第二十話 「みけつ様」
第二十話 「みけつ様」
玉村の朝はとても静かで清々しい、アパートのまわりの雑草は枯れて小さくなっていた。
秋は過ぎて、冬へと移り代わろうとしているんだな。
住んでみて分かることだが、都会の騒音や密集住宅地などの生活音がまったく聞こえない、玉村は静かだ。
静かな自然の音は ささくれたオレの心をスベスベにしてくれた。
潤いを得た心は健康的になってきた!
と、思う。
職員室にはすでに 春名先生と校長が机に向かって 一時間目の準備をしているところだった。
校長がいる手前、さっきあったことを 話すのに戸惑ったが、気にせず春名先生に軽いノリで話してみた。
「おはようございます。春名先生、さっき アパートの玄関先で たくさんの妖怪を見たんです。」と言ったら、ちょっと驚いた顔で、
「え!? そうなんですか?」と 言った。
「ええ、そーなんですよと。」と オレも応えかえした。
・・・舐めているような話し方だろうか?
どーやって話すべきなのか、分からない。
「ちょうど 玄関を出た時、上島の部屋に妖怪と思われる・・」 と言いかけて、途中で話を止めてしまった。
204号室の上島は、校長先生の息子にあたる。
春名先生も積極的には上島の素性を話さない、
・・御玉神社の爺様もそうだが、息子の上島も 引きこもりで、問題を抱えている、
だから話していいものかどうかためらってしまった。
「新ちゃんの部屋に・・どうかしたんですか?」と 春名先生のほうから あっさりと聞き返された。
そー言えば あいつとは 春名先生、幼馴染みだったんだ。
「あ・・いや、」 妖怪が出ましてね、なんて普通に言う事じゃないよな・・・
春名先生は「妖怪さんがいたんですか?」 と 普通に聞いてきた。
だから オレもそのまま、「そーなんですよー! まいっちゃいましたぁー、アハハハハ!」と ・・言ってしまった。
ふざけてんのかッ!! オレッ!
「・・・で、どおしたんですか? その妖怪さんは?」
オレは その時の出来事を 春名先生と 校長を前に話しをした。
「そのあと、どおなったんですか!?」と 興味津々に聞くので、調子こいて話しを盛ってしまいそうになったが、冷静に話すように努めた。
「突然 赤い着物を着た小さな女の子が現れたと思ったら、そこに居た妖怪たちも 一斉に消えていなくなったんです、北元くらいの女の子でした、・・ああ そー言えば、春名先生によく似た 可愛い女の子でしたよ、おかっぱの。」
と言うと 春名先生は なぜかオレを見つめたまま、絶句しているように見えた。
・・・見つめられている?
春名先生に!
・・これは これでいいかもしれない、と思った。
ああ・・なぜか 春名先生は オレを見つめたまま止まっている。
「そお言えば・・」と 校長が会話に入ってきた、
「そお言えば、春名先生は 以前、夢で見る "ミケツさま" は自分によく似ていた、とか 言ってませんでしたか? その城島先生が アパートの前で見られた小さな女の子は ミケツさまだったりするかも知れませんね。」と 笑顔であっさりと話す校長先生。
「・・ああ! そー言えば、名前を聞いたら "みけつ" とか言ってましたよ。」
なんだ!? 春名先生がとても驚いている!
絶句したまま驚いている!
これはこれでいいかもしれないと思った!
なんとした事だ!?
「校長先生、ミケツ様って なんですか?」と聞くと・・、
事の真相を聞いてオレも驚いた。
「一番 偉い神様なんですか!?」 まあ、ど~考えても御玉神社の爺様って事は まずないわな。
しかしだ! ・・・神様ってぇ、そんな事ありえるのか!?
だが、オレは妖怪と言われる気味の悪いものを何度と見た。
「だけど 子供でしたよ、まだ小さな女の子で 一番 偉い神様なんですか?」
オレはてっきり 偉い神様は白い髭生やした爺さんだと思っていたのだが。
「分かりませんよー、小さな女の子に 化けていたのかもしれませんし、・・それに 春名先生が 夢で見ると言う女の子も 勝尾稲荷のミケツさまなんですよね?」 と フリーズ状態の春名先生に 問いかける校長先生。
「・・・ええ、・・・私が夢に見る ミケツ様は 小さな女の子で・・、赤い、朱色の着物を着ていて、金色 銀色の川に、花や小鳥が描かれていました。・・その女の子は・・・、北元さんくらいの女の子でした。」
「あ、たしか・・赤い着物に 金銀の川のような模様が描かれてましたよ。」
「間違いありませんねー、これは 勝尾稲荷のミケツ様ですね! 城島先生は ミケツさまに好かれているんですよ! これは素晴らしい事だ!」と 校長先生は感動した様子で話をした。
そして
以前、春名先生と一緒に 御玉神社へお参りに行った時のように 今度は 勝尾稲荷神社へお参りへ行く事となった。
今日の放課後だ! また 春名先生と一緒で嬉しい!
