第十五話 「城島先生の日常」
(ギプスの取る時期)
第十五話 「城島先生の日常」
赴任してから早々、大怪我で入院、そして三週間の休職、・・使えない奴だ、運の悪い奴だと思われているだろう。
そうやって ネガティブに考えるのが 引きこもりの特徴だと思うが、・・悪い事が起きれば、ネガティブに考えるのは当たり前の心理だと思う。
頑張ろう! そんな原動力は やはりポジティブに考えられるから、未来は明るい、全て上手く行く、と思えるものだ。
オレは 小学校教師として、素直に頑張ろう! と そう思える、だから マツバ杖をついてでも学校へ通ってしまう。
病院を退院してから 最初の登校日を考えると 今はかなり体は回復して、行き帰りも楽になってきた。
季節は 十月の半ばにさしかかろうとしていた、その頃には もうマツバ杖を使わず歩けるようになっていた。
村は 田んぼの稲穂が収穫時期を迎えていた、
都会は温暖化の影響か、十月でも暑く感じる日が何日も続くが 田舎はそうではないのだろう、まして この玉村は標高が高い位置に村があるから温暖化の影響を受けにくいのかもしれない。
この前 母さんが 上着のフリースを食品と一万円を添えて送ってくれた、オレはトレーナーの上にフリースをはおり通勤している。
宅急便の中に一万円札のお金を一緒に入れるのはダメ、?と言うのを 以前 テレビで見たことがあるような・・、仮に輸送中に何らかの事故があっても クレームをつけるような人じゃないから 郵便局に迷惑がかかる事はないが・・そー言う問題じゃないかな。
ここへ来て まだ一か月半だと言うのに 合計で十万円程の仕送りがオレの元に届いたことになる。
いろいろあって 初任給の確認をしていない、・・まあ、いいか。
少し歩くと 汗が出る、このフリースと言われる上着は かなり保温性に優れている、安く買ったんよぉー! と電話で言っていたが 母さんの金銭感覚なら "半額"と言う文字につられた可能性が高い、だけど 得したと喜んでる母さんを見ると 安心する、・・オレの方から仕送りしなきゃダメかな、思うけど・・まだ初任給の確認すらしていないし・・。
今日もいつものように 春名先生と校長に挨拶をかわし、始業時間のチャイムに合わせて教室に向かう。
教室に入ると みんなちゃんと席に座っていて 日直の掛け声で挨拶をする、きりーつ、礼、着席。
今日の当番は佐藤だった、「きりーつ、れい、ちゃく"りく"。」と まあ、こんな感じにみんなの笑いを朝一からとる、・・オレも子供の頃、日直で "着陸"と言った覚えがある、今も続くか、そのオチは。
笑いはいいものだ、授業中でもおふざけの生徒に注意はしない、ただ、他の生徒が迷惑がっていたら注意はする。
十月の日差しは心地よく 南側の窓を少し開け、教室の中に新鮮な風を入れる。
白いカーテンは風に揺れ、一緒に差し込む陽ざしをゆらゆらと動かしている。
生徒、一人一人の顔を見て明るく元気な様子を確認する、どの子も重い表情は浮かべていない、オレは平穏な日常に感謝する・・でも、子供と言うものは顔に出てからじゃ遅いのではないかと思う、それは"本物の不安"を知らないから、経験してないからだろうと思う。
オレはいつものように授業を進め、生徒の周りを一回りする、それは授業の内容を理解しているかの確認ではない、持ち物をはじめ、着ている服、髪型、などを見て回る、もちろん悟られないようにだ。
服の 襟は汚れてないか? 袖は汚れてないか? ちゃんと風呂に入っているのか? 鉛筆は何本持っているのか? 他にも、道具の使い方もよく見るようにしている、北元正美の道具はどれも古い物だが とても丁寧に使われていた、・・あの油粘土もそうだ、新品同様だった。
オレがこんな行動をとるようになったのは 北元正美の持ち物を見てからだ、・・やはり 見て見ぬ振りも教師には大事なことかもしれないが、"しっかり見る"だけでもいいのだと思う。
以前、春名先生が北元を放課後、職員室に呼び出して 持ち物検査をした事があった、・・あの時 こう言ったんだっけ「ちゃんと 見ていただけたのなら、それでいいんです。」 最初 自分がバカにされているのかって思ったけど・・、ただ 北元の筆記用具にノート、そしてあの時の粘土、・・言葉の通り ただ見てくれればいいんです。と言っただけで 他には何も言わなかった。
たぶんそれは 後は 自分で考えろと言う事なんだろうが、春名先生は 投げやりに言ったんではなく、試すつもりで言ったのでない事も分かる、・・春名先生はオレを信用してくれている、・・オレならきっと分かるはず! そしてそれ以上の何かを見つけて、素晴らしい先生になってくれると、そう信じてくれているんだ、・・・と、思うんだが・・気のせいだろうか・・。
オレは 北元の一件以来、面倒くさいから考えない、好きな事だけ考える、をやめることにした。
北元は 無口で笑わない、クラスメイトに自分から話しかけない、机の上で一人遊びをする、オレが話しかけると睨みつける、・・根に持ってんのか?・・粘土の事・・、泣かされてたのに無視して授業した事とかぁ? あ、そう言やぁ、松本百合子も睨みつけてたなぁ・・、その後、目を他所っちょにそらしてフン! とかしてたなぁ・・、繊細過ぎんだよ、そー言うものなのかぁ? ちゃんと対応しなくちゃいけないんだよな、やっぱ、・・ちゃんと謝った方がいいかなぁ・・。
松本百合子の方は目が合っても睨みつけてこなくなった、子供なんだから 忘れてくれ! 子供なんだから。
それに比べて男子はすぐ忘れる、宿題も忘れるが、いいことも悪い事もみんな忘れる、・・そのおかげで平太は オレがお化けに恐れおののいてオシッコちびった事を忘れてるのか、初日にそれを兄の昭吉と一緒になって言ったっきり次の日から ピタっと言わなくなった、・・ある意味感心する。
だが、服が汚い、特に佐藤が汚い、着ている服は良いものにも見えるが、・・次の日も汚れた服のまま登校している、それ以上に 口の周りに食べかすがへばり付いて、アニメみたいに泥棒ひげ状態の時があるが・・、母親はちゃんと見てないのか? 他の男子や女子に指摘されたりはしないのだろうか? オレは何度か佐藤に 顔を洗ってくるように指示した事があったが ちゃんと洗えてないまま教室に帰って来る時もある、強力にへばり付いているのか・・どーしよーもないので そのままで授業を始めている。
黒田はまあ・・汚れたら洗うと言う感じで、目で見て分かるくらい汚れるまで着ている、こいつもたまに かび臭いときがある。
平太は あの小田さんの孫でもあるので 他の男子よりは清潔な服を着ている、が 今でも タンクトップに短パンだ、十月の半ばで 結構 朝晩は寒くなるのにタンクトップと言う真夏の格好をしている・・、いいのか、それで。
三年女子は 三人ともいたって普通だ、松本百合子は 上下ジャージの日が多い、利倉と今中は二人仲がいい、・・たまに松本百合子が一人で寂しそうにしているようにも見えるが、そうではないんだと、思うようにしている。
オレは どーも"情け"とか"同情"とかと言う感情を表だって態度に出す事は嫌いだ、そう言った感情は その人を憐れむときに生まれる・・、非力で弱くて、何も出来なくて、恵まれなくて、惨めで、・・・そう思ってしまう時だからだ。
