枯れた涙
---あなたは、どんな涙を一番流しましたか?
「は?」
「いや、もしそんな質問されたらどう答える?と思ってな。」
こんな変なことをコイツが言いだしたのは、数年ぶりに合った友人との飲みの席だった。会社の愚痴を両者寸分の容赦もなく言い合って一時間ほど経った頃だ。
突然こちらを向き直して真剣な目で聞いてきた。
すぐに元の表情に戻ったけど空気は戻っていない。
「冗談なら『ジョッキ一杯ほど悔し涙流して飲み干してやったww』とか言うけど・・・・・・どうかした?」
「いや、最近多いだろ?暴力事件とか恐喝事件を『いじめ』の一言で終わらせる状況」
「あー、まぁ気にするな。『学校側が強制的に和解させた』ことには違いないが、今でも昔でもきちんと許してるから。でないと一緒に酒なんて飲んでないだろ?」
「でも、時間が経つとけっこうキツいもんだな。相手が許しているのに、自分が許せない……」
若干沈み気味になっている友人は少し置いといて、戻ってくるまでコイツとの馴れ初めを少し話しておこう。
話の内容から分かると思うが、中学の頃俺はコイツにいじめられていた。テレビに報道されるレベルではないが、どこか気に食わなかったのだろう。
すれ違えば強引に肩をぶつけられ文句を言われる。
(思いっきり肩引いてたし
掃除の時間なのに教室でサッカーボール蹴るから箒で奥に弾いたらタコ殴りにされる。
(俺の何が悪い?
教師への文句が長すぎてうるさかったから一喝したら靴箱に画鋲を入れられる。
(地味にあれ心に刺さるよ
後日休憩時間に10人ほどに囲まれた。
(流石に逃げた
調理実習の時間に包丁で頬切られた。
(これ、何で警察沙汰にならなかったのか未だに分からない
椅子と机がチョークの粉まみれになってて、ロッカーのものがカッターナイフでボロボロになってた。
(この後のことは黒歴史。窓ガラス二枚はきちんと弁償しました
うん、思い出すと腹が立ってくるこの不思議。一応流血沙汰になったから一週間隔離されて、その後は給食時間にコイツと工作室で一緒に給食食べて和解って感じで有耶無耶にされた。『手を出した方が悪い』ではなく、『両成敗』とすれば波風立たないだろうからな。そこそこの高校目指してたから邪魔しなければそれでいい、って感じでそれからは関わらなかった。
数年後、高校生になってばったり出会ってしまったんだな。逃げたくても追いかけてくるから----
「で、どうなんだ?」
「ん!?あ、ああ。そうだな」
思い出で感傷に浸るのはいいけど、没頭してた……なんか恥ずかしい
えっと、どんな涙を一番流したかって話か
「……真面目で正直でないとダメか?」
「当然だ。」
「まぁ、悔し涙は一番流してるだろうな。多分感動したり嬉しかったりした時に流れた涙は0.001%もないと思う。」
「……そうか」
この言い方は、一般的に言うと正しいと思う。だけど俺から言わせると少し嘘をついているんだよな。
実際これ墓場まで持って帰る予定だし「嘘だな」は?
「嘘?」
「数字がおおげさすぎるよ。そういう時って、数学で言う途中式を隠して答えだけ書くみたいなことするだろ?」
「あー……まぁそりゃね……もう。すいませーん、ウィスキーストレート二杯」
こうなりゃ自棄だ。十分酔ってると思うが、この状態でも厨二レベルの思考を暴露するのは無理。
酒よ、我に懺悔する勇気を
「正直に言うんだったら実際に流した涙より心で流した涙の方が圧倒的に多いで。」
口調変?気にすんなww
広島弁が俺のデフォじゃ
にしても酒はすごいのぅ。今日は饒舌じゃww
「心、でか?」
「怒って泣く、ってのはわかる?それはまぁ正常な反応じゃ。もう少し我慢できるとそんな醜態は晒さずに済むが、自分は変な成長をしてしまってのう。『自分が怒っているのは自分が何か過ちを起こしたとき』って教育されてた。例えお前に殴られてもそれは殴るきっかけを作ったワシが悪い。こちらから殴ろうと思っても殴る決断をしたワシが悪い。」
これが相手にも言えることだと気づくまで、自分が我慢すればいいことがあるって甘い希望もってたなぁ。
「そう自分に言い聞かせ続けてたら、まぁ精神が先にダウンしてね……半年位自殺を真剣に悩んだよ。んでその防壁役として擬似的な人格を作った」
「ちょっと待て。お前って自閉症レベルの精神疾患持ってたっけ?」
おお、慌ててるww
楽しいなぁ。ウィスキーなくなったから梅酒飲んでるけど、これ見てるだけで充分つまみになるわww
「慌てんなって。精神疾患は生存本能か先天性のものの二つしかないらしい。俺のように必要だから作った、ってのは精神疾患に入れてくれないんだよ。」
「いや、それ十分アウトだろ。主に別の症状d「厨二病だよ?」……おい」
「別に狙ってやったわけじゃないんだけど、精神を意図的に三つに分けた。ひとつは表で真面目に動く人形。もうひとつは負の感情を押し込める容器。最後に人間らしい思考と感情がある人格。」
「あーはいはい。俺としては複数人格あると面倒だと思うが?」
いや、分けた方が都合いいで?表に出ているのが人形じゃけぇ、滅多なことじゃ切れたり暴走したりしねぇ。悪口言われても反応すんのは人格で、人形は音に反応するだけだから適切な音声でじゃなければ返事をしなければいいじゃん?
