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~退職はツライ~

オリヴィア、バイトやめるってよ。

**********


――『薔薇姫、お願いですから。今すぐその酒場での仕事は辞めて下さいね』


シャダーン国の。それはそれは麗しい第二王子サマ兼我が友人は。


その美しくもおっそろしい笑みをたたえながら、私にこのようなお願い……もといご命令を下された。


『お願い』と確かに彼の口から発せられましたが。ただの飾りすぎるぜ。

これだけその言葉の意味を成さない使い方も珍しいだろう、ええ。


「分かっていただけましたか?薔薇姫」


さらににっこりと。

最後通牒のごとく念押しをなされた。


あ、あれ?おかしいな。彼、勇者なはずなのに……。

大よそ勇者に似つかわしくない黒い笑顔である。


しかし。


「ミ、ミラ。ちょっと待ってくれ。人手がだな、足りなくて。あともう少しだけ……」



私はなけなしの勇気を奮い立たせ、そのラスボス的笑みを浮かべる彼に抵抗を試みる。

気分はさながらひとり魔王に立ち向かう勇者だ。


魔王もといミラ様は高い位置で腕を組みながら、指をトントンとさせている。そうしながら黙って私の懇願を聞いている。……しかし瞳は氷のように冷たい。


口に出さずとも、その表情は『おや。懲りずにまだ言いますか。良い度胸ですね』とおっしゃっているようだ。


こ、こ、こ、こ、こえぇぇ―――!!!


美人サンは怒ると迫力倍増です。

今すぐジャンピング土下座して彼の靴を舐めたい衝動に襲われた。


それでその氷の微笑を引っ込めてくれるのなら是非やらせていただきたい所存です。それくらい、怖い。


だだだだがしかし。


前世勤勉クソ真面目な島国魂を忘れてはいけない。

立ち上がれ、社畜根性!!


「ご、ごほん。ミラ、おまえ王子だから知らんかもしれないが。たかがバイトといえど退職時にはそれなりのマナーというものがあるんだぞ。……『私、明日から来ません~!』っていうのは通用しないと言うか」