デートみたいで嬉しい!
だけど、この時 春名先生が少し しょんぼりしているようにも見えた。
オレの方がみけつ様と言う幼女の神様に、先にリアルで会っちゃたからかな?
一時間目の授業が始まる。
一年生から三年生、総勢九名!
みんな揃っている。
どの子も明るい顔だ、よしよし。
いま、二年男子の間でイラストの描かれたカードを集めるのが流行っているようだ。
その中でも佐藤は親が買い与えるのか、たくさん持っていたりするので、「学校にそんな物は持って来るな!」と一言、注意しておいた。
三学年を教えるとなると、三つの教科書が必要になるが、要点だけをまとめておけば問題ない。
だがしかーし、少し前に二年生の九九、かけ算をおぼえる授業で男子は当然ながら、女子の北本までが まるでおぼえていなかった。
これはいったいどおいう事なのか? 校長が担任をしていたと聞いていたが・・
昭吉が以前、小学校の先生から “中学生になったら教えてもらえと言われた “ と言っていたと思うが・・
あれは本当だったと言うことか!? すなわち放ったらかしだったのか? 放任主義? それとも投げてた!?
ちょと焦ったので、男子は後回しにして、女子の北本を先に教える事にした。
だが、またしても 北本は手強かった。
どんなに簡単に説明しても理解していなかったのだ、オレが嫌いだから、じゃなく、北本自身 オレの出す問いかけに必死になって答えようとしいるのは十分に伝わってくるのだ。
オレの方をチラチラ見ながら口元を動かし答えようとしているのが見て分かる、緊張して答えられないのか!?
なので、別の質問を唐突にしてみた、「おまえの妹は来年、一年生か?」と。
そしたら北本はオレの顔を見て、頭を縦におおきく振った。
ちゃんと答えられるじゃないか、そして続けざま もう一言、「来年から一緒の教室だな。」と言ってやった、今度は北本、笑顔でうなずいた。
笑顔が可愛いじゃないか、ちゃんと返事もできるし。
なので、「2X1は?」と 聞いてみた。
一番簡単な問題だ。
だが またしても北本はうつむきがちにオレの方を見て答えようとするが、なかなか答えないでいた、そしてオレの目には北本が申し訳なさそうな表情でこちらを見ているようにも思えた。
なぜだ!? 何かが壁になっているのか!?
「・・・さん」
!?
北本はいま、喋ったのか? 三て言ったのか!?
さん? サン? 三?
「あのなぁ、北本、足し算やってんじゃないんだぞっ!」と、かるく怒ってしまった。
北本の顔がだんだん 真っ赤になってきた、
あ、嫌われてしまう、オレはそう思った。
何がいけないというのだ!? 2X1じゃ難しかったのか!? 1X1の方が良かったと言うのか!?
たぶん「二、」て答えるぞ!
その時、オレの脳裏に幼き日の自分が思い出された。
そう、あれはオレがまだ小学二年の時だった、かけ算が分からないオレは、先生をとっても困らせていたのだ。
・・・なんだぁ、オレも北本と一緒だったじゃないかぁ、忘れていたが思い出してしまった。
そう、オレはまったく勉強が出来ない とてつもなくバカな子だったんだあ。
その先生は男性教諭で 名を加藤先生と言った。
生徒からは好かれ、小さな行事を作ってはみんなを笑顔にしてくれた、とても立派な先生だった。
オレは算数の時間、前に呼び出され、そしてこう言われた、「せめて五の段だけでもおぼえてくれ!」と・・・
お願いされてしまったのだ。
オレは加藤先生を困らせている事をとても気にしていた。
それにみんなの手前もあって、とっても恥ずかしかった。
先生の言葉が頭に入らず、加藤先生を困らせていることばかりが気になり、一言も発する事ができず、ずっと うつむいていたままだった。
そうか、あの時のオレと同じじゃないか。
加藤先生をオレ一人が困らせていると言う罪悪感が、全ての思考をシャットアウトしていたのだ。
オレは知らない間に 九九はおぼえていた。
・・・たぶん、北本はいつも相手の期待に応えないといけない、と考えているのではないだろうか? そしていつも、みんなの期待に答えられない自分がいる、と考えているのではないだろうか?
