第十一話 「たそがれさん」
第十一話 「たそがれさん」
ようやくだが、クラス一人一人の顔が見えてきた。
一年生の 知恵にぎーちゃんこと 儀一、この子は よく泣く子だ、事あるごとにわめき散らして泣き上げる。
それに比べて 竹下千恵は 全く泣かない子だ、一番幼い一年生にして、物怖じしない。
問題は 二年男子だ、特に 黒田と佐藤は落ち着きがまるでない、北元の消しゴムの件でも 注意した後にも関わらず 北元に消しゴムを借りてい
た佐藤、どういった心境で借りてるんだ?
となりには 昭吉の弟で平太が座っているにも関わらず仲が悪いわけでもないのに 北元に借りている・・・好きなのか?
後列に座っている子は ヒソヒソ話が好きな今中と利倉、二年男子で佐藤と一緒になって北元をいじめてた黒田、そして しっかり者の松本だ。
北元は 廊下側の一番端に座っているが、相変わらず、机の上で どこに筆箱を置くか、鉛筆を置くか ノートを置くかと 楽しそうに"配置"遊び
をしている、北元は目が大きいから 表情が豊かだ、・・・オレを見る目が 露骨に冷たい。
給食の時間、オレは みんなと一緒に取るようにした。
窓際に先生用の机が置かれてある そこでオレは給食を食べる。
小学生だった頃を思い出す、オレはあの頃、・・今でもだが 勉強が嫌いだった、だけど 学校は大好きだった。
あの頃、小学校へは何しに行っているのかと思い起こせば、給食を食べて友達と遊ぶために行っていたようなものだった。
ご飯に 野菜たっぷりのおかず、隣村でとれる牛乳、ご飯に牛乳は・・ちょっと・・嫌かな、それに 団子や杏仁豆腐に小さなパンケーキ、だ。
給食の時間は 女子と男子の話声が分かれて聞こえる、前列の机を後ろに向け、机と机を合わしみんなで一緒に食べる。
男子は必ずと言っていいほどに お代わりをする、それに比べて一年の二人と 利倉は好き嫌いが多い、必ず何かを皿の上に残している。
毎回 おんっなじ事を 言っている、いちいち注意するのも疲れる。
そんな時 今中と言う 一番大人しい女子が こんな事を言い出した。
「昨日、"たそがれさん"に道を聞かれた」と。
何のこっちゃ?
そしたら 男子も女子も 「ええーっっ!! 見たのお?」と 大声を上げた。
「どこで見たの!?」「道聞かれたって!?」「どんな格好してた!?」と こんな感じに盛り上がっていた。
今中は 恥ずかしがり屋さんらしい、声が極端に小さいし、赤面している、代わりに横の利倉が話した。
「昨日の六時頃だって、・・・私んちの近くで遊んでたから その帰り道だって。」 利倉の家は村の北東側の一角になる。
今中の家は 利倉の家より 西にあって バス通りへ出る手前あたりになる。
その帰り道ってことかぁ。
そもそも"たそがれさん"とは 何なんだ?
「えーっ! 先生っ 知らないのお!?」と言う 平吉、「たそがれさんて言うのはあ、妖怪だよ!」 「違うよッ! 神様だよ! 妖怪なんて言ったら罰があた
っちゃうよ!」と みんな口々に言う。
「そうそう、女の人で 顔が長いんだよ! 髪の毛も長くて、着物着ていて が人間に化けてんだってぇー!」
玉村のテンコ様 事、たそがれさんは 今中に "ミケツさまはいずこにあらすかね"と 道を尋ねたそうだ。
八幡だとか だとか 分からないことが多すぎる、子供と言うのはこういった類の話は大好きなんだろう。
「で、・・お前は何て答えたの?」と聞いたら 指を指して「あっち。」と答えたそうだ。
「今中、お前 妖怪に道聞かれて 怖くなかったのか?」と 素朴な疑問を聞いてみた。
「・・怖かった。」とだけ。
・・何て言うんだろうか、子供の作り話として考えた方が 教師として、大人として、正しいだろう。
子供たちの中には 何回も たそがれさんに会っているものもいる、他にも (みきり岩の)や(川地蔵)(宴守) 人面牛などがあるらしい。
「この学校にも妖怪がいるよ!」と言う 松本、「お前も 会ったのか? その妖怪に、」と聞いてみたら 「うん、会ったよ。」と ニコニコ言っていた。
怖くなないのか? 「村の妖怪は何にも悪い事しないよ、・・・妖怪って言ったりしてるけど 御玉神社のお爺さんは 村の妖怪は土地神さまだって
言ってたし。」
神社のお爺さんて 上島の爺様のことか。
「だけど 悪さする妖怪もいるって言ってたぞっ!」と佐藤。
「フフフ・・あんたが悪さするから妖怪も悪さするんじゃないの・・フフ」と利倉、なかなか鋭い事を言う女子だ。
佐藤も 言い返せないでいる、それを茶化す黒田と平太、「お前 どんな悪さしたんだあ?ハハハハハ!」と言うお前ら二人、バカがバカって言って
笑ってるみたいだ。
給食の時間は なかなか楽しかった、みんなで片付けて昼休みだ。
オレは職員室に戻って春名先生が居たんで 楽しく話しかけてみた。
「さっき 女子が たそがれさんに道を尋ねられたって言ってた子がいたんですけど、」と言ったら 春名先生は「ああ! ほんとですか!?」と 興味
津々に聞いてきた。
「ええ、・・家に帰る途中、たそがれさんが "ミケツさまはいずこにあらすかね" って聞かれたから 指を指して "あっち"て 答えたそうです。・・
ほんとなんですかね、子供の言う事ですから・・。」
「ほんとかも知れませんよー、だって うちの生徒の中にも何人も "たそがれさん"に会ってるそうですよ、他にも 川地蔵さんや河童もいるそうで
す。」
「・・カッパって・・・小田さんと見間違えたんじゃないんですか?」と言ったら 校長先生も一緒になって笑い出した。
「子供たちは 妖怪って言う言葉を興味本位で使ってますけど・・昔から玉村では 昔から神がかりの現象として "八百万さま"って呼んでるんで
すよ。」と言う春名先生。
