その一
時は乱世。あちらこちらで戦闘や小競り合いが起こっていた。
未だ、誰もが天下には手が届かずにいつ終わるともしれない戦いを続けていた。
そんな時代の日の本、山近くの小さな宿場町。一人の青年が辿りついた時は既に夕方に近づいていた。
青年は見たところ20歳程、旅姿で腰には武骨な刀を差している。
年のわりに落ち着いた雰囲気を醸し出す姿から諸国を巡って剣の修業をする剣客の一人であると察する者もいたはずだ。
事実、青年―火坂新右衛門―は剣客だった。
東国で水月流を修め、その剣技を携えて一人で旅に出たのは十八の頃。今年で三年になる。
いや、“一人”で旅に出た、その言葉は正確ではない。
町の中心に差し掛かろうかという時に新右衛門はふと立ち止まると空に向かってこう言った。
「おーい望月。そろそろ泊る場所を探すから降りて来い。」
ぴぃと鋭く鳴いて天から急降下したのは一羽の鷹だった。
新右衛門の後ろを低空飛行で飛びながら追いかける。
旅の中で鷹と一緒となると泊めてくれない宿も少なからずあったが、そんな時は揃って野宿をした。
人の言葉を理解するかのように賢いこの鷹は旅に出た時からの新右衛門の相棒で友だからだ。
一人と一羽で新右衛門は旅を続けていた。
(とりあえず泊る場所は何とかなったな。)
新右衛門は安堵していた。この町では無事に宿を決める事が出来たからだ。
やはりどこも断られたが、最後の宿で望月がいかに大人しく従順であるかを示した事が決め手になった。
二階の部屋に案内され、鷹の望月の寝床に大きな桶を借りてその中に古い布を敷いた。
何となくぼんやりと暗くなってきた外を窓から眺めていると、新右衛門の目に飛び込んできたものがあった。
山の方からふらりと少女が現れた。ふらりふらりと覚束ない足取りで往来の方に歩いていく。
そしてすぐ近くの向かいの宿の脇でばたりと倒れて動かなくなった。行き倒れだ。
新右衛門は思わず宿を飛び出すと少女のもとに駆け寄った。望月がその背中を追う。
倒れていたのは少女ではなく女性だった。年は自分よりも二つ三つ下だろうか。
服は山の中を彷徨ったのか枝に引っ掛かったような裂け目がいくつもある。
口元に耳を近づけ弱いながらも息がある事を確かめる。
「大丈夫か!」
そう問いかけるとうっすらと目を開いた。
新右衛門は抱きかかえるとそのまま宿に運んだ。
女将は嫌そうな顔をしたが布団と水、そして握り飯と塩を用意させた。
見たところ病ではないようだし山での飢えだろうと察したからだ。
「とりあえず水を飲め。それから飯と塩だ。」
女性は弱弱しい手つきで水を口に運び、用意された食事と塩を口にした。
「それから休め。…心配するな。俺は弱った女に手など出さない。」
新右衛門の言葉に安堵したのか、体力の限界であったのか、女性は深い眠りに付いた。
新右衛門は眠った女性の様子をそっと観察した。
顔色は悪いが色白で、長い睫毛、身体つきも女性的であり、今小町とでも呼ばれそうだ。
ただ普通の娘とは違う所があった。その身体は鍛え上げられた筋肉のしなやかさを持っていたのだ。
普通の育ちをしている娘とは違う、厳しい鍛錬の結果得られた身体であると剣客の目が教える。
望月は鋭い目つきで女性を見つめている。警戒して睨んでいるようにも見える。
(相当訳有りだな。)
そう考えたところで新右衛門は自分の考えの下らなさに呆れた。行き倒れなんて大体訳有りだ。
何にせよ女性は暫くは動けない事は間違いない。
(いざという時にはどうとでも対応できるし問題ない。)
新右衛門は女性の傍から離れると布団に横になった。
望月だけは女性の様子をじっと見つめ続けていた。
作者の趣味丸出しで作ってしまいました。
歴史・時代小説分類ですが、日本の戦国時代に良く似たどこかの世界のお話です。
有名な武将は出てくる予定はありませんのでご注意を。
一話一話はわりと短めになる予定です。
更新もそれなりに不定期の予定です。
誤字脱字、展開の矛盾等々何かありましたら教えて頂けるとありがたいです。
お読み頂きましてどうもありがとうございました。