夏の夜
夏期講習が終わった後は、いつも吉永君と一緒に自習室で勉強をしていた。
帰る時間は、いつも夕方だった。
「今日は、花火大会があるんだよねぇ」
夏期講習帰りの夕方、駅には浴衣を着た女性がたくさんいた。そういえば、今日は大きな花火大会があると、高校の友達から聞いていた。
彼女は、推薦ですでに大学進学は決まったようなものなので、今日は花火大会へ行くらしい。
うらやましい。そう思った私は、駅に着くなり、吉永君に恨めしい目で言ってしまった。
「今日は、有名な花火大会があるらしいね」
吉永君は、そっけない口調で言った。
まるで、受験生に花火なんて必要ではないと言っているようにも聞こえた。
私が、おかしいのだろうか。受験生の自覚がなさすぎるのかもしれない。
それ以上、花火大会のことを言うのはやめることにし、私たちはまっすぐ帰ることになった。電車に揺られて、だんだんと降りる駅が近づいてくる。
「今日は、一緒に降りるよ」
ずっと黙っていたと思ったら、突然、吉永君が妙なことを言い出した。
「え? なんで?」
「ちょっとね」
それしか答えず、吉永君は含み笑いを見せた。
そして、吉永君は本当に私と一緒の駅で降りた。いったい、どうしたというのだろう。いままで、同じ駅で降りたことなんてなかったのに。不思議に思っていると、吉永君は駅前のコンビニに迷わず入って行った。
一目散に行ったのは、花火売り場だった。入り口わきに花火の特設コーナーがあったのだ。吉永君は、大きなセットを手にとって、
「花火、一緒にやろうよ」
と、照れながら言った。
「え、あ、うん。いいよ」
想像すらしていなかった展開に、それだけ言うのがやっとだった。
吉永君が花火を買っている間に、私は大急ぎで家に帰ると、バケツを持って吉永君のいるコンビニに戻った。そして、一緒に近所の公園へと向かった。
空は、まだ明るかった。夕焼け空になりかけの赤い空だ。
「まだ、早いんじゃない?」
「そうだね。じゃあ、先に食事にしよう」
そう言って、吉永君は公園のすぐ近くにあるコンビニに一人で行ってしまった。私は、花火の番人をすることに。
吉永君が戻ってくるまでの時間は、苦しいほど長く感じられた。もしかしたら、もう戻ってこないのではないかと思うくらいだった。
しかし、吉永君はビニール袋を持って戻ってきた。
「お待たせ。おにぎり買ってきたよ。あと、お茶もあるから」
吉永君の額に書いた汗を見て、きっと、私を待たせないように走って行ってきたのだろうと思った。
「ありがと」
と、私が言うと、吉永君は照れくさそうに笑った。
軽めの夕食を済ませても、まだ、空は暗くはならなかった。
「まだ、明るいね」
「夏の夜は短いからね。でも、もうそろそろ始めようか」
そういうと、吉永君は花火をビニール袋から取り出した。
「ちょっと待ってて。バケツに水汲んでくるから」
「え、あ・・・・・・」
返事をする間もなく、吉永君はバケツを持つと、走って公園の中央にある水道で水を汲んだ。公園を見渡すと、私たち以外に誰もいなかった。二人だけの公園。
水の入ったバケツをこぼさないように慎重に運ぶと、私たちのいるベンチの前にバケツを置いた。
「どれがいい? 好きなの選んで」
吉永君に言われ、一本、花火をビニール袋から取り出した。
その間に、吉永君はろうそくに火をつけていた。
「よし、始めよう」
風がほとんど吹いていない今のうちに、花火に火をつけよう。
私は、ベンチから立ち上がり、ろうそくの炎に花火の先端を付けた。ほんの数秒で、火は花火に移った。
パチパチッと音をさせながら、花火が火を噴いた。
「吉永君も!」
私が催促すると、吉永君も私と同じ花火を手に持ち、私の隣に立った。かすかに、吉永君の腕が、私の腕に触れたような気がして、ドキッとした。びっくりしていると、吉永君は私の花火の炎に自分の花火を近づけていた。吉永君の花火に火が移ると、今度は私の持っている花火が終わってしまった。
「終わっちゃった」
残念そうにつぶやいて、バケツの中に燃え終わった花火を入れた。
「どんどんやろうよ。まだ、花火はたくさんあるんだからさ」
「うん、そうだね」
と言いながら、私は次の花火を取り出した。
「早く、早く」
ビニール袋から花火を取り出すと、吉永君が手招きをしていた。
「もう、終わっちゃうから、早く」
どうやら、吉永君の花火の火を使って火をつけるように言っているらしい。少しドキドキしながら、吉永君の隣に立つと、吉永君のほうから私の持っている花火に火をつけてくれた。だけど、今回は吉永君に触れることはなかった。
気がつくと、空は暗くなっていた。花火もはっきりと見えるようになってきた。
「ねぇ、今、花火の音がしなかった?」
遠くのほうから、かすかに花火大会の音が聞こえた気がして、吉永君に聞いてみた。
「え、本当?」
「ほら、耳を澄ませてみて」
二人で、耳を澄ませて聞いてみると、小さな音ではあるが、花火大会らしき打ち上げ花火の音が聞こえた。