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第十五話

「いってきます!」


 今日はいつもより早い時間に家を出ました。

 王子君と遭遇することを避けるためです。

 『気を引こうとしている』だなんて言いがかりをつけられないためには、接触を少なくするのが一番です。


 この時間だと通学路も静かで、気持ち良く歩けました。

 昇降口にいる人の姿もまばらで、何もアクシデントは起きませんでした。

 平和って素晴らしい。


 教室の扉を開けると誰もいませんでした。

 鞄は幾つかあるので、朝練か何処かに行っているのだと思います。

 もちろん、王子君はまだ来ていませんでした。

 良かった。


 何事もなく登校出来ましたが、時間が余りました。

 暇なので本を読むことにしました。

 今度映画化するという事件モノ、サスペンスです。

 まだ冒頭しか読んでいませんでしたが、遺体に警察官の制服を着せる謎の連続殺人事件が起きていて中々衝撃的な出だしです。

 警察に恨みがあるのでしょうか。

 続きが気になる……。

 ページを捲る手も早くなります。


「藤川さん」


 本に集中していて、気が付いていませんでした。

 誰かが私の席の横に立っています。

 いつの間にか、教室も賑やかになっていました。


「はい。……あっ」


 返事をしながら顔を上げると……驚きました。

 私の横に立っていたのは……私を見下ろしていたのは……王子君でした。


「おはよう」

「えっ」


 私の刻は止まりました。

 今、何が起こりました?

 王子君が……私に挨拶を!?

 彼の方からしてくれるのは初めてではないでしょうか!

 もしかして、私の後ろにいる人に言っているとか?

 恥ずかしいパターン!?

 周りに目を向け、それとなく確認してみましたが、どうやら私に言っているようで間違いありません。


「……おはよう」

「あ、はい。お、おはようごぎゃ……います」

「ごぎゃ……」


 動揺してしまい、噛みました。

 『ぎゃ』って言っちゃいました。

 王子君にもしっかり聞こえていたようです。

 呆れているのか、俯いています……恥ずかしい。

 噛むにしても、もっと可愛くならなかったのでしょうか。

 王子君に可愛いアピールしたいわけではないので、別に構わないけれど……。


 挨拶を済ますと、王子君は私の隣――自分の席に座りました。

 私も、本に視線を戻しましたが……ドキドキしています。

 今日は嵐か、隕石でも降ってくるかもしれません。


「あのさ」

「!? はい!」


 読んでいるふりをしていると、王子君に声を掛けられました。

 本当に……今日は何なのでしょう!?

 『藤川に話し掛けるという罰ゲーム』でもやらされているのでは? なんて思ってしまいます。

 恐る恐る横を向くと、整った顔がこちらを向いていて、なんだか逃げ出したくなりました。

 別世界の住人との邂逅、未知との遭遇です!

 心臓に悪いです!


「パン、美味かった。また行く」


 態度は少し素っ気ないものでしたが、ぽつりと呟き伝えてくれた内容はとても嬉しいものでした。

 良かった……王子君のお口にも合ったようです。


「あ、ありがとうございます! お待ちしております!」

「うん」


 あ、やっぱり来たら緊張するから、出来れば私のいない時にお願いします……。


「あのさ」

「はい!」


 なんですか-!

 こんなに王子君と話をするのは初めてです。

 罰ゲーム説が濃厚になってきた気が……!


「俺、普通だから」

「はい……え? ええ?」


 とりあえずの返事をしてしまった後、混乱しました。

 どういう意味なのでしょう。

 私のことは嫌いじゃ無い、『普通』。

 そう言いたいのでしょうか。


「違いますか」

「ええー……?」


 そんな……私に聞かれても……。

 あの、どなたか解説をお願いします!

 草加君はどこですか-!

 どう答えて良いか分からず停止する私を、王子君の綺麗な目が捕らえ続けています。

 困った……。

 

「王子ー!」

 

 天の助けのような声が、教室の反対側から聞こえました。

 クラスメイトが、王子君を呼びながら手招きしています。


「呼んでますよ?」

「あ、うん」


 王子君は少し面倒臭そうに席を立ち、呼ばれた方へと向かいました。

 緊張の時間から解放され、安堵の溜息をついていると教室の扉が開きました。

 入ってきたのは、椿さんでした……椿さんっ!


 今すぐ起こった驚きの事態を報告したいです。

 椿さんを目で追っていると、目が合いました。

 その瞬間嬉しくなり、思わず顔が緩んでしまいました。

 手も振りたかったのですがそこまでの勇気は出ず、そのまま見ていると……。


「……」


 あれ?

 目が合ったのは気のせいだったのでしょうか。

 椿さんは全く顔色を変えず、そのまま自分の席に座りました。

 何か反応してくれることを期待してしまっていたので少し寂しくなりましたが、それは私の身勝手でしょうか。

 兎に角、王子君の件についてお礼が言いたいです。


 気が付けば、草加君の姿もありました。

 椿さんにお礼言った後に借りていたCDを返そうと手に持って席を立ちました。


 私は勇気を出して、椿さんに話しかけに行きました。

 人の席に行って声をかけることなどないので緊張します。


「……あの、椿さん。おはようございます!」


 無視されたらどうしようと、ドキドキしています。

 椿さんは優しい人なので、そんなことは無いと分かっているのですが手に汗が滲んできました。


「おはよう」


 ほら、大丈夫でした。

 今日も綺麗にアレンジした髪を揺らし、女神のように微笑んでくれました。

 でも……元気が無いような気がします。

 体調が悪いのかなと顔を覗いていると、椿さんの顔が『何か用?』と言っているような、不思議そうな表情になったので目的を思い出しました。


「あの……さっき、王子君が挨拶してくれました。椿さんが言ってくれたおかげです。ありがとうございます!」

「え……」


 椿さんの目が僅かに見開かれました。

 驚いています。

 あれ、言ってくれたのではないのでしょうか?