・・まして まだ小さな子供に それはいけない事かもしれないと、勘ぐってほしくない、自分を惨め奴とは思ってほしくないからだ。
だから笑って通り過ぎることが出来る些細な事なら "平気 平気"と 笑い飛ばして行きたい。
・・オレは今言った事を ・・大学時代のオレに言ってやりたい、・・聞かないと思うけど。
この日は五時限目で授業は終わる、一緒に給食を食べて、と言ってもオレは 窓際の先生専用の机で食べている、窓を少し開け 外の風を教室の中に入れる、秋の気持ちのいい風が吹いてくる、誰もいない運動場を見ながら オレは給食を食べる。
子供たちは 机を反対に向けて前の席と後ろの席が向かい合うようにくっつける。
今でも給食の時間になると 嬉しくなる、少年時代から受け継がれる楽しい思い出は 今でも受け継がれている。
五時間目は 二年生と三年生と七人でドッジボールをやる、少ない人数だが 子供たちはやる気満々で助かる。
三年生は三人とも女子なので 要は二年の男子となるところだろう。
ここでいつもの事だが 女子と男子チームに分かれてしまう、なので 「北元、お前 二年だから 男子の方へ行って、黒田、お前が三年チームに入れ!」と勝手に決めたら、猛反発にあったので 決めない、と言う事になった。
毎度の事 北元はオレを睨みつける・・
ドッジボールをやるのに七人で しかも運動場が広すぎる、だからと言って 運動場の隅っこでコートを地面に書いて そこでドッジをするなんて事はオレはイヤだ、なので この広ーい運動場を隅から隅まで使ってドッジボールをすることにした、多少 ルールは変更する。
せっかくの運動場だ! 使わなきゃもったいない。
オレは ドッジと鬼ごっこを混ぜたルールを考えた、鬼ごっこはタッチされたら負け! 次、その子が鬼となる、それをタッチではなく ボールにする事にした。
まず最初に 運動場いっぱいに 円を描く、オレはまだ 体に多少の痛みが残るので ボールペンで紙に描いたやつを見せ、説明した。
足で書いていくんだが、運動場いっぱいに円を描き、その中に十字を書いて その十字を通り道とする、そおすると 円の中に 四つの陣地が出来る、陣地内の人は逃げる時、四つの陣地ならどこにでも逃げられるが、ボールを手にした鬼役の人は 今いる陣地からは出られない、陣地内ではみんな敵となる、鬼役は ボールを持った人が鬼だ、そしてそのボールをあてられたら円の外に出る、もしくは円の中の十字の道なら通れる事にする、陣地の外の人がボールを手にしたら、その時点で鬼となる、鬼はそこから四つのどの陣地の人、めがけてボールを投げてもかまわない、誰かにあてる事が出来たら陣地内に復活できる。
そして最後まで 陣地に残った人が"勝ち" となる。
「じゃあ 始めるぞぉ!」とオレは 掛け声をかける。
オレは 運動場の真ん中いっぱいに描かれた円の中心めがけて バレーボール(小学校用)を投げる。
投げた瞬間、やはり横っ腹に痛みが走った、まだ 治っていないんだなと思った。
投げたボールは 真ん中あたりに 落ち、最初に手にしたのは 佐藤だった、子供たちはやる気満々、笑顔満点だ! 素晴らししい! 天気もいい! 秋の昼下がりは遊ぶに限る!
みんなはボールを手にした佐藤から逃げる、一番 狙われるのは 二年の北元正美かと思いきや、意外に走るのが早い! 同じ 平太たちよりも早いかもしれない! これは驚きだ、だが 狙われたのは三年女子の利倉&今中コンビだった、逃げるのも二人で固まって逃げている、そこを佐藤に狙われ、すぐさま二人のうちどちらかめがけてボールを投げた! が、ボールは 違う方へ飛んでいき、平太がそれを追いかけボールを手にした、すぐには投げず、周りを見てニヤニヤしながら考えていた、平太は その陣地からは移動できない、他のみんなはすでに他の陣地へ逃げた後だった。
平太は 陣地の端、いっぱいまで行き、そこからボールを投げようとしたら、「足 出てんぞっ!」と言う黒田の声、仕切り直しでもう一度 投げようとする平太、「足、出てないぞっ!」とまた、黒田がふざける、「出てないんだからいいじゃんかっ!」と言い返す平太、すると女の子たちは笑う!
今度はためらわず平太は佐藤めがけてボールを投げたが、距離がありすぎて届かない、佐藤は前進して走ってボールを取りに行く、「先生! 投げた後、オレはボールを取りに言っちゃダメぇー?」と聞く 平太に「・・ああ、そうだな ボールを持った鬼役は一回休みだ!」と 即行でルールを追加する。
当然 ボールは佐藤が手にする、隣陣地にいる黒田をねらおとすると別の陣地にいる平太が変な踊りを初めて佐藤をからかう、それを見た女子が笑う。
佐藤は十字の中心に行きどの陣地への攻撃も最短となる距離を選んだ、すると平太は女子たちのいる隣の陣地に入ってわざと女子の前に立ち また変な踊りを始めた、三年女子の利倉と今中は平太から逃げようとするが、変な踊りを踊りながらついてくる、佐藤は 平太めがけてボールを投げつけた、平太はボールが地面に付く前に 走り出し、ボールを胸でがっしりと受け止めた! 積極的だ! 取ったボールはそのままその佐藤に投げつけた! ボールは佐藤の足にあたった! 最初の外野行きは佐藤となった、円の外にしぶしぶ出ていく佐藤。
「ねえ、先生!」と平太、「佐藤があたったから外に出んだよね、そのボールは誰が投げるの?」
「誰でもいいぞ! ただし! 平太、お前は さっき鬼だったからそのボールは投げられないぞ、だから誰でもいいから誰かにボールを渡してやれ!」 平太は 円の中心あたりにボールを転がした、そしたら控えめだった女子達もみんなボールを取ろうと走り出した!
そのボールを取ったのは松本百合子だった! 松本は足が速い、「ねえ、先生、取ったらすぐに投げていいの?」と聞いた。
「おおっ! いいぞ、早く投げろっ!」
平太は松本のいる隣の陣地で 尻を振って見せ松本を挑発した、松本は平太のお尻めがけてボールを投げた! 平太はそれほど離れてない距離から松本の投げたボールをがっしり胸で受け止めた!
平太は円の中心まで走って行き そのまま松本の方へ投げる、のかと思いきや フェイントだった! ボールは 利倉たちのいる方へ投げられた!
うまい! 平太、だが 利倉までの距離は少し遠く、利倉は飛んできたボールを難なくかわした、そしてボールはワンバウンドして地面についた。
「利倉! ボールを取れ! 今中ぁっ! お前でもいいんだぞっ! ボールを取って誰かにあてろっ!」 近くにいた今中にも声をかけた、利倉は運動場の隅っこまで転がったボールを追いかけて そして戻ってきた。
利倉と今中はのんびり屋だ、ニコニコしているのかニヤニヤしているのか、微妙な笑顔を浮かべながら・・まだ、投げない。
「おい! 利倉、さっき ボールが地面に一回でもついたら 落としたってセーフだからな。それから誰でもいいからボールを投げつけろ!」 少し離れて同じ陣地にいる「・・近くにいる今中にボールを投げろっ!」と言ったら、クスクスと利倉は笑い出した。
利倉と今中は 互いを意識しながら 笑っている、なんで笑うの!?
「利倉っ 早く投げろよぉっ!」と 平太が言った、お前は利倉より一つ年下なのに呼び捨てか? それでいいのか? 小学生だから?