そして校長も「そうそう、妖怪は悪さをする類のものだけど玉村の 八百万さまは 悪さどころか 幸運を運んできてくれる神様として知られている
からね、・・だから 今中さんが見たって言うなら、そりゃあ とってもラッキーな事だよ。・・城島先生も いつかお目に掛かれますよ。」と言う 校長
先生だが、さすがにちょっと怖いでしょ。
お二人の話によれば、ほとんどの村の人たちは 八百万さまを御見掛けしていると言う事だが・・ほんとだろうか? 春名先生も たそがれさんに会
っているそうだ、にわかに信じがたい、超常現象のほとんどは科学で解明されている。
この"たそがれさん"とは、子供たちが妖怪と言って そりゃあもー楽しそーに話していたが 狐が人間に化けた妖怪の事で 校長や春名先生が言
うには 村の東側にある 勝尾稲荷神社のお稲荷さんだと言う事らしい。
西にある御玉神社やこの勝尾稲荷神社は ともに千年以上の歴史があることから今中の言っていた たそがれさんは 千年生きたお狐様で "天
狐"(テンコ)と呼ばれる、神位に相当するものと言う事だ。
ちなみに 今中の言葉の中に ミケツさまはいずこ・・とあったが、"ミケツさま" とは勝尾稲荷に祭られている神様の総称だと言う事で、たそがれさ
んは そのミケツさまに仕えるお狐様と言う事になる。
こう言った 非科学的な事を オレ自身、まるっきり信じてないわけじゃない。
"虫の知らせ"と言うものだがあるが、・・最期の別れと言うときに不思議な体験をすると言うものだ。
これは数年前、オレの広島の祖父ちゃんが他界する年の事で、中学生の時以来 母方の田舎に帰省すると言う事は無かったんだが、母が仲の
いい姉と電話で 村祭りの話をしていて、偶然 秋の祭りの時期に 家族四人で広島に帰ることになった、だが これが 親戚一同 最後の集まり
となってしまったのだ。
その村祭りの当日に 疎遠だった母の兄と三人兄弟が十数年ぶりで再会した。
祭りの夜に従妹たちも集まり、まるでオレが子供の頃だった時と同じ時間を過ごせて懐かしい気持ちでいっぱいだった。
そう考えると 母たちはオレ以上だったろうし、あまり喋らなかったお祖父ちゃんではあったが当然、嬉しかったはずだ。
母たちからすれば 思い出のたくさんある村祭りで 数十年ぶりの祭りとなったのだ。
母の姉がとくに"虫の知らせ"と言う 言葉を口にしていたが 説明しにくい何かがあるんだと思う、ただ 子供の頃に お彼岸のときには 必ずお
墓の横に赤い彼岸花が数本咲いていた事が印象に残ってたようで、その年のお墓参りに行ったら ずっと咲いていなかった彼岸花が咲いていた
から、母に電話でそれを話していたのだ。
オレ自身、あの最後の帰省が、お祖父ちゃんに会える最後の帰省になる気がずっとしていた、後になって 親戚たちも 胸騒ぎがずっとしていた
と言っていた。
それを 気のせいや、偶然と言いきれるかは その人次第だろうが、・・自分の気持ちに反しての胸騒ぎ、・・オレはやっぱりあれは 虫の知らせだ
と 思えて仕方がない。
人生八十年だとするなら 必ず そういった経験はするはずだ。
見ようとしなければ見えない事もあるし、考えようとしなければ答えなどは出ない。
何を見て、答えを導くかは自分自身の心だと思う。
世間はカルト的な思想を持つ集団もあるけど "特別な力が与えられる" と言う 与えられる、手に入ると言う"特別扱い"は 神様はしないはずだ
と オレは思っている。
では 生まれながらにして "平等" ではないと、総じて言う人がいるなら、それには何かの深い意味があるとしか言えない。
見ようとしなければ見過ごすものなら 神様も八百万様も見ようとしなければ見えないものだと思う。
本当に困ったとき、
人は必ず神頼みをするものだと思う、ほかに手がないからだ。
オレは 臆病で お化けと注射が嫌いだ。
だから 妖怪と言うものが この世に存在しているなら、オレの事は無視してほしいと心から思う。
秋が日に日に深まり、田んぼの稲は緑から薄茶色となり、すっかり首をもたげていた。
風は 気持ちよくふき、広い稲の波を作って サササササササー・・と音をたてている。
学校が終わって家に帰り、夕方のこの時間、オレは洗濯機を回していた。
二層式の洗濯機は 全自動じゃないので 面倒だ。
だが ここから見える西側の景色は何とも素敵に見える、三 四メートル間隔で植えられている桜の木にその横を流れる用水路、その用水路の南
側に木製の水車が回っている、そこから 風呂の水を取っているのか。
更にその向こうには一キロは続くであろう田園風景が広がっていた。
これが全部 春名先生の土地ではないだろうが 阻む建物などないから 爽快だ。
玉村の土地は緩やかに南側が高台となっているため 田園風景も 少しずつ段々と上に上がっていっている。
洗濯機の前から 西側の田園風景を見ていたら 子どもの人影が見える、女の子かな? 一人らしい。
田んぼのあぜ道を歩いているのだろう、稲の隙間から見える子供は 何かに目を奪われては穂の中に顔をうずめていた。
また ひょっこり顔だし、歩き始め、くるっと一回転して見せた。
踊るようにあぜ道を歩いているのか、女の子だなと思った。
・・誰かな? 小学生だろうから・・、うちのクラスだろうか? ・・北元? あ・・こっちを見た、・・歩き始めた、・・隠れた、子供とは忙しく動き続けるもの
だと改めて思う。
スズメやこの辺を住処にしている小鳥たちが 賑やかに飛び交っていた。
静かな夕方だ、
・・今晩は何を食べようか? 食事の準備とはこんなに大変な事なのか、・・昼は給食だから とっーても助かっているが、夜はラーメンだ。
こう ラーメンが連ちゃんで続くと 考えるだけでちょっぴり気持ち悪くなる。
「先生!」
!? 子供の声、
振り返ると・・雨宮メリイっ!!
