笑顔の女
その女性は、とにかくとびきりの笑顔を振りまいている。
なのに、隣に座った吉永君は全く笑おうとはしない。彼女が吉永君に笑顔で話しかけても、冷や汗をかくだけだ。
きっと、私がいるからだ。
目の前に、私がいるから、吉永君は笑えないんだ。
たまに、吉永君は私に視線を送る。チラッチラとだけ。私の様子をうかがうかのように。
私は、ずっと笑顔で対応をしている。プロとして、それは当り前のことだ。
「どのような結婚式をお考えですか?」
とびっきりの笑顔で、その彼女に話し掛ける。
「うーんと、盛大ではなくていいんですけどね。手作りで、とっても暖かい感じの結婚式がいいなって思っているんですよ。ね!」
彼女は、最後に吉永君に同意を求めるように言った。突然、そんな事を言われて、吉永君は体を飛び上がらせるくらいに驚いていた。
「え、あ、あぁ。そうだね」
明らかに動揺しており、またも私のほうをちらっと見た。
こういうときって、男性のほうが挙動不審になってしまうものなのだろう。吉永君は、さっきからじっとしていない。貧乏ゆすりをしたり、額の汗をハンカチでぬぐったり。目線はずっと泳ぎっぱなしだ。
私は、吉永君のフィアンセである女性と結婚式について簡単な話をした。吉永君は、ほとんどその輪の中に入っていない。
初恋の人、ずっと会いたかった人が目の前にいる。
だけど、その人は、他の女性と結婚してしまうのだ。私が、あの時、何もしなかったから。こんな時に、強い後悔をしている。仕事中なのに。
心のどこかで、ずっと待っていた人が、目の前で逃げてしまう。
心が痛い。なのに、顔は笑っていなくてはならない。今夜は、布団の中で泣くかもしれないな。
「恭ちゃん、ちょっと、話聞いてる?」
彼女は、吉永君のことを「恭ちゃん」って呼んでいるんだ。私は、吉永君としか呼べなかったのに。
そわそわしっぱなしの吉永君に、彼女は痺れを切らして、腕をつついて結婚式の話に参加するように促している。
結婚式は、二人で作るもの。私たちはお手伝いをするだけ。なのに、吉永君が参加しないのだから、彼女が怒るのも無理はない。
彼女が顔を動かすたびに揺れるオープンハートのピアスは、きっと吉永君がプレゼントしたものに違いない。胸元に揺れるダイヤのネックレスも、青く輝く左手の薬指の指輪も、身につけているものは、すべて吉永君がプレゼントしたものではないかと推測した。
私は、何ももらえなかった。いや、もらったものはある。きれいな思い出を。
二人きりの花火大会は、今でも鮮明に覚えている。あの時は、本当に楽しかった。もう二度と、あなたと二人きりで花火なんてできないんだ。
これからは、隣の彼女と二人で人生を切り開いていくのだから。
たまに、彼女は吉永君の手を握る。堂々と吉永君の肩を叩く。そして、よく笑う。幸せの絶頂にいることは、その表情で手に取るように分かる。
大切なお客様に対して、嫉妬をしている。こんな自分が情けなくて仕方がない。もっと冷静にならなければ。
そう思っていると、吉永君はちらっと私のほうを見る。
覚えているんだね。私のことを。
吉永君は、私に会いたかったの?
と、聞けるものなら聞きたい。声に出して、吉永君にプライベートな話ができたら。
だんだんと妄想が強くなってきた。いったい、何を考えているんだろうと、自分を戒めて、式場のパンフレットなどを彼女に差し出した。
「うわー!素敵。こんなところで、式を挙げたいなぁ」
彼女は、吉永君に猫なで声で話し掛ける。
私もそうしたかったと、思ってしまった。さっきから、ずっと彼女をねたんでばかりいる。
ほとんど彼女とだけ話をし、パンフレットを渡して、二人は帰って行った。強く手をつないで。