利倉は 平太に言われて陣地の真ん中に投げた。
「おまえっ! どこ投げてんだよッ!」と怒る平太、・・今度は おまえ呼ばわりか。
少し不機嫌になる利倉だが顔は笑っている。
黒田がボールを取って 反対側陣地に たった一人ぽつんと立っている北元めがけてボールを投げた、北元は少し驚いて後ろを向いて駆け足で逃げた!
「おいっ! 北元ぉっ! ボールを取れ! ワンバウンドしてるから取りに行けっ!」北元は おれの言葉に反応してすぐふり向き ボールの転がる場所を見つけてそのボールを取りに行った。
そこに平太がわざと北元のいる陣地に入って来て、あててみろ! と言わんばかりの態度で北元の前に立ちふさがった!
「おい! 北元っ 平太にあててやれっ! あててほしいみたいだぞっ! 近くまで行って ボールをあてろ!」
北元は 平太に近づいて行った、平太は 変な踊りを踊って ふざけている。
みんな 平太のふざけっぷりに笑っていた、あの北元も笑っていた。
「北元ぉー! 平太は お前にあててほしい欲しいみたいだぞ! おいっ! 平太ぁ! 逃げんなよぉっ! 今から 北元がボールをあてるからなぁ、」とオレも一緒になってふざけてみた。
黒田も少しずつ近づいて来ていた。
「おい! 佐藤っ! この円の中の十字路は通っていいんだぞ!」と言って オレは十字路に入って行った、そして中心まで来て、「おいっ! 北元、ボールぶつけるぞ!」と言ったら 北元は笑ってうなづいた、やっぱりこれでいい、走り回って遊んでいると自然に笑うものだから。
「今だっ! 北元、平太にボールぶつけろっ!」と言ったら 北元は慌てて 平太の方に ボールを投げつけた!
当然、ボールの飛距離は短く 平太にはあたらなかった。
平太はボールをすぐに拾い手にして、すぐさま笑いながらボールを佐藤の方へ投げつけた!
ボールは地面にワンバウンドしたから 佐藤はボールを取った。
オレも仲間に入ってドッジボールがしたい!
時折、右足だけで立つようにしていた、・・痛みはあまりない、右足に体重をかけてみる、ドッジボールに参加も出来るかもしれない。
「えっ!? 先生っ 誰でもいいのぉっ?」と言う佐藤に、「おおっ いいぞっ! 近くにいる黒田か平太にぶつけてやれっ!」
と言うと 佐藤は すぐに黒田にボールを投げつけた! ボールは黒田の足元へ飛んでいき、黒田はそれをかわすようにジャンプした。
「おしいっ!!」オレは 大きな声で言った! 平太は転がっていくボールを追いかけ そして戻ってきた。
平太は聞いてきた「先生、陣地の外にいる佐藤にはあてちゃダメなんだよねぇ・・」
「ああ、そうだ、陣地の外にいる人にはボールはあてちゃダメだ、だけど 陣地の外にいる人は 中にいる人にボールをぶつけることが出来るぞ、もしあてられたら、陣地の外に出て、あてた人は 中に戻れるぞ! 分かったか?」
「おおっ! 分かったぁっ!!」と ふざけ交じりに返事をした、と同時に 平太は ボールを天高く投げた、そのボールは高く上がり円を描くように利倉のいる方、対角線上の陣地へ落ちて行った。
平太は 結構な肩の力があるようだ、「利倉! ボール取れぇっ!」と 言った瞬間、逃げようとしていた利倉がオレの言葉に反応して 引き返し、地面にバウンドしたボールを両手で捕まえようとした、ボールは 利倉の両手に収まると思ったら、下へすっぽ抜けてしまった、利倉はすぐボールを追いかけ手にした、女子だからこんなものだろう。
オレは出来る限り円の外を小走りに走っるようにした。
「利倉ぁ! 横の今中にあてろっ!」と 言ったら今中が 利倉から逃げて、離れて行った。
「おいっ! 早く投げろっ! 今中が逃げちゃうぞっ!」そう言うと、「何やってんだよぉ、」と続けざまに言う平太、平太につられて佐藤もそれに突っ込んだ「今中ぁっ! 逃げんなよッ!」 いや、普通は逃げるだろ。
平太と黒田は また利倉に近寄った、平太はさっきの変な踊りを始めた、みんなそれを見て笑った。
「おい佐藤、今中の反対側に立ってろ! 利倉が投げたらそっち行くぞっ!」佐藤は 言われるまま、今中の後ろへと回り込んだ! 「よしっ! もし ボールが飛んできたら、今中にぶつけてやれぇ!」と言ったら 今中が慌てて移動し始めた。
「おっ!? 今中が逃げるぞっ!」
「おいっ! 利倉 早く投げろよッ!」と 今度は黒田が言った、二年男子は 三年女子を呼び捨てにしているようだ。
利倉は 今中ではなく黒田めがけてボールを投げた! 黒田は その飛んできたボールを両手と胸でがっしり受け止めすぐに利倉めがけて投げ返した! 近くからだったのでボールは利倉の足にあたって 二人目の外野行きが出た。
利倉は 残念そうだったが軽いスキップをしながら外へ出て行った。
「今中さん! ボール、」と言う松本に 今中は 急いでボールを取りに行き手にした、平太が拾おうとしたが 少し遠かった、が そのままそこに居座り ボールを持っている今中を挑発した、また変な踊りを踊り始めた。
みんなが笑った。
「今中ぁー! 平太があててみろって言ってるぞ! あててやれ!」とオレは言った。
今中は両手で 平太めがけてボールを投げつけた、と言うより 転がった、何で両手? 投げ方知らないのか? そこからぁ? ああ・・今度教えなくちゃ。
転がったボールは すぐに平太の手に渡り すぐさま今中に投げ返した! ボールは今中の腰にあたり地面に落ちた。
今中も利倉のいる方へと出て行った。
オレは 「今中、こうやって両手でボールを取るんだよ、」と 取るときの形を見せてやった、・・まずは ドッジボールでキャッチボールをしなきゃダメかな。
次の体育の時間はキャッチボールの練習がいいかな、ただ練習するだけじゃつまんないから、なにか楽しくなる練習方法を考えておかなくちゃいけないな。
今中は利倉以上に大人しい子だ、もっと大きな声で笑えるようになるといい。
これで三人の外野が出た、残る女子は 松本と北元だ、転がったボールは松本が取った! 松本はボールを取って誰にボールをあてようか考えていた。
「よし! 松本ぉっ、女子は北元が残ってるぞ! 例えばだけど、北元にパスして男子を追い詰めてい方法もあるぞ!」
松本の顔が なるほど! と言う表情に見えた。
「きたねー! 女子ばっかえこひいきしてんじゃんかあーっ!」と平太、
「その方が面白いだろ!」とオレは返事を返す。
松本は隣の陣地にいる北元にパスした!
「松本―っ! パスするときは北元の手前でボールをワンバウンドさせろ! そしたら ボールが手から落ちてもセーフだからな!」
松本は笑顔でうなずいた。
「きったねーっ!!」と 平太と黒田が文句を言う!
「よし! 松本、黒田の陣地に入って 北元からパスをもらえっ!」と言うと 松本は笑顔でうなずき黒田の近くへと行った! そこへ北元が松本へパスした! つもりだったんだろうが、黒田にカットされボールを取られてしまった! すかさず黒田は松本にボールをあてた! ボールは背を向けている松本の背中にあたった!
「あー・・」と女子たちが 残念な声を出した、反対に男子は「よしーぃ! あとは北元だけだぞっ!」 平太が言う!