幾つか積み重なった悪循環が人一倍、罪悪感を生み出しているのではないだろうか?
そして、北本は自分に自信を持てないでいるのではないだろうか。
それは今、北本に他の子たちと同じ期待で接してはいけないと言う事だ。
顔を真っ赤にしてしまっている北本にはどう切り返し持っていくべきか、
・・・思いつかなかった。
オレは ふと、ドラえもんの“アンキパン“が頭をよぎった!
オレのレベルが低いことは承知の上だ!
ので、「北本! アンキパンを食べると九九が出来るようになるぞ!」と、言ってしまった。
言ってしまった自分に、オレはアホなのか? と普通に思った。
「・・・・アンキパンてなに?」と小さな声で聞いてくる北本に、
ああ! なんて答えよう? なんて考えてる途中なのにオレの口が勝手に「アンキパンを食べると掛け算が出来るようになるのだ! だから月曜日、アンキパンを持ってきてやる!」と言ってしまったのだ。
で、月曜日、商店街の駄菓子屋でフジパンのアンパンを持っていって 北本には「これがアンキパンだ!」と嘘を言って、ただのアンパンを食べさせた。
・・騙してしまった。
だか!
驚いた事に北本のやつ! 九九の段、すべてを憶えてしまったのだ!
信じられるだろうか?
なぜ、おぼえられたのだ!? 暗示にでもかかったのか!? アンパン食ったらほんとにおぼえられると思ったのか!? オレは驚いた! ただのアンパンだぞ! あれほど出来なかった九九をたった一時間でほぼ理解してしまった。
怖いくらい、効果てき面だった。
アン“キ“パン、キ があるだけだぞ。
そして北本はオレに 「先生、アンキパンありがとう。」と笑顔で礼を言ってくれたのだ。
生まれて八年の幼女をだまくらかしてしまった。
オレの方が罪悪感でいっぱいだ。
それとも逆にオレは北本の手の平の上で転がされていたのかと、ゲスな勘繰りをしてしまった。
もちろん、生まれて八年の幼女にそんな事が出来るはずもなく、
・・・結果オーライにする事にした。
ちなみに二年男子には、北本みたいに暗示にはかからなかったので、九九が出来たらアンパン食べていいぞ、と おあずけ状態にしたら頑張って勉強をしてくれたので 以前、テレビで見た犬のしつけを思い出した。
今日も天気がよく、南に面した教室の窓からは勝尾山からの朝日が入り込み、ポカポカで気持ちがいい。
黒板の窓側、左端が陽射しのコントラストをつくる、穏やかで優しい朝の時間だ。
でも、黒板が見えにくいので木綿のカーテンをしめる。
そうだ!
加藤先生がやってくれた小さな行事の一つに、誕生日を迎えた生徒を教室の前に呼び、そして高い高いをして「誕生日おめでとう!」と言うのだ。
オレもこれをやろうと思う!