彼がますます目を細めて私を見るのだから。その氷の視線を全身で浴びつつ、私はいよいよ肩を丸め存在を小さくするかのように縮こまる。


ふ、不屈の精神をもつのだ、私よ。


「ひ、人と言うのはだな。KIZUNAいう太く強いパイプでもって繋がっていてだな……一度失ったらば回復させるのは極めて困難でありまして……」


彼は私のたどたどしい説得に、一言、「そうですか」と。


「俺は王子なので確かにそういった大衆の労働事情には明るくありませんが。貴女の言う、人との信頼関係というものが如何に大切かというのはよく理解できます」


「だ、だろう?さすがミラサマ、聡明でらっしゃる」


とりあえず揉み手をしながら合いの手を入れてみる。

気分は彼の鞄持ちか腰巾着である。


しかし。

単純な私と違い複雑なつくりになっている彼はといえば。

そんなあからさまなおべっかに片眉を上げる。


「人との絆を大切にしている貴女のことですから。こんなにも貴女のことが心配で大事に思っている……そんな俺との関係も無論大切にしてくれますよね?」


「おっふ……」


そう来られましたか。



「ねえ薔薇姫?」



――さすがミラサマ、腹黒くてらっしゃる。




*********



私は本日おもーい足取りでバイト先、『みみずく』へ向かっていた。


鬼のように怖いこの国の勇者サマは、私のアルバイト続投を許してくれなかった。まぁ、当たり前なんですが。


しかし。


あの後も地面と彼の靴にキスする勢いで、粘り強い交渉と説得を繰り返し繰り返し続けた結果……


後任のバイトが雇われるまで……既に入れてしまったシフトの分はどうにか働かせてもらえることになった。


彼は即時にバイトを辞めさせたかったらしいが。

私の熱意にとうとう折れた形となった。


春闘で無茶な要求を会社に通した労働組合長の気分だ。

何だろう、この妙な達成感。


――だがしかし。


そのように今後の処遇が決定されたことは良いとして、だ。


私はちらりと隣を歩く人物を見る。



「なあ、ミラ。何も一緒に来なくてもだなぁ……」


「女性のひとり歩きは危険ですから」


彼はしれっと答える。


「ぐぬぬ……」


えーえー、つまりそゆことです。

本日はバイト出勤するのに保護者おかん同伴ときましたよ。


彼はそれが当然といった態度で『ルリ』である私の横に並んでいる。

ちょっと不満気な顔をしている私を見て、目をすがめながら。


「それに。貴女が仕事を辞める旨、俺の口から説明した方が良いでしょう?」


「いやぁ、それこそだな。辞める時くらいケジメとしてちゃんと自分で言うよ。お世話になったんだし」


もういい大人になんだからな。

バイト辞めるくらいでおかんがしゃしゃりでちゃいかんのだよ。

後始末位自分でしますともさ。


前々から思っていたがこの友人は過保護すぎやしないか。

この国の王子なんだから、私のバイト付き添い以外にも色々とやることあるんじゃないだろうか……。


小妖精がチラチラと舞う、そんな夜空を仰ぎ見て。


私ははぁ、とため息をつく。


――ああ、気が重い。



**************


その日もその日とて。


目まぐるしく忙しい。調理場とホールの往復で息継ぐ暇もなく。


やはりこの状態で明日から私来ませーんとは言えないよなぁ。と、今更ながらにミラに頼み込んで猶予期間をもぎ取って正解だったと実感した。


そんな同伴者なミラ様はといえば。


……カウンターでひとりエールを飲んでいらっしゃる。


居座る気か、あいつ。……私のバイトが終わるまで。


授業参観に来ているおかんをつい何度も振り返って見てしまう小学生の気分だ。気になって仕方がない。



「おーい、オーダー!」


はっとして声のした方向を探す。


いかんいかん。今は仕事中だ。集中集中!!


