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~退職はツライ②~

遅くなり申し訳ない。

*****


周りの既に出来上がったおじさんやおにーさん達に囲まれ、やんややんやと騒がれているその人は。


『おい、家庭を持つんだったらしっかりしろよ!』『ちゃんと守ってやれよ!!』とどつかれたり、肩を叩かれていたりした。


「な、何だい。どうして今日はこんなむさ暑苦し……いや、熱烈なお出迎えなのかな?!」


かなり戸惑っているご様子。当たり前だろう。


取り巻きの内のひとりが、バシーンと彼の背中を叩く。


「ルリちゃんを泣かせたらタダじゃおかねえからな!!」


「え?泣かされたのはむしろ私の方なんだけど……」


彼はじんじんと痛む背中をさすりながら、やはり頭の上でクエスチョンマークが躍っていた。


疑問顏のその人とバチッと目が合う。


「ルリちゃん……と、何だ。君も来ていたのか」


私の横に並び立つミラを見て彼は呆れ顔をした。

「王子がこんなところに来て…」と言いたげなその顔に「おまゆう」と言いたい。


「ね、ルリちゃん。これは一体どういうことかな?……いつも皆私にわりと塩対応なのに。今日は凄い歓待ムードなんだけど」


そうだね。

皆さん知らないとはいえ。彼には結構な塩対応だ。うん。

この国の王子、しかも、第一王子なのにね。


彼は後ろにいる酔っ払いの群れをチラリと振り返って、コソッと私に耳打ちする。


「……私はてっきりこのお店の来店客数でキリ番でも踏んだのかと思ったんだけど。違う?」


「……」


『おめでとうございます!あなたは〇〇〇番目のお客様になります』ってやつですか。

それ位しか自分が歓迎される覚えがないという事実に泣ける。

繰り返すようだが彼はこの国の王太子。シャダーンで1、2位を争うほど尊いはずの人なのに。


「ち、違いますよ。じ、実は……ひゃっ!?」


私が彼に耳打ちを返そうとしたところで。ぐっと肩を掴まれ勢い良く引き離された。


「ちょっと、君。今私はルリちゃんと話しているところなんだけど?」


後方へよろめいてミラの胸に背中がぶつかり、そのまま受け止められる形になる。

彼は私の肩を抱いたまま、無言で私をじいっと見つめる。


「ど、どうしたんだ?ミ……いや、お客さん」


彼はチラリと自分の実兄に視線を移す。


「……あなたが」


「ん?」


「あなたが『アウル』さんですか?」


セスが私のヅラに手を伸ばそうとするのを(多分ずれていたのかもしれない)、べしっと手刀で落としながら訊ねた。


……全く隙がないな。ミラ・フィールド全開だ。鉄壁ガードだ。


セスは落とされた片手をプラプラさせながら訝し気に首を傾げる。


「まぁそうだけど。それがどうかしたのかい?」


ミラはふーんという態度だ。

面白くなさそうな雰囲気を醸しに醸し出してらっしゃる。


何だろう、一刻も早くこのミラ・フィールドから脱出したい気分に陥った。


そんな私の気持ちを知ってか知らずか。


「ねえ、ルリさん」


肩に置かれた手に心なしか力がこもった……ような気がした。


「は、はい。なんでしょーか」


「あなたの恋人は誰ですか?コレではないですよね?」


今、この人自分の兄さんを『コレ』と呼んだよ。

一応王太子だぞ、おい。


でも決してそんなツッコミは入れないよ、うん。何か入れられないよね。


ナニコレヤダ怖い。


「あああ、ハイ。なんか空気に飲み込まれてしまい……いつの間にかそーゆーことに。サーセンでした」


良く分からないがとりあえず謝っておこう。


「ええ、そうですよね。だって……」


覗き込むようにして彼の端正な顔が間近に迫る。

薄氷のようなブルーが私を映す。


「あなたの恋人は、この俺ですしね?」


………。


……んん?


「ごめ、今おまえが何言ったのか理解が……」


追いつかないんだけど、と言おうとして。


ワアッとその場が一瞬で盛り上がった。


以前ミラのプリンスマイルにイチコロになった女将さんは、両手で口を押え黄色い声を漏らした。


「まああああ!!ルリちゃん、それ本当かい!?本命はそちらの方なんだね?」


「あ、いや。女将さん……あの、」


「アウルさんじゃないのか、おい!いつの間にそっちの兄ちゃんと!」


客のオッサンはあんぐりと口を開けてミラを指差す。


「え、あ、いやぁ……コレも違くてですね……、」


「ルリさん。コレって何ですか、婚約者に向かって」


おまえがさっき実兄に向かって発した二人称ですよ。

彼はちょっと拗ねたフリをしていた。でも顔は怒っていない。


「いや、つーか……」


恋人から婚約者にいつの間にかランクアップしているんだが。さりげなくも自然に。


どゆことだ、マジで。


説明を求め彼を仰ぎ見ようとしたところ、ミラはぼそっと耳打ちをした。


「寿退社の方が退職もスムーズなんでしょう?」


「いやぁ~?別に何もそこまでしなくてもだな、ふつーに退職すれば良いだけの話……」


というかですね、結婚も何もお相手もいないのに、『寿で仕事辞めるんですぅ~』なんて。

なんか見得張っちゃったみたいで恥ずかしいじゃないか。居た堪れないぞ。


ミラは私のこの、女性ならではの微妙な心持ちを理解しているのかしていないのか。


「そうですか?でも今更ですし。この祝福ムードに水を差すのも気が引けますね?」


「う……」


『何にせよめでたいな!!』と皆さんドンちゃん騒ぎを再開してらっしゃる。結婚相手が『アウル』だろうと『パツキンイケメン兄ちゃんの客』であろうと、どちらでもいいらしい。


……確かにもう今更感があるな。


「……そうだな」


「そうでしょう?」


と、彼は私の腰に手を回し、そっと引き寄せた。


「はあ……」


彼は王子だしな。ちょっと前に話題に出していたように『庶民の労働事情に明るくない』。

女性が退職する理由も寿が角が立たなくて良いのだろう、と浅っさい知識をどこからか拾って来たというところか。


つまり彼なりに私がスムーズに退職できるよう、ひと役買ったつもりでいるらしい。

変な気遣いをする奴だよ、ほんと。


「え?何、この私の当て馬感……」


……セスが後ろで何かぼやいたように聞こえたが、多分気のせいだろう。




*****


――この妙なお祭り騒ぎは私が退職まで入っているシフトの当日まで続けられた。



「赤ちゃんができたらまた顔を見せにおいでね!」


「ぐふっう……!」


こうして盛大なお見送りと――それに対する若干の申し訳なさと居た堪れなさ。

多大な罪悪感とを以てして、私はこのアルバイトを辞めたのだった。




******




*後日描写を加筆するかもしれません。


またちょこちょこと本編の流れに関係ない番外編をこちらに投稿出来たらと思いますので、時々覗いて下されば嬉しいです。

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