「っ!! おまえ、ビックリするだろっ!」ほんとに驚いた! 雨宮メリイと分かったら更に驚いた。
「へへへへへぇ」と 笑う雨宮メリイの右手には黄色いバケツを持っているのが分かった。
「先生! ほら。」とバケツの中を見せてくれた。
げっ!! 蛙が二匹! しかもかなりの大物、・・底の浅い黄色いバケツなのに何で逃げない? さっき 田んぼの中を歩いていたのは やっぱりお前か
! 雨宮メリイ。
稲穂の上から顔を出したり引っ込めたりしていたのは 蛙を取っていたのかあっ! 女の子なのに平気なのか!?
雨宮メリイはわざわざバケツに手を突っ込みためらわず片手で蛙をわし掴みした、「ほら、」と言って蛙を見せようとする雨宮メリイ。
これはオレも知っている 「・・トノサマガエルか・・」 「? とのさまあ?・・」と口にする雨宮メリイ、「なんだ、おまえ知らないのか? そいつはトノサマ
ガエルって言う蛙だよ。」
「へえー!」と感心したようで、子供のまっすぐなキラキラした目で見つめてきた。
・・それにしても 加減を知らないにぎり方でわし掴みされている トノサマガエルが 非常に苦しそうに見える、もう一匹も バケツの中で大人しくし
ているが、・・トノサマガエルよ! 何があったか知らんが戦意喪失か。
「雨宮、・・おまえ 蛙なんか捕まえてどーすんだ? 食うのか?」
「えー? ・・美味しいの?」と 普通に聞いてきたので、「・・・冗談だよ 蛙は食べちゃいけないよ。」と教えてあげました。
どっかの国では蛙を食べるそうだが 現在この国では 蛙は食材ではありませんので。
「先生 この蛙は何食べるか知ってる?」
「え? おまえ まさか飼うつもり?」
「うん。」
いやー・・答えるの、難しー! 今、洗濯中だしなー、
「とりあえず 蛙は バッタとかイナゴを食べるよな・・。」
「・・ばった・・?」
・・・・。
「・・ばったって何?」
「え!? おまえ、バッタも知らないの? どんな環境で育ったんだよ、」
「・・かんきょーて?」
「・・いや・・そこは流していいぞ。」
とりあえず 雨宮メリイにバッタを教えるため、田んぼの脇にある用水路、このあたりで雑草の生えてある所を探しみることにした。
桜並木に沿いながら 雨宮メリイと探してみた、・・こうして見ると イナゴもバッタも結構いるではないか。
「・・落ちるなよ! 用水路、・・おい、雨宮! あれが・・あそこに止まってるやつがバッタだよ!」
「・・あれ、知ってる、」
用水路から生えてある雑草のいたるところにバッタはいた、「ああ、あれが バッタだよ。」
オレは桜の木に手をかけ 一段下に降り 両手でさっと バッタを捕まえた、そして 捕まえたバッタを雨宮にそっと見せてやった。
「おー!」と喜ぶ雨宮は いたって普通の女の子だ。
さっそく黄色いバケツを地面に置いて 草むらの中を探し始めた。
用水路は 深さが一メートル程ある、落ちたら怪我をするだろう、「おい、雨宮! 用水路に落ちるから あんまり近づくな!」
雨宮の持っていた黄色いバケツの中には 少量の水が残るだけで、・・すでに蛙はいなかった、雨宮メリイはそのことにまだ気づいていないだろう
。
「先生!先生! バッタ捕ったよ!」
「どれ、」と言って 両手の手の平をすこーし開くと、・・半分つぶれたバッタがいた、「・・・ああ、潰したらダメだぞ、せっかく捕まえるんだから 生け
捕りにしなきゃ。」
「はあーい!」と元気のいい返事を返してくれた。
雨宮は またすぐに草むらに入り込んだ、少し くぼんだ所に草むらがあった、「おい、雨宮! あんまり奥の方に行くなよ!」
「・・どーしてぇ?」
「どーしてって・・それゃ、危ないからだよ、足元が崩れるかもしれないし、それに・・・」と言った瞬間、雨宮が大きな声を上げた!「ああーっ!!」
「おいっ!! なんだっ!? 雨宮っ!」雨宮は 草むらに頭を突っ込んで何かをしている、「・・何だ? ・・雨宮! 何してんだ?」
「先生これー!」と言って 手に持っていたのは なんと徳大の蛇だっ!!
「ああッッ!! あ 雨宮ッ!! お前ッッ!! 捨てろッッ!! 捨てなさいッッ!!」 徳大の真っ黒い蛇、これは確か、黒いから、カラス蛇と言われてたやつか!
雨宮は 手からカラス蛇を放し、足元を見ていた、「何してんだよっ! お前はっ、蛇 怖くないのか!?」
「うん、怖くない。」
「なんで 怖くないんだ、」オレはチョー怖かったぞっ!!「お前は女の子だろっ! なんで蛇が怖くないんだよ、」
カラス蛇は見かけによらず 動きが遅いので子供の好奇心の的になって無残な姿となる事がある。
とは言え、雨宮は怖いもの知らずのようだ、これはまだ 幼い雨宮にとっては危険な事につながるかもしれない、なので そこはしっかりと大人とし
て教えなきゃいけない。
「・・雨宮、毒蛇だったらどーする?」「捕まえる。」「まだ、話の途中です!・・ちゃんと話は最後まで聞くこと! 分かったか。」
「うん。」
オレはムカデなんかの毒のある生き物もいるから気をつけなさいと、教えてあげたが・・・どーやら "毒"とは何かを教える方が先だったようだ。
オレは最初に雨宮メリイを見たときの、かわいそうな乾物屋を思い出していた。
どーすればこの雨宮から危険回避の方法を教えるかが大事な事だ。
・・行ってるそばから また草むらの中へ入って行く雨宮メリイ。
「雨宮っ! 待てっ! 蛇は追いかけるなよっ!」
きっと普通の方法では雨宮はお利口さんにはならない、なので 興味のある物で気を引くと言うのはどうだろうか?
