第十六話 「山男の小野さん」
(ミケツサマ 水鏡 ゼンマイなど山草 檀那場)
第十六話 「山男の小野さん」
十月の朝は寒い、春名先生は 迷彩柄の上下の登山服に身を包み、リュックを背負って朝早く出かけた。
まず 春名先生が最初に向かった場所は 勝尾稲荷神社だ。
オレがここへ越して来た 八月の終わり頃、この勝尾稲荷神社の前まで散歩に来たことがあった。(モデルの村、大君みたいな)
村の中に大きな川が二つも流れていて、その間にいくつもの枝分かれした小さな川や 人工的につくられた石造りの用水路いくつもある、西に玉川が南北に走り、東に勝尾川が同じように南北に走っている。
勝尾川は 村の東の端を流れていて、その勝尾川を超えて稲荷神社へと行く、オレはこの前、この勝尾川の手前を左へ探検に行ったんだった。
勝尾川を超えると 小さな川と用水路が 東西南北に走っている、それにも橋がかかっていて ここも鉄筋コンクリートの古い橋だ、小さな車なら通れるくらいの道幅だ。
勝尾川から東は畑と雑木林が混在している、小さな川と そのすぐ横に用水路が流れている、子供心をくすぐられるような地形だ、川に下りたり用水路を飛び越えたり、オレも少しならそんな経験をして 楽しかったと思ったことがある。
その間の道はまっすぐ 勝尾稲荷神社の鳥居まで続いている、絵になる風景だと個人的には思う。
鳥居から十数段、階段を上ったら神社がある。御玉神社のように 百二十段もないから助かる。
神社の敷地は 広く、雑木林の中に ぽつんとお社が建てられ、それを守る 二体のお狐様の石像が置かれている。
春名先生は この神社のご神体で、"ミケツさま"に見立てた水鏡に お神酒を備えてから 霊山である勝尾山へと登って行くのだ。
雑木林の奥から 御山へ登れる登山道がある、登山道と言っても ほとんど 道らしい道はない、御山を知り尽くしている春名先生だからこそ行ける場所だと言っておこう。
ただ、この時 春名先生の後ろに 何やら不審な影がついて来ていたのである、その影とは・・
この影の存在に春名先生は気づいていた、が 気づかないふりをしていたのである、それはなぜか?
言っても仕方がないからである。
度重なる忠告、(とっても危ない気がするから。)を無視して何度も春名先生の後をつけ回すその影は、あの下駄男こと、小野さんなのである。
小野さんは 歳は四十半ばで 独身、玉村で母親と二人暮らし、職業は個人タクシーで 気ままに生活をしていると言う事だ。
どーやらこの小野さん、春名先生が好きらしい、なので 時折 ストーカーをしているようなのだ。
「ぼくも一緒に勝尾山に登りたいな、」と言うので 稲荷神社の鳥居の前で待ち合わせていたら、時間に遅れてやって来る小野さん、「いやああー・・、待ちましたかあアー・・、へへへへへ、」と悪ぶれる事無く 作り笑顔で現れた、小野さんは いつもの 縁あり帽子に 丸い縁なしの眼鏡をかけ、夏だったんで 白のタンクトップにリーバイスのジーパンをはき、素足に下駄で自転車に乗ってやって来たのだ、シャツは中に入れる。
登山とはかけ離れた格好に、春名先生は思わず「・・あの、小野さんはどちらかに行かれるんですか?」と聞いてみると、「え・・? 山に登るじゃぁ・・ないんですかあぁー・・へへ」と言ったので 「ああ、そうですよね、良かった。」 ちゃんと分かってそんな格好をしているのだ。
今回も前回同様、また 勝尾山の山登りにストーカーしにやって来ました。
小野さんは登山が好きらしい、パワースポットが好きらしい、縁起がいいから好きらしい、そー言ったものが好きらしい、始めは 春名先生と勝尾山に登っていたのだが 毎回 行方不明になるので 春名先生から 「もう 勝尾山には上らない方がいい。」と言われて それからは一緒に行かなくなっていたのだが、毎回 勝尾山に登る春名先生の登山日を調べてはこっそり後をつけて登っているそうなのだ。
