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私と先輩

「お前、また別れたのかよ」

 申し訳ないという気持ちを込めながら、私は双葉先輩に紹介された彼氏と別れたことを告げた。双葉先輩には、過去に何人もの男性を紹介されたのだが、どれも長続きすることはなかった。今回も言いづらいと思い、二人でよくいくチェーン店の居酒屋で、お酒の力を借りて話をしたのだった。

「すっごく、良い人ではあったんですけどねぇ・・・」

 言葉を濁らせつつ、私は双葉先輩に背を向けた。

「そんなこと言って、お前、本当は初恋の男のことが忘れられないだけなんじゃないか」

 双葉先輩が、私の背中に話しかけた。

 初恋の男――否定したい言葉ではあるのだが、私はその言葉を否定できない。

「おい、どうしたんだよ」

 梅酒の入ったグラスを手に持ったまま、ぼーっと店の入り口の方を見ていると、双葉先輩に肩を叩かれた。

 チェーン店の居酒屋は、照明が明るすぎる。もっと薄暗い照明だったらと、強く思った。自分の顔の表情がすべてわかってしまうではないか。初恋の男という言葉に、私は敏感に反応してしまうのだ。

 すぐには双葉先輩の顔を見たくはなかったのだが、もう双葉先輩に背を向けるのをやめた。そして、ずっと手に持っていたグラスをカウンターに置いた。

「やっぱり、忘れられないっていうことなのか?その、初恋の男とやらを」

 もごもごさせながら、双葉先輩が言った。

 忘れなくてはいけない――私は、初恋の人を忘れたいと強く思っている。イチゴのように甘酸っぱくて、キラキラと輝き続ける初恋を忘れなくてはならない。だけど、どうしても忘れることができない。今でも、私の心の中で輝き続けているからだ。

 こんな状態では、どんな男性と一緒にいたって、その人のことを本気で好きになれるはずがない。頭では分かっているのに、双葉先輩に紹介された男性と付き合ってしまう。それは、さみしいからなのか。それとも、初恋の人を超える人が現れると信じているからなのか。きっと、どちらも違うだろう。初恋の人を無理やり忘れようとしているからだ。

 ビールを飲みながら、双葉先輩が私に寄ってくる。

「いい加減にしろよ。初恋の奴とは二度と会えないんだろう?だったら、早く忘れろ」

 言い終わると、また、ビールを飲んだ。機嫌が悪いのか、双葉先輩は珍しくビールのジョッキを強くテーブルに置いた。

 毎回、私が双葉先輩に紹介された人と別れたことを告げてもここまで荒れることはなかった。今日は、珍しく双葉先輩が荒れている。今回紹介してくれた人は、よほどかわいがっていた人だったみたいだ。

「まったく、人が一生懸命お前のためを思っていいやつを紹介してるって言うのに」

 眠そうな声で、双葉先輩がぶつぶつ愚痴を言い始めた。

「ねぇ、先輩。それよりも、いいニュースがあるんですよ」

「いいニュースだって?俺の紹介した人間を振っておいて、何がいいニュースだよ!」

 話題を変えようと思ったのだが、かえって叱られてしまった。しかし、本当にいいニュースはあるのだ。

「まあ、話を聞いてくださいよ。実は、今度、ウエディングプランナーデビューが決まったんですよ!」

 すると、双葉先輩のテーブルについていた肘が外れた。

「なんだって、ウエディングプランナーデビュー?自分の幸せもつかめないのにか?」

 双葉先輩は、いたずらっぽく言ってはくれなかった。真面目に私を叱った。嫌味なせりふではあるが、決して否定はできなかった。

「意地悪言わないでくださいよ」

 私には、それくらいの言葉しか浮かばなかった。

「まったく、自分の幸せもちゃんと考えろよ。じゃないと、俺が疲れちゃうじゃないか」

 箸を持ち、唐揚げを食べようとしたが、双葉先輩の言葉が引っかかった。なぜ、「俺が疲れちゃうじゃないか」だと言ったのだろうか。お酒で赤くなったのか、自分のセリフで赤くなったのかはわからないが、双葉先輩が赤い顔をしてビールのジョッキを見ていた。

「先輩、どうして、先輩が疲れちゃうんですか?」

「あ、あぁ」

 そういうと、双葉先輩は私の方に向き直った。

「お前が、俺の紹介した後輩と別れたって言うことは、また誰かを紹介しなくちゃいけないだろ?お前が、ウエディングプランナーなんてやってみろ。人の幸せを見て、より一層、シングルの淋しさを感じるだろう。その淋しさをいやす相手と言ったら、俺しかいないんだからさ。俺が疲れるってわけさ」

 言い訳じみた気がしたが、やさしいけれど照れ屋な双葉先輩らしい言葉のような気がした。ただし、双葉先輩は照れ屋過ぎるような気がしないでもない。というのも、双葉先輩には大学時代から付き合っている瞳先輩がいるのだ。私と双葉先輩と瞳先輩は大学の同じサークルで知り合った。私が1年生の時、二人は3年生で、すでに誰もがうらやむようなおしどり夫婦という言葉がよく似合うほど、仲の良い恋人同士となっていたのだった。双葉先輩も瞳先輩もとても後輩の面倒見がよく、特に私を妹のように二人ともかわいがってくれていた。だからこそ、こうして双葉先輩と二人きりで会っていても瞳先輩は、私たちのことを深く追求することはない。

 双葉先輩と瞳先輩は、順調に大学を卒業した。社会人生活が落ち着いたころには、きっと二人は結婚するだろうと私なりに考えていたのだが、もう落ち着いてきたと思われるのに、いまだに二人の間に結婚の話は出ていない。

「そういう先輩たちは、いつ結婚するんですか?」

 唐揚げをつまみ上げながら、双葉先輩に聞いてみた。すると、双葉先輩は肩を大きく動かして驚いた表情をした。

「どうしたんですか?」

 私が聞くと、双葉先輩は胸を右手で抑えた。何か、悪いことでも言ってしまったのだろうか。

「突然、変なことを聞くなよな」

 双葉先輩は、顔を真っ赤にしていた。

「だって、早く結婚してくれなくちゃ、私の最初の結婚式のプロデュースを先輩たちにできなくなるじゃないですか」

「お前は、俺たちを祝うためだけにウエディングプランナーになったわけじゃないだろ?」

「まあ、そうですけど」

「だったら、俺達のことは気にするな」

 双葉先輩は、まだ結婚願望がないのだろうか。瞳先輩の気持ちがわからない今は、これ以上、双葉先輩たちのことは詮索しない方がいいだろう。

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