まちぶせ
「お疲れ様です」
ウエディングフェアは、無事終了した。
会場の後片付けを終えると、私は先輩たちよりも早く会場を後にした。と言うのも、今日はがんばったから、早く帰っていいよと言ってもらえたからだ。
会場を出て、まっすぐ駅に向かおうとしていると、あの顔が私の前に現れた。
懐かしい、あの顔が・・・。
「よ」
はにかみながら、軽く手をあげて私に話しかけてきたのは、まぎれもなく吉永君だった。
「どうしたのよ。彼女は?」
心臓が止まりそうなほど驚いた私ではあったが、隣にいるべきはずの人がいないことには、すぐに気がついた。
「あぁ、彼女を送った後なんだ。ちょっと、話でもしないか?」
ウエディングフェアのときには、無口だった吉永君が、饒舌に話している。吉永君のまったく違った顔に、戸惑いながらも、私は断らずに吉永君と食事をすることにした。
「お昼も軽めにしか食べられなかったから、めちゃくちゃおなかすいてるんだ」
もうすぐ結婚しようとしている人、吉永君の隣で、よく落ち着いた口調でしゃべれるなと、我ながら思った。
無邪気な口調に、吉永君はまた、はにかんだ笑顔を見せた。
「日比野さんといると、あの時が、目の前でよみがえっているようだよ」
あの時。
私の中でも、あの時がよみがえっていた。高校3年生の時に感じた、あのときめきが。
吉永君は、そんなつもりで言っているわけではないだろう。でも、私の鼓動は、完全に高校3年生のあの時と、全く同じだ。
本当は、
「どうして、まちぶせなんかするのよ」
って、どなり散らしたい気分なのに、すんなり吉永君を受け入れてしまった。
お客様だから?
いいや、違う。でも、自分には「お客様だから」と言い聞かせなくてはならないだろう。そうしなければ、私は駈け出してしまいそうだ。
「学生時代の友達と会うと、学生時代の気分に戻れるからね」
それは、自分に言い聞かせたせりふだった。
「あぁ、そうだね」
返事をした吉永君は、どことなくさみしそうな表情を見せた。
まさか、吉永君も同じことを考えているのだろうか。高校3年生の時と、同じ気持ちで私とあっているのでは。
イケナイ想像をしてしまいそうだ。
彼は、お客様。私は、吉永君の結婚式をプロデュースするだけ。
今一度、自分に強く言い聞かせた。
「この近くに、いい店があるんだよ。そこで、食事しよう」
やはり、吉永君はどことなくさみしそうな表情をしたままだ。
もうすぐ最愛の人と結婚する人が、こんな表情をするだろうか。
「うん、そうしよう」
考えてみれば、吉永君と食事をするのは、これが初めてだ。でも、もうすぐ奥さんとなる彼女とは、数え切れないほど食事に行っているのだろう。
私の知らない吉永君をその彼女は知っている。だって、私とは比べ物にならないほど、吉永君と一緒にいたはずだから。
幸せではないと感じているときに、幸せな人と一緒にいるのは、苦痛だ。
無意味に、自分とその人とを比較してしまう。
馬鹿な事をしなくてもいいのに、自然と頭が幸福度を比較してしまうのだ。比較したって、何にもならないのに。
子供じみた考え方をしてしまう自分を、嘲笑った。
「どうしたの?」
はっとした。嘲笑う自分を吉永君に気づかれたようだ。
「いやあ、こうして食事するのって初めてだから。変な気がしちゃってね」
とっさに出たウソ。でも、吉永君は真実と受け取ったようで、それ以上、何も聞いては来なかった。