北元が驚いたことに オレに話しかけてきた、「・・先生!・・どーしたらいいの?」と、どーしたらいいのって・・て言われても・・、
オレはちょっと嬉しかったので 思わず「オレが飛び入り参加するぞっ!」と言って 北元の陣地に入って行った!
「えーっ!! なんでセンセが入んだよー、」と平太、「おい平太、先生にもボールあてていぞ!」と 言った。
そしたら黒田が「・・センセー、怪我してんじゃないのー?」
「平気だよ! それより ボールをよこせ! 先生からだ!」
「えーっ!」と言う男子を無視して オレは北元と作戦会議をした。
「北元、とりあえず 二人のうちどっちかをやっつけるぞ!」 作戦はこうだ、まず北元が 男子二人のいる陣地に入って オレからのワンバウンドパスを受け取る、当然 男子二人は逃げるので 逃げる男子にボールをあててもいいし、外野にいる女子三人にパスするもよし、とにかく男子にはボールを渡さないと言う事だ! 「分かったか!」 「うん。」と返事をする北元。
もちろん外野には 「男子を挟み撃ちにするから円の外じゃなく 十字路に入れ、そしたらどこへ男子が逃げても挟み撃ちに出来るだろ!」と 大声で 円の外にいる女子に説明した!
四つの陣地のうち二つしか使えないようにする、黒田と平太は 二つの陣地のうち隣どうしの陣地に分かれている、「おい佐藤! お前も女子の援護してやれ! あの二人のうちどっちかにあてると お前は復活だ! 北元は 男子の陣地に入って先生からのパスを受けろ!」そう言って 北元は笑顔で平太の陣地に向かった! そして 程よいところで止まり こちらを振り向いた、「行くぞー! 北元―!」と言って オレは 北元にパスをした、その時 横っ腹に少し痛みが走ったが、大丈夫だ! この痛みも多少の運動で回復が早まると、都合よくオレは考える事にした。
北元は オレのパスを受け取りオレの支持を待つような仕草をした、「北元さん! こっちこっちー!」と言う 松本、ちょうど 黒田と平太の陣地の間の十字路にいる、北元は松本にパスをした、松本はボールを受け取り、平太に投げるそぶりを見せたが、オレの方へパスしてきた、オレはその時、平太のいる陣地に少し入ったとこだった、オレはボールを持ったまま 近くの北元にワンバウンドパスをした、平太は 全速力で走って誰もいない陣地へと逃げて行った!
「平太が逃げたぞー! よしっ、しかたない! 黒田を狙うぞー!」と言った、女子たちはみんな笑って返事をした!
「おい、平太! こっ戻って来いよ!」と言う黒田に対し、また へんな踊りを踊りだす平太。
女子たちはみんな笑っていた、平太は いわゆる クラスのムードメーカーなのだ。
オレは北元に 「よし、黒田の陣地に入れ、パスするから!」と言った。
北元は 今度は黒田の陣地へと行きオレのワンバウンドパスを受けた。
「平太みたいに逃げられないようにしろよー! ・・北元 黒田の近くに行って、投げつけてやれ!」
北元はオレの言うままに 近づき黒田にボールを投げつけた! ボールは黒田ががっしりと止めていた! 「北元! 逃げろー!」 すぐに北元は 黒田から遠ざかった! すかさず 黒田は 北元の背中にボールをあてた! 「ああー・・」と言う 女子たちの残念がる声。
なぜか 北元はオレを睨んできた、・・いや、これは 睨むのじゃなく・・・、たぶん きっと 負い目を感じて悪いなと思う態度での表情だろう、それに楽しさ交じりの変な表情だ!
同じ表情でも、感じ方が違ってくる、受け手側のオレに負い目があれば それはおれを軽蔑しているようにも見えるし、逆に楽しんでいるいるときに それを見れば北元を叱りつけるかもしれない、自己表現を発する側の北元はきっと まだ 人前での自己表現の数が乏しいのかもしれないし、だから 笑顔は必要だし、泣くことも必要だ、それに 怒る事や体を動かして遊ぶことで、自己表現の数を覚えることが出来、コミニケーションを多く作り上げる事が出来るものなのだろう。
北元は背筋を曲げて 顔を下に向け円の外へと出た、少し いつもと違う不自然な態度だった。
今 気づく事やいずれ気づく事で 自分の表情やコミニケーションで相手に誤解を与えてしまう、そんな風に考えてしまう事は ネガティブの連鎖を招く事にも繋がる、心が病む種が数十年後に実を結んでしまう事だけは避けたい、悪夢の芽なら摘んでおきたい、小学校の先生なら人知れず誰よりも豊かな時間を与えてあげなくてはいないんだと思う。
「北元おっ! 今度 黒田にあててやれっ!」 と言ったら 睨むのと笑顔なのとでうなずいた、変な表情だ、硬い。
陣地に残ったのは 黒田と平太の二人、「おい 黒田、平太、お前たち二人だけが残ったぞ!」
ボールは松本が手にしていた、「ねー、センセー、ボールを黒田か小田にあてればいいのぉ?」と松本、「ああ、どちらかにあてる事が出来たら松本、お前が陣地へ復活だ!」 松本は「よーしっ!」と言って二人のうちどちらかに狙いを定めていた。
だが 松本は利倉にワンバウンドパスをした、利倉はボールを取って 黒田に投げようとしていた、後ろから平太が近づき、「利倉さん! うしろっ! と言う北元、」 これまた驚いた! 北元が 利倉の事を "利倉さん" と言っていたぞ!
利倉は すぐに振り返り 平太にボールを投げた! ボールは平太の腰をかすめていった! あたったのか!? 「今のあたったのか? あたってないな、かすめたんだな、平太! いまの、セーフ!」と言ってやった、喜ぶ平太は 変な踊りをまた始めた。
ボールは今中が手にした、クラスで一番大人しい感じの今中、お前はもっと喋らなきゃいけないだろ、「今中ぁっ! 平太にあてろっ!」
今中は ちょっと焦っていた、誰かにパスしようとしていたので、「おい平太! 今中の近くに行って 勝負してやれよ!」と言ったら 嬉しそーに喜んで近寄る平太、「もっと近くによってやれ!」 平太はもっと近くに寄った、「よし、もっと近くに寄ってやれ!」 平太は え?なんで、と言う顔で また喜んで近寄った、あまりに近くまで寄ってるので みんなが笑い出した!
「今中ぁっ! 今だぁっ! 平太にあててやれっ!」と言った瞬間 慌てて平太にボールを両手で投げた! ボールは 的外れに投げられた。
佐藤が「どこ投げてんだよぉっ!」と言う。
今中は よそっぽを向いたままじっとしていた、「おい、今中ぁ! 佐藤に言ってやれ、最初にあてられたのお前だろって、・・おい佐藤! このままでいいのか? 黒田か平太のうちどっちかあてて 陣地に戻らなくて? 男子としての名誉挽回だ! どっちかあてろっ!」と言うと 「おうっ!」と言う 佐藤、やっぱり男子は単純でいい。
ボールは佐藤が手にした、そして 真剣になって二人のうちどっちかをあててやろうと真剣になっていた。
「佐藤! 本気だな! よし みんな 佐藤に手を貸てやろうか?」と言うと 女子たちは笑顔でうなずいた。
佐藤は 黒田に狙いを絞ったようだ、黒田は円の中の一番遠くに逃げようとする、そこへ平太が 黒田のいる陣地に入ってきた、「佐藤、先生にパスしろ!」と言うと 「いやっ!」と 言われた。
仕方がないので好きにさせてみた、松本が佐藤に「先生にパスしたら 黒田 追い詰める事出来るかもしれないよ!」と言うと 佐藤は オレに ボールをパスしてきた、オレは すぐに 松本にパスをした、黒田は 松本の近くにいたが すぐにまた遠くへと逃げた、「パス! パス!」と言う 佐藤、なんだか嫌々パスを佐藤にする 松本、ボールを受け取った佐藤は 円の周りを走って黒田の近くへ行こうとした、が黒田はすぐまた逃げる、その間、平太は変な踊りを踊っていた。
佐藤は 平太にめがけてボールを投げつけた、ボールはいい方向へ投げられ、平太の足元に飛んで行った、平太は逃げずにそれをしゃがんで受け止めた! 平太は運動神経もいいようだ!
