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~リアクション芸は奥が深すぎてツライ【前編】~ 

令嬢は生きるのがツライ本編「~股ズレはツライ~」より後日の話。

注意:下ネタ…というよりパンツネタです

――最近のアイサが、変だ。


私は本日用意された替えの下着を広げる。

光に透かしてマジマジと。


うん、やっぱり変だ。何かがおかしい。


「妙にいかがわしいぞ……」


私の手の中にある、いわゆるセクシーランジェリーと呼ばれるシロモノ。


濃紫色に黒のレースがふんだんにあしらわれており、しかもスケスケである。なんだこれは。

汗を吸わない素材なのでお尻に汗疹あせもができそうな気がする。あとビラビラのレースが肌に当たればチクチクしそうだ。つまり痒そうだ。


いや、まぁ。履きますけど。支給されたものにこれ以上文句は言いませんとも。


……言いませんけれどもね!?


うーん。……落ち着かない。まっこと落ち着かないぞこれは。


この世界のお嬢さんの下着、かぼちゃパンツというか。ドロワーズとかでいいんですけれど。

綿とかリネン製でお肌にも優しい。通気性も抜群だ。

こちらに滞在した当初はそうだったはずだが……。


しかし。


「なんだろう。どっから入手してくるんだ?このパンツ」


今世にドンキがあるのか。


そして何故それを私にあてがうのか。


――謎は深まるばかりである。


******


翌日の入浴後、用意された下着を手に取りまたも私は唸る。


本日の下着はもはや布がない。

申し訳程度の三角州……扇状地が広がるその両端を持ってみた。


赤い紐である。いわゆる紐パンと呼ばれるシロモノである。


「これは……履いた気にならんな」


まぁ、履きますけど。文句は言いませんとも。ええ。


もはやあまり下着の意味を成さぬものだろうと。

履かせていただきますよ。


しかし日を追うごとに下着がキワドイものになっているのは何故だろうか。スケスケから始まりもはや布がないってどういうことだ。


経費削減か?イヤコレ別に…布面積に比例して値段下がるわけじゃないよな。節約関係ないだろ。


え?もしかして嫌われてんの?私。

イジメか、これ。分かりにくいけど。


「アイサ……」


――あんたは一体私をどうしたいのだ。



***********


翌日は布面積が増えた!と思って嬉々として広げてみたら正面の飾りはリボンではなく何故か小さな南京錠だったり。ついでに『鍵は殿下に!』という意味不明な走り書きが添えてあったり。


これは……もはやおかしいことしか起きていない気がする。


************


――数日後。


「なぁミラ。アイサ何か悩みがあるんじゃないのか?」


私はミラの部屋を訪れていた。

青竹踏みを踏みつつ、彼女本人に聞く前に、試しに雇用主に聞いてみた。

何か知っているかもしれない。


ちなみに彼の部屋は自由に出入りできるように最近取り計らってくれた。


勿論王族の私室を警備する人に声を掛けて、その人を介して何人かに案内されないといけないのだけど。


逆に言えばそれだけでいい。そのほかの煩わしい手続なんぞは不要である。


「悩み……ですか?」


部屋の主は読んでいた本から顔を上げる。

繊細な金のまつ毛を瞬かせ、空色の瞳と目が合う。


驚いた顔もいちいちイケメンである。我が友人は。


青竹を踏みつつ、神妙に頷いてみせた。

青竹の上に乗っているこの状態では真剣さ具合が薄れてしまうだろうが。私としては至って真面目である。大真面目だ。


「そう。最近ちょっと様子がおかしいんだ。何か聞いてない?」


彼はちょっと考え込む仕草を見せたが。

やがてゆっくり首を振る。


「特には何も。ヨハンナムからも聞いていないのですが……」


「そうか……」


うーん。これはやはり本人に直接聞いてみるべきか?

下着のチョイス以外、私への態度とか仕事ぶりに特段変わったことがないのだけれども。

……逆にそれが怖いといえば怖いのだが。


実害がないといえば、ない。

別に人に見せるものでもないしな。


だがしかし。何というか……実態のない恐怖みたいなものはある。


やはりアレはどう考えてもおかしいだろ。


などと悶々と考えていたならば。


「具体的に、どこがおかしいのですか?」


「布面積がないことと、スケスケえろえろなところが……」


「? アイサの様子ですよ」


ハッ!!


