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終身  作者: 佐藤 成
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死へと向かう樹海

見えない何かに引き寄せられるかのように、森というよりも樹海へ俺は沈みかかっていた。


人はどんな時も冷静で正しい判断ができる生き物ではない。何かのきっかけで何もかもどうでも良くなってしまうのだ。


そう、俺は生きる事がどうでも良くなった人間なのだ。


「死ぬのは簡単だ。死ぬ勇気があるなら生きなさい」


そう、生きるのに希望がある人間達がいう台詞だ。自分の人生が楽しくて、生きる事が正しいと思っている人間が言うのだ。


どうして生きなければならないのだ。いつか死ぬ命を自分が決めて何が悪い?親から貰った命?自分だけの命では無い?誰がそう決めたのだ?


この世界の一番偉い人か?周りの人間が、そう言うから?賛同する者が多いから?悲しむ人間がいるから?


身勝手なのは周りの人間だ。何も知らない人間がとやかく言って、己の思考を押し付けて他人を押さえつける言葉の暴力だ。


自分と他の人の発言が合えば正しい。だが、意見が合わなければ論争を繰り広げられるしまつだ。


結局何が正しいのかを決めるのは数だ。多ければ勝つ。少数だと負ける。それは誰が決めたのだ?


力の強い者達がそれを決めたのだろう。昔から人間の世界では力の強い者が勝つ。


それを決めたのは決めた人間、強い人間だ。自分の思い通りに事が運ばなければ、その者達は気が収まらないのだろう。


今の考えも俺が勝手に思い込んだモノの一部だ。それが全てでは無いと思う。だが、一人の人間としてその考え方もあるという事を知って欲しかった。だが、そんな思想も俺以外に知る人はいない。


これからも、この先も・・・・無い。


だって、俺は・・・・今、死ぬのだから。


ずっと歩いても、歩いても、空の光は俺を照らし続けている。時々何かが吠える声が聞こえるが、姿は見えない。


きっと俺が死んだ後の肉を食う為に後をついてきているのではと考えるが、死んだ後の肉体なんてどうでも良い。


俺は深く深く沈んで行くと水の音が耳に届く。この先は水が流れているのだろうか。


暗い地面を踏みしめて行くと、そこには光を写す程の綺麗な水が流れていた。深くもなく、浅くもなさそうな川が俺の前を流れている。


川の水を飲もうとも、触れようともしないまま川を飛び越えようと助走をつける為、少し後ろに下がると何かに体が触れる。


木にでも当たったのだろうと思い、ふと後ろを振り向くと人間らしき姿が俺の瞳に映る。


俺は思わず驚いた声を上げようとした瞬間、人影は俺を覆い、一瞬に樹海よりも深い闇の中へ俺を沈めて行った。





次に目が覚めた時は、見覚えの無い場所で倒れていた。


あの暗い樹海を歩いていた事は覚えているのに、どうして目覚めた場所は違うのだ?


まさかここは死の世界なのだろうか?死んだ記憶も無い。痛みも苦しみも無い。死ぬという事はこんなにも楽だったのだろうか。


死という事に過剰に意識し過ぎていた己が少し恥ずかしく思うくらい、少し呆気なさを感じた。


俺は右手を目の前に上げ、何度か手の指を伸縮させ感覚があるかどうかを確認してみた。


不思議だ。生きていた時と同じような感覚を体を通して脳に知らせる。


生きている?死と生の境目にいるのだろうかとふと考えついた時、誰かが俺の横に立っている事に気づく。


「誰だ?」そう声に出そうとするが、声は響く事は無い。出しているはずなのだが、耳へは届かない。視線も動こうとせず、上を眺めるだけのカメラようだ。


『お前は何故自ら死に向かう?』


俺の脳に語りかける誰かの声。男?女?何方か分からない声が俺の頭に響いてくる。


まさかこいつが俺に語りかけているのだろうか。だがそれも確認しようがない。


『お前は死の先に何があると思っている?』


こいつは俺に何を聞こうとしているのだろうか。そんな事を聞いて何になるのだ。


『答えろ。お前は何故死ぬ』


「生きる事が自由なら、死ぬ事だって自由じゃないのか」


『それがお前が死ぬ理由か?』


「・・・・生きている意味が無いからだ」


そう、俺は生きている意味が無い人間なのだ。存在しているだけでも無意味で、何かをしようとしても何の役にも立てない、人と接する事も嫌いな自分が誰よりも嫌いだった。


昔は生きる事が正しく、自殺する人間を愚弄するように思っていた。何故自ら命を絶つ人がいるのだろうと思うくらい不思議であった。


死ぬ前に誰かに相談していれば何か変わったかもしれない、何故一人で思い伏せてしまうのだ。


そんな事ができるならとっくにしていただろうな、きっと自殺した人達は。


だが、信じられる人間がいない人間は一体誰に話せばいいのだ。両親か?兄弟か?友達か?


