生界と死界
目の前には川が流れ、橋の上には数台の車が行き来している音が聞こえる。
川沿いに生えている雑草の長さが視界に入る位長い。あまり整備が行き届いていないと思われるくらい自由に育っている。
何故自分が此処にいるのか理解出来ずに辺りを見回していると、子供達の声が聞こえる。
そういえばあいつ、子供が溺れ死ぬとか言っていたな。
子供の声がする方へ歩み寄ると、4人組の男の子達でキャッチボールをしていた。何故そんな所でわざわざキャッチボールをするのか疑問に思う。
川から離れていれば問題は無いのだろうが、その子供達が遊んでいる場所は、川から数メートルも無いくらいの場所であった。いつ川に落ちてもおかしく無い。
辺りを見回してもそれを喚起する看板など見かけられず、此処を管理している奴に文句を言いたいくらいに放置されている状態であった。
此処で事故があっても可笑しくないのは当然のようにも思えた。
事が大きくなる前に子供達に注意しておくか。
「こんな所で遊んでいると危ないぞ、違う所で遊べ」
子供達の大きな瞳が俺を捉えたと思うと、鋭い瞳に変わる。
「何?お兄さん。此処で遊んじゃイケナイなんて法律にでもあるの?」
「大人だって此処で遊んだりしてるし、僕たち、いっつも此処で遊んでるのに、どうして遊んじゃイケナイの?」
「何でそんな事、赤の他人に注意されなきゃイケナイの?何処で遊ぼうが俺たちの勝手じゃん!」
「大人の言う事、絶対聞かなきゃイケナイなんて決まり無いし、口出ししないでよ、おじさん!」と子供の言葉攻めの先制攻撃を喰らい、俺のやる気が死んだ。
呆然とした顔を見た子供達は笑いながら遠くの方へ走って行った。
まるで俺が悪いような感じになっているが、あくまで万が一を考えて注意しただけなのだ。
だが子供にとってはお節介、余計なお世話というジャンルになるのだ。
小さい頃の俺もそうだった。大人の言う事に耳を傾けず、思うように生きてきた結果、俺は自殺した。
そうだ、俺は死んでいるんだ。
何でこんな事しているんだ?死んだはずなのに、死んだ実感が無い。
今も無意識に息をし、心臓が動き、瞬きもしている。
本当に俺は死んだのか?
そんな自問の沼に沈みかけた時に、目の覚めるような悲鳴が俺を引き上げた。
「まさか・・・」確かにアイツは言っていた。
『数分後に溺れ死ぬ』
その言葉が俺の頭を擦り飛んでったと同時に、俺の体は飛び跳ねりながら走っていた。
息を切らしつつたどり着いた光景を、自分の中で想像していたのと同じである事に罪悪感を感じる。
川沿いでは子供たちが溺れている子に声を掛け、励ましている。
周りを見回してみるが、人も車もいない最悪の状況。
一人の子供が俺に気づき、慌てて俺に駆け寄ってくる。
「お、お兄ちゃん!!友達が・・・友達が足を滑らせて・・・川に・・・!川に落ちちゃったんだ!」
それに続くように他の子供達も俺に駆け寄り、同じような事を俺の聴覚に呼びかけている。
「わ、分かったから!さっさと退けろ!」
子供達を避け、溺れている子の所まで走っていた。
別に助けなきゃいけない訳では無いはずなのだが、何故だろう。体は正直というか、俺の本能が勝手に動いているのだろう。
川に飛び込んだ瞬間、俺は後悔する事になった。
そう、俺は金槌だったのだ。
助けるはずの自分が助けを求める側になるなんて、笑えない冗談でしかない。
俺は泳げずにこのまま沈んでしまうのだろうと、心の中で諦めかけたが、何故だが・・・苦しくなかった。
口にも、鼻にも、耳にだって川の水が容赦なく入り込んでくるのだが、痛くも、苦しくもない。
まさか、俺が死んだ人間だから痛みを感じられなくなったのだろうか。
今はそんな事を考えている場合では無い。早くあの子供を助けなくては!
慣れない泳ぎでなんとか子供の方へ近づき、体を掴む。
「もう・・・大丈夫・・・か?」カッコよく決めたい所だが、今の自分ではこれが精一杯だ。
子供の反応は無く、ぐったりとしているようだった。
一人で泳ぐのにも危うい俺が、その上に荷物を抱えて泳ぐなど到底出来るものではなかった。
しかし、ここで子供を離せば、何故自分が川に飛び込んだのか・・・だが、もうここまで来たのだ。
もし引き返せる事なら引き返したい。
『変えてみろ。お前が、運命を』ふとアイツの言葉を思い出す。
そうか・・・ここで俺がこの子供を助けられれば運命は変わる。死ねば運命はそのまま流れてゆく。
ここは分岐点だ、まさに。
俺の何かが目覚めたような感じがする。
変えられるなら、変えてやる。
生きていた頃には沸かなかった感情が、今になって俺を奮い立たせた。
するとさっきまで重いと思っていた子供が急に軽くなったと思った。
俺は抱えていた子供を離さないように、陸の方へ泳いでいく。今まで泳いだ事など無かったせいか、ぎこちない泳ぎでひたすらに泳いだ。
川の流れに押されながらも陸にたどり着く事ができた。
「はぁ・・・!はぁ・・・・!!」
息を吸うのがこんなにも苦しく、疲れると言う感覚は高校の体育で走った長距離くらいで久しぶりの感覚だった。
子供を草むらに仰向けにし、意識があるのかを確認するが返事がない。
耳を口に近づけるが、息していない。
すぐに俺は心臓マッサージを始める。確かテレビではここに手を置いて、思いっきりここを何度も押していたはず。そんな曖昧な記憶を思い出しながら心臓マッサージを始めようとすると
誰かが駆け寄ってくるのに気がついた。
そこには、髪の長いスラッとしたモデルのような女性が立っていた。
何故そこにいるのかなど今の俺にはそんな事はどうでもよかった。
「あ・・・えっと・・・」
「何してるの?早く飲んだ水を吐き出させないと死んじゃうわよ」
すると女性はすぐさま子供の頭を掴み、上を向かせる。気道が塞ぐのを無くしたのだ。
「貴方は心臓マッサージをして」
「は、はい」
心臓辺りに手を乗せ、優しくマッサージを始めようとすると「そんなんじゃこの子死ぬわよ。もっと力を入れて思いっきり。肋が折れても良いから」と女性が言う。
言われた通りに思いっきり力を入れ、心臓マッサージを始める。肘を曲げず、体重を下に向けるように何度も続けていくと、子供の口から水が吐き出される。
「げほっ・・・!!!げほっ・・・・」嘔吐してからはゆっくりと息をし始めた。
その姿を見て俺は安堵した。生きている。この子を助ける事ができた・・・。
運命を変えた。
「はぁ・・・、あの・・・ありがとう・・・」お礼を言おうとしたが、女性の姿が見当たらない。
何も言わずに居なった、のか。それとも他の人を呼びに行ったのだろうか。
その場から立ち上がると、他の子供達がこちらの方へ向かってくるのが見えた。
一人の子供が倒れている子供に気が付き、駆け寄り声を掛けた。
「大丈夫?」
「ぼ、僕・・・川に・・・」
「さっきのお兄ちゃんが助けてくれたんだ!」
「そういえば、さっきのお兄ちゃん・・・ドコいったんだろう?」
その言葉に耳を疑った。