小野さん 何を思ってか、こっそり春名先生の後をつけて 勝尾山に登ってくるそうなのだが、本人曰く、「春名先生と勝尾山に登ると 何でも出来そうな気がする、へへ。」と言うのである、何でも出来そうなのはいい事だろう、だが 春名先生の登山日に合わせて、何をしようとしているかが問題なのだよ。
ここ勝尾山も 昔から お坊さんの荒行の場として上られていた御山の一つとあって、所々 その後らしき場所は残っている、人の手で岩に開けた"穴"や 新しく足場として石を埋めて造った道、などが無数に見られる。
勝尾山は どこからでも水が湧いて出ている、そのため 山自体が 湿気を帯びて 岩場などは緑の"コケ"の絨毯となっている、こう言った場所は 滑りやすくなっているため足をかけて登らなければならないところは 目視で必ず確認して足場を確保しなければ危険となる。
春名先生は 大学生の頃から 勝尾山に登り始めていて 上った回数は 五十を超えているかもしれない、と言う事だ。
春名先生は 勝尾山に登るとき 必ず新しい道はないかと探しながら上るようにしている、そして その通った道をノートに書き記しているのだ、もちろん それは 登山者の安全や また勝尾山の保全に繋がるものと考えての事だ。
勝尾山の中腹に差しかかろうとしていたとき、何処からか 「カラン、コロン・・」と 下駄の音が聞こえてきた、春名先生は思った、あれは 小野さんの下駄の音、カラーン、コローン、カランカラン、コロン・・と聞こえてきた、不気味だ。
だが、その音は だんだん遠ざかって行った。
この小野さんは 勝尾山から下りてくると、「春名さんを見た! 狐を見た! 春名さんとおにぎりを食べた! 味噌汁には豆腐か茄子か油揚げか!」と 訳が分からない事を口走るので誰も相手にしなくなっていた、そんでもって 相手をしてくれるのが 春名先生だけなので 余計に恋心を募らせてしまったのだろう。
春名先生は よく道なき道を探しては歩き進んで行ってしまうので 小野さんもその後を 下駄で追いかけるのは無理だろう、なぜ そこまで下駄にこだわり続けるのか分からないが、まあ どーでもいいので 好きにどーぞと言う感じです。
春名先生は ドンドン奥へ、上へと登って行った。
その頃小野さんは 息を切らしへとへとになっていた、汗をだらだらかいていたが暑くても帽子は取らない、ハゲだと思われたくないからだ、たとえそこに誰もいなくても。
その時である! 下駄の音が 山々へと鳴り響いた! 「カラーン、コロコロ・・コツーン、コツコツ・・コンコンコン・・コーン・・ パシャッ! ・・ゴツン、ザザザザ・・」と言う具合に! 何が起こったか分かるだろーか!?
小野さんの事は どーでもいいので、春名先生はどーしているのか? ちょうど 春名先生は 北東側の鱒尾山との境を通っていた、この境には 勝尾川とは異なる川が流れていて その川を鱒尾川と言い 山間の麓で勝尾川と合流している。
この川も美しい川で アマゴやアユなどが泳いでいる、五月の終わりから七月にかけて 蛍がたくさん見られる場所でもある。
川の流れは緩やかで透明度も高い。
春名先生は 秋の紅葉が始まる鱒尾川を背に 湿度の高い勝尾山を登って行くところだった。
うっそうと茂っているわけではなく、岩場が多く、結構な大木たちが山を覆い尽くしているため、足元が見えないほどの雑草などは 生えていない、この登るには険しい勝尾山を 至って普通なランニングシューズとリュックサックに軍手、と言う格好で上るのだ、春名先生の体力は、あの普段見ているおしとやかな女性とは思えないほどの持久力を備えている、途中 道に自生している、ゼンマイ (なんたらかんたら)などを 網の籠に入れそれをまたリュックにしまって歩き出す、「今日か明日は 山菜ごはんと()ね。」などと 女性らしい独り言を言うのである。
そうそう、小野さんなんだが、どーでもいいかな? もーいいかな?