血が繋がっているから何でも話せる?それは仲の良い家族が言える台詞であって、全ての家庭がそうであるとは限らない。


何故人は自分目線で話を進めてくるのだ?どうして他人の思考を無視して話すのだ!どいつもこいつも幸せだから言えるのだ!生きろと言えるのは!


生きる事が幸せと感じられない人間はどうしろと言うのだ?生きながら不幸、絶望を味わえと言っているのか?まるで終身刑を言い渡された囚人のようだ。


俺は、いつから自分に生きる意味を持たなくなったのだろう。それすらも、忘れてしまった。


『意味?生きる、死ぬに意味があるのか?』


「意味が無ければ人は生まれ無いし、意味の無い死だって無い。何か意味があるから人間がいるんだろう。その意味は人それぞれだけど、俺は意味が無くなった人間なんだ」


『誰がそう決めた?』


「自分に決まっているだろう」


『己で選べ無い人間もいるのか?』


「・・・・」その問いかけに少し戸惑いを覚える。


人間の死は自殺以外にも、寿命、事故、殺害されるなど色んな死の形がある。自殺以外は予想外の死であり、それで死んでしまった人間は・・・不幸というか、運が無かったとしか言えない。だがそれを運命という人間もいる。


死とは、平等に訪れるとは限ら無いモノだ。


「いるだろうな。死にたくて死んだ人間なんて逆に少ないんじゃないか。俺みたいに自ら死に向かう人間なんて、比べられ無いんじゃないか?」


『それを知っていて尚、お前は自らの死を選んだ愚か者なのか?』


「そうだ。自分から生きる事を放棄した愚か者だ。だが、愚か者でも構わない。生きながら苦しむだけの人生をするくらいなら死んだほうがマシだ」


『ならばお前の残りの人生は、自由にして良いという事だな』


「・・・何?」


次の瞬間、強い風が俺の体を吹き飛ばし、何処かへ放り投げ出された。すぐに地面に落下するだろうと思っていたが、目を開くと真っ暗な世界で浮いているように思えた。


無重力?みたいな不思議な感覚が俺を支えていた。


すると真っ暗な世界に唯一と言える光が俺の前に現れる。


その光は普通の光ではなく、何かが写っているようだった。


川の側で遊んでいる子供達がボールを投げて遊んでいるようだ。


『あの子供達の中の一人、数分後にあの川で溺れ死ぬ』


もしかしてこいつには人間の死期が見えるとか、分かる死神みたいな奴なのだろうか。


だが何故そんな事を俺に話すのか検討もつかない。死神ならば早くあの世に連れて行って欲しいものだ。


『お前ならどうする?』


どうしたいと言われても、俺にはどうにも出来るわけでもない。ましてや他人の子供を助ける意味などない。


「別にどうもしない。それがあの子供の運命だろう」そうだ。死は必ず訪れる。突然に、唐突に、不意に現れる。それを人間がどうこう出来るわけではない。それに、死んだ人間には関係ない。


『その運命をお前が変えられるとしたら、どうする?』


「・・・俺が?」こいつ・・・さっきから何が言いたいのか分からない。


俺に答えさせるばかりで、自分の事は何も話そうとしない。


「お前は、何なんだ?」こいつは一体何者なのだ。


『お前の答え次第だ』


何・・・?俺の答え次第?さっきの問いかけの事か?何故俺次第なのだと聞きたいが、こいつにそれ以上の事を聞いたとしても答えるとは思えない。


「運命を変えられるなら変えてみたいもんだな」出来るものならやってみろという気持ちと嫌みを入り混ぜる。


運命を変えてみたい、変えてやるなど誰もが思う願望の一つだ。それを叶えられる人間は一握りいるかいないかの二択であるだろう。


運命は生まれた瞬間に決まっているなど言う人間もいるだろうが、それを証明する事は誰にもできないのに、その言葉を信じてしまう者が存在する。


運命は自分で変えられる、自分自身だとも言う人間もいるが、本当にそうだろうか?


自分だけの力で運命を変える事は本当に出来る事なのだろうか。誰かが陰で手を加えている可能性もある。誰かの影響で運命が変わってしまう事もあるだろう。


結局、運命とは誰も見えない、決められない、定まっていないカテゴリーなのだ。


そんな手の触れられないモノを変えれるのなら、凄い事だ。


『ならば、変えてみろ。運命を、お前が』


「は?」その瞬間、体全体を強い光が包み込んだ。目を開けるとさっきまでいた場所では無く、地球と思われる何処かの場所へ立っていた。


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