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吠えない蝉  作者: 野間義之
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19

 子守を引き受けたものの、一人っ子の明日美は小さな男の子にどう接したものかと戸惑う。

「コンビニ行こうか?」

 とりあえずに誘うと優徒は頷き、車を降りて行ってしまう。

 明日美は車のエンジンを切るとあわてて後を追う。

 コンビニへ入ると、優徒は床に座りこんで漫画週刊誌を読んでいた。

 立ち読みも褒められたものではないが、座りこんで読むのは行儀が悪いにもほどがある。

「こら、優徒くん、立ちなさい」

 注意すると優徒は素直に立って読み始めた。


 通りに面して数席の飲食スペースがある。そこで食べようと明日美はレジでアイスを二つ注文した。

「優徒くんの親戚ですか?」

「はい」

 レジで訊かれて調子を合わせた。相手は白髪混じりの中年男性。名札には店長とある。

「すみません。立ち読み、やめさせますね」

「いいですよ、子供の立ち読みぐらい。立って読んでくれたら外から見えて呼び水になるってもんです。いやー、それにしても親戚の子でもキチンと注意できるなんてアナタは立派だ」

「そんな」大袈裟なと苦笑する明日美。

「最近は、子供でも怖くて注意出来ないんですよ」

「どうしてですか?」

「注意された子供の親があとから怒鳴りこんできて……なんてコトもあるんですよ。お客様は神様です、なんていうけど今じゃ死神にもなりますからね」

 そこで店長は失言と思ったらしく、「すみませんでした。失礼なことを」と頭を下げた。

「わたし、この前まで外国にいて……だから今の日本國のことよくわからないんです。気にしないでください」

 すると店長は真顔になる。

「戻れるならその国に戻ってしまいなさい。こんな国、いるもんじゃない」

 他の客が入ってきた。話はここまでと目配せして店長は離れていった。

 黄色い未満章。未亡人。智朗の言葉。優徒の水色の未満章。

 頭の中に散らかっていく。


 テーブルから声をかけると、やってきた優徒は明日美の向かいに座った。

「ありがとうございます」

 優徒はお辞儀してアイスを食べ始める。

(お父さんのこと、わかってるのかな?)

 父親を殺されて、しかも殺した相手はなんの罰を受けることもない――いったいどんな想いがするのか。訊いてみたい衝動にかられる。

 その心情を知れば、智朗とどう接すればいいか分かるだろうか?

 気の毒な幼い少年を()しに使うようなことを考えている自分に気づき、明日美は心中で首を振る。

(最悪)

「おねえちゃん、お母さん、生きてる?」

 優徒がアイスをスプーンで突きながら訊いてきた。彼から話しかけてきたのは初めてだった。

「うん、元気だよ」

「ふーん。おねえちゃん、イギリスにいたの?」

「うん。どうして知ってるの?」

「おじさんがイギリスのお土産だって」

「ああ」

 直人は手土産に紅茶を用意していた。

「イギリスってどこにあるの?」

「えーっと……」説明に困り、西を指差す。「あっち、かな」

「遠いの?」

「飛行機で十二時間ぐらい」

「ふーん。イギリスじゃ人は死なないの?」

 なにを訊かれているのかは分かる。

「うん。死なせちゃダメ」

 そう。殺してはダメなのだ。

「いいところなんだね」

「そうだね」

「みんな優しいんだ?」

「うん、優しいよ。紳士の国だもん」

「ふーん」

 優徒はアイスを口に運ぶでもなく、突いて崩して、こねくり回す。

 明日美は優等生な答えに内心で(わら)う。

(いい人たちばっかりじゃ、ないんだよ)



「おい日本國人! おまえら、俺たちは殺せないんだってな。ビビらせやがって」

 いつも意地悪くつっかかってきたあの青年は、ようやく自分の理解不足に気がついたらしい。しかしそれを恥いるどころか、逆恨みしてきた。

「あなたが勝手に勘違いしただけでしょ」

 無視して押しのけようとした明日美の手は青年に掴まれた。

 危険を感じて防犯ブザーを鳴らそうとするが上手くいかない。 

「日本國人同士で殺し合うなんて大変だな。日本人は絶滅しちまうんじゃないか?」男の目が卑しく、脂光りする。「そうならないように、おまえも頑張らないといけないんじゃないか?」

 明日美の口は、助けを求める前に青年の手によって塞がれた。


 思い出す度――

 世界中を怨む。

 そして、すでに智朗と関係を結んでいたことに幾分救われる。


「おねえちゃん、どうかしたの?」

 気遣わしげな優徒に、明日美は笑顔を繕った。



 帰りの車中。明日美はやりきれない思いでつぶやく。

「優徒くん、未満章してた」

 あんな小さな子供が、あんな物を身につけなくてはならない。なんという国になってしまったのだろう。

「旦那さんが殺されてるからな。お母さんにしてみればどんな用心だってせずにはおれないだろうな」

「そっか……」

「大変みたいだな。『殺すほうがもちろん悪いんだけど、殺されるほうもそれなりのことしたんだろ』っていう目で見られるって」

「ひどっ! そんなのわからないじゃない」

「優徒くんも学校でイジメられて、それでこっちに引っ越してきたんだって」

 明日美は智朗のことを考えた。

 智朗も理不尽な中傷やいじめを味わったのだろうか。もしそうなら、どんな思いで引っ越しもせずにあの家に留まっているのだろうか。

「あのな、未満章を取りにいくのに保護者同伴じゃなきゃいけないのは、カツアゲ対策だってさ」

「カツアゲ? なにそれ?」

 親世代の俗語に明日美は吹き出しかける。

「はじめは子供だけでも取りにいけたそうだ。でもそういう子供を不良やチンピラが役所の周りで待ち伏せして、子供からお金を巻き上げたりしてたんだって」

「サイテー」

「日本國国民の民度の高さを世界に示すことになるであろう、なーんてあのバカはほざいてたけど、なにがすばらしき日本國だってんだ」

 直人は総理大臣をなじり、オーディオのスイッチを入れた。ハードディスク内の曲をザッピングしていくうちにザ・クラッシュの“ロンドン・コーリング”がかかる。

 小気味よいギターのスタッカートにベースのリフが絡む。

『London Calling』

 コーラスに続いてヴォーカルが呼びかけ、伝え、訴える。

 ジョー・ストラマーと共に歌う直人を見ているうちに、明日美はあるアイデアを思いつく。

「ねぇお父さんってこの曲、弾ける?」

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