小野さんは 崖から下駄と一緒に落ちてしまいました。
だが、小野さんは怪我一つしていません、なんと 事もあろーに無事だったんです。
木の枝がクッションになった? 雑草が!? コケが!? とにかく小野さんは無事だったんです、あーあ・・。
そこにいたのは、小野さんであって小野さんではなかった!
何と服がはち切れんばかりの筋骨隆々となり 全身毛むくじゃら! その上、あの縁あり帽子を被っていないっ! 頭だけは禿げているっ! 眼鏡はかけている! まるで知性のかけらもないマヌケ面のチンパンジーのような顔になり鼻くそを 何事もなかったかのようにほじっている! まさにその姿は 色の白いマヌケ面のゴリラ! いやっ! チンパンジーそのものだっ!
何てことだろう、小野さんは チンパンジーになっていた、と言うより 雪男? ヒバゴンかな、どっちでもいいけど そんな感じ。
小野さんは 鼻クソをほじるのをやめた! そして その指を舐めた! 嫌ーっ!! うまそ―だぁ! ほんとに美味いのかあっ!? いやっ美味いとかそんな問題じゃないっ!!
小野さんは 一言 「ウキ!」と発した、そして きつくなって締め付けている服を脱ぎだした! 全部脱いだ! 全裸だっ! だが、毛むくじゃらなので いい具合に隠れてくれているっ! 見たくはないッ!
なぜ 小野さんは 全身毛むくじゃらのアホ面チンパンゴリラになったかと言うと! そんなのどーでもいいのだが、あえて説明するとこうだ!
ある日 春名先生に置いてきぼりをくらい、遭難した小野さんは、勝尾山のどっかで野垂れ死にかけていたのだ! 村の人はその事に誰も気づかなかった! まあ、それはいいとしよう!
一晩開けた次の日、小野さんは なんとか這いつくばりながらも 勝尾川にたどり着いた、そして 川の水でのどの渇きと空腹を満たした。
少しすると 上流から何やら食べられそうな果物の実、らしき 毒を持ってます的なカラーリングの球体が流れてきた! 食べられそうな 桃くらいの大きさの何だかわからない植物の実が 上流から、ドンブラコ・・ドンブラコ・・と流れてきたのだ、小野さんは 無我夢中で泳げもしないのに川の中に飛び込んだ! そして溺れた。
が、足がつくほど浅かったので死にはしなかった、そして いかにも毒があります的な、桃のような実を追いかけゲットして、何だかわからないのに、かぶりついた! 「うん! 不味い!」 その実は不味かった、と言うか 食べてはいけないものだったのかもしれない。
その実は不味かったが 小野さんの血となり肉となった、だから死ななかった! それどころか 体中から力が湧きあがり、蘇えったのだ! そして溢れ出る力が小野さんに雄叫びを上げさせたのだ! 「ウッホーッ!!」と。
そう、その時から 小野さんは 猿になれる力を手に入れたのだった。
解説しよう! 小野さんは いつも被っているあの縁あり帽子を取ると 猿に変身するのである、そして 小野さんがその人間離れした力を手に入れるきっかけとなったのが あの"何とかの実"なのである あの実を食べると誰もが 猿になれると言う不思議な実なのだ、のちに その実の事を人々は "サルサルの実"と呼ぶことになる。
小野さんは 鼻の穴がすっきりしたところで、ある匂いを発見した! それは 小野さんが恋い焦がれるあの春名先生だ!
