れかかっていたのに直してくれてありがとうと言われて……。気になってカードを見ると、俺の前に藤川さんが借りていた」


 それは……私は本が好きだし、大好きなサスペンスだったから……。

 ちゃんとした修復の仕方は知っているので、おかしなことはしていないはずです。

 ですが、勝手なことをするなと怒られないか、直した後に心配になってこっそり返しました。

 ……怒られなかったようで良かったです。


「それから、よく藤川さんのことを見るようになった。ある時は集会で、人が大勢集まって来ている体育館の扉を次の人が通れるように押さえてあげたけど、次の人は交代せずに普通に通り過ぎちゃって。更にそれが続いて、後ろの人が通る間も押さえてあげて……結局ずっと扉を押さえる係みたいになってて、自分が通るタイミングを無くしてた」


 あ、覚えています。

 普段は一定の位置まで開くと止まるはずの扉が、手を離すとすぐに閉まってしまうようになっていて……。

 人が途切れたら手を離そうと思っていたのですが全く途切れることがなく、どうしようかと思っているところに王子君がやって来て、留め具で固定してくれたのです。

 『留め具があったのか!』と驚いたと同時に、自分の鈍くささに恥ずかしくなったのも覚えています。


「あと……駐輪所の自転車が倒れていて、たまたま通りがかった藤川さんが起こしてあげいた。でも、起こしている時に戻ってきた自転車の持ち主は、藤川さんが倒したと思ったようで睨んでて……」


 それも覚えています。

 『私じゃないんです』と心の中で焦っていた所に王子君が現れて、『元から倒れてたから』と倒したのは私じゃないと伝えてくれたんでした。


 あれ、私……王子君に助けられている……。


 他にもいくつかありました。

 クラスメイトが私に伝え忘れていたため、出来なかったことを先生に注意されているとフォローを入れてくれたり……。


 なのに私は覚えていない上に、『自分は冷たくされてる』と思い込んでいました。

 助けてくれた時の態度は素っ気なかったけど、とても救われていたのに……。


 時間が経っているとはいえ、どうして覚えていなかったの?

 無視をされたショックで、全てが吹っ飛んでしまったの?

 それもとも……。


 一つの考えが浮かび、血の気が引きました。


 それは……『王子君だから』。

 目立つ人、人気者だから。

 だから関わりたくない。

 そう思って避けた結果、かけてくれた親切に背を向けてマイナスのことばかり拾っていたのでは?


 そうだとしたら……私はなんて自分勝手なのでしょう。


 王子君の行動で周りが動き、迷惑を被ったことは事実です。

 でも私がもっと心を開いていれば歩み寄っていれば、王子君の態度を勘違いしなかったのではないでしょうか。

 助けてくれたことを忘れず、目も背けずにいたら……。

 少なくとも王子君は『嫌いだから』という理由で冷たい態度をとるような人ではないと、分かったのではないでしょうか。


 王子君を見ました。

 王子君も私を見てくれていました。

 彼の話は続きます。


「気づけば……藤川さんばかり見ていた。藤川さんを見ていると、安心するっていうか……暖かい気持ちになれた。俺は、藤川さんという存在に気づいて、俺だけの宝物をみつけたように思えたんだ。藤川さんの、ちょっと不器用だけど親切なところとか、放っておけないところが好きで、ずっと見ていたいんだ。その、出来れば……一番近くで」


 向けられた笑顔は弱々しかったけれど綺麗でした。

 それにとても眩しい。

 こんな人が地味な私の、地味なところを見てくれていたなんて……。


 ぼっちは楽だって、空気がいいって思ってたけど……本当は寂しかった……凄く寂しかった。

 誰かの目に映りたかったけど自分から行動するのが怖くて、平和はいいなあって逃げていた私を見てくれている人がいた。

 こんな駄目な私を、好きになってくれたなんて……。


「藤川さん!?」


 気がつけば涙が出ていました。

 弛んだ涙腺は使い物にならないようです。

 止めたいのに、全然いうことを聞いてくれません。

 でも、これは……今までとは違う……嬉し涙だと思います。


「そんなに……俺のことは大嫌いですか」


 泣いてしまった私を前に、あたふたした様子の王子君が消えてしまいそうな小さな声で呟きました。


「違うんです。これはっ……嬉しくて」

「……え?」


 私は幸運です。

 自分からは何も行動していないのに、何も努力をしていないのに、香奈ちゃんという素敵な友達ができ、王子君という多くの人から愛される人に好意を抱いて貰っているのですから。


「……あの、私の話を聞いて貰っても宜しいでしょうか」


 混乱している様子の王子君でしたが、小さく首を縦に振ってくれました。

 それを見届けて、私はこっそり深呼吸をしました。

 頭の中を整理しながらになりますが、今自分が思っていることを王子君に聞いて貰いたいです。


「私は、人見知りで、友達がいなくて……。寂しいと思っているのに、拒絶されるのが怖くて何も出来ません。でも、それが格好悪くて『空気がいい』なんて誤魔化している駄目な奴で……自信が無いのに、見栄っ張りで……本当に駄目な奴なんです。でもそんな私を、あなたは見てくれました。凄く嬉しくて……奇跡だなって思います。……私、頑張らなきゃって思いました」