 

「どうかしましたか?」

「なんでもないわ」


 確かに、昨日の今日でこれだけ劇的に変わるのはびっくりですよね。

 私だって、王子君の方から挨拶してくれるなんて驚きです!

 これも椿さんのおかげです。


「あの、私を嫌っていた理由って……」

「……それは」


 視線を下に向け、言い難そうにしている姿を見て焦りました。

 聞こうとしてくれたけど、また答えて貰えなかったのかもしれません。

 椿さんにこれ以上気苦労を掛けるわけにはいきません。


「ごめんなさい! 十分です、ありがとうございました」


 私は深々とお辞儀をしました。

 王子君に冷たくされることが無くなれば、きっと私は空気に……透明に戻れるはずです!


「ねえ、藤川さん」

「はい?」


 顔を上げると、難しい顔をして私を見ていました。

 

「藤川さんは……ツカサのこと、どう思っているの?」

「私ですか?」

「ええ」


 どうしてこんなことを聞くのでしょう。

 椿さんが聞いてくれることなら、なんでも答えますが……。


「人気者だなって思います」

「それだけ?」

「はい」


 正気に言うと、少し『怖い』と思います。

 王子君の人柄が怖いというのではなく、『関わるのが怖い』という意味で。


「……藤川さん」

「はい?」

「私とツカサのこと、応援してくれる?」


 いつも凜々しく美しい椿さんが、心細いような表情をしています。

 今にも泣き出しそうな……。

 昨日王子君と話した時、何かあったのでしょうか。

 心配です。

 私など力になれるとは思いませんが、少しでも元気づけたくて大きく肯きました。


「はい! もちろんです!」


 だから元気を出してください、そう思ったのですが……。


「……」


 椿さんの表情が、更に暗くなりました。

 どうしてでしょう?

 やっぱり、体調が悪いのかもしれません。

 大丈夫なのでしょうか。


「あ、あの……大丈夫ですか?」

「なんでもないの。……自分が嫌になっただけ」

「ええ?」


 俯いてしまった椿さんにどう声を掛けて良いか迷っていると、王子君と草加君がこちらに来ました。

 ちょうどいいところに!

 私は先頭を歩いてきた王子君に助けを求めました。

 話しかけるのは緊張するけれど、今は緊急事態なのでそんなことを言っていられません。


「あの、椿さんが……体調が悪そうなんです」


 私、どうすればいいでしょう?

 助けてください!

 私のSOSを受けて王子君は混乱しているのか、少しの間止まっていましたがすぐに動きだし、椿さんに席を立つよう促しました。


「保健室に行こう」

「……大丈夫よ」

「顔色が悪い、行こう」


 王子君は少し強引に腕を引いて、椿さんを保健室へと連れて行きました。

 これは……良い感じに見えます!

 連れ立っていく二人の後ろ姿は、青春映画を見ているようでドキドキしてしまいました。

 椿さんが『自信がある』と言っていたのが頷けます!

 そして、草加君が切なそう。


「……可哀想な子を見る目で、オレを見るなよ」

「すみません」

「『そんな目で見てない』って否定しろよ……」

「……すみません」


 椿さんのことは『諦めた』と言っていましたが、目の辺りにするのはまだ複雑なようです。

 というか、草加君が言っていた、『心が折れた』という言葉に納得です。

 草加君、幸せになってください……。


「あ、CD。ありがとうございました」


 手渡すつもりでいたので、ちょうど良かったです。

 家で何度も聞いているうちに、私もすっかりLASERSのファンになってしまいました。

 今なら安土君の盛り上げパフォーマンスライブに参加できそうです。


「お、サンキュって……なんだこれ!?」

「え?」


 草加君が、CDのジャケットを見て大きな声を出しました。

 私、何かやってしまっているのでしょうか。

 ケースを割ってしまった!?


「これ! 犯罪者みたいになってんじゃん!」


 草加君が指さした先。

 LASERSのメンバーの顔写真の目のところに、黒いラインが引かれてありました。

 確かに犯罪者のようですが……元からこういうジャケットなのでは?


「違うし! これ、明らかに油性マジックで書いてるだろ! ウーロン、何しちゃってくれてるんだよ!」

「私じゃありません! 始めからそうでしたよ!?」


 そんなことするわけがありません!

 人様からお借りしたものにラクガキをするなんて器物損壊です!


「じゃあ、司か……あの野郎」


 草加君が苛立ちながら零した言葉が聞こえたのですが、耳を疑いました。


「え、王子君がこんなことするんですか?」

「するぞ。あいつだってまあ、馬鹿といえば馬鹿だからな」

「ええ?」


 私には信じられません。


「草加君が書いたんじゃないんですか?」

「自分でするわけないだろ!」


 草加君に力一杯否定されましたが、やっぱり信じられません。

 安土君なら納得出来そうですが……。


「戻ってきたら猛抗議だ」

 

 ブツブツと王子君に対する文句を言いながら、草加君は自分の席に戻っていきました。


 一時間目が始まる前、王子君は戻ってきましたが椿さんは戻ってきませんでした。

 椿さん、大丈夫でしょうか……。


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