「ウッキーッ!」 と一声発して その匂いの先へ走り出した、この小野さん、今となってはこのチンパンゴリラが小野さんなのかどーなのか分からない、もしかすると 人違い、いや猿違いかもしれない! でも構わない、もはや誰でもいい! ただの猿でも構わない!
この猿は小野さんと言う事にする! 小野さんは走った! 崖を上った! 凄い身体能力だ! そして 落ちた場所へと登りきり、そしてまた走り出した! そして立ち止った! ちょっとおしっこがしたくなったのだ!
春名先生はいったいどこへ行ったのだろう!? その辺の岩場から崖に向かって用をたしながら小野さんは考えていた、いや! 猿化した小野さんは考える事は出来ない! 本能で行先を決めた! そして走った! 本能のまま走った! 「ウッホーッ!!」 小野さんは今、高揚感に満ち溢れていた! これだ! これがぼくの求めた幸せ! みたいな感じ! 「ウッホッホーッ!」 その雄叫びは はるか前方を進んでいる春名先生にも聞こえた!
「!? ・・・あの雄叫びは、」春名先生は以前にも同じ体験をしているようだ、いったいどうする!? このままでは チンパンゴリラ、略して "チンゴリ"に追いつかれてしまう! 野生化している小野さんに理性なんかない! いや、始めからあまりないかもしれない、あわよくばいいようにしてやろう! と"心の隅"でそれしか考えていなかったであろう、心の真ん中で健康的に堂々と考える事など、始めからした事が無いかもしれない!
小野さん! 筋骨隆々となった小野さんに 女性である春名先生が勝てるはずもなく、いくら男勝りと噂されていても、しょせんは女性なのだ!
森の中をものすごい速さで走り抜けるっ! 「ウッホウッホ、ウッホウッホ、ウッホウッホ、」リズミカルに 呼吸をする!
湿度の高い森は、苔の群生地でもあり緑の絨毯で覆われている、岩場も 木々も、美しい緑一色だ! 全てがみずみずしく澄んでいるこの森は マイナスイオンでいっぱいだ! 毎朝ジョギングしたら健康になりそうな所なのだ!
この美しい 高山地帯を走り抜ける チンパンゴリラのチンゴリは とうとう春名先生を見つけてしまった!! チンゴリの小野さんは本能のまま春名先生のもとへ突っ走る! 「ウッホオッ! ウッホオッ! ウッホオオオッ!」 挨拶なんてしない! 猿だからっ!
だが、春名先生の様子がおかしい! 両手に鉄砲らしきものを持っている!? どゆことおっ!? そんなの持ってたのオッ!? 銃刀法違反じゃないのかな!? そんな事はどーでもいいのだ!
春名先生は 猿のような、人のような不気味な化け物の突進にも微動だにしない! どう言う事だっ! なんだか様子がおかしいッ! 春名先生の顔が美しいっ!! 目が座っているっ! お化粧はしないのか!? 悪人の目だっ! それでも美しい! 緑の絨毯の上に佇む春名先生はまるでギリシャ神話を描いた女神様のようだっ!
それはそうと春名先生は 持っていた鉄砲を構えた! これはいわゆるライフルか!? 上下、迷彩仕様を着ているから以前テレビで見た森林警備隊のようにもみえる!
バアーンッ!! 撃ったあーっ! いい音するっ! 本物のようだ! 小野さんの足元の岩場に弾丸は命中したっ! 「ウッキーッ!!」 驚いてかわすチンゴリの小野さん!
バアーンッ!! 春名先生はすぐに 第二発目を撃った!! ためらわないっ! その弾丸はまた 小野さんの足元へと撃たれたっ!! すかさず飛び退く小野さんっ! 「ウッキッ!」 一声発すると同時に 緑の絨毯に足を滑らせ岩場から落ちてしまった! だが となりの木の枝につかまり、そのまま下へ下り また春名先生の方へと走り出した! 怖くないのかっ!? チンゴリッ!!