「はあい」


呼ばれてオーダーを取りに来てみれば。


つるつるスキンヘッドにタンクトップ姿のお客さん。

来ていたのは馴染みの男性だった。


「オッサン、仕事帰り?お疲れさま~」


しかしオッサンは私のそんな呼びかけも聞いているんだかいないんだか。

じいっと私の顔を神妙な面持ちで眺めている。


「? なに??」


「そうだよなぁ、おめえも年頃なんだよなぁ…」


と妙にしみじみと頷きながら、何やら納得されたご様子です。


私は勿論のこと、意味が分からない。


「どうかしたの、オッサン。私は確かに年頃だけど」


否定はしない。花も恥じらう17歳デス。

しかし今更それが何だと言うのだろうか。


「いや、ルリちゃんがここのバイトをシフト入っている限りで辞めるって聞いたからよ」


「……耳が早いね、オッサン。うん、実はそうなんだ」


女将さんと店主にいつ話を切り出そうか迷ったけれど、出勤してすぐに打ち明けたのだった。


ふたりとも残念そうな顔をしていたけれど「元々短期の予定だったものね…」と納得してくれた。


「女将さんとよ、その事で話していたんだよ。寿退社じゃないかってな。……ホラ、よく来ていたあの貴族の客と恋仲なんだろ?」


貴族の客……。


そ、それって……


「い、いや、ちがっ……!」


「大したもんだ、玉の輿ってやつじゃないか。ルリちゃん」


オッサンはやはり寂しそうな顔をしていたが、「めでてぇことだ」と私の頭をポンと叩いて祝福してくれた。


「オッサン……」


虚をつかれた。

頭を撫でるその優しい手つきに何だかじんわりときてしまったのだ。


唐突に。


もう彼と会う機会もなくなってしまうのだ、という気持ちが心を覆う。

不覚にも、瞳から涙がぶわわっと盛り上がってしまった。


「おいおい、嬉し泣きかよ。ルリちゃん。幸せにな」


「ちが……でも…う、うん。あ、ありがど。ううう……私、(ひとりだけど)幸せになるよ……」


――ついでに。

勝手に感情も盛り上がってしまった。


彼は寿ことほぎの言葉をかけて私を送り出してくれている。ぐっと胸が熱くなる。


ああ、人との出会いっていいもんだよなぁ。


これぞKIZUNA……


ありがとう、KIZUNA……


そうか。別れはツライだけだと考えていたけど。


サヨナラは悲しい言葉じゃないんだな。


私の頭では前世の『彼』が好きだった某名曲が流れていた。


「……それぞれの夢へと僕らを繋ぐ YELL……」


そんな風にすんと鼻を鳴らしながら、しっとりとした気持ちでいたならば。また涙で視界が曇って来た。


「おいおい、ルリちゃん。もう湿っぽいのはよそうや」


そう言いながらオッサンも鼻をすんすん鳴らしている。


「わかっ、分かってる、んだけど。う…うううああああ、オッサン~!!」


私ってばいつの間にこんなに涙もろくなってしまったんだろ……。


気づけば号泣である。


おちけつ。……おちつけ、私。


今は勤務中だぞ。仕事中に!しかも職場ど真ん中でワンワン泣く女なんて全然ダメダメじゃないか。


そう思いながらも。やはり涙は次から次へとぽろぽろと落ちて来て。

ああこれは、もうだめだ。顔を洗いにホールを出ようかと視線をあげれば。


他のお客さんや……女将さんもエプロンで目の端を押さえていたり。


そこかしこで鼻をすする音が聞こえた。


「ルリちゃん、幸せになれよ!!」


客のうちのひとりから声が上がった。


「泣かされたら俺らに言えよ!貴族様だろうと関係ねえ!!俺が殴ってやんぜ!」


「俺もだ!」「俺も!」と、店内はちょっとした一体感と感動に包まれていた。


皆、真っすぐに私を見て。

ほんのひと時の時間を過ごしただけの私との別れを惜しみ。


そうして違う道を歩む私を励まし、送り出してくれている。


「うあああんっ!皆さんありがとうゴザイマス!!ありがとうゴザイマス!!」


とても温かな人達だ。


たくさんの拍手と「おめでとう」の言葉をかけられて。

さながら結婚式である。


ああなんて私は幸せなんだ。


その割れんばかりの拍手の中でひとり、感動にむせび泣いていたならば。


背後からぽん、と肩を叩かれ。そっとハンカチを差し出してくれた手があった。

綺麗にプレスされ折りたたまれていたハンカチだ。


私は「あ、アリガトウゴザイマス……」とその手にお礼を言い、渡されたそれで目尻を押さえる。

涙で何も見えない。


そうして幸福の余韻を噛み締めていたところ。


「……それで。どなたですか?それは」


――底冷えするような声が、した。


「は……?」


「貴女の恋人だとか。貴族の方なんでしょう?」


私はギチギチと軋む音を立てつつ後ろを振り返った。


背後に立っていたのは。というかハンカチを渡してくれたのは。


「ミ……いや…」


咄嗟に彼の名を呼ぼうとして慌てて口をつぐむ。


そうだった、本日のバイトは保護者同伴だった。すっかり忘れてた。


本名を呼んだら正体がバレてしまうだろう。

以前彼がここでお酒を飲んだ時は『第二王子のそっくりさん』で通していたのだし。


私がそう考えあわあわしていたのを、彼は別の理由から来るものだと勘違いしたのだろうか。

ますます空気が重くなる。


「ルリさん?その貴族の方ってどこの……」


「い、いやアウルとは別にそんなんじゃ……」


というか、あなたの兄さんですよ。


「アウル?」


彼はぴくりと反応した。


しばし考え込む仕草だ。

恐らくミラの頭の中で年頃の息子を持つ、目ぼしい貴族を脳内検索にかけているところだろう。


「いや、だからアウルっていうのはだな……」


尚も脳内検索中の彼に、小声で声を掛けようとした、その横で。


「そうそうアウルさんだったか。いやぁ~イイ男だったなぁ。ルリちゃんも何だかんだ言って面食いだよなぁ?仕事中もアウルさんにずっと引っ付いててさ。帰りも一緒に帰って。身分なんてカンケーねぇ!ほんと似合いの夫婦になると思うぜ、俺ぁ」


