冥界SNS 憑いったー
彼女は死んだ。
暴走したバイクに突っ込まれて即死だった。
急速な喪失が僕の心を現実から切り離す。今夜も僕は……あてどなく街をさまようのみだ。消えかけた彼女の気配をたどって……
コンビニの前で所在無く座り込む僕に、缶ビールを呷りながら男が近づいた。その足取りはかなり拙い。
「よお、今夜もお会いしました……な」
ろれつも相当じゃないか。どれだけ飲んでんだ、このオヤジ!
無視しようとした僕の隣に、オヤジは転ぶように座り込んだ。
「お~、暗いね~。大事な何かを失くしちまったヤツの面だぁ」
座り込んだオヤジはスマホを取り出し、画面をいじり始めた。
「俺も数ヶ月前に女房を失くしちまってよぉ、一時はあんたみたいに無気力に陥っちまったんだよぉ?」
「それで、酒に逃げてるんですか?」
「な~に言ってんの。酒が飲めるくらい回復したんだよ、『飲酒なう♡』っと」
オヤジの手元を覗き込めば、その画面はSNSらしい。だが、あんな黒い背景は……カスタマイズしただけか?
「新しい女の人と出会ったからですか。でも僕はそんな……」
「何言ってんの、女房よ?」
「はあ? だって、亡くなったって……」
「あいつが失くしたのは肉体だけさ。魂は今もこうやって……お、リプだ」
気がつけば僕は、酒臭いオヤジに取りすがっていた。
「そっ、それ、教えてください!」
家に帰った僕は家人に会わないようにトイレにこもり、早速スマホを取り出した。
「憑いったー? 洒落の効いた名前だな」
黒に赤文字の登録画面を弄い、ハンドルネームを入力する。
「ユウちゃん……っと」
それは彼女が僕を呼ぶときの愛称だった。
登録終了と同時に……
「ん、もうフォロワーがいる?」
メッセージを読んだ僕は、便器から立ち上がった。
【ユウちゃん、ミサキです】
「ふざけるなっ!」
悪乗りにもほどがある。失った……二度と呼ぶことすら赦されない、その名を騙るなど!
だが、少しばかりの期待はあった。どうせbotの一種だと、誰かのイタズラだとは思っているけど……ほんの少しだけ……
【初めてキスした場所、覚えてる?】
彼女と二人だけの秘密。誰にも隠していた甘い思い出を打つ。
少しの間があって……リプライは返された。
【うん、誰もいない教室で…高2の秋だったよね】
彼女はここに居る!
【コレは一体?】
【冥界SNSだよ】
この日から、僕は『憑い廃』になった……
あれから二ヶ月……常にスマホを手放さない俺の周りには誰も寄ってこなくなった。
構わない。
憑いったーの中にはミサキが居る。僕らを冷やかしに来たフォロワーさんとも仲良くなって、人間関係は充実しているのだから。
【おはよう】
と打てば、彼女は笑う。
【こっちには昼も夜もないよwwwwwwwwwww】
大爆笑している姿が目に浮かぶようだ。
【楽しそうだね、僕もそっちに……】
打ちかけた文字は、後ろからの声に邪魔された。
「おい、最近、お前さあ……」
言いにくそうにもごもごと、元友人だった彼が続ける。
「その……肩とか……こってないか?」
「はあ?」
「いや、いいんだ……」
彼は俺の背後に瞳を凝らしているようにも見えたが、それが猜疑なのか恐怖なのか、それすら僕にはどうでも良くなっていた。
新しいフォロワーさんが増えた。
【よう、俺、解る~?】
アイコンに無防備に張られた顔写真には覚えがある。
【コンビニで?】
【実は俺、こっち側来ちゃった】
【いいなあ。僕も行きたいです】
【本当に? じゃあDM送るよ】
俺は喜びに震えながらDMを待った。
それよりも先に、ミサキからのリプ。
【DMを開ける前に、聞いて欲しいことがあります。私を好きでいてくれるなら、待って】
ややあって流れたのは、長い憑いーとだった。
【私はこっちに来てから少し寂しがり屋になってしまったみたいです。ユウちゃんにすごく会いたい。でも、それが何を意味するのか知っているから、今はまだ会いたくない。ユウちゃんには現実の中で幸せになって欲しい。そんな当たり前のことを忘れてしまいそうになるから、もう、私を解放してください】
140文字に届きそうな、長い、だが短い文章が僕に正気を与える。
そうか、彼女への想いに縛られているフリをして、その実、彼女を縛り付けていたのは僕のほうだったんだ。生者を引きずり込もうとする冥鬼たちも見るTLに、彼女はどんな気持ちでこれを憑いーとしたんだろう。
彼女への最後のリプは……短いものだった。
【ありがとう】
そして僕はアカウントを消した。
彼女との思い出はアカウントのように簡単には消えないだろう。いや、消したりはしない。それでも、僕たちのつながりは……これで……