平太は 自信満々の顔で堂々と陣地を歩いた、
そして 平太はボールを佐藤めがけて投げたっ!
「バカっ! 平太っ 佐藤は外野だろ! あてたって意味ないぞ!」 「ああっ! そっかぁ・・」と言って みんなに笑われていた、そして その時 五時間目の授業が終わるチャイムが鳴った。
キーンコーンカーンコーン・・
チャイムの音は どこの学校も だいたい同じ音を使うようだ。
「よし! ドッジボール終了! みんなボール持って 教室に戻るぞ! 教室に入る前には 手を洗ってうがいしてから入るんだぞ。」
この日の六時間目は算数のテストだ、一年生から三年生の問題を用意している、教員用の教材から問題を引用するんだけど オレにとってはその間、休憩だ、楽だ、テストの答え合わせも十分もかからず終わる、ラクダ。
みんな 体育の時間の後だからか、大人しくテストを受けていた。
そして 六時間目も終わり、終わりの会をやってみんなを家に帰した。
職員室でテストの答え合わせをすると、まず 松本は いつも 百点満点中、どの教科も 八十点以上を取っている、利倉と今中は 七十点から五十点の間を取っている、二年男子は、みんな揃って 五十点以下の方が多い、そして 北元だか・・なぜ? まるで 勉強が出来ないのだが・・見た目は賢そうな顔をしていて いかにも勉強が出来そうなんだか・・・なぜだ? オレに対する反抗心でテストの点が悪いのか? だけど どれもちゃんと答えは書いているが、七割ほど間違っている・・
あいつは意外だ、ほんとに意外だ! オレの想像を・・超えているのではなく 下回っている。
その時 春名先生が 学級委員長の藤原孝子と一緒に職員室に戻ってきた。
職員室には校長はいなく オレ一人だった。
「城島先生! 五時間目の体育の時間、とっても楽しそうでしたね! 年長組の子たちも 城島先生のやっていたドッジボールをやってみたいって言ってたんですよ!」
この日やったドッジボールは とても好評だった、子供たちが休み時間や放課後、残って 運動場でするほどの人気になっていた。
校長は校舎の東側にある 手作りの池に鯉やアマゴを飼っている、隣の勝尾川から竹を使って川の水をひいて池に入れている、だから池の水質は何もしなくて常に良好である。(アマゴの餌は何?)
オレが年少組の担任になってから最近の校長は、午後は池や校庭の草むしりなんかをやっている。
オレは春名先生より先に帰宅した。
歩いて帰る、まだ完治はしていないから 痛みや違和感や疲れが出て、いまだに家に帰るまでは大変だ。
村の夕暮れ時となると 冷たい風が吹いてくる、オレにとっては 汗だくになるので涼しくも思えて気持ちいい。
少しずつ道は左に曲がり小さな川に橋がかかっている、そこを渡り 道の先を見たとき、先を歩く人影を見つけた。
それは 牛を連れて歩く人の後姿だった、この玉村に来て初めて見る家畜だ、それは近づくにつれ 家畜である牛がこんなにも大きいものかと驚いてしまう、暗い茶色い毛並みの牛は蹄の音をコツコツ・・ジャリジャリ・・とたてながらゆっくりゆっくり歩いていた、オレの歩く速度の方が早いのか少しずつ距離は縮まっていった。
その牛と前を歩く人は 道の端には 等間隔で植えられている木の下で、突然止まった。
オレは 道の左側にいるその牛を避けるため、道の右端によって通り過ぎようと思った。
牛の前を歩いている人はとても小柄で 古い着物と(袴)を着て、白い手拭いを頭にかけ顎の下で結んでいる、玉村ではいまでも着物を着ている人がいるのか。
・・この牛と連れている人に、何かの違和感を感じたとき、牛の頭部に不自然さを感じた、オレは途端にその姿にゾッとした! 牛の頭部はこちらを見ている! それは 牛の顔ではなく人間の顔のようにも見える、顔の輪郭回りには黒っぽい毛が生えていた,オレを見ているその目は正面についていて、横につく草食動物の目ではなかった。
オレの体中が電気を走らしたようにゾクゾクとしていた、ありえない、気味が悪い! ・・奇形だろうか? オレは 以前に会った事のある たそがれさんが頭に浮かんだ! もしかすると神がかりの何かなのか!? 以前に不思議な体験をしているので 現実に存在すものなのかどうなのか考えてしまう、オレの頭の中は混乱していた! 牛の前にいる人は、・・ただの人なんだろうか? または、人ではない何かなのか? 全く余裕と言うものがない、恐ろしい! 気味が悪い! たそがれさんの時も恐ろしかったが、あれはたぶん、みんなが知っていた たそがれさんでもあるからだろうか? 恐ろしかったが、・・北元を助けたい一心で恐怖に負ける事はなかった。
この牛を連れている人は じっとしてまったく動かなかった、太陽が御玉山にかかろうとしていた、あたりは分かる速さで暗くなって行った、オレはこの牛の後方で立ち止まっていたが、勇気を出して 横を通り過ぎようと考えた、オレは 歩いた! 痛いッ! 腰に激痛が走った! オレはあまりの痛さに立ち止ろうとしたが、痛みを堪え先に進んだ! 痛みで体のバランスを崩して歩いてしまったために 右の太ももに変な痛みが走った! 痛ッ!! 激痛だったが歩けなくはない! オレは横の異様な姿の牛とそれを引く人を見ないで通り過ぎた!
どれだけの間。痛みに耐え歩いただろうか? あたりはかなり暗くなっていた。
そのとき 後ろから オレを呼ぶ声が聞こえた、「城島センセーイ!」 春名先生先生だ! オレはすぐに振り返り春名先生を見た! 春名先生は 電動アシストのマイ自転車に乗り それは 満面な笑顔でこちらに手を振っていた。
「城島先生! 帰る途中ですか?」と聞いてきた春名先生、オレは 来た道を春名先生越しに見た、そこにはあの気味の悪い牛とそれを引く人の姿は、もうなかった。
オレは さっきの出来事を春名先生に話してみた、すると 「・・牛ですか? 玉村は酪農はしてないから 家畜はいないはずです、・・それはもしかすると妖怪かもしれませんね。」と 最後に笑顔を見せた。
・・なんで笑顔? とオレは思った、軽くバカにされているのだろうか? やはり 信じてもらえてないのか?
「でも心配はいりませんよ! この村の妖怪さんは何もしませんから、」 春名先生は 妖怪"さん"と言っていた・・、おれが 浪人"さん"と呼ぶのと同じ意味だろうか? 春名先生は 何もしませんよ、と言うが あの姿は・・とても人に対し悪意のような、憎悪のような、そんなものを感じてしまうのはオレだけだろうか? 確かに たそがれさんも この世に存在しないような姿をしていたが、・・何だろう、たそがれさんの表情だろうか? とても大きく面長な顔をしていたが とても表情豊かだった、その表情や顔立ちに悪意や邪念のようなものを感じなかった。
「城島先生、玉村には神様がいらしゃいますし、子供たちが言う妖怪もいると思います、それはこの村の人にだけ見えるそうですよ、良かったですね城島先生! 村の人と認めてもらったんじゃないでしょうか。」
「ハハハ・・そ・そーですかぁ!」 喜んでいいのか?
