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第二十一話

 学校が無い日はつまらない。

 いや、厳密に言えば『学校』はどうでもいい。

 藤川さんに会えない、それが重要なのだ。


 だが俺は日々進化している。

 以前は『月曜日よ、早く来い』と祈ることしか出来ながったが、今の俺は自ら会いに行くことが出来る。


 今日はパン屋で、藤川さんに会える気がしている。

 よし……今日こそは……『いたら結婚する!』

 決めたぞ、取り消さない。


 お願いします、絶対に……絶対にいてください!!


 もう、会える前提の心構えで行くぞ。

 大丈夫、忘れ物もない。

 あれも渡すことが出来たら渡そう。

 じゃなくて、絶対渡そう。


 大事に鞄にしまったのは『栞』だ。

 切り絵で藤が描かれている。

 繊細で優しい絵柄で、藤川さんと似ている。

 姉の買い物に付き合わされた時にこれを見つけ、思わず買ってしまった。

 藤川さんは読書が好きな様だし、プレゼントしたら喜んでくれそうだ。


 それに『藤』は、俺達の名前に共通する文字だ。

 お揃いって素晴らしい。

 プロポーズの言葉は、『名字の川を王に変えませんか?』で検討してみよう。


 よし、仕込みは万全だ!

 ……そう意気込んでやって来たというのに。


「大翔、またお前か……」


 藤川さんがいたから、『俺達結婚出来るじゃん!』と歓喜したのは一瞬だった。

 お前……この賭けに注いでいた、俺の熱い情熱をどうしてくれる!!

 本当なら、このまま指輪を買いに走るくらい舞い上がっていたはずなのに。


 何処にいても目立つオレンジの頭と赤いヘッドフォンが視界が入った瞬間、鞄を後頭部に叩きつけてやろうかと思った。

 危ない、栞がはいっているというのに。

 鞄も可哀想だ。


 大翔のせいで、俺の脳内シミュレートしたプランが全て吹っ飛んでしまった。

 お前が出てくる予定はなかったつーの!


 藤川さんもいつもと感じが違うし。

 大翔のためにお洒落したの?

 嫌だ、しないで。

 可愛いけど、俺は普段の藤川さんの方が好きです!


 大翔め……藤川さんに見送られるとか……。

 羨ましすぎて、あの腹が立つ背中にドロップキック入れたい。

 とっ捕まえて首を絞めようかと思ったけど……堪えた。


 大翔を追いかけるより、藤川さんと話がしたい。

 邪魔をされないよう、大翔の姿が小さくなってから藤川さんに声を掛けた。


「藤川さん」


 藤川さんは、俺を見ると驚いた様子だった。

 まるでお化けを見たような……。


「ごめんなさい!」


 え、逃げられる!?

 駄目だ、折角会えたのに!

 そう思うと、とっさに手首を掴んでしまった。

 前に進めなくなった藤川さんは、顔を顰めた。

 視線は俺が掴んでいる手首に向けられている。

 大変だ、痛かったのだろうか。

 慌てて手を離した。


「ごめん」


 大丈夫だったか心配で手首を見たが、跡になったり赤くなったりはしていなかった。

 良かった……。


 っていうか……藤川さんに触ってしまった!

 触っちゃった!!

 柔らかい肌だな。

 手首細いな。

 ああクソ、可愛いな……。

 あ、駄目だ。

 今、藤川さんの目を見られない。


「掴んで悪い。でも、聞きたいことがあったから」


 俺は……この手を……藤川さんに触れたこの手を……このまま持ち帰る!!

 真空パックしたい……。

 この感触を覚えたまま帰りたいけど、話もしたい。


「……なんでしょうか」


 そうだ、話を聞かなきゃ。

 手首の余韻を楽しんでいる場合じゃない。


「今日は……大翔と出掛けていたのでしょうか」


 聞きたくないけど、聞かずにはいられない。

 藤川さんは困った様な表情をしている。

 こんな顔をさせてごめん。


「……はい」

「二人で?」

「始めは違ったけれど、他の人達が別の所に行ったので結果的に二人になりました」


 なるほど……そういえば今日は安土と遊びに行くと言っていた気がする。

 二人きりの時間を過ごした大翔は許せないが、始めから二人だけで出掛けたんじゃないならまだいい。


「あの……どうしてここに?」

「パンを買いに」


 あなたに会いに。

 口から出たのは、口実の方です。


「ありがとうございます。どうぞ、お入りください」


 藤川さんの誘導は見事だった。

 さすが看板娘。

 滑らかな動きですね。

 でも俺はパンより藤川さんなんです。


 ……なんて思っている間に、藤川さんが行ってしまう!

 早く引き留めなきゃ……なんか理由……降りてこい!


「少し、お時間宜しいでしょうか」

「はい?」


 良い案が浮かばなかったので時間稼ぎだ。

 言いながら考えている……あ、そうだ。


「パンを一緒に選んでは貰えないでしょうか」

「はい?」

「姉に『美味しそうなの買ってきて』って頼まれてるんだけど、どれがいいかなって」


 お店に関わることだったら、断られにくいんじゃ無いかというこの作戦……どうですか!


「ああ……はい。分かりました」


 よし、成功した!

 ああ、良かった……すっげー嬉しい。

 折角会えたのに、大翔なんかの話だけして終わりだなんて絶対嫌だ。

 栞もまだ渡せていないし。


 はあ……安心したら、なんか気が抜けた。

 そして無性に抱きしめたい。

 

「ありがとう」

「……」


 お礼を言うと、藤川さんが俯いた。


「どうかした?」

「なんでもありませんっ」


 もしかして、俺の煩悩がバレたのだろうか。

 顔に出ていた?