オッサンは「良い話がまとまってよかったぜ」と晴れやかな顔をして酒をあおる。


「ほんとはよ、最初の頃は心配もしていたんだぜ。女将さんと。ルリちゃん遊ばれてるんじゃないかって。でもよ、おめーがタダで男に遊ばれて終わるような女じゃねえと思ってたし。ましてやアウルさんの『お妾さん』で満足するタマでもねえだろう?」


おおおおっさん……!?

何かオッサンの中で私の壮大なシンデレラストーリーが出来上がっているようなんデスガ!!


ていうか女将さぁん!!

アウルもといセスとの交際はあれだけ否定していたのに。信じてらっしゃらなかったのですか!?


し、しかしですね。


今はそんなことよりも。


私はそぉ~っと背後で冷気を発しているだろう御方を首だけで振り返る。


彼は「へえ……?」と。


薄く微笑んでいらっしゃる。


どどどどうしよう。


なんかめっちゃ怖い。


え。なんで。なにゆえ……?


はっ!そうか!!


これはもしかして……?


「ち、ちがうぞ。わ、私は何もそういった不純な動機でバイトを始めたわけじゃない……ッ!!」


もしかして。男漁りの為に働いていたのかと軽蔑しているのかも。

それでさっきからご機嫌が麗しくなかったんですね!?


だが!!そんな浮ついた気持ちで仕事をしていたわけでは断じてない!!


「私はおまえと違って!酒場ここに出会いを求めたことは一度もないぞ!!」


ぐっと拳を握りしめ、力強く断言。


だってツライじゃないか。

押しつけがましいと言われればそれまでだけど。

彼のプレゼント代金を稼ぐ為もあってバイトしていたのに。その当人にそんな疑いをかけられているのならば、少しくらい自分を弁護したいところだ。


「……俺と違って、ってどういう意味ですか……」


……いや、だっておまえ。前にナンパ目的で来店してたじゃないか。


盛大なる『棚上げ』&『おまゆう』状態で私のバイト志望動機にケチつけやがって。


まぁ、今更こいつのタラシな部分を指摘したところで仕方ないだろう。

彼は脊髄反射でナンパをするようなタラシストなんだし。もはや次元が違うのだ。


それはともかく、だ。


「私はちゃんと真面目に仕事してたからな!わりと本気でバイトリーダーとか目指してたしっ」


「そうですか……そんなもの目指してたんですね」


彼は呆れ顔で『いつの間にそんな野望を……』と唸る。


「俺は貴女の勤務態度やバイトの志望理由のことを問い質したいわけではありませんよ。そんなことより、アウルというのは一体どこの……」


ミラが言い終わらないうちに。


――お店の入り口の方からワッと歓声が沸いた。


歓声が上がった方を見てみれば。誰かが来店したらしい。

入口付近に人だかりができていた。


人々の垣根の中から頭一個分飛び出していたその人の――赤銅色の髪がちらちらと揺れて見える。


オッサンは扉の方を向いてニヤニヤした。


「お、何だ。噂をすればってやつじゃねえか」


「「……げ」」


ミラとハモった。


彼には大変失礼な話だと思いますが。


勝手にこっちで盛り上がってしまった手前。



――正直、今一番お会いしたくないお方デスヨネ。




「〜正体がバレてツライ〜」後日談でした。


今週本編更新が厳しいのでこちらを更新。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。


つづきます。

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