対面
ここがさっきまでの場所とは違うことは理解できるが、どこにいるのかは分からない。
ビルが建ち並んでいる一角に連れてこられ、辺りを見回していると上から凄い勢いとまではいかないが、何かが落ちてきた。
それはあの映像に映っていた女性が、汗を流しながら俺の目の前に立ち、こちらを見ている。
「あれ・・・あの時の・・・」
「あ、あの・・・」
「それより、アル!」叫ぶと、空から何かが降ってくる。それを何事もなかったように掴み上げる。それは漫画やゲームでしか見たことないような大きな刀のような武器だった。
一体それをどうするのか、と今の彼女に話しかけるとその弾みで切られてしまうのではと考えてしまい、思わず尻込みしてしまう。
「危ないから離れていた方が安全よ」そう言い放った瞬間、また何かがこちらの方へ落ちてくる。
衝撃のあまり一瞬目を閉じてしまう。また違う武器でも降ってきたのだと思ったのだが、どうやら違うみたいだった。
その姿は人間の形をしていた。
本当にあれが人間かはともかく、あの衝撃で落ちてきたのにも関わらず、元気なように見える。
「あーー、何だよ・・・またお前か。邪魔しやがって」
男。だが、髪の長さから言えば女のようにも見えるが、体格、声で男だと判断した。
男の手にはナイフが握られており、どうにも危ない奴であるとしか・・・。
「ん?後ろにいるのは新入りか?」
「貴方には関係ない。それに、邪魔しているのは貴方の方でしょう。いい加減消滅しなさい!」
あの華奢な腕からは想像できない程の力強い降りがあの男を襲おう。が、男はそれを難なくかわした瞬間、こちらの方目掛け走ってくる。
「大きな武器は小回りが利かない、って前にも言ったはずだぞ!」
ナイフは彼女目掛け、閃光のごとく襲いかかろうと飛躍してくる。
だが、彼女の顔は焦ることはない。
「小回りは利かないが・・・!」
膝を曲げ、大きく後退した瞬間。腕、というよりかは手首を捻る。
片足が地面に着いた瞬間、それを軸に利用し武器の向きを力づくでねじ変える。
「はあぁぁぁぁぁぁ!!」
このままだとあの男は真っ二つになる、はずだった。
男は身を屈め、地面に伏した瞬間にまた距離を縮めてくる。
彼女は呻き、握っていた武器を放り投げると、再び距離を開ける。
それでも男の早さには間に合わず、彼女は男のひと蹴りによって吹き飛ばされてしまう。
「きゃああああ!」地面に叩きつけられ、すぐには起き上がれない。
「もう・・・邪魔できないように、その目障りな足を切り裂いてやる」男は追い討ちをかける為、彼女に近づいていく。
俺はとっさに男の前に立ちふさがった。自分でも敵わないと思っているのに、体が勝手に動いてしまっていた。
「何だ?お前・・・。この状況、分かってるのか?今俺の前に立つって事は、死ぬぞ」
「もう、俺は死んでるし。それに、男が女に手を挙げるのは卑怯だと思わないのか!」俺はこんな事を言いたい訳ではなかった。そもそもそんな事でやめる男である訳がない。
男の目は普通ではない。あの鋭い目の奥には、獲物の息の根を確実に殺るという執念がみなぎっているよう。この男は”普通”ではない。
「新入りは知らなくて当然か。この武器は普通じゃない。魂を切断する事の出来る特殊な武器でな・・・”魂絶器”という品物だ。お前が死んだ人間であろうが、生きていようが関係無しにこの魂絶器に斬られれば消滅する。どのみちお前は、ここで死ね!!」
男のナイフは俺目掛け振り落とす。なんの躊躇いも無く、ただ真っ直ぐに、俺へと振り落としたが、俺は・・・生きていた。
「何?」男も斬り殺したはずの男が生きている事に戸惑っている。その隙に彼女が勢い良く男の武器を吹き飛ばす。男も同時に吹き飛ばされた方向に逃げる。
「武器を持っていないのに前に立つなんて、貴方は馬鹿なの?それとも死にたいの!?」
「で、でもあのまま俺が動かなければ君、貴方は殺されていたかもしれない・・・」
「自分の身は自分で守る。それがこの世界での鉄則、掟よ。相手をかばって死んでも、相手が困るだけ」見た目からとは思えないくらい冷徹な部分が見えた。でも、さっき彼女は・・・。