「きっちり役割分担すりゃいい話じゃん。人形は表の対応、容器は感情ゴミ捨て場、人格は思考。人格は人形に指示を出すだけで動かせない。容器は受け取るだけで何もできない。人形は人格からの指令に従っていればいい。どこぞの漫画のように魂の混線なんか発生しねぇから不具合なんぞねぇよ」
「はぁ、聴く人間違えたかな……」
「まぁまぁ、きちんと答えちゃるから。」
えっと、一番流した涙の種類だっけ?
「悔し涙は確かに結構流した。けど一番は自分が情けなくて流した涙だな」
「結局は悔し涙じゃないのか?」
「大雑把にまとめりゃそうだが、厳密には違うと俺は思うぜ。悔しいってまだ反抗的なニュアンスがありそうで、前向きじゃん。一方情けないって沈む感じで後ろ向きじゃん」
「言いたいことはわかるが意味がわからん」
それって全くわかってないってことだよね?
「うーん……悔し涙は前に進むエネルギーになるけど、情けなくて流した涙は暴走する要因になるって感じなんだけど。」
「全くわからん。悔し涙の説明は分からんこともないが、もう一方って不安要素以外の何者でもないじゃん」
「その通り。悔し涙は俺の人格の容器に溜まっていくんだよ。その中は日夜理由をつけて消化したり、理屈をつけて無効化したりで大忙しで温度はとても高い。なのにそんな不純物を入れたらさぁ大変。感情は性質変化しないけど、涙は気体になるので蒸発します。容器の中の気圧が上がります。また涙が入ります。蒸発して気体になるます。気圧が上がります。」
「爆発するじゃん」
「しかし人格内で生成された容器は物理的な概念がないので破損しません。そうして気圧が上がりすぎると、人形から受けた衝撃がきっかけで涙が逆流します。しかも逆流したものの中には消化してない負の感情たっぷり。人格の指令しか受け取っていない人形はこれを指令と勘違いして暴走を始めます。これをキレるといいます。」
「なんじゃそりゃ……」
「一回遭遇してるはずだ。えっと、あれだ。高校生になってから一度合ったとき」
ああ、あれか……と言って遠い目をせずに話を聞け。
「そんなの無理だ!あれからホラー映画とか一切見れなくなったんだぞ!?」
と言われても別に変なことはしてない。ぶん殴っただけだ。
「お前から見ればそうだけど、こっちはナイフを刺して角材ぶち当てて鉄パイプでボコボコにして血まみれにした相手が嗤いながら追いかけてくるってトラウマものだぞ?」
「それが情けない涙を流しすぎた結果だ。容器のガス抜き方法はまだ分かってないから、爆弾抱えたまま過ごしてる感覚なんだが、ここ数年は安定しててほぼ平常運行だ。」
「……はぁ」
「まぁ、その代わりかは分からんが、最近は涙が一切出なくなったな」
昔から感動しても精々うるうるする程度なのだが、本当に一切涙腺が開かなくなった。
欠伸が出ても目が潤わないのは流石にどうかと思うが、考えるのが面倒なので放置。
「眼科行け、眼科」
「放射能が含まれているため原発へ……」
「お前の涙は核か何かか?」
「制御棒を誠意捜索中ってかww」
「俺が刺してやろうか?」
「きゃー!!掘られる~!!」
「やらないか?」
「お断りします」
こうして、夜は更けていく
因みに作者は左目から涙が出ません。あくびをすれば流石に出ますが……。それといじめを強引につないだ結果がこれです。
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