魔王様。来客
外には雨が降り続いていた。雨粒が俺の部屋の窓をノックする。外の音は全て雨音に掻き消されて、ただひたすら雨が地面に落ちる音だけが響いていた。
さすがに、こんな日には来ないよな…
ふと考えてしまう。
まだ朝だ。心地よい雨音を子守唄にもう一眠りしようか。そんな呑気なことを思っていると部屋の扉がノックされた。
「魔王様、お客様です。」
扉の向こうでメイド長が静かに言う。
「……いったい誰だ?」
俺は扉の向こうに問う。少しの間、沈黙が続く。
「…この間来た勇者の仲間の、僧侶だそうです。」
「っ!?」
一瞬、脳が言葉を理解しなかった。僧侶がこんな雨が降る日にわざわざ、この魔王城に…?
「ひ、一人で…か?」
「はい。そのようです」
突然の事で取り乱す。一人でいったい何をしにきたのだろう。
「…とりあえず、応接間にでも通しといてくれ。」
魔王城はもともと普通の城だった。だから、使いもしない応接間などがあるのだ。
俺は慌ててクローゼットを開け、着替える。髪を整え、膝くらいまであるマントを手で払うと扉を開けた。立派な螺旋階段を駆け下りると暫く廊下を進み、少し大きめな扉のノブに手をかける。
この扉の向こうに僧侶が…っ
一瞬躊躇う。
息を大きく吸い扉をゆっくりと押した。
『あっ…』
後ろから声が聞こえる。抑揚のない感情がわかりにくい、澄んだ声。
僧侶の声だ。
俺の心拍数が一気に上がる。僧侶が、後ろにいる。それだけで心臓が跳ね上がりそうだ。俺はゆっくりと振り返る。
綺麗なピンクの瞳が此方をじっと見つめていた。
「…あ、えっと」
『すみません。少し城内を見てまわっていました』
俺が取り乱していると、僧侶が俺を見つめたまま言う。
「そ、そうか……。とりあえず、中に入れ」
扉を開け、僧侶を中へ通す。僧侶は小さくお辞儀をして応接間の真ん中に置いてあるローテーブルと二人掛けの二つのソファに向かう。
「好きなとこ、座…っていいぞ」
『はい。』
二人きりで話すのは二回目。だが緊張してどんな喋り方をすればいいのか、どう振る舞えばいいのか、頭が真っ白になってしまう。言葉も上手く紡げなくなっていく。
ああ、こんな感じ…なんだな恋って……。
「…えっと、何をしにきたんだ?土砂降り、なのに…」
俺は部屋にある小さな窓をちらと見ると僧侶に目を戻す。その後、すぐ目を逸らしてしまう。
『…。貴方に話があってですね』
「俺さ………、俺、に?」
『…?』
僧侶が不思議そうに首を傾げた。
やはり違和感を感じたのだろうか。いや、でも一回会っただけだ気付くはずが無い。
『なぜ、一人称が変わっているのですか…?"俺様"というのは営業用…か、何かなのですか?』
同じ音程、速度、強弱で俺に問いかけてくる。じっと俺の目を見つめる。
気付いた、のか。一回しか会った事ないのに…
な、なんだ…鼓動が一気に跳ね上がる。嬉しい…と言えばいいのか
顔が次第に熱くなっていく。頬が赤くなっている気がする。
駄目だ、ここにいられない。僧侶の前にいられない、限界だ。
俺はソファを立ち上がり、足をふらつかせながら扉へと向かう。僧侶が困ったように立つ。
「わ、悪い。少し待っていてくれ…」
僧侶の方を向かずに顔を隠しながら扉の向こうへ出た。
左隣に気配を感じる。そっと目を向けるとそこには弟がいた。
「駄目駄目じゃん。兄貴」
俺と目が合うと弟は嘲笑いながら言う。
「う、うるさい…仕方ないだろう」
「まあ?経験なんて無いんですからねぇ?」
にやにやと馬鹿にする弟がいちいち苛立たしい。
「落ち着け兄貴。緊張することはない。…別に僧侶に今すぐ告白しろとか言ってる訳じゃ無いんだ」
「ん、なっ…!?」
弟は俺の肩に手を置き、優しく言う。俺が驚いた顔をすると、弟はくすっと笑い何処かへ行ってしまった。
緊張せず、自然に…。頑張れ、俺。
頭の中で何度も繰り返して、また僧侶のいる部屋へと戻っていった。
段々遅くなって行くかも…しれません?




