幸せと不幸せ
「お前は今幸せだ」
突然告げられた言葉に、少女は不機嫌そうな顔をし、次いで呆れた顔をする。
「いきなり何?頭がおかしくなったの?…ああ、君は元から頭がおかしかったわね。愚問だったわ」
「何を言っているんだ、馬鹿女。オレはまともを通り越して天才だ。…仕方ない、愚かなお前にもわかるようにオレが解説してやろう」
「天才通り越して馬鹿の間違いでしょ。…はいはい、勝手にすれば」
少女がさらに呆れた様な顔をすると、少年は眉間にしわを寄せ、不機嫌そうだった顔を更に不機嫌そうに歪めたが、すぐに元の少し不機嫌そうな顔に高慢そうな表情を被せる。
「オレは天才だと言っているだろうが。…まず、お前が幸せだと断定する為には、幸せという事象を規定しなければならない。それはわかるな?」
「そりゃあ、そうでしょうね。幸せがどういうものかわからなければ、私が幸せかは分からないわ」
「では、幸せとはどういうものかわかるか?」
「は?…そんな事、突然言われてもわからないわよ」
「では、不幸ならどうだ?」
「え、あー…突然、事故にあって大怪我をする、とか?」
「ああ、それは不幸だな。では、仮に健康を損なわれている状態は不幸なのだとしよう。なら、字面からして、不幸とは幸福ではない状態、というう事であるから、不幸ではない状態…つまり、健康だという事は、幸福だという事になる」
「…何か、無茶苦茶な理論展開が行われたような気はするけど…確かに、健康に過ごせる、という事は幸せな事かもね」
「納得がいかない、という顔だな」
少年はニヤリ、と意地の悪そうな笑みを浮かべる。少女は眉間にしわを寄せたが、すぐ鼻を鳴らして答える。
「健康な事が幸せだと主張するのは病人や元病人位じゃない」
「ああ、そうだ。そして、それは当然の事だ。人間は比べることでしか物事を判断できないからな」
「そうかしら?」
「そうだ。比べていないつもりでも、比べているものだ。例えば、正解、基準、過去の記憶…それらと同じか、違うか、それを比べているにすぎない」
「…じゃあ、君は、幸せは不幸せと比べるから幸せという事になるんだ、とでも言いたいの?」
「その通りだ。少しは頭を使う様になったようだな、馬鹿女。…人は、不幸な目にあってこそ幸福を知るし、逆もまた然りだ。最初から幸福を知らなければ、自分が不幸だとは思わない。それは"普通の"事だからな」
「人を馬鹿馬鹿言うなって言ってるでしょうがこのバカ。…で、結局どういう事なの?」
「不幸がどんなものか知った上で現在を不幸だと思わないのなら、お前は今幸せだ、という事だ」
「…面倒くさくなって色々はしょったでしょ」
「何故なら、"幸せでない状態"は不幸とは限らないが、"不幸で無い状態"は大抵幸せだからだ」
「…いや、それはどうだろう」
「では聞くが、"不幸でなく、幸せでない状態"とはどんな状態をいう?」
「え、そんな事突然言われてもわからないわよ」
「"退屈な日常"だ」
「…。…退屈でも日常を送れるのは幸福だ、とでも?」
「否。日常を退屈だと言えることが幸福だという事だ」
「…あー…成程、"不幸ではないという幸福"ってわけね…」
「そういう事だ。だから、お前は今幸せだろう?」
「…そりゃあ、確かに不幸って程の事はないわね。そういう君はどうなの。幸せ?」
「オレは幸福だ。何故なら天才であり、他者より優れており、恵まれているからだ」
少年は全く幸せそうでない顔で言いきる。少女はそれを胡乱な眼で見ていたが、暫くして小さくため息をつく。
「ああそう、それはよかったわね」
「お前も、オレを言葉を交わせて幸せだろう」
「巫戯けるなバカ」
多分、日常の一コマ。