突然だが 「今日、誕生日のやついるか?」と聞いてみた。
「なんで誕生日?」と聞く平吉、
加藤先生の小さな行事、オレもするぞと! と話したら、授業中だったが少しのあいだ、盛り上がった。
今日、誕生日だった子はいなかったが、今月 、日にちは過ぎていたが 誕生日なのが竹下ちえだったので、「よし! 竹下、前に出てこい!」と言って、
高い高いをしてあげた。
竹下は照れくさそうな、嬉しそうな、いつもと違う表情を見せてくれた。
ああ、なんだろう 竹下ちえを見ていたら、オレの方も嬉しくなる、胸の奥から込み上げてくる感情だ。
オレは八月生まれだから、夏休みだったので、小学一年生の時は忘れられていて“高い高い“をしてもらえなく、静かにショックを受けていた事を今でもはっきりおぼえている。
二年生の時も加藤先生が担任だったのでドキドキしなが、次は高い高いをしてくれるか?夏休み前後、期待していたのをおぼえている。
一学期だったか、二学期だったかは おぼえていないけど、高い高いはちゃんとしてもらった事をおぼえている、嬉しかった。
あれから十八年も経つのか。
ふたつ下に兄妹がいる、オレのことを嫌っているのでいない者としているが、こいつも加藤先生に、二年間 担任をしてもらっている。
加藤先生の凄いところは小学校を卒業してからもだった。
加藤先生は毎年、手書きの年賀状を二十歳になるまで送ってくれていた事だ。
二十歳になるまでずっと。
たぶん、加藤先生は受け持った生徒全員に手書きの年賀状を送っていたんだと思う。
プリンターや業者を使わずにだ。
「加藤先生から今年も年賀状来ちょるよ。」と母さんから聞いていたあの頃はまだ、オレも10代だったんだなぁと、シンみりと思ってしまう。
オレから加藤先生には年賀状を一度も出していない。
あの頃オレは、何も考えていなかったから。
今もどこかの小学校で元気に先生をしている事だと思う、もしかしたら教頭か校長にでもなっているかもしれないな。
そういやぁ、小中高と 同窓会呼ばれてないなぁ、もっと歳をとってからなのかなぁ。
この日の放課後、オレは職員室で自分のデスクを片付け、明日の準備も終わり、春名先生を待っていた。
なかなか職員室に戻って来ない春名先生。
忘れているのだろうか? いや、春名先生だぞ、そんなわけない、校長先生はいない、きっと横の池でヤマメかイワナか知らないが、餌でもやってるんだろう。
田舎とは驚くほどに静かだ。
物音一つしない。
・・・いつもだが春名先生は藤原孝子たちと話し込んでいるのだろうか?
・・・今日くらいは話し込むのやめようよ~、
陽が暮れちゃうよぉ〜、
時間がなくなるよぉ~、
勝尾神社につく頃には真っ暗だよ〜、
もぉ〜!
ガラガラガラアッ!
職員室の戸が開く音に、驚いてしまった!
「城島先生、ごめんなさい すぐに帰り支度します。」
「ああ、ゆっくり行きましょう、時間はたっぷりありますよ。」と さっき考えていた事と逆の事を言ってしまった、それが大人と言うやつなのだから仕方がないのだ!
3時を過ぎたとこだったが、春名先生と約束したとおり、一緒に勝尾稲荷神社へと向かった。
春名先生は小学校を出るとすぐに道からそれ、田んぼの中のあぜ道を通った、さすが道は、すみからすみまで知っていると言うかんじだ。
「こっちの方が近道なんですよ。」
この辺りの稲はすべて刈り取られ、水が拔かれていた。
「あ!」と何かに気づく春名先生、「キツネ、」田んぼの向こうに見える用水路の端に痩せこけた、こ汚いキツネが一匹、こちらを向いて立ち止まっているのが見える。
そしてキツネは小走りに走り去って行った。
「たしか、この前 御玉神社に行く途中でも見かけましたね、キツネ。」と春名先生。
玉村は小さな村だが開けた盆地にある、場所によっては、村の端から端まで見渡せてしまう。
シロツメクサの生える丘も よく見える。
・・・幸運の丘、と心の中で名付けたのを思い出した、
・・ウンコの丘ではない、ちょっぴり恥ずかしい。
そう言えば、春名先生は電動自転車で通勤していたはずだが、オレのために徒歩で帰ることにしてくれたのか。
「城島先生! 子供の頃、飛び越えて遊びませんでした?」と言うと、なんと春名先生! 目の前の小川を ヒョイ!と飛び越えてしまったではないか!
なんとオテンバさんな事だろう!
ポシェットを肩から可愛くかけてる女の子のする事ではないと思っていたが、これはこれで、
「城島先生、こっちの方が近道なんです!」
エッ?
飛び越えろという事なのか!? 大人だけどいいのかな!? 誰も見てないし!
「行きますよ、春名先生!」と飛ぶき満々のオレ!
助走をつけて、飛び越えようと思ったが! ちょっと待てよ!? 春名先生は助走なんてつけなかったぞ!
よしっ!
オレは、えいっ!!と余裕かまして、助走つけずに飛び越えようとしたからなのか!
オレは小川に落ちてしまった。
ジャボッ!!ビシャビシャァー!!