「あっああ。うん……いや、何でもない」


ごにょごにょ。


「?」


まさしくそこがおかしいんだが。

しかし面と向かって「最近アイサの選ぶパンツが何だかえっちぃ」とは言えまいよ。

私にもなけなしの恥じらいがある。


ちなみに本日は『eat me!!』と書かれています。バックに。

「布地がある!」「南京錠もついてない!!」と喜んだのも束の間、パンツを裏返した時の絶望感よ。く……くそぅ!!


そんなん仮に申告したら変な空気になっちゃうこと請け合いだ。


前世の『彼』だったらイロイロ想像して鼻血ブーな状態になってしまうところである。

王子の鼻血なんて誰も見たくないだろう。それは私もだ。私も見たくない。そう、そんなことをしたところで誰も幸せにならないということは私にも分かる。故に黙秘を貫こう。


悩まし気に青竹を踏んでいると。

しかし痛気持ちいいな、コレは。


傍らでミラが、パタンと本を閉じる気配がした。


「薔薇姫。俺からアイサに聞いてみましょう」


「う、ううーん。イヤもしかしたらデリケートな問題かもしれないし。私から聞いてみるよ」


デリケートな部分の布の話だ。

きっと悩みもデリケートであるはずだ。違いない。


ミラはちょっと感心したように、


「貴女は良い女主人になりそうですね。使用人にまで気を配れる」


「? 当たり前だろう。良く働いてもらってるんだから」


アイサはよく働いてくれる。気遣いも心遣いも抜群だ。

竜が苦手なのに、ルークの世話までもしようとしているのだ。それは勿論止めてるけども。


それに。私が彼女を雇っているわけではない。

そう彼女は使用人というよりは言ってみれば『優しいお姉さん』という感覚に近いのだ。


だから今回の下着の件はやはりちょっと心配だったりする。

普段真面目な彼女があんな奇抜な行動に出るのだ。何かしら理由があるはず。


あの下着たちはもしかしたら、アイサが無意識のうちに助けを求めている心の声なのかもしれない…。

その心の内のSOSを下着にメッセージとして込めているのかも……全く読み解けていないのだが。うん。


そう私のパンツに想いをぶつけられているのだから、私が彼女の気持ちを汲んでやらねばならないのだろう。


などと私が思案している横で。


「誰にでも分け隔てなく接する薔薇姫だからこそ、アイサも貴女を慕うのでしょうね」


ミラが私をベタ褒める。


「そ、そうか?」


慕うって。私の方が年下なんだが。

それにアイサを慕っているのはどちらかといえば私の方だ。

でもアイサも私に仕事関係別として好意を持ってくれているのなら嬉しい……と思う。


「本当に。貴女みたいな女性が屋敷を取り仕切ってくれれば、夫となる男性は安心して仕事に精を出せますね」


「……」


なんだ?やけに今日は褒めるな……罠か?


にこにこ微笑んでいる友人。なんかこわい。


「知ってますか?アイサは俺と薔薇姫が結婚して。……俺の妻となった貴女に生涯仕えられたら良いと。そんな風に考えているそうですよ」


「ええっそうなのか!……そうかぁ。そこまで想ってくれているなんて照れるけど嬉しいな?」


パンツのことも友人の不自然すぎるヨイショも一瞬忘れ、私はその告白を純粋に喜んだ。

まさかそんな大きな好意を彼女が私に対して持ってくれているとは。驚きである。


時々私へのツッコミが容赦ないのに。その厳しさの中に深い愛を感じてしまう。シルヴィアちゃんと一緒だな。


人伝てにこういうことを聞くのはちょっと照れ臭いけどすごく嬉しい。うん。

へらへらと頰が緩んでしまう。


ミラはまだそのままの笑顔で。


「……それだけですか?」


「え。それだけって?……これでも結構喜んでいるんだけど?」


リアクション薄かったか?