「ただ・・中には不幸を喜ぶ妖怪もいますから、惑わされず居ればなんてことはありませんから。」
春名先生は妖怪を "存在するもの" として喋っているのか? 最初は冗談なのだと まともに考えなかったけど、実際に たそがれさんに会ってからは 信じないわけにはいかなくなった。
"不幸を喜ぶ" 妖怪とはどこで見分ければいいのだ? さっきの牛と人は やっぱり妖怪だったのか? そう考えると すんげー怖えーんだけど、だけど オレも胆が据わってきたのだろうか、オレが一番気にしている事、ビビりだって事が克服されようとしているのだろうか? やはり あのたそがれさんとの出来事でオレはちょっとは臆病ではなくなったのだろうか?
だが 春名先生は 妖怪は何もしないと言っていた、ほんとだろうか? もしそーなら平気だ! だが オレの知っている妖怪は ほとんどが悪さをするものだと認識してしている、親切な妖怪なんて 鬼太郎かニャンコ先生しかオレは知らない。
春名先生とは 橋を渡ったバス通りで分かれた、「また明日!」 と元気に自転車をこいで帰って行った。
オレは一人になったら、途端に 怖くなってきた、・・胆が据わったと思ったのは勘違いのようだ。
・・どーしよう、家に帰るのが怖い、またさっきの 牛・・"さん"に出会ってしまったらどーしよー・・、"さん" をつけるのはぼくには悪気がありませんと、心の中で訴えたら許してくれそーな気がするからだ。
ああー・・いやだー・・ 道がこんなに真っ暗だぁ、出来るだけ早く歩いて帰ろう、月明かりの中、アパートが見えてきた! 夕方の四時過ぎに学校を出て、もうこんなに暗いなんて・・オレはいったい何処をほっつき歩いていたんだ!
ハア・・ハア・・ハア・・ 後もうちょっと、その時 アパートの前のバス通りに出ている人影らしき シルエットが見える! まさか! 体と首が以上に細く、頭は前かがみだった、首が細く 以上に長い、その人影は 月の明かりのせいなのか、うっすらと靄のかかった光を放っているようにも見える、滑稽なバランスは不自然で幽霊のように漂っているようにもみえる、・・悪い時は悪い事が続く、また さっきの、なのだろうか・・、だが その人影は 一つ、動かずじっとこちらを見ているようにも見える、春名先生は言ってたな! 惑わされずにいれば大丈夫だと、だから落ち着け! 何もしない! 何もしてきやしない! 春名先生はそう言っていた!
その人影は 月明かりの中、オレに背を向け、向こうへと歩いて行った・・、あれは・・ああ、そうか、
光を放つように見えたのは、きっと"埃" だろう、滑稽で不自然な歩き方は 仕方がない、だって・・ドラさんだったから。
春名先生は "大丈夫ですよ" と言っていた、そして惑わされず、動じず、慌てず、騒がず、迷わず、己の道を突き進め! と、言っていた、
・・そんなに言ってなかったかな、
でも もう、大丈夫だ! さっきはドラさんだったけど・・でも、始めからオレは それほど動じなかった! やはりオレは 知らず知らずのうちに 少しずつ胆が据わってきているんだ。
やっと 玄関についた、今は 一階の 102号室に住んでいる、怪我の具合も かなりましになってきた、そろそろ 二階の本来のオレの部屋に移りたい・・ん!? ・・なんだ、扉が開いている・・?
鍵はない、だが 朝はちゃんと閉めていく、開けっ放しで閉めずに出かけるなんてありえない、子供じゃないんだ! オレはそっと 玄関の扉を開けて見る事にした、・・目の前に誰かが立っているッッ!! そいつはこっちを見ていたッッ!! オレはあまりに驚いたので 声を上げてしまった! 「ウワアアアッッ!!!」
!!? 上島ッ!? 「ハハ・・驚かせちゃった? ・・腹減ってさぁ、悪いと思ったんだけど、お前 まだ 帰ってなかっからさぁ、」 「はあアアッッ!!?? 何がっ! お前 帰ってなかったからだあッッ!!! いい加減にしろッッ!!!」 マツバ杖の先で 上島の無駄にまん丸いほっぺたを突き上げた! 「痛ててッッ!! あにすんだよぉッッ!!」 「何すんじゃねーッッ!!! テメーは何度っ 盗人に入りゃ気が済むんだっ!! ああッッ!!」
「人聞きの悪い事言うじゃねーよぉぉ・・オレがいつ盗人に入ったって言うだよ・・」 「いっまっ、だよおおッッ!!」 あまりに頭に来たので 上島の頭を マツバ杖で 何度もこずいてやった、「イテテ、イテテ・・分かったって、分かったってばッッ!」 「分かってねーだろッッ!! お前は バカだからなッッ!! 何 何個も持っていこうとしてたんだよっ!! アアアッッ!! お前っ、オレのサッポロ一番まで持って行こうとしんじゃねーッッ!!!」 オレはぶち切れたッッ!!
オレはつい 骨折していた右手を動かしてしまった!
と、同時に 右腕に激痛が走った!! 「痛ッ!!」 ・・この痛みは右腕を悪くしてしまったかもしれない、オレは そのままうずくまりかけていた、
「・・おい 大丈夫か?」と言う上島、「・・・もういいから帰れ、」オレは こいつを部屋から出ていかす事だけ考えた、
「分かったって・・もう帰るから、」と言って カップ麺を"二つ"持って部屋から出て行った。
右腕の痛みが 少しずつ和らいできた、オレは部屋に入った。
そのあと ソフィーさんが沸かしてくれたと思われる風呂にゆっくり浸かる事にした。
西側の風呂の窓は開けて入ると 外から気持ちのいい風が入ってくる。
さっき時計を見たら まだ 六時(18時)前だった、ソフィーさんは さっきまで風呂に薪をくべていたんだろう、きっと汗もかいて 早く風呂に入りたいはずだ、いや もしかすると 風呂に入ろうとしていたのをオレが先に入っちゃったのかもしれない、もしそうなら 悪い事をしてしまった、風呂が沸いているのが当たり前なんて思って オレが先に入るなんて何様だろう、と思いいつもゆっくり風呂には入るのだ。
そうは言っても 心なしかいつもより早く風呂から上がった。
五右衛門風呂は 薪で沸かすから少し時間が経つと風呂の湯は冷めている、ソフィーさんの為に少しだけ薪をくべておこう、オレは風呂から上がると 左手の火をくべるカマドのある場所へ行き 薪をくべた。
以前、ソフィーさんと一緒に薪を割ってカマドにくべる作業をやったことがあるが、この薪をくべる場所に 鉄の扉が付いている、これは以前もあったのか・・? 覚えていない。
この鉄の扉を開けるのに、どーやって開けるのか試行錯誤しながら やっと鉄の扉を開ける事が出来た、薪は南側の壁際に置き並べられている事を知っていたから そこから適当に 薪を三本持ってきて カマドにくべた、火がつくの確認して鉄の扉を閉めた。
火元から離れるのは少し 不安だが、こんなとこでじっとしているわけにもいかないので 周りに火が燃え移りそうなものがないかを確認して、102号室へ戻った。
部屋に戻ると また、玄関の戸が開いていた、オレは すぐに上島を疑った、こいつは何度言ったら分かるんだ? 戸に鍵がないとはどーいう事だ! あいつッ!! もしかして ソフィーさんの部屋にも入ってるんじゃないだろうなッ! あッ!! あいつ そー言やあソフィーさんの裸の写真を持っているとかなんとか・・春名先生の写真も持ってるとかなんとか・・、あいつなら、あいつならッ やりかねんっ!! クッソーッッ!! 羨ましーッッ!! ほんとだったのかあッッ!!