 

 ……気をつけよう。




※※※




「いらっしゃいませ。あら、おかえり」


 買い終えた客とすれ違いながら中に進むと、元気な女性の声が迎えてくれた。

 『おかえり』ということは、藤川さんのお母さんだ。

 そして、いずれ俺の『お義母さん』だ。


 藤川さんに似て小柄だ。

 逆か、藤川さんがお母さんに似ているのか。

 髪は一纏めにしてあげていて、調理作業向きな白い制服を着ている。

 今は販売の方にいるが、普段は厨房でいるのがメインなのかもしれない。

 お会いできて嬉しいです、お義母さん。


「お洒落して出て行ったと思ったら、デートだったの? こんな格好良い彼氏連れてきて」

「お母さん!?」


 そうです、彼氏です!

 あなたの未来の息子です!

 『格好良い』って言ってくれた……良い印象を持って貰えたのだろうか……よしっ!


「ただのクラスメイトだって! お店の前で、偶然会ったの! あの、ごめんなさい!」

「ただの……」


 浮かれていた頭に、大きな石を落とされた様な衝撃が走った。

 『ただの』って……ここ最近で一番のダメージだ。

 いや、大丈夫。

 『照れ隠し』ってことで……そう処理しよう。


「分かってるわよ。あんたには、彼氏をつくる度胸なんてないでしょ」

「もう……」


 親子のやりとりが見られるなんて幸せだ。

 遠くない未来で、俺もそこに混ぜてください。


「藤王司といいます。宜しくお願いします。ここのパン、凄く美味いです」


 これから長いお付き合いになると思いますので、宜しくお願いします。

 少しでも好感度をアップ出来るよう、気をつけて挨拶をした。


「あら、ご丁寧に。ありがとうね。ついでにうちのチビ娘も買っていかない?」

「え」

「お母さんってば!」


 え、いいの……!?


「いくらですか」


 好青年っぽく、行儀良くしようとしていたけど……そういうスイッチは一瞬でオフになった。


「出世払いは出来ますか」


 ローンは組めますか。

 どんなに大金でも、一生かかっても払います!

 なんなら、婿養子として参りますが!

 俺、長男だけど!


「あら、男前な上に面白いのね。あなただったらタダでいいわよ」

「マジですか……」


 誰か俺を殴って。

 これが現実か確かめたい!

 母公認でお持ち帰り出来るなんて!

 しかも対価はいらないという……。

 そうだよな、藤川さんと対価になるものなんてこの世に存在していないよな。

 俺が幸せにします、愛で支払い続けます!


「もう、厨房に入ってて!!」


 待ってください……交渉がまだ!

 藤川さんが、お義母さんを厨房へと追いやってしまった。

 あーあ……お義母さん、ごきげんよう。

 またお会いしたいです。


「あの……お姉さんはどういうのが好きですか?」


 『用件を済ませよう』という感じで、藤川さんが仕切り直した。

 少し寂しく感じるが、藤川さんと二人きりだと思えばテンションが上がる。


「甘い物かな」


 俺は貴方が好きです。


「ああ、それで前回来てくれた時に、スイートポテトとかあんドーナツを買ってくださったんですね」

「うん。美味かったって。それで『おかわり』って」

「お姉さんと仲が良いんですね」

「『普通』かな」


 俺は普通です、『普通』。

 絶賛話しやすい人キャンペーン中なのです。

 だからもう大翔と話すより、俺と話をしてください!


 トングとトレーは藤川さんが持ってくれている。

 これってデートみたいだ。

 いや、デートだろ、これ。

 今日はデート記念日だ!


 藤川さんが可愛い声で薦めてくれた物の中から、姉が好きそうな物を選んだ。

 あと自分用のスイートポテトを買った。

 藤川さんがカウンターに入り、会計をしてくれている。

 今日はエプロン姿じゃないのが残念だ。


「お持ち帰りでいいんですよね?」


 以前は聞いてくれなかったことだ!

 言えるか!?

 『あーんしてください』を!

 この機会を逃すことは出来ない。


「自分の分は食べていっていいですか」

「あ、はい……どうぞ」


 俺の言葉を聞いて、藤川さんが戸惑ったような気がした。

 食べたら駄目ですか?

 邪魔ですか!?

 もう少し話がしたいんです。


「少し、話に付き合って頂けないでしょうか」

「ええ?」


 やっぱり困ったような表情になっている。

 駄目ですか。

 泣いていいですか。


「ん?」


 藤川さんが厨房の方に目を向けた。

 ここからは中を見ることは出来ないが、恐らくお義母さんがいるのだろう。


「あの、良かったら……近くに公園があるので、そこで食べませんか? ベンチがあるので……。お店は狭いですし」


 え……今、自分に都合のいい幻聴が聞こえたような。

 いや、幻聴じゃない!

 ちゃんと聞こえた!!


 公園!

 デートスポット!

 藤川さんが、デートに誘ってくれた!

 行かないわけが無い!


「行く!」


 藤川さんの方から誘ってくれるなんて、これは夢かもしれない。

 夢でもいい、幸せだし。

 でも夢なら、覚めないうちに行かなきゃ!


 公園……デート……これは、俺の気持ちを伝えるチャンスですかね?


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