・・例えば お菓子、子供はきっと甘いものが好きだから、甘いもので雨宮をおびき寄せて、大人しくさせる。
そして "待て"を教える。
下手に男の子の遊びを教えたら 大変なことになりそうで怖い、・・例えば 山で遊びを教えたら遭難しそうだし、川で遊びを教えたら溺れそうだし
、草むらで遊びを教えたら、どんどん奥へ行ってしまいそうだし・・・
・・・・、
「・・おい!・・雨宮!」
・・・・、
まずい・・・。
まずいぞ! ・・いなくなった!?
「雨宮あっ!! ・・おいっ!! 返事をしろッ!! 雨宮あッ!!」
ああっっ!! 雨宮がいなくなったっ!? 黄色いバケツは ここにあるっ!! 蛙はいないっっ!! 雨宮もいないっ!!
オレは雨宮の入って行った草むらの中へ飛び込んだ!! 草をかき分けたっ! 雑草の下っ! 足元を探したっ! 「雨宮あッッ!!」
いない、まずい・・、どおしようっ!? 万が一と言う事がある、・・オレは田んぼや用水路の淵を探した、・・もし、万が一が起きた場合、オレは・・・
もう一度、戻って バケツのある場所へ行ってみよう、戻っているかもしれない、まずはそれからだ!
草むらを抜け、桜の木の横、黄色いバケツが置いてある場所・・・
・・雨宮は戻っていた。
ホッとした。
しゃがんでバケツをのぞき込んでいる。
オレは少しだけ 怒った! 「雨宮っ!!」「ああっ!! 先生! どこ行ってたのお?」 ・・話は最後まで聞けっ! よ。
「・・お前がどこ行ってたんだっ!!」 「先生これ! へへへ」とバケツの中身を見せてくれた、さっきの黒い蛇が入っているぅぅーッッ!!!
「捨てろおーっっ!!! 捨てなさいッッ!!! どーすんだよっッ!!そんなもんッッ!!」「いやあっ!!」「いやじゃないッッ!! 捨てろッッ!! バカもんがあッッ!!」「い
やああッッ!!持って帰るぅっっ!!」
「はああッッ!!? 持って帰ってどーすんだよッッ!! 親がビックリするわッッ!! アアッーッ!! ほんとにっもおーッッ!!普通の男の子でもそんなもの直接
触んないぞッ!! そのうえ持って帰るだとおっっ!!」
ごねる雨宮をなんとか説得して カラス蛇の開放に成功した・・・。
・・どっと疲れが出る。
雨宮にはトンボを取る事をお勧めした。
それが一番 無難だったから・・、あと 春だったら チョウチョでいいな。
雨宮がいなくなったとき、雨宮の心配もしたが 自分の心配もした。
自分の心配を先に考えるのは 人間失格と言われそうだ。
だが 自分を犠牲にして 誰かを救える人がほんとにいるのだろうか。
名門とは言えないでも、大学時代、"頭が良い"と言う事に 人間的な価値観を見出し、優越感を持つ者が沢山いた、その反対に 無学歴の"労
働者"を 劣等"者"として見ていたとところがある。
暗黙の階級を創り出し それらの人に対し、当たり前のように無秩序にマナー違反をし、ああはなりたくない、と笑顔で言ってのける。
文武両道の者は 自分を 頭、体、どちらも優秀なんだと実感していただろうし、頭脳明晰だけなら その者より 優越的であると実感しただろう、
だが肉体的の一面をとっても またその世界、クラブ内での 優劣がある。
数字で 実績を作ってきたものは 事あるごとに やはり数字で考えるだろうし、数字で高揚感や財力を手に入れる反面、数字で苦しむかもしれな
い、と言う事にも繋がる可能性もある、歳をとって 孫でも出来ればきっと 心に新たな道や逃げ道を作るのかもしれない、道徳や宗教、心の病、
諦め、など。
大学時代は そんな空気感が当たり前だったがもちろん 無学歴な肉体労働者や羊のように群れを作る者、引きこもる者に対して、哀れみをかけ
たり 弱い立場だからと言ってフェアにすることもないとは思う、それは すべての人が善人とは言えないからだ、"卑怯"と言う言葉をとってしても
"優位"であるなら卑怯者に成り下がる必要もないからだ、負けるからズルくなるなるんだろうとオレは思う。
反対に無学歴の労働者は "頭が良い"と言う 価値観は元からないのかもしれない、なぜなら オレもそんな価値観がないからだ。
オレ自身が、勉強はしない、出来ない、大嫌い、だから 七年もかかって大学を卒業したんであって 人に自慢出来たものじゃないし価値観と言
われたところでピンとこない。
ギリシャ神話にこんな話がある、
プロメテウスは非力な人間に火と言う強さを与え、そのおかげで人間は何よりも強くなった。ゼウスはプロメテウスに "不幸を知らなければ不幸で
はない" と説いた。
ゼウスは、プロメテウスの哀れみや情けを 大罪と下し 死ぬより辛い罰をプロメテウスに与えた。
神が創りし世界の"調和"を壊したからだ。
どちらが"格上"なのかと考えた時点で、暗黙の階級はそこにあり、相手の尊厳を軽く見るのと同時に 神の尊厳すら軽く見る事にも繋がる。
"考える" 事で 人間は 優位性を考え、ありとあらゆる "罪" を作り上げてきた、と同時に 正当性を立てるために "善" も作り上げたと主張
する。
世界の裏側でお腹が空いて泣いている子供がいようが、何もできない母親が下唇を噛んで耐え忍んでいようが、知らなければ涙は出ないものだ
ろう。
たぶん、世界中の人間が 何を経験し、何を知るかで その人の人間性が決まっていくようにも思う、全てがそうだとは言わないが。
どんなに 偉くなっても病む人がいる、知る事は富を得る事に繋がるが 知らなくていい事も知ってしまう。
どっかの哲学者が "人類は滅びの道を歩いてる" と言った人がいる、誰か忘れた。
その内訳は 先にも述べた内容にあるように 知らなくていい事も知ってしまうからだ。
プロメテウスはゼウスに怒られた、
のび太がジャイアンになったら性質が悪い! 北朝鮮のバカが力を持つと バカのそばにいる正しい人から泣きを見る。
オレは今まで 家族を思う気持ち以上の聖人君子を見たことがない。
数字で考える人は 尊厳も数字で考えるのだろう、世渡り上手に取り繕う事にも躊躇しないだろう、オレは躊躇、しっぱなしだ、・・そして根を上げ
て暗い部屋でシクシク(ノД`)・゜・泣くのだ。
オレの今出来る、分かる限りで考え行動する、焦ったりしない、それが最も最善だと思うからだ。
成果を残せる数字の支配者になれる者に、・・・海賊王みたいに 数字王になれる者に、任せればいいんだ、・・ちょっと言いたかっただけ。
雨宮がいないと分かったときは ちょー焦ったけど、正直 危機感は無かった、
これからは・・、
えー・・、何だろう・・。
・・もし、崖っぷちに立たされたとき オレは、・・人の道に外れない事を考え、行動できるだろうか?
