さよならが聞こえる
落ち込んでいる私に、1本のメールが届いた。
双葉先輩からのメールで、詳しい事情こそ返信しなかったけれど、元気がないということだけ返信したのだが、すぐに、双葉先輩からまたメールが来た。
「今夜は、思いっきり飲むぞ!」
ありがたいんだか、これで本当にいいのだか、自分でもよくわからないながらも、会社帰りに双葉先輩と大学時代からよく行く居酒屋へと向かった。
「落ち込んでるみたいだけど、一体、何があったんだよ」
ずっと、元気が出せずにいる私に、居酒屋へついて、席に着くと上着を脱ぎながら、双葉先輩がおせっかいな感じで聞いてきた。
どこまで話すべきなのかと迷った。
昼間に会社であったことをだいたい話すことにした。
吉永君と二人きりで会ったことも、吉永君のフィアンセが会社に来てそのことを大声で言ったことも話してみた。
「どうして、二人きりで会ったんだよ」
双葉先輩は、機嫌悪そうに言った。
そんな態度は、あまり見たことがなかったので、すごく怖く感じてしまい、頭が真っ白になってしまった。
しかし、双葉先輩は信頼できる人だから、正直に言うことにした。
「私が、高校3年生の時に片思いをしていた人だから。ずっと、言えなかったことを、ずっと、言いたかったことを話したの。自分のお客さんなんだし、本当はいけないことだってわかってはいたんだけど、どうしても、気持ちを抑えることができなかったんだ」
驚いた表情の双葉先輩は、口をぽかんと開けたまま、私のほうをじっと見ていた。
「ずっと、心の中に居続けたっていう男だったっていうわけか。だからって、今は、他の女と結婚することが決まっているんだから、どうして、そこで我慢ができなかったんだよ」
興奮気味に双葉先輩が話した。
冷奴を乱暴につついては、ほとんど箸で豆腐がつかめずに、食べにくそうに冷奴を食べている。
と思ったら、冷奴を一気にかきこんでしまった。
「そう、我慢すればよかったんだけど。どうしてだろう・・・。私、彼の前では、冷静な気持ちではいられなくなってしまうから」
静かに双葉先輩は、箸を置いた。
私は、カシスオレンジを一気に半分くらいまで飲みほした。
涙が出そうだった。
でも、涙とカシスオレンジを一緒に飲みこんだ。
「ほかの男とは、違った感覚っていうんだろう?」
怒りを抑えた低い声だった。
私は、黙ってうなづいた。
「どうして、どうして・・・」
この場の雰囲気は、最悪なものになってしまった。
重たい空気に包まれている。
私は、カシスオレンジを全部飲みほした。
「先輩、今日は、飲みましょう。思いっきり、飲みたいから」
「わかった。俺も飲みたい気分だからな」
二人して、ドンドンお酒を頼んでは、グイッと飲み干していった。
一体、何杯飲んだんだろう。
珍しく、今夜は、双葉先輩と二人でかなりのお酒を飲んでしまった。
居酒屋を出ると、小さな公園でちょっと頭を冷やすことにした。
二人とも、お酒をたくさん飲んでしまったので、ちょっと冷たい風を感じたかったから。
「残念だよ」
公園の中央にある時計の下で、時計を見上げながら双葉先輩が悲しそうに言った。
「何がですか?」
双葉先輩に恐る恐る近寄ってみた。
「お前が、ずっと、思い続けていた男を見つけたからさ。俺、本当は、ずっと、見つからなければいいのにって思っていたんだよ」
私には、その言葉の意味がよくわからなかった。
私の忘れられない人が、見つからない方がいいって、一体、どういうことなんだろうか。
「どうして、そんなことを言うんですか。相手には、すでにフィアンセがいたけど・・・」
「フィアンセがいるとか、いないとか、そういうことじゃないんだよ」
突然、双葉先輩が私を見たと思ったら、近づいてきた。
「俺、ずっと、ずっと・・・お前のことが、好きだったんだよ」
「えぇ!?」
バサッという物音が遠くから聞こえてきた。
私と双葉先輩は、同時にそちらの方を見た。
すると、そこには、瞳先輩がいた。
瞳先輩が、持っていたカバンを落としたのだった。
涙目で私たちのほうを見ていた。
私のほうを少し睨みつけているように感じた。
涙がこぼれた瞬間に、瞳先輩は落としたかばんを拾い上げて、走って住宅街のほうへと向かっていった。
実は、瞳先輩の家は、すぐ近所にあったのだ。
だから、大学時代からよく通う居酒屋があったというわけだ。
それにしても、最悪な場面を瞳先輩に見られてしまった。
信頼できる双葉先輩と瞳先輩。
尊敬していた二人の先輩と、これから、どうやって接していけばいいんだろう。