「俺を助けてくれたじゃないか」
「さっきの攻撃は私が防いだ訳じゃない。貴方が何かしたんじゃないの?それとも、アルが・・・?」
男は武器を拾い上げ、自らの腕をその武器で切り落とした。
「!!!」俺は引いた。何の躊躇いも無く、自分の腕を真顔で切り落とすあの男の異常さに。
だが、あの男の腕からは出ても可笑しくないモノが出ていない。それに、腕を切り落とした武器にもそれは付着しておらず、綺麗なままだ。
「武器が悪い訳じゃない・・・か。あの男が何かした・・・訳でもなさそうだが。・・・・」
男は独り言を呟きながら落ちた腕を拾い上げ、切断した腕に付ける。そんな事で腕が治るとは思えない。だが、男の腕は綺麗に傷跡もなく動き始めた。
「なっ!切ったはずの腕が!何で!?」
”魂絶器”。男がさっき言っていた。魂を切断できる武器であり、斬られれば消滅する。
だが、あの男はその”魂絶器”で腕を切っても消滅せず、その上治してしまった。言っている事とやっている事が全く噛み合わない事に俺は混乱する。
「”魂絶器”は持ち主の意思を尊重する物。持ち主が殺せと念じれば消滅させる事ができ、切るだけで殺さないと念じれば消滅はせずに切る事ができる。”魂絶器”は魂を消滅させるだけの武器ではないけれど、切れるのは魂だけ」
あの男の腕が消えずに済んだ事は理解できた。だが、あの男から血が出なかったのは何故だ?
「どうして血は出ないんだ?」
「・・・魂だから」
「!」
「私たちは魂だけの存在。姿は人間と同じように見えてるけれど、中身は記憶と意思だけで、人間と違うのは臓器が無い事。だから血なんて出ないし、中身なんて無いようなものよ」
臓器が無い。だから血が流れる事も無い。その言葉とあの光景を見て、俺たちは本当に人間では無いのだと確信した。
「興醒めだな、今日のところは帰ってやる。命拾いしたな」そういうと、男は躊躇なくビルの手すりを超え、飛び降りてしまう。
あの後、男がどうなったのか少しは気になるが、追いかけようとはしない。もうあの男の近く、側には居たくはないと思う。
「あの男は殺人鬼。だいぶ前に無差別殺人で指名手配されていた男がいたでしょ?」
「そんな事もあった・・・な」あまり記憶には無かったが、確か・・・自殺したはず。だから俺みたいにココにいるんだな。
なぜ自殺をしたのかは当時付き合っていた彼女しか知らなかったのだが、その彼女も後を追って死んだと思われる、とテレビではそう言っていた。
「江島 篠。あいつは根っからの異常者で、人を傷つける事も、消す事も躊躇わない奴。それに、あの男・・・手加減というのを知らない」
彼女の手に持っていた武器は綺麗に消えていった。
「そんなことよりも・・・・なんでこんな所にこの人連れてきたのよ、アル!」
彼女はどこかに向かって叫ぶ。すると何処からかあの聞き覚えのある声が聞こえてくる。
『百聞は一見に如かず。人間のことわざであるように、見る方が早いと思ったから彼を招いた』
「仮に死んでしまったらどうするつもりだったわけ?」
確かにあの状況で俺が死んでも可笑しくは無かった。よく生きていたと自分でも驚くくらいだ。
そう考えるとアイツも結構無責任なことを・・・。
『死ぬような事は起こらない。私は圭の周りに空間の歪みを生み出し、攻撃を受けないようにしていた。だが、それをするには私が常に側にいないとできない。本来は私のような存在が此処にいる事は有ってはならない。故に、私の体はこのままでは消えてしまう』
「じゃぁ、さっきの攻撃はアンタが守ってくれたのか」
あの攻撃は確かに当たっ・・・たが、傷一つも無かった。あんな事も出来るのか、あいつは。
でもあいつはこの世界では生きられないとも言っている。
て、ことは・・・あぁ!俺の知らないことばかりで頭が混乱する!
「とりあえず場所を変えましょう。此処にいても仕方がないし、アルも話しにくいでしょう」と彼女の一声で一瞬にして場所はまた白い世界に戻ってきた。