雨宮・・・、
こいつには友達がいないのだろうか? あいつはどっちかって言うと 女の子と遊ぶより 男の子の方だな、だが危なっかしい雨宮を相手にしてく
れる男子がいるだろうか?
何てことだ、
あいつにトンボの捕り方を教えてやってたら日が暮れてしまった。
洗濯するのをすっかり忘れていた。
・・ああー、・・今日も ラーメンかあー・・。
遠くのお山が赤くて綺麗だよー!
炊事洗濯、大変だよなー・・お金持ちだったら召使を雇うのに―・・、いや、奥さんがいればやってくれるじゃないか! ・・奥さんかー・・。
妄想しながらだと時間があっという間に過ぎていた。
・・そう言えば、風呂場が静かだ・・、今日はソフィーさんいないのかな? じゃあ 誰が風呂を沸かすんだよ!? ・・もしかして自分でえー!? 薪わっ
てくべんのかよ、時間かかるってぇー、んん もー!
・・あーもー! イライラしてきたっ! 洗濯物っ! 洗っても洗っても 臭いんだけどっ! なんで匂うわけっ! 腹立つなあっ!! 洗濯物ぉっ!!
っ!!?
「城島先生っ!!」 突然 何処から声が聞こえた!
はいッッ!? 振り返るとソフィーさんがいた! びっくりしたっ!
「城島先生のクラスの北元さん! いなくなっちゃったんですっ!!」
「え!? 北元が・・!?」・・雨宮じゃないよな、・・北元だよな?
「今、みんなで手分けして探しててっ・・・北元さんのお母さんが、家に帰ったら 居るはずの北元さんがいなくて、・・それで、あのっ 今っ、」
何が何だか分からなかった、ソフィーさんがえらく動揺して慌ててる・・・、
ソフィーさんの目が、・・大変なことになっていると語っている、
「北元がいなくなったって・・? 何か心当たりはないんでしょうか? お母さんは今 どちらに?」
「春名先生の家に北元さんのお母さんが訪ねて来て、・・それで、とにかく 今、看きり岩の川沿いを探すって・・」
「そこへ行きましょうっ!」
オレとソフィーさんは "看きり岩"があると言われる方へ向かった。
アパートの前から 隣村へ続くバス通りを南へ走った、途中 何人もの人に会った、「見つかったのかい?」「いえ、まだです。」
ソフィーさんの携帯端末に連絡が入っていた、まだ見つからないから岩田村(隣村)の川沿いも探してみると、春名先生からだ。
息が切れて横っ腹が痛い、稲荷神社の鳥居が見えてきた!
人が集まっていた、「どうだっ! 見つかったか?」 「いえ、私の方は・・」と答えるソフィーさん、
少しの沈黙が続いた・・。
「あの・・」ソフィーさんが口を開いた、「・・春名先生たちは 今 看きり岩から向こうを探してるって聞いたんですけど・・・」
「・・ああ、小田さんたちも川べりを中心に探してるって・・連絡は入ってるよ・・。」
オレは何も知らない、だから分からない事を聞いた「・・北元・・、なぜ 看きり岩の方だと・・・思うんですか?」
「・・あんたは・・? もしかして 最近こっちへ来た先生か?」一人の中年の男性が聞いてきた。
「あ、はい 北元の担任で 城島です ・・あの北元は、」
「あんたがじょうしまさんか・・、北元さんは お母さんと娘さん二人の 三人暮らしなんだよ・・、お母さんの方は 町までパートに出かけてて、下の
子を一緒に連れて町の幼稚園へ送ってから お母さんの方はパートに行くんだよ、・・その間、・・上の子の、・・確か正美ちゃんて言ったっけ? ・・
あの子は お母さんが下の妹さんと帰ってくるまで 一人で留守番してるんだよ・・、」
オレは 静かにショックを受けていた、家でも一人なのか・・、そうではないのか? 父親はいるのか? あの時 春名先生たちとキンカンの収穫を手
伝っいたとき 北元がお母さんと妹の三人でキンカンを採りに来ていたのを見ていた・・そのときそう思ったんだ・・。
・・だが オレは考える事を拒否していた。
・・だが、それのどこがいけない!?
間違いではない、考える事をしなかったのは 北元の事を考えての事だ、・・・同情しろと言うのか? 情けをかけろと言うのか?
あいつが他の子と違う筆記用具を持ってきていたことも知っていた、筆箱も鉛筆も鉛筆に付けるキャップも消しゴムも、下敷き、ノート、・・着ている
服も、泣いて涙を拭いていたハンカチも、ちゃんと見ていたさ、経済的な理由かと考えもした、だからって情けをかけろと言うのか? 哀れな目で見
ろと言うのか? オレはそんな事はしないっ!
北元は哀れでも惨めでもない、ちゃんとした、えらい奴だ!
