秘密の始まり
吉永君の結婚式のプロデュースは、苦痛だった。まだ、彼のことを心の片隅で想っているということなのだろう。
とっくに忘れていたと思っていたのに。本人を目の当りにしたら、自分の気持ちがふらついてしまったようだ。まさか、再会するとは・・・・・・。
再会の仕方が、あまりにも衝撃的すぎた。
もうすぐ結婚するというのだから。
私が、男性と付き合っても長続きしない理由は、わかっていないつもりでも本当はわかっていたんだ。ただ、理由を口にしてしまうのが怖かった。二度と会えない人のことを好きでいたって仕方がないと頭では分かっていたからだと思う。
吉永君の結婚式のプロデュース自体は、いたって順調に進んでいた。先輩たちのアドバイスを聞きながらも、二人の要望通りの結婚式に近づいて行っている。
私は、本当にこのままでいいのだろうか。
結婚式のプロデュースをしていると、突然、胸が苦しくなることがあるのだ。
特に、この間、二人きりで会った時のことを思い出すと、吉永君のほうこそ、もしかしたら私のことを・・・・・・なんて考えてしまう。
きりのいいところで仕事を切り上げて、会社の外に出ると、そこには吉永君がいた。
吉永君は、会社帰りらしく、紺のスーツにビジネスカバンを肩から掛けていた。ポケットに突っこんでいた手を出すと、私のほうを艶めかしく見た。
「どうしたのよ」
「ちょっと、近くまで来たから」
その言葉は本当なのだろうかと、内心疑っていた。本当は、わざわざ会いに来てくれたんじゃないかと思いたかったのだ。
「そうなんだ。そうだ、結婚式のことなら心配しないで。すべて順調に進んでいるから」
無理やり営業スマイルを作って見せたのだが、吉永君は相変わらず真剣な目をしている。吸い込まれそうなほどの真剣なまなざしにどうにかなってしまいそうな気がした。
「吉永・・・・・・君?」
「ちょっと、いいかな」
吉永君が歩きだした。私は、吉永君の横にぴたりとついた。
吉永君の横顔は、ネオンに照らされてよく見えた。口をへの字にし、まっすぐ正面を向いている。すでに、どこに行くのかが決まっているのだろう。額には、うっすらと汗のようなものが光っているようにもみえる。今日は、さほど暑くもないというのに。
歩き始めてから、吉永君は何一つしゃべらない。私が話しかけても堅く口を閉ざしたままだ。
気がつくと、人気のない公園に来ていた。
あたりをきょろきょろしてみたが、誰もいない。
吉永君は、落ち着いた表情でこちらを見ている。
と、次の瞬間、吉永君がわたしを抱きしめた。おもいっきり、力強く。
「よ、吉永・・・・・・君?」
どうしていいかわからない。
頭では、すぐに押し返して拒否反応を示すべきだと思うのに、心はこのままでいたいと言っている。ずっと心の片隅に居続けた人が、今、こうして私を抱きしめているのだ。
吉永君の腕の中はとても温かい。このまま、吉永君の腕の中にいたい。そう思っていたら、自然と吉永君の背中に腕をまわしていた。
いけないと思っているのに。
「だめだ」という言葉が頭の中でこだまする。それでも、私は吉永君から離れなかった。
風ひとつない穏やかな夜の公園で、至福の時を過ごしている。
無言のまま、吉永君と唇を重ねた。
すべてが、吉永君主導だった。私は、ただすべてを受け入れるだけだった。
その夜、私は家に帰らなかった。