「じょ 城島先生!!大丈夫ですかっ!?」
幸いな事に尻もちをつかなくてすんだ、着地したとこが土だから、滑り落ちたと言うわけだ。
オレは 今、深さ1メートルの小川の中で立ち尽くしている、下半身を中心に泥だらけになってしまった。
十一月の小川は驚くほど冷たい。
春名先生の目を見るのが怖い。
「城島先生、上がってこれますか!?」
「・・はい、大丈夫です。」
テンション下がりまくりだ、体に力が入らない、カッコ悪い。
「よいしょ、」と言って腕の力だけで、川から上がろうとしたのが、これまたいけなかったのだろう、
・・・ああ、なんて事だ! 足の次は手だ!
手をついた場所が悪かっかた、そこもまた崩れてしまったのだ!
オレは、顎を川の淵にぶつけてしまった! 舌を噛まなくて良かった!
だがオレは小川の反対側に背中からひっくり返り、川底に尻もちをついてしまった!
ああっ!! びしょ濡れだ!
ベッペッ!口の中に泥が入った!泥だらけだあ!
ああっ、失敗の連続! トントン拍子に失敗しながら、ことが進む!
なんて事だ!これじゃあドジっ子キャラみたいじゃないかあっ!
「じょ・・ませ・・センセ・・」
春名先生の声が耳元で聞こえる、ようだ。
・・じょ・・しま・・ あ・・ほ・お・・また・・かい・・、せい、じょうしセンセ・・「城島先生!!」
はっ!!
春名先生は小川に飛び込み、助けようとしてくれた。
「城島先生、立てますか!?」肩を貸してくれようとする春名先生、
オレは今、とてつもなく、ショックを受けているようだ、と、他人事のように言ってみる。
・・・これじゃ、逆だよ、
ほんとだったら、オレの方が カッコよく助けなきゃいけないのに、
これじゃ、まるでダメ男じゃ〜ん!
あれ!? 水の中に何か・・
何んだこれ?
「ウアアアッッ!!蛇だっ! 蛇がいるっ!!」
水の中に黒い蛇がウジャウジャいるっ!!
「えっ!? 蛇!?」春名先生の足下にもいるっ!! オレの腰あたりにも!
!? これは!
オレの腰に黄色い光!? モヤ?
・・精気!?
こいつは・・、
「・・・城島先生、蛇なんていませんよ、」
え!?
こんなにたくさんいるのに春名先生には見えてないのか
オレは目を凝らした、
蛇だと思ったそいつらは、
今朝、上島に寄り付こうとした奴と同じ!?
細長い蛇のような、それらは軟体動物のように形を変えていた!
二枚のフィルムをスライドさせて見たようにオレの目には見える
更に目を凝らして見て分かった、こいつらは 蛇のような形をしているが、何やら無数に小さな何かが、群れを形成し集まっている。
オレの体には入ってきたりしない? のか。
腰のあたりから出ていた 黄色い靄はどんどん小さくなり消えていった、それと同時に あの気味の悪い蛇たちも、
・・・消えていった。
「先生! 城島先生!」
ああ、春名先生の声だ。
「どうしたんですか? 蛇なんていませんよ、」と言う春名先生は、足場の良い場所を見つけて、オレの手をひき、一緒に川から上がることが出来た。
気持ちの悪い、ゾッとする黒い影だったが、
・・・それよりも、
オレはカッコつけて飛び越えようとしたが川に落ちてしまい、とってもカッコ悪い様を春名先生に見せてしまった、
その上 手を引かれて川から上がる何も出来ない子供の如くに。
おっといけない! 卑屈になるとまたあいつらが寄って来てしまう、が 今のオレは身も心も擦り傷だらけだ。
そうだ!空元気でも出さないとダメなんだ!
と、その時、
「おまんはほんまにどじやのー」と言う、何処かで聞いた幼い声、
その声の方に目をやると、そこには あの赤い着物を着た少女が、豪華な出で立ちで立っていた。
田んぼが広がる用水路のわき、ちょっぴり場違いのようにも感じる。
その少女は 「はるう〜」と子供らしい喋り方で話しかけた。
春名先生は驚いている、固まっているのか? 無理もない、ここは田んぼの片隅だ、なんだか高そうな着物を着た、みけつ様だかなんだか、そんな感じの女の子が立っているのだから。
「・・・みけつ様、」と春名先生はか細い声で話した。
声が震えている!? 泣いているのか!? 笑っているのか!? いや、そんなはずないだろう。
女の子は両手を前に出し、可愛い子供らしい小走りで 春名先生を、
そっとハグした。
やっぱり春名先生は泣いている!