ミラは私から思ったような反応が貰えなくてガッカリしたらしい。


「いえ。何でもありません。貴女の反応なんて分かり切っていたはずなのに。……つい俺としたことが。あらぬ期待をしてしまったようです」


そして「はぁ」と重くため息を吐かれた。


な、何なんだ?一体。

反応を期待って。どれだけのリアクション芸を私に求めているんだ、彼は。


あんまり大仰に喜んでもワザとらしい……というか、目の前にいるのはミラだ。喜びを直接伝えたいアイサ本人ではないのだが。何故彼がそんな反応をするのか不思議である。


しかしだ。ノリの悪い奴認定されるのは不本意である。


この、あからさまに「おまえには心底ガッカリだよ」といわんばかりの態度にもいささかショックを受けた。前世お笑いが好きだった『彼』。『お調者』の称号を欲しいままにしていた『彼』。


――そう、このままじゃいけない。前世の彼にも申し訳が立たないだろう。


思いもよらぬところで自分の評価が下がってしまったように感じ、私は慌ててミラの袖を引く。


「ミラ。なんかよく分からんが。今度はおまえのフリ・・に全力で乗っかって見せるから。それを見てから判断してくれ」


「は?フリ……?」


「よし、もう一回だ。ワンチャンくれ、ワンチャン」


私がスーハースーハーと呼吸を整えるのを。

ミラは眉根を寄せて困惑している様子で見ていた。


「……何を言っているのか全く理解できないのですが」


「? さっきした私の反応に不満があるんだろ?今度はおまえの期待を裏切らない良いリアクションをするからさ!アイサから同じことを言われたときのシミレーション兼ねてリトライだ」


「……」


私は彼の腰掛けているソファーの隣に座りながら、尚も困惑している様子の彼を急かす。


「ほらっ!早く!!」


そう。アイサにももしかしたら同じ事を言われるかもしれない。

せっかく好意を言葉で表してくれるんだ。相応の反応をして私も応えてやりたい。

ミラ曰く、先程のリアクションでは不十分だったらしいからな、彼女を悲しませるわけにはいかない。


彼は分かってくれたのか。

表情を一瞬消して、私の腰に腕を回す。


「ん?」


腰?

何故腰に手を……?

なんだこの至近距離は…?と思っていたら。


お願いした通り、ミラは先程のセリフをもう一度言ってくれた。


「薔薇姫、知ってますか?アイサは俺と貴女が結婚して。俺の妻になった貴女に仕えたいそうですよ」


「な、ナンダッテー!?」


待ってましたとばかり私は食い気味に身を乗り出した。


ところが。


その勢いにプラスして腰にあてた手に力を込められる。

もう片方の腕で、腕を引っ張られた。


「ふあっ!?」


一瞬の浮遊感の後、半ばよろめく形で彼の胸に飛び込んだ。

慌てて顔をあげてミラに文句を言おうと開きかけたその唇に、彼は人差し指をちょんとあてがう様に添えた。

言葉というよりも、折角のリアクションがこの一連の流れでおじゃんになってしまった。


な、なにするんだ…!?


上目遣いに不満を込めて睨めば、涼し気なブルーの瞳とぶつかる。

神々しい位のプリンスマイルが、「それから……」と続ける。


「それから。1番最初の子はできたら貴女に良く似た女の子だったら嬉しい。家督を継ぐにはやはり男児も欲しいですけどね。でもどちらにせよ貴女に似ていれば尚良い……そうですよ」


「……」


えっ?

な、なんかセリフ増えてるぞ……。


「でも結婚したらしばらくはふたりでの生活を楽しみたいですね。薔薇姫は大きすぎる邸を好まないようだから。貴女の実家のように閑静な森が近くにあって、そこそこの邸に気心の知れた使用人が複数人いればいい……と、そのようなことも言っていた気がします」


「……」


具体的である。もう一度言おう。具体的である。

しかし彼はまだ続ける。


「邸が小さい分、庭は広くてもいいかもしれませんね。俺たちが出会った時のような、薔薇が咲く温室も作って。庭にも植えましょう。赤い薔薇は勿論、白薔薇もきっとよく貴女に似合うから――……とアイサもそんな風に強い気持ちで思っていると思います」