なんと俊敏な動きなんだ! 小野さんは チンゴリになると野生の力と本能を手に入れ、やりたい放題な事が出来るかもしれないのだ!
このままでは春名先生の元にたどり着いてしまう! その春名先生は なぜか余裕のようにも見える! 春名先生はもう一度 ライフルを構え、遠慮なく小野さんに射撃した! "バアーンッ!!" 小野さんの頭に当たったあーっ!! 禿げた頭に弾かれたあーっ! 小野さんは痛いようだ! 弾かれるものなのかあッ!? 頭をさすっている! 「ウッ・・ホー・・、」 痛いようだ―! 春名先生は もう一発、小野さんめがけて射撃した! "バアーンッ!" 続けてまた 射撃した! "バアーンッ!!" 二発続けて撃ったあっ!!
小野さんの腹に命中したあッ!! お腹を両手で押さえたあっ! もう一発は股間に当たったあっ! 大当たりだっ!! 小野さん、股間を押さえてうずくまったっ! 春名先生、ためらわず また、うずくまる小野さんめがけて射撃したアッ!! なんて怖い人だあっ!! "バアーンッ!!" 小野さん、ライフルの音にビビって思わず 内股で飛び退く! 上手にかわしたあっ!
春名先生はそれから数十発小野さんに向けて射撃するっ!! バアンッバアンッバアンッバアンッ・・ ゴリチンの小野さんは野生の本能で ビビりながらも踊るようにかわしていった! 半泣きだ!! もう止めてほしい! そんな態度を取っているようにも見えるが 春名先生は 前へ一歩、二歩と歩みだし小野さんの方へと近づいて行った! それを見た小野さんは 「ウッキーィィッッ!!(ヒエーッッ!!)」と 悲鳴を上げながら後ろへと転がり退いた! なんだか それ以上近づかないで! と言っているようにも見えるが 春名先生は 近づいて行った。
春名先生は 少し 笑みを浮かべた、それを見た 小野さんは、もしかして僕の事、好きなのかなあ? と、こんな状況でも勘違いし始めていた。
「・・ウホ、」 春名先生は小野さんの元へと更に 近づいた、小野さんは 本能で思った! ぼくの事が好きなんだあ! と。
春名先生は ライフルを手放した、そして小野さんは さらに勘違いをし、「ウッホオオーッ!(ヤッホー!)」と叫びながら 春名先生に飛びかかった!
春名先生っ! 危ないッ!! その瞬間、小野さんの首元に 春名先生は下駄を突き刺したあッ!! 何処から下駄をっ!? そんな事よりッ! チョーク攻撃だッ! そのせいで小野さんは息が出来ないっ! 尻餅をついて足をバタバタさせ苦しんでいるっ! わざとらしいプロレスを見ているようだッ!! 春名先生は 小野さんの右手をっ!?
そっと両手で掴んだ・・、これはいったいどーゆー事だッ!? 小野さんは本能で思った、え!? ぼくの事が好きなんだあ!? やっぱり! と、この状況でそう考えた! だがそれは 違ったかもしれない、なぜなら、掴まれた小野さんの右手は 春名先生の頭上高くへ持ち上げられ、小野さんの体は宙に浮いた! 小野さん、いや チンゴリは実は軽いのか!? 小野さんの体がアニメのように思いのほか、軽く持ち上がった!
そして次の瞬間、小野さんは地面に叩きつけられた! 柔道のような背負わない一本背負いのようだっ!!
そして また 小野さんの右腕は 春名先生の頭上高くへと持ち上げられ、今度は 逆の方へと叩きつけられた! とてつもなく怪力にも見える春名先生は 棒立ちのまま、ゴリチンの小野さんを 右、左へと 地面に叩きつけているッ!! バンバンバン! と十回以上も地面に叩きつけたッ!! アメリカのアニメみたいだっ! ディズニーアタックだ! いや、ディズニーはそんなことしない! トムンアンジェリーだ! アメコミアタックだっ!!