だんだん腹が立ってきた! どーしてくれようかあ! オレは 玄関の戸をそっと開けて中を確認してみる、まだ 物色中なのか? 上島のバカは、
だが 部屋には誰もいなかった。
オレがちゃんと 戸を閉めていなかったのかもしれない。
少しすると 階段を降りる足音が聞こえてきた、・・あれは ソフィーさんの足音だ、上島の下品な 重量感たっぷりの近所迷惑な足音では 決してない。
その夜は 野菜炒めとお湯を入れたら出来上がりの味噌汁と白いごはんだ。
村には野菜がタダ同然で売っている、採れたて新鮮野菜が嬉しい限りだ。
だが 野菜を炒めるにも ガスボンベで炒めてるので、そのボンベが数本と残り少ない、これが無くなると炒め物が出来なくなる、そーなれば ドラさんと同じ 主食が "生野菜" になってしまう、やばい事になっているかもしれない、体もまだ 完治していないから遠くまで買い物に行けない、何処へ行くにも何をするにも不便だ、実家の近所に住んでいた 婆さんが 「若いっていいよね、歳をとると何するの大変での~」と言っていた、年寄りになると 死ぬまでこんなに大変なのだろうか、それはとっても大変だ。
オレは夜の九時過ぎ、田舎では 深夜と呼ばれる時間帯に オレはもう一度、風呂に入りに行った、お湯は朝、掃除に来る大家さんが風呂釜から抜くことになっている、ライターを持って薪に火をつけお湯をもう一度沸かした。
その夜、一時間ほど湯船に浸かっていた、お湯が熱くなると隣にある冷たい川の水の入った小さな釜から 水をくみ上げ湯船に入れる、適温になったらまた、ゆっくりと入る。
水の入っている小さな釜は、小さいと言っても 子供一人分の風呂釜くらいはあるが、そこにチョロチョロと音を立てて水の釜に流れ込んでいる。(アパートの横の水車)
窓を開けていると時折 蛾や蚊などの小さな虫が入ってくる、標高の高い玉村では 虫の数が少ないのか、このくらいなら慣れれば平気だ、網戸は欲しいところだけど、その前に自分の部屋に網戸と鍵をつけたい、そう思って一か月以上も経ってしまっている、まあ 大怪我をしてしまった以上仕方がない、網戸は来年の春あたりに取り付けよう。
オレは ゆっくり湯船に浸かって 骨折した体をいたわっている、今日は 学校からの帰り道、散々な目に合ってしまった、あっ!! あの怖い姿の牛を思い出してしまった! 恐怖を感じると温かい湯船も冷たく感じてしまう、オレは 口が浸かるまで深く体を湯船に沈めた。
鈴虫の鳴く音が聞こえている、秋の夜風が 頭の上の窓からそっと入ってくる、玉村の風の匂いはいつも新鮮で懐かしさを感じさせる。
湯船には一時間以上は浸かっていた。
玉川は "本物の清流"と言われているから その川の水で沸かされている風呂は なんとなくご利益がありそうで、怪我も治りそうな気がする。
オレは風呂から上がり、102号室へ帰った、また 戸が少し開いていた、すぐに上島のバカが頭に浮かんだが、扉自体の立て付けが悪くなっいるのかとも考えた。
部屋の電気はつけっぱなしにしていたのでそのまま部屋に入り、戸が開かないよう扉と建具の隙間に割り箸を詰めて 風なんかで勝手に開かないようにしてみた。
その夜は もう寝る事にした。
次の日、寝覚めが悪く、汗だくで目が覚めた、よく覚えていないが 怖い夢を見たような気がするが、夢から覚めると、そのとき見た夢の内容は忘れていたりする。
昨日、寝る前に風呂に一時間も浸かっていたから体が火照ったのだろうか? そのせいでこんなに汗だくになってしまったのだろうか? それとも、覚えていないが怖い夢のせいで汗をかいてしまったのだろうか?
朝から 体は火照っていたけど気分はそれほど悪くない、オレは一時間も風呂に浸かってたから寝汗をかいたんだと結論した、きっとそのおかげで体が 二日分前倒しで回復したに違いない、と思う事にした。
朝、顔を洗うため 風呂場の脱衣所兼洗面所で顔を洗う、最近はずっと風呂場の洗面所で顔を洗っている、なぜかと言うと 大家さんが風呂掃除をしているからなんだけど、たぶんオレは人恋しいのかもしれない、大家さんの顔を見るとなぜかホッとする。
いつものように 開けっぱなされた風呂場の入口を入ると、大家さんは風呂場で掃除をしていた、掃除の時にオレはいつも居る感じとなっている、もしかするとオレは大家さんの掃除の邪魔になっているかもしれない、でも構わない。
ん!? ・・汚らしい壊れかけのタイル張りの流し台に 巨大な虫がいる、動く! これはムカデ!? 赤黒く、なんて恐ろしい姿なんだ! オレは後ずさり どーするべきか考えた、相手はムカデ、生まれて初めてのご対面、ゴキブリなら殺虫剤だが ここへ来て殺虫剤など見たことない、さて どーする・・と考えていたら、
「おはよ! 城島センセ。」と笑顔で挨拶をしてくれる、突然の挨拶に オレは後ずさり、やはり 挨拶が先か、ムカデがいるよ、と言うのが先か考えていた、だが勝手に口が開いた、「おはようございます、ムカデがいます。」とだ。オレは大家さんの顔を見ながらこう思う、春名先生がいつもニコニコしているのは 血筋なのかもしれない。
そんな どーでもいい事を考えていたら 突然 大家さんが大声だし 「ええっ! ムカデっ!?」 それは大変と(ムカデの退治?) 風呂場に置いてあるデッキブラシを持ってきて ムカデを見つけるや否や 問答無用で 「えいっ!!」と ブラシの先で潰してしまった。
そして大家さんはチリトリを持ってきて潰したムカデをとり、外の畑の横に家庭菜園用のスコップで穴を掘って そこにムカデを埋めた。
大家さんは言った、「ここのところムカデなんて見たことがなかったけど、危ないから触っちゃダメよおー!」と言っていた。
ムカデのような悍ましい姿を見て 喜んで触る者などいないだろう、あ! 雨宮メリイなら触るかもしれない、そー考えるとよく今まで無事に生きてこれたものだ。
そう言えば 昨日からなぜか立て続けに悍ましい姿の"何か?" を見てしまう、あの学校からの帰りに見てしまった、人面牛や 相変わらず不気味なドラさんに バカの上島、嫌な夢を見たような気がするし、朝から ムカデとはちあわせしてしまうし、なんてこった。
だけどオレは顔を洗うと 心まで現れたようで ちょーご機嫌になる!