オレは他の子たちと同じように見ていた。
「お母さんは 自転車で町までパートに出かけていて、いつも看きり岩の前の道を通って通勤していたんだよ。」
おとずれで 春名先生が大学時代、自転車で二時間かけて町の大学まで通っていたと言っていた、朝の九時から昼の三時までの勤務、そのあと
妹さんの向かえ、・・そうなると 夕方の五時半ごろに帰宅する。
北元が母親の帰宅が遅くて心配する時間は ・・・想像だが 三十分、六時て事になる、ソフィーさんに北元がいなくなったと聞いたのが 夜の七
時過ぎ・・母親は 帰宅して北元がいない事に気づき、あたりを探す、・・十分・・・、十五分・・、それから誰かに聞きに回る、・・・早くてもオレの耳
に入るころには三十分は経っているはず・・、
今日の五時半と言えば雨宮を家に帰して洗濯を再会した時間、
北元が 六時に家から出て外に母を求めたなら、いつも通勤に使っている看きり岩の道は知っているはず、なら、その道を逆にたどって母親を迎
えに行くはず・・・でも春名先生たちは それより先を探している・・・、車で 隣村までは探しに行っていると考えて、・・・道沿いにはいない、と言う
事になる。
・・嫌な 想像が頭を過る、
「城島先生! 城島先生! ・・大丈夫ですか?」
「あ・・はい、あのソフィーさん、北元のお母さんは今どこにいるか分かりますか?」
「・・お母さん・・なら、春名先生たちと一緒に看きり岩に行った事までは分かりますが、・・ちょっと待ってください、電話で聞いてみます。」
ソフィーさんは電話をしながら オレと一緒に看きり岩へ向かっていた。
・・考えられること、・・考えられることは・・他の道を通ったか、・・川へ落ちたか・・、考えろ、考えろ、怪我しているとしたら、道に迷っているとしたら・
・まとめろっ! よくあるケースで考えれば道に迷っていると考えれば・・・、ダメだ!!ダメだ!!
今のオレには 情報が少ない!
考えすぎれば それは時に役に立たない!
・・周りを見ろ、春名先生も言っていた事、ちゃんと見る、見ればそれでいい、・・・北元っ、帰って来いっ! 北元っ!
「先生! もう少し行ったとこが看きり岩です。」
・・北元はとても繊細で清潔で一人遊びをする子、・・こんな暗い道を小さな女の子が通るだろうか? 母親の帰る時間が五時半から六時の間・・、
としたら北元が家を出た時間が一時間後の六時半ごろだとして、・・森の道は暗くなっているだろう、
・・もし、北元と入れ違いに母親が帰宅していたとしたら すぐに心配になって 六時四十分ごろに家の外に出る、その時間なら まだ外は少しは
明るいか・・、小さな女の子ならそれほど遠くへは行けないはず、だが北元なら、・・あの子なら・・、
北元の足なら 二十分はかからずにこのあたりまで来るだろう、それに母親の通る道を知っているなら寄り道はしないはず・・、
・・こんな田舎だ、テレビで見るような誘拐などは考えたとしても 今のオレじゃ何もわからない、分かることは、一刻も早く見つけ出すこと!
ソフィーさんの言った先に 大岩があった、そこに数人の人が集まっていた、その中の一人の女性が大きな岩の正面に彫られた 一メートルほど
のお地蔵さまに手を合わしていた、泣き崩れている。
・・もしかするとこの人が北元のお母さん・・、ソフィーさんはそこにいた人とすぐに状況説明の交換をした。
一心に北元の無事を祈る女性を横目にオレは、分かる情報から最善な方法を考えた。
もし見つかったらソフィーさんの携帯端末に連絡が入る、北元の家には妹と春名先生のお婆ちゃん、大家さんが一緒にいる、帰っていれば連絡
が入る、・・それがない今、まだ 北元は見つかっていない。
暗くて分かりにくいが この道のすぐ横は 二、三メートルの下に 勝尾川が走っている、もし落ちたら、最悪も考えられる、それを見越して春名先
生と若い人を中心に川の縁に沿って探している、小田さんと梶山は川の中から探している。
オレにできる事は・・「城島先生、私たちも春名先生たちと合流しましょう!」
オレにできる事なんて、・・なんにもない! なんにも・・なんにも出来ないじゃないか!
「先生っ!」向こうから子供が走ってくるのが見える、「平太!?」
「先生! 北元 見つかったぁ?」
「いや、まだだ! ・・それより 何してる!? こんな夜にっ!! お前までいなくなったらどおするんだっ!!」
「オレは大丈夫だよ! 先生よりずっと知ってる、だから大丈夫! 兄ちゃんも 祖父ちゃんと一緒に川ン中探してるよ!」
「昭吉もっ!?」
とにかく平太を帰るよう、きつく言った! 聞いてはいないだろうが。
何も出来ないとき、人は必ず神頼みをする、・・・だがそれは 母の、子を想う "命を懸けた"神頼みだ、・・他人の誰かがそれをするだろうか? 今
こうして、探している人たちの中で、自分の命と引き換えに 北元の無事を祈っている人が何人いるだろうか? ・・不謹慎だとは分かっている、母
親以外、オレには思い当たらない!
もし、玉村に八百万様がいるんなら 北元を守ってくれよっ! オレにはなんの力もない、焦る気持ちがどんどんと心の奥の不安をあおる、恐怖感
までもがオレを支配する、何もできないっ! またかっ! またオレは・・
「城島先生・・? どうかしましたか?」と聞くソフィーさん、「・・いえ、自分が情けなくて・・、」「先生っ! これは城島先生の責任じゃありませんっ!・・そ
れに何ですかっ! まだ、何も終わってませんっ!! まだっ! 何もわかっていないんですよっ!!」
「・・ああ・・、ソフィーさんの言うとおりだ・・、」 その通りだ、何もやらないうちに・・・オレは頼りない男だ、クズだ! 最低だッ!
オレは 今できる事だけに集中した、まだ早い! まだ早い!! 絶望は全てを終わりにするっ!! 信じろっ!! まだ大丈夫だっ!! 玉村には神様がいる
っ!! あんないい子を見捨てるはずがないっ!! ちゃんと前を見ろっ! 見るだけでいいッ! そこから見える事がっ!
目の前に二股に分かれる道がある、右へ行こうとするソフィーさんにオレは 左の道がどこへ続いているか聞いてみた、「そっちは ・・私もよくは
知りませんが 行き止まりになっているはずです。」
「・・ソフィーさん! 先に行っててください! すぐに追いつきます!」と言って オレは左の行き止まりを見ることにした! 見通しはどうだろうか!? 北元
がここを通るころは夜の七時を過ぎているはず、西にある 御玉山の屋根はまだ赤く色づいている頃、このあたりは日が暮れて真っ暗になってい
たはずだ!