春名先生は頬に流れる涙を、右手、左手、と拭った。
そして抱きついている女の子の髪をそっと撫でるようにした。
はっ!そうだ! 今のこの状況、流れはこの少女に行っている!
川に落ちた事をごまかせるかもしれない!
いけるぞっ! 無かったことに出来る! 一週間、いやっ、一ヶ月! 無かったことに出来れば、「いやぁ、そんな事もありましたかなぁ、ハハハ。」などと言える!
いけるぞ!
あ、なんだ!? オレを見つめている、キリッとした瞳で見つめている!
この少女、・・北本を思い出す、睨まれているのか?
「おまんは ほんに阿呆えのー。」と子供らしい声で喋った。
・・オレに言ったのか?
「おまんの他、誰がおるんえ?」
あれ? オレ、喋ったのか!? たしか今朝も
「なぁ、はるぅ〜 人身御供てこれかぁ?」
へ!? 人身御供!? オレ見て言われている、
「こげぇ、顔にえ泥ぉつけや鼻水垂らしおるえ、」
鼻水だとぉっ!?
「あ、はい、城島先生、ハンカチどうぞ。」とオレの前に来て手渡そうとしてくれた。
なに!? 気づかなかったぞ! 鼻をすすってみたらっ!
ジュルジュルジュルジュルぅ〜!と、汚らしい音がなり響いた!
大量だぁ!! 大量の鼻水が喉を通ってながれていくぅーっ!
ゴックン。
「うわ!・・汚い、・・飲み込んでしもーたえぇ、はるぅ〜。」
黙れっ! 小娘っ! と心の中で“モロ“になった気で言ってみた。
寒い! そうかっ! 寒さのあまり顔の神経が麻痺していたのか! それで鼻水が垂れていても気づかなかっんだ! いつからだっ!?
「なぁ〜 はるぅ〜、もうちとー、可愛い供え物にはならんかえ?」
「あ、・・えっと、」春名先生は何か、知っているのか?
さっき人身御供とか言ってたなぁ、
それって人間をお供え物にするって事だよな、
言ってみれば、生け贄って事だよな。
・・・・・
ガキのくせに何、恐ろし事 オレの方も見ながら言ってだよ、しかも汚いものを見るような眼で!
・・・汚いかもしれないけど。
オレは一瞬、たそがれさんの顔を思い出した、と同時に全身からいっきに血の気が引いていった。
いろんな事が頭の中を一瞬にして思い出されていった、
玉村に来れた事、春名先生に出会えた事、もっと以前に教師になれた事、母さんがほんとに喜んでくれた事、大学生になれた事、
妖怪みたいな非科学なものを見た後なら誰だって、物事を悪く考えて当然だ!
今までの事、それらが全部、神がかりで、でっち上げだったんだとしたら、
オレは・・
「城島先生、ハンカチ使って下さい。」
・・・・春名先生は相変わらず優しい・・。
まあ、人生ドン底に堕ちるよりはずっといいかもしれない、ちょっとは青春を味わったし!
「おまんは死ぬまで村から出られんえ。」
この赤い着物の少女は、そう言った。
そして、「この村で人柱となる運命にあるのやえ、じょーしま。」
「みけつ様!」春名先生が大きな声で叫んだ、「・・城島先生は、・・その、」
「なんやぁ、はるぅ。」
「その、・・城島先生は、じ、実は!」
「・・じつはぁ〜? なんやぁ?」
「・・実は、・・城島先生は、・・人身御供では、・・・ありません。」
「なにぃ!! ほんとの事かえ? じょーしまやなかったらぁ、だれやぁ〜?」
なんだこの話しはいったい何なんだ!春名先生は何を知っているんだ!? やつぱり今までオレを騙していたのか!?
ビュウー・・と、冷たすぎる風が吹いた。
ああっ! おしっこがしたくなってきた!
・・・え!? どこでする?
稲は全部刈り取られている! 所々に大きな木が生えている! 走って行ったら間に合うか!? 否!! 間に合わない! だがどうする!? 「ちょっとおしっこ行ってきます。」と立ちションを肯定するのか!? 男子ならまだしも相手は女子だ! どおする!オレ!! 刻一刻とタイムリミットがっ!!
ああっ!! 何考えてんだ!! オレはっ!! もうダメだっ!! 漏れてしまうっ!! これではドラさんとおなじになってしまうっ!!