そして小野さんはッ!!
飼いならされた。
その後 小野さんは 春名先生の荷物持ちになった。
気が付くと 春名先生と ゴリラは 勝尾山の頂上近くまで来ていた、ここから先、獣は入ってはいけない、と春名先生は 小野さんに その場で "待て" を教えた。
そして 森から急に岩だらけの緩やかな登り坂となった。
その手前には大きな岩を何重にも積み上げた門柱のような柱が二本、立っていた、入口らしき場所を通り、春名先生は リュックサックを片手に奥へと進んで行った。
春名先生は はっと何かに気が付いた、「・・あれ、わたし もうこんなとこまで来ている、」 と、今まで記憶が無かったかのような事を言い始めた。
春名先生は、勝尾川から進んでいたら、もうここまで来てしまっていた、て感じなのです、無我の境地に達していたのかもしれないわ! なんて愉快に考えていた。
「ま、いっか。」と 笑顔がステキな春名先生は山頂にある 祭壇に向かった。
祭壇は 大きな岩を祭壇に その周りにたくさんの大小 岩と言うか石を積み上げられ、形成されている。
春名先生は その場所に辿り着くと、背負っていたリュックを下ろし、中からタオル、水、お神酒を入れる徳利と猪口、お線香を取り出した、祭壇手前には 以前にお供えしたお神酒徳利とお猪口を引いて その場所を掃除し、持ってきたペットボトルに入っている勝尾山の湧水を、あたりにかけて濡らし清めた。
そのあと お線香に火をつけ、小石を集めて線香を立てた。
そして二礼、二拍手、お祈り、一拍手として、祭壇の手前の足場にしゃがんだ。
新しい 徳利には 持ってきていた 720mリットルの大吟醸を注いで 一旦 祭壇に置き、お猪口を 両手で 祭壇の中心に向けて、手の届く範囲にそれを置いた、そして今度は 徳利に入れたお神酒を お猪口に注ぎ直し お祈りをした。
ひと時の静かな時間が流れた、春名先生はお線香は燃え尽きるまでじっとその場に佇んでいた。
そして残っていた水で最後の鎮火を確認して 山から下りる事にした。
これで今回の勝尾山のお参りは終了となる。
檀那場のある岩場と森の境目、そこに 大きな猿がいる、春名先生は驚いた! 怖かった! そこを通らなきゃ帰れない! なぜ 眼鏡をかけた 頭の禿げたお猿さんがいるの? と春名先生は考えていた。
春名先生は なぜか そのサルが怖かった。
立ち尽くしていた、だが 気が付いてみると また 勝尾山から知らない間に下りていたのだ、
不思議な事もあるものだ、そこは勝尾稲荷神社の 境内だった。
日は暮れかかり、そこからは綺麗な夕日が 良く見えた。
境内から階段の手前で少しの間、沈みゆく美しい夕日を眺めていた。
心は静かに高揚し、時間が止まっているかのようにゆっくりと流れていくのを感じ取っていた。
分からないほどの静かな風が 春名先生の前髪を揺らし、頬を通り過ぎていった。
春名先生は ここから見える夕日がとても好きだった、始めて そう思ったのは中学二年生、そして高校生の頃、いつか 私の旦那様と ここで夕日を見ていたい、と 考えていたあの頃を思い出していた。
夕日が御玉山に沈む前に 階段を降りた春名先生、とっても嬉しくなり、スキップするように 家路へと帰って行った。
その夜、 春名先生は夢を見ました。
あの勝尾山で見た 気味の悪いゴリラを 笑顔でいじめている 自分がいるのです、ゴリラはイジメられて喜んでいるのです、春名先生は それがとっても楽しくて仕方がないのです、そして夢の場面は変わって 春名先生に似た"子供の姿"のミケツさまと楽しいお話をしました、ミケツさまは赤い朱色の着物を着ていて、金の糸、銀の糸で川が描かれていました、そして春名先生にこんな事を言いました、