元気よく 102号室にもどる、すると・・・また 戸が少し開いていた・・。
・・おかしいな、また ちゃんと閉めなかったのかなぁ、やっぱり建て付けがわるいのかなあ。
明日は休日、お休みだ! 嬉しいなったら嬉しいな、ヤッホー! と言う事で学校へ行く! 一週間、同じジャージを着て学校に行っている、匂うかもしれないが 洗濯が面倒なのでいいとする。
右腕は 骨がボキッと完全に折れていたので まだ治るのは先だろう、(ギプス?) 昨日の上島のバカのせいで その折れた右腕を少し 痛めてしまったかもしれないが、治ったらどーしてくれようか、ヒッヒッヒッ(偽笑い)。
この日 またあの個人タクシーの小野とか言う人と すれちがった、また自転車に乗っている、黒の縁あり帽子をかぶり、丈の短い黒のナイロン製コートをはおり、ジーンズに素足で下駄を履いていた、コートに素足で下駄、季節と言うTPOは無視している。
一か月ほど前にキンカン(九月?)の収穫を途中から手伝い(オレも途中から。)一番図々しく春名先生のお弁当を食べた男だ、相変わらず何もないのに 作り笑顔でいる、それの横を 通り過ぎて行った。
下駄男の乗っていた自転車のブレーキが "キキーッ"と 音立てた、同時に "ガシャン"と言う音も聞こえた、振り返ると 自転車は倒れ、下駄男は 「ウアアアーッ!」と悲鳴を上げ、"ジャバッ"と、川に落ちる音が聞こえた。
自転車のペダルに下駄がはまり、車輪ごと カラカラ・・と ペダルと下駄が回っているのが見えた、下駄男がどーなったかは知らない、そんな事より先を急がねばならないのだ。
学校につく頃には 汗だくだ、首にかけてあるタオルで汗を拭う。
校長に挨拶をし、一時間目の準備をしながら春名先生とちょっとした世間話をした。
明日の土曜日は休みだ、春名先生は 勝尾山に勝尾稲荷神社の発祥の地があると言うその場所に行くらしい、校長に「城島先生も 一緒に行けたらいいんですけどね。」と言われ 思わず "行きます!" と言いかけた。
学校への道のりをようやく、普通に通えるようになったところだ、勝尾山と言えば 御玉山の次に高い山だから、今はまだ無理でしょう。
その時 どこかでガラスの割れる音がした! 「ガシャンッ!!」 オレと春名先生は その音の方へ走って行った。
もしかすると 教室の窓ガラスがわれたのかもしれない! 誰も怪我をしてなければいいが。
教室から 松本百合子が慌てて出てきた! 「先生っ! 窓ガラス、割れちゃって・・、」
「怪我した人はいない?」と 春名先生、「はい、いないと思います。」
教室に入ると ボールを持っている黒田と、割れた窓のそばに座り込んで わめきながら泣きじゃくっている野々村議一、春名先生は急いで 野々村議一に駆け寄った! 鼻血が出ている、「大丈夫!? 議一くん!」 何言っているか分からない野々村議一、「うえああうてあでであっあっあぉぇっ・・あああっっ」
「・・先生・・、ぎーちゃんは 黒板消しが頭にあたって泣いてるんだよ、・・ガラスじゃないよ、」と言う利倉、その横で "うんうん"とうなずく今中。
つまり 平太たちが教室で ドッジボールをしていて、それに怒った 野々村議一が黒板消しを二年男子に投げつけた! それに逆に怒った二年男子がボールと黒板消しの両方を投げ返し、ボールはぎーちゃんの顔面に命中した、黒板消しは頭にあたった、その黒板消しは ぎーちゃんの頭から弾かれ後ろの窓ガラスにあたり割れてしまったと言う事だ。
そのあと、春名先生にこっぴどく怒られる 三人の二年男子、「痛いの痛いの飛んでけー!」と言ってもらっている野々村議一、その瞬間、オレの心臓が高鳴った! オレにもしてほしいッ!
その後すぐ、割れたガラスの破片を片付け、放課後 予備のガラスを職員室の西側の教室で今は倉庫になっているとこから サイズの合うの探し 窓に取り付けた。
十月の風は 冷たい、段ボールで割れた窓にあて 応急処置をした。
一時間目の授業中、オレは今中の後ろに誰かいるように見えたんで何度も目を凝らして見つめると やはり今中の後ろには誰もいなかった、少ししたらまた、今中の後ろに誰かがいるように見えたんで、もう一度 目を凝らして見てみると、やはりそこには誰もいなかった、
何度も今中の後ろに黒い影のようなものが見えてしまうのだが、今中を直視した瞬間、その 黒い影は消えている、つまり 直視せずに 視界の隅に今中を見るとその影は やはり 今中の後ろにゆらゆら揺れるように見えてしまう。
これは どー言う事なのか全く 理解できなかった、なぜ今中にだけ その黒い影が見えるのか? 着ている服のせいでそー見えるのだろうか? 今中の着ている服は 灰色にピンクのチェック柄の入ったパーカーを着ている、だからどーなんだ? 分からない。
もしかすると、これは"あれ"にあたるのかもしれない、もし そーなら 怖い、恐ろしい、オレは まだ二十六だぞ、それなのに 脳梗塞なのか!? 脳卒中なのか!? あるある大事典では "前兆" を見過ごしてはいけませんと言っていた!
どーする? 今すぐ病院に行くべきか? 授業はどーする? 自習にするか? ああっ!! 嫌だ嫌だ!! 病院なんか嫌いだ! 「あと半年です。」とか言われたらどーしよーっ! ああっ! 怖いっ! ああっ! 怖いっ! 病院が怖いっ! 大人になったら 注射とお化けは怖くなるとお母さんは言ったけど、今でも怖いッ!!
ああ・・頭がクラクラする、足に力が入らない、ウンコさん座りでも 久しぶりにしてみるか・・。
ここは教室だ! みんな 生徒がオレの顔を見ている、ちゃんとしろ! オレ!
中休みに職員室で 春名先生に聞いてみた。
「春名先生・・オレは脳梗塞かもしれません。」と言ったら 「ええっ!!?」 と、かなり驚いていた。
そして 事情を話すと、「それって・・脳梗塞なんでしょうか?」と 疑問を持たれた、校長先生は 「気になるのなら町の病院で精密検査を受けた方がいいと思いますよ。」と 言われた。
「だけど 不思議ですね、今中さんの時だけ 後ろに影が見えるんでしょ? 私たちには その黒い影が見えますか?」 と言う校長に 「いえ・・お二人には見えません・・。」
この話をして 春名先生は最後にこう言ってきた 「・・城島先生、もし 明日、お時間があるんでしたら 御玉神社の神様に聞いてみてはどーでしょうか? ・・私は 明日、どうしても 勝尾山の(檀那場)に行かなければならないのでご一緒できませんが、・・明後日の日曜日なら大丈夫なんですが・・」と春名先生が言うもんで 「えへへ、じゃあ、明後日の日曜日にでも行ってみよ―かなぁ、アハハ。
「ああそうだ、春名先生、今は稲刈りの時期だからいいのですか? 毎年 田んぼの稲刈りを手伝っているのじゃないのですか?」
「あ、なら ぼくも稲刈り手伝いますよ!」と いらぬ期待を巡らせて上機嫌で言ってしまった。
「いいんですかぁ? 城島先生はまだ体が 完全に治っていないのに稲刈りなんて・・」
稲刈りなど いくらでもお付き合いしましょう! いずれは 毎日、稲刈りするかもしれないのだから、アハハハ。
・・ああ、楽しみだなぁ、明後日の日曜日、だけど なんで御玉神社に住み着いているあの爺様なんだぁ? 春名先生は本気であの爺様の事を神様だなんて思ってないよなぁ・・、まあ 何にせよ、明後日は 春名先生と一緒にお出かけなのだから、何でもいいのだ。
次の日の土曜日は 炊事洗濯に追われる一日だった。
第十五話 「城島先生の日常」