ええーいっ!! こうなったら男らしく堂々と、「城島先生、」
「は、はい!?」春名先生!?
「我慢出来ないようでしたら、その辺で
!? え? どゆこと!? なんで分かったの!?
「私たちは向こう向いてますから。」と言って 背中を向けられてしまった。
もうダメだっ!! オレは二、三歩、四歩か、五歩か、小走りに歩きながら、チャックを開け、開け、あれ!? なんで開かないんだよぉっ!! こんな時に限ってなんで開かないんだよっ!! くっそオッ!! 間に合わないッッ!! これではっ!これではっ! ドラさんの二の舞いになるぅっ!!
それだけは嫌だああっッ!!
狭い村中だッ!! すぐに噂は広まるぅっッ!! 昭吉&平吉に常習犯だと言われてしまうッッ!! それだけは阻止せねばああッッ!! ドラさんより酷い扱いにっ、あああッッ!!
チョッピリ漏れて!
チャックが開いたあッッ!! よしこれでっ! ああっッ! 手にかかったぁ!! 大丈夫だッ! 分かりゃしないッ!!
ジョロロロロロぉぉッ!
・・・・・あ〜ぅ、・・これぞ天にも昇る気持ちというものかぁ。
用水路の方に立ちションしたのは正解だった、田んぼだったら春名先生に怒られそうだ。
こんなにおしっこを我慢したのは生まれて初めてだ、・・いや、二回目かぁ、子どもの頃に漏らした事が一回あったっけ・・、
もう、忘れよう、昔の事だ、誰も知るはずもないのだから。
オレは、挟まず丁寧にチャックを閉めた、ちょっとだけ濡れた手はサラッと分からないようにジーパンで拭いた。
そして何ごとも無かったかのように装い、
「あ・・、もう、お話しは終わりました!?」と、スッカリさっきまでの話しを忘れてしまっているオレだった。
「今日は日が暮れて来ました、もう 帰りましょう。」と言う春名先生の言葉に帰ることになった。
「なあ、はるぅー、分からんよう、濡れた手をじーぱんと言うので拭きおーたよぉーえ、」とこの少女!
なぜ分かった!? 絶対分からないと思ったのにぃ〜っ!
この赤い着物の女の子は、どうやら春名先生の家に連れて行くようだ。
着物の裾が泥んこだろう、引こずって歩いているではないか。
今回、何しに行ったか分からなくなってしまったが、勝尾神社へはまた、春名先生と行く事にしておけばいいのだ。
結局、今日はこのまま家に戻ることになった。
この幼い着物の少女をこのまま放っておくわけにいかない。
なので勝尾神社へのお参りは延期となった。
この夜の事、
寝る前に、“人身御供“とか、“人柱“とか、思い出してしまった。
どおするべきか・・
少しの不安はあれど、オレは冷静だった。
「おまんは死ぬまで村から出られんえ。」と言った言葉が恐ろしい!
赤い着物の少女たが この村に伝わる 本物の“みけつ様“だったら、その言葉は神懸かりの力が含まれるだろうから、人の術でどうにかなるものではないなかもしれない。
人身御供や人柱とは、日本国内の土地に根付く、人間を供物に神への捧げ物として行われていた宗教行為で、とっても怖い行為だ。
普通は、子供や処女が対象になるが、なんで男のオレなんだ!?
今、落ち着いて考えると 腹立たしい、勝手に人身御供にされ、村から出られないだと!?
・・・ほとかなぁ。
この夜はよく冷えた。
数日前に宅配便が届いていた、中には掛け布団と石鹸などの日用品と、一万円が入っていた。
母さんがオレのために仕送りをしてくれる。
現在ちょとした小金持ちになっている。
それらは有料ダンボールではなく、スーパーなどの片隅に捨ててあるトイレットペーパーの絵が描かれたダンボール箱に入っていた。
荷台にくくりつけて郵便局まで駆けていく姿が思い浮かぶ。
車には気を付けてほしい。
「気にかけやせんでええ、おまんの母殿は良い気を引き寄せる体気を持っておる」
「はっ!!?」
誰っ!? オレは布団から飛び起きた!
そこにいたのは!?
「起きたかえ?」
・・・・、「だれ!?」
敷かれた布団の横に、パジャマ姿の幼い女の子が、ちょこんと正座をしてオレを見ていた。
第二十話 「みけつ様」