空は月明かりが照らして足元を見やすくしている、だが 七時を過ぎた頃は まだ 月は東を上り始めた頃だろうか。
その時!
「せんせーい!」子供の声? 北元ではないのは分かる、この声・・「こっちこっちぃ、」と言うその声は「雨宮っ!? おまえっ 何してんだっ!! こんなと
こで心配なのは分かるが、すぐに帰れっ!!」オレは 怒鳴り散らした! 一番 危なっかしい奴がいるなんて、平太といい、昭吉といい、田舎は子供
にまで手伝わせるのかっ!?
「お前までいなくなったらどーするんだっ!!」雨宮は いつものように満面な笑顔で目の前に立っていた。
「あっちに誰かいるよ、すぐに行ってみて。」と言った。
「誰か!?」 オレは雨宮の指さす方へ走って行った、だがすぐに雨宮に「お前は もう帰れっ!!」と振り返った瞬間、雨宮はいなかった、降りたんだと
思った。
この道は 下の道が見える、思った通りだ! ここから 少し遠くの母親の帰る姿も見ることも出来る! オレはもしや、と思い どうか雨宮が見つかりま
すようにと何度も心の中で祈った。
上についた ちょうど小山のてっぺんで昼間なら見晴らしがいいのだろう、 オレは先の方へ行き、あたりを見つめた! 「北元ーっ! 北元ーっ!」
耳を澄ました、ここからは下へ急斜面が続いていた、まさか、ここから!?と考えてみた、雨宮が 誰かいると言っていた、「おーいっ! 誰かいるのか
ーっ!」 耳を澄ました、・・誰もいない。
だが 雨宮は誰かいると言っていたんだから、・・オレは急斜面の崖を降りていくことにした、うわっ、滑って落ちたら大変だ! 最悪の事態が頭の隅
をよぎる。
オレは足元を確認しながら慎重に降りた、出来る限り早く、!! 今 白い何かが 下の方に見えた、草が邪魔している、人だっ!!!
ああっ!!! だめだっ!!だめだっ!!だめだっ!! 間違いだっ!! 間違いだっ!! 違うッッ!!! こんなのッッ!!!違うッッ!!! オレは岩の上に飛び降り、すぐにう
つ伏せの小さな女の子に触れた、首元、温かい、オレは体を持ち上げ揺らすことをためらった、「北元っ!!北元ーっ!! 返事しろッッ!!北元ッッ!!」
オレはうつ伏せている北元の背中に耳をあてた、心臓の確認をする! 耳を澄ます,「・・あれ、・・どこだ!?」 心臓の音を探した、「あれ・・・、どこ
だ!?」聞こえない!? 止まっている!? そんなっ!! オレは北元の体を仰向けにした、心臓マッサージ、人工呼吸、・・誰かを呼ぶのが先かっ!?いや
っ違う、人工呼吸と心臓マッサージ、オレは渾身の大声で助けを呼んだっ!!
「誰かぁあああッッッ!!! 北元が見つかったあああッッッ!!!」人工呼吸を始めた!! どうするんだっけ!? 大学で教わったはずっ!! オレの左腕を枕に
北元の顎を持ち上げたっ!! 口に息を吹き込んだっ! 一回目っ!二回目っ!三回目っ! 続いて心臓マッサージっ!!
石だらけの地面だっ! 体が傷つく、オレは首が動かないようにそっと北元を抱きかかえ さっき飛び降りた岩の上へ寝かせた、北元の胸の中心、
少し左下、みぞおちの横! 右手を下っ、左手を上に重ね、胸を押した! 柔らかい! もう少し軽く、二回! 三回! 四回! 五回! 六回! 口から息を
胸へと入れたっ!! 一回! 二回! 三回! そしてまたすぐに心臓マッサージ! 動けっ動けっ!動けっ! 耳を澄まし北元の呼吸を確認しようとした!
・・・・していないっ!!!
「かわいそうにねぇ・・」
ッ!!!
誰かが来てくれた!? オレは北元に息を吹き込もうとしながら声の方を見た、
ッッッ!!! 目を疑ったっ!! 何っ!!?? お面でも被っているのかッ!!?? その表情は 生々しく、こちらを・・オレを見ていた、それは紛れもなく生きた人
の目だ、真っ白く大きく面長の顔は人とは思えない形と大きさをつくり、繊細な表情を浮かべていた・・・
オレは すぐに我に返り北元に人工呼吸をし続けた! 一回 二回 ・・「そのわこは息が止まって三途の淵まで流されおるのぉ・・」・・たそがれさん
っ!? 宗教的な世界観を実在として捉えてるっ!! 心臓マッサージっ!!人工呼吸っ!!「・・あなたは玉村のたそがれさんですか!? お願いですっ!! こ
の子を助けてくださいっ!!北元を助けてくださいっ!!どうかっッ!!!」
「・・そのわこをかな?」
「はいっ!」
「死なぬ事をな、死なぬ事をな、良きはおまんが変わりなするか?」
オレは北元を見つめ人工呼吸を続けていた! 助かれっ!!ただその一心だった、「オレが死ねばいいんですかッ!?」・・オレが死んだら・・母さんが
悲しむ、北元の母さんもっ・・・、「代わりなるもおまんは死なん。」
「オレにも母さんがいる、母さんを悲しませたくないんです。」
「おまんは死なん、刻過ぎては帰す事相成らん、急ぎや急ぎや」もし、死ななくても一生寝っきりなら 母さんは悲しむし、オレが死ぬまで面倒見る
ことになる、・・そんな事はっ「急ぎや急ぎや・・」 どおすりゃっ!!・・北元は・・他人だ、・・幼稚な正義感で一生後悔するのか?
・・・だから、・・・そんな聖人君子なんていないだろっ、オレは見たことないんだよッ!!!
「他言無用、もし はなすれば 代わりたりてやわこ死ぬへ。」
全身に衝撃がっ!!アアアアアアアアアッッッッッ!!!! 目の前が大きく揺れるっ!!! 上も下も分からないっ!!
