魔王様。いい部下を持つ
その日、魔王城は騒然となった。我らが魔王様が急に一人称を変えたからだ。その様子を面白そうに見つめているのは弟。この件の発端となった人物だ。
「やっぱ魔王感が薄れるな」
いつものように過ごしていた俺に弟が話しかける。
「っお前が提案したんだろうがっ!?」
俺は酷く驚いた顔をする。
まぁな、と軽く弟は返した。
「や、やはり、戻すーー…」
「まぁ。魔王らしさか僧侶かって事だ。兄貴次第だよな」
俺がすべて言い終わるのを待たずに弟は言葉を返す。弟は悪戯っぽく笑い俺に答えを求めた。
魔王らしさ“俺様”か、僧侶のため“俺”のままでいくか。
「うぅ…」
真面目に考えていると弟は短く笑った。そして笑いを我慢するように手を口に添える。
「そこは悩むなよ魔王様」
控えめに笑いながら冗談っぽく言う。俺はこいつの前で真面目に考えるんじゃなかったと苛つく。
「まぁ、好きなほうにすればいいと思うぜ。兄貴」
優しい口調で宥めるように言うと弟は何処かへ行ってしまった。
なんだか真面目に言ってくれているのか、ただ楽しむためやっているのか…よくわからなくなる。
まぁいい、暫く"俺”にしていれば皆慣れていくだろう。
一つ溜息をつくと玉座の後ろの大きな窓に手を触れ、憂うような表情で外を眺める。
僧侶、今度はいつくるのだろう。
…っ、俺は何を考えているのだ。
いっきに顔が赤くなる。窓ガラスに額をぶつけ顔を抑え俯いた。それを見ていたメイドが変なものを見るような目で見てくる。
目を逸らし咳払いをして誤魔化す。
弟が皆に言っていなければ俺が僧侶を………想って、いるの、知っているのは弟しかいない。他のやつは知らない。知られてしまえば魔王としての威厳が…
「何か、お悩みですか?魔王様」
突然、後ろから静かで綺麗な声に呼びかけられる。びくっと肩を震わせ、声の方に振り返る。
「私で良いのなら、相談のりますよ」
肩まで伸びた美しい金髪で水色の混ざった灰色の瞳の女性が、大人しい笑顔で此方を見ていた。
この女性はメイド長だ。何かと俺に世話を焼いてくれる。
「あっ、いや。何でもない。大丈夫」
とっさに笑顔を作り対応する。メイド長は少し疑うような表情をみせた。
「そうですか?…まあ、弟さんの方が話しやすいでしょうからね」
冗談を言うように笑う。
「うっ…ま、まぁ、そうだな。」
「いつでも何でも、私にお申し付けくださいね。」
そう言い、一つお辞儀をするとスカートを翻し足早に去って行った。
いいやつだ。
こう考えると俺は結構、恵まれている気がする。俺も俺なりにもう少し頑張ってみよう。たとえ、結ばれなくとも…僧侶が幸せになれば…
「〜っ」
恥ずかしくなる。何をこんなに、こっぱずかしい事を考えているんだ。さっきと同なじ事を繰り返していないか?
…ふと、真面目に考えてみる。僧侶の幸せとはなんだ?この前知り合ったばかり…いや、知り合ったというより少し言葉を交わしたりした、という程度だけだが。…僧侶の幸せ…もしかしたら、俺を倒す。つまり魔王を倒す事なのじゃないだろうか?
ああ、色々考えると頭が痛くなる。やはり弟に話そう。
額に手を当てながら、玉座に力が抜けたように座る。
まずは僧侶と言葉を交わし、友達から……立場上難しい、な。
もっと話してみたい。仲間が居ては話しづらいな、
「一人で魔王城に来たりしないだろうか…」
誰もいない広い部屋で一人呟いた。
ありがとうございました