夏の夜明け
今日はコンビニには行けない。自動販売機で何か飲み物でも買おう。それぐらいしたって罰は当たらないはずだ。
早朝なのにもう随分明るい。お母さんが雨戸を開けたら、今日は洗濯物がよく乾くって喜ぶんだろう。見つけた自動販売機の前に自転車を停める。
実家にはあまり帰れていない。お金がかかるからなかなか帰れないが家族には意地を張ってしまう。でも本当は帰りたくない訳じゃない。実家にいた頃はもう少しましな生活していたよな。あれは自分の力じゃなくて家族に守られていたんだな。そう気づいてからも何とか独り暮らしは続けていた。
飲物代だけは携帯にしっかり記入しよう。アプリの家計簿だけが、私がちゃんと一つのことを継続しているって証明してくれているんだから。お金を自動販売機に入れながら携帯にタッチする。見慣れないアドレスからメールが来ている。誰だろう。見ようとすると勝手に電源が落ちた。またか。押しても電源が入らない。最近ずっとこうだからもう驚かない。そんなに何年も使ってるんじゃないのにな。少ししたらまた電源を入れてみればいいか。
入れたはずの100円玉はお釣りの場所から悲しい音を立てた。何度入れ直しても出てきてしまう。財布の中の100円玉はこれだけなのに。まあいいか。喉が乾いていたんじゃない。早朝に、外で、何か飲みたかっただけだったと思う。別にこれぐらいなんてことは無い。悪いことは続くって言うから。
今度中学校の同窓会があるから、そこに参加する人からメールだったのかな… 真っ暗な画面は私の唯一の希望さえ教えてはくれない。鏡のように反射する画面は、早すぎる朝陽と涙で崩れた化粧をしている残念な私を写す。コンビニだったら食べ物もあったけどな。
人生には沢山の山と谷がある。それを越えられるか否かは努力次第だ。そう教わった。
本当にそうなのか。私の人生を振り返って溜め息をつく。まだそう長くはない、私のここまでの走馬灯は、あまりにも自分をがっかりさせる物だ。沢山の山と谷があった気もする。でもまず山と谷ってどっちが良いことでどっちが悪いことを言うんだろう。それさえも分からない自分はこれからも沢山来るであろう、人生の小さな丘さえも越えられないんだろう。そんなこともどっちでもいい。とりあえず化粧だけはちゃんと落とそう。肌触りが良くて他の物よりは大事にしていたハンカチはさっきの涙で濡れている。もうこれもいいや。居酒屋のお絞りみたいに顔を強く擦った。全部は無理でも大体落ちてそうだな。汚れたハンカチと真っ暗な携帯を見て溜め息をついた。