時間は過ぎていく。
夜は過ぎ、朝が来る。
風は涼しく、白いカーテンは揺れている、小鳥がさえずり、・・久しぶりに聞こえる雑踏らしき音。
・・・薬臭い、あ・・・思い出した・・・。
ここは町の病院だ、・・・何でオレは病院にいるんだっけ? ああ・・体が重い・・なんだ、この不快な感じは・・痛えー・・腕が痛い! えっ!? なんで!?
・・右腕が、!! 腹も痛えーっ! えーっ何これーっ!!? 足も痛えーっ!! えええっッッ!!? なんでこんなに痛いとこばっかなのおー!!?? ダズゲデェ
ェーグルジイイヨオオー・・、
「城島さん、起きました!?」と・・・白衣の天使、とは言えないお年の看護師(婦)さんが話しかけてきた。
「・・血圧計りますね、・・どうですか? 体の調子は?」と言いながら 血圧計をオレの腕に巻きつけた。
「・・・どおって、なんでオレがこんな事になってんのか、・・・」今、一瞬 あの大きな面長の顔の女性を思い出した、・・・あれは たそがれさん、始
め 今中が教室で話してたあの、・・・・「ああっ!! 北・・っ」イテー・・体があー・・・、「あっ北元は!?あの 北元はっ!?」「え? きたもと・・誰ですか?」
そうか 看護師さんは知らないよな・・、カーテンで仕切られて周りがよく分からない、だけど テレビと 人の話し声が聞こえてくる。
オレは歩けるかどうか 自分の体に聞いてみることにした。
・・痛い・・
「ああ、何してるんですか、まだ無理ですよ、ベッドから下りちゃだめですよ。」
・・体が重い・・痛い・・怖い・・泣きそーな気持ちになる。
・・北元が気になる、たしか、たそがれさんに・・・身代わりになるかと聞かれて、・・・なりますって答えたんだ・・・・、それで これか!? この体か…
「あの・・ぼくは 治るんでしょうか? 一生寝たきりなんですか!?」
「そんなことないですよ、・・・ちょっと骨折が八か所と全身に打撲かしら、・・全治六か月ですよ・・ちょっと。」
「全治六か月・・て事は 完全に治るってことですよね?」
どおやら、オレの体は元にもどる。
・・あれは 夢だったのか? ・・いや、北元が行方不明になった事は事実だ、オレは確かに、・・・・ソフィーさんに聞いて、・・・看きり岩まで行ったん
だ。
・・・一心に看きり岩のお地蔵様に祈ってた北元の母親の背中を思い出す、・・・誰であろうと、悲しむ姿は見たくない、まして・・・子を亡くした母親
なんてなおさらだ。
・・ううぅー・・気持ち悪い・・吐きそうだ、・・気分も悪い、・・・最悪な気分だ・・・・。
時間とともに あの時の事を 鮮明に思い出して来た。
・・北元の事、・・母親と妹の三人暮らし、・・筆記用具に粘土、あいつの着ていた服に 靴、髪留め・・・
それに、・・・あの時、あの白いTシャツを暗闇の中見つけたときの事、ゾッとするっ、・・・ゾッとする・・・。
あれは本物だ・・・・"たそがれさん" オレは初めて見た、非科学的だ、・・あんなのが本当にこの世には存在するのか? ・・にわかに信じがたい、
現実として考えても 絶対にありえない事だ!
自然界の法則や、オレが知っている科学、医学、進化論、どれをとってもすべてを無視し、そこに存在していた。
ただ、あれが何かのトリックでないと考える状況ではあった。
・・未知の世界への学問としては 宗教学があるが、心理学などで分かる範囲を説明し、それ以上の"因果や輪廻"となると "神の意志"となる。
何にせよ、人の思いや 思念、未知の科学が 超常現象を創り出し、時に神様と崇められたり、妖怪と恐れられたり、その土地土地に根付いた独
特な様相を創りだしたりするのかもしれない、この玉村のように、他とは違う何かを。
この日の午後、春名先生と北元、そして北元のお母さんがオレの為に見舞いに来てくれた。
北元は相変わらずオレを嫌ってるようにも見えたが、元気にピンピンしていた、・・ホッとした、心からそう思った。
すり傷程度だったが そのくらいは大人になるころには消えている。
北元の母親は オレに何度も礼を言っていた、・・・が 母親の知るところ、オレは 北元に何をしてあげられたのだろうか。
・・何を思ってオレに感謝をしたのだろうか? 最初に北元を見つけたから? それだけなら泣いて礼を言うほどじゃない、もしかしたら、オレが北元
をかばって数メートルはある崖から落ちたのではないかと・・、そう 思っているのだろうか?
北元自身も・・それに母親もあの出来事を知る者はいないし、都合よく解釈したとしても、北元をかばって崖から落ち、北元はすり傷、オレは大け
がって事でそれ以上は知るよしもない。
ただ 夢として片付けてはいけないのはオレ自身なんだ。
"死なぬ事をな、良きはおまんが変わりなするか?"
この子を死なせたくないなら 身代わりになるか?
北元が・・あの子が無事ならそれでいい。
オレは 幼稚な正義感で決めたわけじゃない、玉村の神様はいい神様だ、たそがれさんは良い神様だ。
誰も悲しまない・・最善の方法を教えてくれたんだ。
・・これでいい。
始めから脅すつもりなんてさらさらないに決まっている、人間にも事情やルールがある、
八百万様にも 言えない"その世界"での事情やルールがあるんだろう、
・・それでも、
・・それでも本来なら交わることのない世界と結び付け、"その世界"の力を使ってくれたのだ。
・・そして オレは考える時間のない一瞬に、直感で判断したんだ、
・・間違ってはいない、
・・そう、間違ってなんかいない。
もし、それが 不幸を招くとしても、・・・オレは後悔しない、
・・どちらの世界に生きていても、後悔をするのは自分次第なんだ。
いや、違う・・ あの約束を聞いた以上、もし北元を見殺しにしたら・・・
間違いなく、
死ぬまで、
・・オレは苦しんだと思う。
これが最善だったんだ。
"他言無用、もし 話すれば 代わりたりてやわこ死ぬへ"
最後のあの言葉が とても恐ろしかった。
つづく。