「あのなあ、岩田村になあ、疫病神が来とおえ、憑き物を従え来とおえ、もお そこまで来とおえ、」と 子どもが棒読みするかのような言い方に、それがとっても可愛く見えて仕方ありせんでした。
春名先生は その夢の事よりも この自分に似た可愛いミケツさまがとても好きなのです、と言うのも 春名先生が大学生の時に初めて一人で勝尾山に登った時以来、この可愛い小さな自分に似たミケツさまが、ずっと夢の中に現れるのです。
それ以来 春名先生は しょっちゅう時間があるときは 勝尾山の稲荷神社にお参りに行くようになりました、そして季節の変わり目には 勝尾山の山頂にある 祭壇へ お神酒を持って行くのです。
ミケツさまは 子どもの姿をしていますが すでに "約"三千歳と言う事で はっきりした歳は もう分からないそうです、だから もう れっきとした大人なので お酒を飲んでもいいのです。
ではなぜ ミケツさまは子供の姿をしているのか?
それはよく分からない。
と言うか こののち 城島先生が ミケツさまにお目にかかるときが来ます、その時 城島先生は 頭の中でこう考えます、
元は ただの狐、脳みそなんて人間の十分の一以下、つまり 五千年かかって ようやく人間の子供くらいの脳みそを手に入れたのではないかと城島先生は思ったのです、そんな失礼な事を考えた城島先生は ミケツさまから天罰のような、罰を与えられ 腹痛になるは幻覚を見るはで大変な事となります。
ミケツさまは 三千歳を生きた 狐で、生き神様と言われています、つまり 神位にあるところの 最上位のお狐様なのです。
以前 登場した "たそがれさん"は (天狐)と呼ばれる最上位から二番目の神格化されたお狐様と言う事で、この一つの位の差はとても大きいのです。
それから約一か月、山頂には雪が積もりはじめます、村では冬に備えての準備が始まります。
ちょうどその頃、ある男が勝尾山から下りてきました、その男は 縁あり帽子に丸い眼鏡に下駄を履いて、そして全裸で御山から下りてきたのです。
小野さんは 一か月前、勝尾稲荷神社の鳥居の横隅に マイ自転車を置いて 春名先生の後をストーキングしたのです。
なぜか、自転車は転がされ、タイヤの空気は抜かれ、サドルが取られて無くなっていました。
だけど 自転車に乗って帰る事にしました、全裸である小野さんは自転車に座る事を許されません、立ちこぎです。
小野さんは 黒の縁あり帽子、チャップリンが被っていたような帽子に下駄を履いて、全裸で自転車に乗っていたのです。
人間となった小野さんは 非力です、体力がありません、なので 途中 休憩のため自転車から降りようとしたところ、下駄のつめが自転車のペダルに挟まって 足を下ろせなくなったのです、まあ! 大変! 小野さんは、自分の足が動かなかったので、思わずサドルがあった場所に座ってしまったのです、突き刺さったのです。
それはとても激痛です、小野さんはそのまま勝尾川の土手にコロコロコロー・・と落っこちてしまいました。
小野さんの縁あり帽子がぬげました! その瞬間 小野さんは 猿化したのです! だけど少し違いました、勝尾山の時のように 筋骨隆々と言うわけではなく、ガリガリのチンパンジーのままでした。
たぶん 勝尾山と玉村とでは 霊的な力が違うのでしょうか? まあそれでも チンパンジーとなる事が出来た小野さんは またも理性と記憶が無くなり 新たなる旅路のスタートを切るのでありました。
・・・つづく。
第十六話 「山男の小野さん」