 王子君は優しい目で、黙って聞いてくれていました。


「駄目な私を見てくれたこと、凄く嬉しく思いました。ありがとう……。これからも見ていて欲しい……そう、思って……しまいました」


 あの優しい笑顔を、私も『一番近くで見たい』……と思うのは、散々逃げてきたのに都合が良すぎるでしょうか。

 許されないでしょうか。


 今まであの笑顔に何度か心を奪われていました。

 それも目も背けて、気づかないふりをしていたけど……。

 ぼっちな私が王子君を好きになっているかもなんて、おこがましいと思っていました。

 笑われてしまう、恥ずかしいことだと思っていました。

 でも、今は目を背けちゃいけないし、背けたくありません。


 ……って私、今中々恥ずかしいことを言いました。

 王子君の反応はどうなのか……不安です。

 顔を逸らしながら視界の端でチラリと盗み見ると、彼は目を見開いて固まっていました。


「それは……どういう意味で……!」


 硬直が解けた王子君が、一歩踏み出しました。

 私は焦り、一歩下がりました。

 まだ、全部を話したわけじゃありません。


「あの! まだ続きがあって! 私は自分に自信が無くて……今の私のままじゃ駄目なんです」

「そんなこと……俺だって周りが見えず、好きな子を泣かしてしまう駄目な奴だよ」

「いいえ。藤王君はずっと優しかったです。私が殻に篭もって目を逸らしていただけで……」


 自分の気持ちを話すって凄く難しいです。

 香奈ちゃんと話したときもそうでしたが、今はもっと困難です。

 一番伝えたいことをまだ言えてなくて……言わなきゃ。


「えっと……私、自分で『頑張った』と言えるように頑張ります。駄目な自分を変えていけるように。頑張るので、その……だから……これからも私を見てくれますか?」


 まだ何もしていない私が、こんなことを言ってはいけないのかもしれません。

 本当に頑張ることが出来てから言わなければいけない台詞だったかもしれません。

 自分でも図々しい、欲張りだなと思いますが……一緒にいたいです。 


「お願いされなくても見るよ」

 

 言い終わるよりも前に、私は王子君の腕の中に捕まっていました。


 こうなったのは二度目です。

 あの時はパニックで、逃げたいばかりでした。


「……俺も駄目だった。だから、一緒に頑張ろう」

「……はい」


 今は穏やかな気持ちです。

 胸のドキドキはあの時と同じ……いえ、それ以上だけれど。

 抱きしめ返すのが恥ずかしくて、シャツをギュッと握ると、腕の力が強くなりました。

 玄関の扉を開けたときは、こんなことになるなんて思わなかったなあ。

 あの時閉めなくて良かったです。






「一花」

「!?」

「って名前で呼んでいいですか」


 抱きしめられたまま固まってしまいました。

 それが分かったのか、私の腕を掴んで体を少し離しました。

 王子君の顔を見ると少し赤く、下から覗き込んで見ると目を逸らされました。


「いや、その……彼女になるわけだし」

「え?」

「え?」


 独り言のように零れた言葉に、普通に驚いてしまいました。

 驚いている私に王子君は驚いています。


 あ、そうか。

 『見ていて欲しい』と言うことは、告白を受け入れたことになるわけで?


 ああああ、恥ずかしくなってきました。

 両想いの男女は交際というものをするのですね……。

 その辺りを深く考えていませんでした。

 気持ちを伝えなきゃというばかりで……。

 幼稚園児か! と自分にツッコミたいです。


「と、友達くらいからにしませんか」

「……」


 ああ、視線が痛い!

 これは正真正銘冷たい視線です!


「だって私、火あぶりにされちゃう!」


 全校生徒に取り囲まれ、キャンプファイヤーの火で火刑にされている光景が目に浮かびました。

 恐ろしい光景です……。


「え? 火? っていうか頑張るんじゃなかったの?」

「それはコミュ障改善の方向で、と言いますか……」


 王子君と一緒にいる自信を持ちたいというのはあるので、そこにも繋がりますが……。


「泣いていいですか」

「ご、ごめんなさい」


 王子君への気持ちがどうという話ではなく、ただ彼女という響きが……ああ、恥ずかしい!


「友達からでもいいよ、結婚が前提なら」

「それなら…………。ええ!?」


 一瞬『それはいいな』、と思ってしまいましたが……何かが違う!


「『結婚を前提に友達になる』っておかしくないですか?」

「そうかな」

「はい」

「そんなことないよ」

「ええ?」


 私の方がおかしいのでしょうか。

 常識って何なの!?

 王子君って妙にチャンネルがズレる時があるのですが、気のせいでしょうか?


 これからは私も王子君を見ていこうと思っていますが、見るところが多そうで、理解するのが難しそうで……とても楽しそうです。

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