「……」


つい、真顔になってしまった。


伝聞の形をとっているが。これホントにアイサが言ったことなのか?だとしたら夢膨らませ過ぎだぞ、アイサ。


まずそういった夢は独身の私で見ずに、ヨハンナムさんと一緒にご自身で実現したらよいかと思うのデスガ。


既に元々のセリフよりも長くなった彼のアドリブ演技に私は困惑した。


彼の人差し指はいまだ私の唇の上にあるので何も言えない。それがある意味助かっている状態だ。情けないことに。


カチンコチンに固まってしまった私に、彼はうっすら笑いかける。


「ねぇ、薔薇姫。アイサの夢と希望を裏切ったら可哀想でしょう?」


「……」


節くれだった、でも男の人にしては繊細な細い指が私の頬を包む。「俺たち結婚した方がいいと思いませんか?」と言いながら。

唇に添えられた人差し指もそっと外され、顔を覗き込まれた。


返事リアクションは?」


「だ…だめ、よ……」


私は俯き恥じらいながら、何とかそれだけを告げる。

頬が火照るのを嫌でも感じた。


常に無い私のこの反応に手応えを感じたのか。


色気の権化と化した彼は、もう一押しとばかり私を引き寄せ、その耳元で甘く囁く。


「ちゃんと言って、薔薇姫。ダメな事なんて何もありませんよ。……いいでしょう?」


「ね…?」と言いながら彼は愛おしげに私の耳の淵を指でなぞる。


ぞわぞわと肌が粟立つのを感じつつも。

諸々の雑念や恥じらいをどうにか振り払うように、彼の胸を手でそっと押し返しながら。


私も負けじと覚悟を決めて言い放った。



「ダメよぉ~、ダメダメ!」



……と。 



一拍。


よし、何とかやり切ったぜ!と私は拳をぐっと握り締めガッツポーズだ。


しかし。そんな私の妙な達成感とドヤぁ顔を尻目に。



「……は?」



彼と空気が一瞬にして凍り付いた。

ミラは笑顔のままピシリと固まっている。何なら青筋も立っている。


あ、あれ?


暴風雪の所為で彼のオーラはもはやホワイトアウト状態だ。


何というか。


びゅおぉぉぉと吹雪いてらっしゃる。


そのクール通り越してコールドな彼の雰囲気に私は震える。


ひぃぃ!!な、何か間違えてしまったようだ!


あけみ(ら)ちゃんが怖いぃぃ!!

あ。『あけみちゃん役』は私か!! 


んなこともはやどうでもいいですけれどもっ!!


ししししまった!間違えたというか。つ、つまりこれは大滑りだ!

ミラのブリザードオーラの所為か、ダダ滑りの所為か。心なしか場が寒い。寒いぞ、とてつもなく。


「ごごごごめん!これが限界だっ」


キャパシティー的にも。前世お笑い知識的にも。

私はびっと腰を折った。これは平謝りしかない。


「薔薇姫?」


アケミ(ラ)ちゃんはうっすら笑顔のまま(しかし瞳は氷のように冷たい。これぞまさにアイスブルー)、膝を人差し指でトントンと叩いていた。

状況を説明せよ、とおっしゃっておられるのだろう。


私はうなだれて素直に自分の力不足を恥じた。


「お、おまえは……自分の結婚をネタにしてまで私にリアクション芸を仕込もうとしているというのに。

それなのに私ときたら。ちょっとしたアドリブとおまえの演技力に吞まれてしまったんだ……雑な返ししかできなくてゴメン」


雑な返しというよりも完全パクリである。しかも旬も過ぎている。これはアカン。アカン奴や。


こんなんじゃミラの言う通りだ。

目の前の彼はおろか、アイサを喜ばすような反応なんて全然できないんじゃないか……


アイサはどちらかといえば乙女チックな思考の持ち主だ。きっとイロイロ言葉を飾り立てて喜びや好意を表現してくれるに決まっている。


彼はそれを見越して過剰なアドリブを入れてくれたのだろう。

大体がリアクション芸を磨こうとするのに。さっきと全く同じセリフじゃ鍛えられないよな。


なんというか彼のそのストイックなまでの姿勢はプロフェッショナルでありアメージングなブラボーだ。

バックに情〇大陸のテーマが流れていてもおかしくない。

いや、というより既にもう私の耳には葉加瀬〇郎サンのヴァイオリンが聞こえている状態だったりする。


それに比べ私はイロイロな認識が甘かったのだ。ここまで付き合わせてしまった彼に申し訳ない。


「……貴女が俺の期待するリアクションを取ってくれる日なんてもういっそ来ないような気がしてきました……」


ミラは心なしか顔色が悪い。ホラー映画を観た後の人のようだ。

愕然としたその姿に私は申し訳なさが募る。


「す、すまん。とりあえず鼻ザリガニとか熱湯風呂から始めてみようと思う」


「それはやめてください」


間髪入れず却下された。


と。彼は不甲斐ない相方の体たらくを嘆いてか。


――はぁぁ、と大仰な溜息をついたのだった。


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