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吠えない蝉  作者: 野間義之
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 結局帰宅は夕飯時になり、明日(あす)()(とも)(ろう)を訪ねることはできなかった。


 十九時。明日美は父母とともに食卓を囲む。

「この筑前煮、ほんとにおいしい」

 母紀子(のりこ)がしきりに褒めているのは、渡部幸世が持たせてくれた惣菜だった。

「幸世さん、相変わらず料理上手ねー。ほら、野球大会の時のお弁当、覚えてる?」

「みんな群がってたなー。『オレの食うモンが残ってない』って水谷のヤツ、怒ってたもんな」

「でも、旧姓に戻った奥さんが仏壇守ってるっていうのも変な話よね」

「水谷の実家でも色々もめたらしい。公殺された人間を墓に入れるか、みたいな。で、『子供の父親にはちがいないから』ってことで一時的に預かってるんだそうだ」

「あんなにいい奥さんがいるのに浮気なんて。殺されても文句言えないわよ」

 眉間に怒り皺を寄せる紀子を直人は咳払いで制する。

 『明日美に話してないの?』『話すわけないだろ、そんなこと』『なんでよ。こういうのを知っておくのも大事でしょ。もう子供じゃないんだから』

 目と目で交わされる両親の会話が聞こえるようだった。

「この煮物、おいしいね。レンコン好きじゃないけど、これは全然あり」

 明日美は大げさに筑前煮に感嘆してみせる。

 娘の気遣いを察したのか、両親は和やかな態度に戻る。

「それじゃ幸世さんにレシピ教わらなきゃ」

「お店は順調みたいだな」

「今度行ってみようっと。でもよかったわね、お店は続けられて」

「常連さんたちもなにかと親切にしてくれるって。まだまだ人情ってモンが残ってるんだなー」


 居間のテレビがついている。歌番組だ。番組の後半に、直人が気になっている海外のミュージシャンが紹介されるらしい。

 少し前までそういった情報はテレビや雑誌にも溢れていた。しかし今はインターネットですら海外の情報は思うように見つけられない。

 日本國政府は認めないが、インターネットを含めた様々な情報が監視され、隠蔽され、操作されているのは間違いない。そのことはイギリス滞在時に明日美たちも外から感じていたし、こうして日本に戻ってきてその実感を深くした。

 テレビの中で女子アイドルグループが大人数で躍り、歌っている。

「口パクさえ揃ってないし」

 直人などは失笑するが、彼女たちは今や人気絶頂だ。総選挙と銘打たれたメンバーの人気投票の結果には号外が刷られ、公殺法が施行されたばかりで戦々恐々としている人々の気をおおいに逸らした。

「未満章つけてる」

 明日美が気づいた通り、彼女達の腕には黄色や緑の未満章が目立つ。

 やがてパフォーマンスが終わると司会者が近づき、センター位置の少女にマイクを向ける。

『その未満章、かわいいですねー』

 人気投票一位の彼女の腕には黄色の未満章。それらにチクチクときらめくデコレーションが施されている。

『はい! 頑張って作りました』

『ほかのみなさんもほら、こんなに』

 カメラが他の二の腕も映していく。緑や黄色の未満章が、色鮮やかに光っている。

『どうしてこういうデコレーションをしようと思ったんですか?』

『未満章着けるのカッコ悪いって思ってる人、多いと思うんです。怖がってるって思われたくないとか、あと服に合わないとか。でも、これは権利の主張だし、大事な大事な命に関わるものだから。もっともっとみんなに着けてもらいたいなって、メンバーと話し合って』

 彼女の芝居がかったコメントに他のメンバー達が、うん、うん、と真面目ぶった顔で頷く。

『みんなでデコショー作っちゃおうって決めました』

『デコショー?』

『こんな風にデコレーションした未満章のことです』

『なるほどーそれでデコショーですか! いいですね!』

『私たちのサイトに作り方や私たちがデコショー作ってる時の動画をアップしました! ぜひ観てくださいね!』

『はい。みなさんにもう一曲歌っていただく間に、私もさっそく観てみようと思います』

『ありがとうございます』

『では歌の前に、ファンのみなさんにメッセージを』

『みなさん、自分だけは大丈夫だって思わないで』

『世の中はなにが起こるか誰にもわかりません』

『私たちは、貴方のことをホントーに大切に思ってるから』

『自分の身は自分で守って』

『証明できる物をきちんと身につけていられる』

『そんな貴方でいてほしい』

『そして全国のお父さん、お母さん』

『子供たちの命を誰よりも守れるのは』

『お父さん、お母さんです』

『うちの子は大丈夫なんて思わないで』

『後悔する時には』

『もう手遅れになるかもしれないから』

『だからできることをしてあげてください』

 メンバーたちがリレーでメッセージを述べ、その割り当てがなかった過半数のメンバー達が『デコショー』を着けた腕を前に突き出して集合している絵が映る。

 そこに割り込むようにメッセージを述べた主要人気メンバーも加わりポーズを決める。

『わたしたちからの』一位の彼女が音頭を取り、

『お願いでーす!』しめは全員で声を合わせた。



「世も末だわ」紀子が嘆いた。

「学芸会だな」直人がまたも失笑する。「こいつら、国から金もらってんだろうーな」

「この子たちっていうより、事務所とかプロデューサーがでしょ」

 テレビでは彼女たちが楽屋でデコショーなる物を作っている様子が流れている。

 ほほえましくもかしましく、彼女達は『殺』の字をデコレーションしていく。

「今頃全国のお子様がたが『未満章買ってー』って親にせがんでんのかな」

「小学生とかまで言ってるわよ」

「なんだかコンドームを着けようキャンペーンみたい」

 父母の茶化しに、明日美は思いきった冗談で加わってみる。

 直人は顔をしかめたが、紀子は愉快そうにのってくる。

「あっ、ほんとそんな感じね。コンドームの会社もあのコたちに頼んで宣伝してもらえばいいのに」

「『わたしたちを守ってください』ってー?」

「そうそう! 『デココン』とか作ったりして。で、それ使ってるとこを動画で……」

 直人がテーブルに箸を叩きつけて遮った。

 明日美はふざけ過ぎを後悔したが、紀子はケロリとしている。

「なによマジメなフリして、ねー?」

 同意を求められて明日美もぎこちなく笑った。

「ごちそうさま」

「お父さん、テレビは?」

 立ち上がる直人に明日美はあわてて声をかけるが、「いい」と振り向きもせずに行ってしまった。

「ごめんなさい」

 気まずい空気の中に残され、明日美は紀子に謝る。

「明日美が悪いんじゃないわ」

「あとでお父さんにも謝っておくね」

 明日美は立ち上がり、父のために歌番組を録画し始める。

「いいって謝んなくても」

「でも、お父さんと約束してることもあるし」

「なに?」

「ギター、教えてもらおうかなって」

 明日美は照れくさそうに、はにかんだ。

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