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もうすぐ夏休み

 吉永君に、「日比野さん」って呼ばれると、ちょっとくすぐったい。

 でも、そのくすぐったさが、心地いい。もっともっと、たくさん私の名前を呼んでほしい。

 だけど、もうすぐ夏休みが来てしまう。夏期講習は、一緒の講習を受けたいけれど、吉永君は、何を取るつもりなのだろう。

 先に予備校に到着した私は、予習ではなく、夏期講習のパンフレットを見ていた。どれを取ろうか決めるために。

 私が到着して数分後、吉永君が教室に入ってきた。

「おっす」

 照れくさそうに吉永君が言った。そんな風に言わなくてもいいのにね。

「ねぇ、夏期講習、もう決めた?」

 すると、吉永君は私の持っているパンフレットを覗き込んだ。

「いや、まだ決めてないよ。日比野さんは、決めた?」

 きた。「日比野さん」って、呼んでくれた。些細なことなのに、心の中はお祭り騒ぎだ。

「実は、私もまだなんだ。どれにする?」

 一生懸命、浮かれた声を出さないように気を付けた。

 できることなら、吉永君と一緒の講習を受けたいけれど、受けられるかな?

「そうだなぁ。これにしようかなって思ってたんだけどさ」

 私は吉永君にも見えるように、パンフレットを広げた。すると、吉永君はパンフレットをを指さして答えてくれた。

「これか。これって、この講義と同じ先生だしね。私もそれにしようかな」

「いいんじゃない」

 何となく、いい流れになってきた。この調子でいけば、吉永君と夏休みも会えることになる。

 この日は、授業が終わっても、私たちはそのまま教室に残り、一緒に夏期講習に受講する講習を決めることにした。

 誰もいない教室。教室の中には、私たちしかいない。

 空っぽの教室の中で、私たちの声がこだまする。

「いくつくらい取ろうかな」

「とりあえず、気になる講習をピックアップしてみようよ」

 私の持っているパンフレットに、気になる講習にチェックしていくことにした。お互いに、気にしていた講習はほぼ一緒だった。

 これなら、夏休みが来ても、吉永君と何度も会える。

「同じのばっかだな」

 照れ笑いを浮かべながら、吉永君が言った。

「いいじゃん。一緒に受けようよ」

 ドキドキしながら、私が言った。

「そうだな。申し込みは、来週だっただろ?」

「うん、そうだよ」

 夏期講習の申し込みの初日は、来週の土曜日。もちろん、初日に申し込むつもりだ。

「一緒に行こうよ」

 なんと、吉永君のほうから誘ってくれた。私の心の中は、バラ色になった。

「うん。忘れないでよね」

「忘れないって」


 夏期講習申込み初日。駅で吉永君と待ち合わせをした。駅で待ち合わせなんて、初めてだ。なんだか、デートに行く見たい。

 かといって、特別かわいい洋服なんて着てこなかった。いつもと変わらない、ラフな格好できた。

 待ち合わせ場所の駅の入り口には、他にも待ち合わせの人でいっぱいだった。土曜日だから、これからどこかへ出かける人たちなのだろう。私とは、違うところに行く人たちだろう。

「ごめん、待った?」

 数分待つと、吉永君が、あわてて駆け足で来た。だけど、息は切れていない。

「ううん。さっき来たところだから。申込用紙は、ちゃんと持ってきた?」

 私が聞くと、吉永君はいつも持っている肩掛けカバンから申込用紙を取り出すと、私に見せるように持った。

「ほら、ちゃんと持ってきたよ」

 手をつないだりすることなく、私たちは微妙な距離を保ちながら、予備校へ行った。

 夏期講習の受付カウンターの前には長蛇の列が既にできていた。

「みんな、早いね」

 驚いて、私が言った。

「ほんとだな。さ、並ぼう」

 私たちは、一緒の列に並んだ。吉永君が前だ。

 受け付けは、すでに開始しているけれど、なかなか前に進まない。このまま、前に進まなくてもいいって、私は思っていた。少しでも長く、吉永君と一緒にいたい。

「進むの、遅くない?」

 列の前のほうを見ながら、吉永君が言った。

「そうだね。念入りにチェックでもしてるんじゃない」

 そう言いながら、内心、吉永君はあんまり私と一緒にいたくないのかなって、不安になった。

 十分、いや、もっと待っていたんじゃないだろうか。吉永君の番が来た。吉永君は、受付が済むと、

「後ろで待ってるから」

 と言って、行ってしまった。

 私が申し込みを済ませ、急いで吉永君を探した。吉永君は、階段の前にちょこんと立っていた。私を見るなり、口元をゆるめて、私を迎えてくれた。

 何も言わず、私たちは予備校を出た。

 結局、吉永君と全く同じ講習を受けることに決まった。夏休みは、いつもよりも吉永君と遺書にいられそうだ。

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