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六話 彼女達の休日

久しぶりの更新です


まったりと女の子達の休日を書いてみました(´ω`)

みなさまの暇潰しになっていただければ幸いです

 まだ朝食を終えたばかりの時間帯だというのに、辺りには既に夏独特のもわもわとした空気が立ち込めていた。いや、恐らくはこの妙な暖かさは夏だけが原因ではないのだろう。今日は休日で町は人々で溢れているのだ、人口密度が上昇したせいでそう感じるのかもしれない。周囲を眺めながらレベッカはそんな思いを巡らせ、住宅街の中にぽかんと空いた広場に足を踏み入れると歩幅を緩めた。

 周囲を注意深く見回しながら、絶え間なく水を噴射し続ける噴水まで歩いて行く。時計を見れば待ち合わせの時間丁度だ。彼女は再び周りに目を配らせた。

 昨日、すっかり意気投合したロミルダと今日でかける約束をしたのだ。目的はもちろん買い物。普段なら金銭面の問題もあり、必要最低限の物しか買わないのだが、今回は異例だ。なにせ給料が他の町の二倍なのだ。少女の財布には服や雑貨などを買う余裕は十分にあった。

 いつもより少し厚めな財布を鞄の上からぎゅっと握りながら、噴水の周りをぐるりと回っていく。広場の人を入念に観察していく。犬を隣に散歩をする人、噴水の周囲ではしゃぐ子ども達、広場に集まった我が物顔の鳩の集団にパンくずを投げ込む老人……それらの光景が高ぶった思いに水を差したような気がした。今まで歩いてきた道もそうだったが、やはりここも人が多いように見える。さてこの中から無事にロミルダを見付けられるのだろうか……そんな不安がふと心をよぎる。

 そんなとき、不意に視界を見覚えのあるツインテールが横切った。長い、きれいな色の茶髪だ。

「ロミルダ?」

 控えめに声をかけてみる。ツインテールの少女はすばやく反応してくれた。やはりロミルダだ。彼女はレベッカを見るとほっとしたように胸を撫で下ろした。

「よかったぁ。見付けられて。意外に人が多いから不安だったんだ」

「私も。ほんと、運がよかったわ。こんな人混みの中で見付けられるなんて」

 言いながら改めて広場を見回す。やはり異常なほどに人が多い。

「今来たところ?」

「ええ。ロミルダは?」

「私も今来たところよ。やっぱりレベッカとは気が合うわねー。それじゃあ、行こっか」

 ロミルダの言葉にレベッカが頷き、二人は雑踏の中を並んで歩き始めた。


「それでね、そいつ店長に向かって『こんな店、こっちからお断りよ!』って言って出て行ったのよ。まったく、どうかしてるわよあの女!」

「あはは……」

「それからなのよね……うちの店の悪い噂が立ち始めたのは。絶対あの女の仕業よ。もう許せない! ……あー思い出したらイライラしてきた」

 歩き始めて数分と経ってない内に口元をひくひくとし始めたロミルダに、レベッカは苦笑いした。

「まあまあ落ち着いて。ほら、今日は思い切り楽しむ日なんだから。そんな初っ端から機嫌悪くしないで。ね?」

 レベッカになだめられ、少しは冷静を取り戻したのか、彼女はしゅんとしてため息をついた。

「あぁごめん。つい……そうよね。今日は楽しむ日なのよね。よし! あんな女のことは忘れる! これでオーケー?」

「うんうん。その調子」

 切り替えの早いロミルダに感心しながら、空を見る。快晴だ。これなら雨の心配は無用だろう。

「なんかレベッカってもったいないよなー。スタイルいいのに」

 不意にロミルダがそう切り出し、空を仰いでいたレベッカは思わず立ち止まった。見ればこちらを見てロミルダが残念そうにため息をついている。

「……あの、それって暗にセンス悪いって言ってる?」

 失礼な、と言わんばかりに頬を膨らませる。しかしレベッカの問いに彼女は答えず、代わりにため息で応じた。その様子にむっと眉をひそめる。

「あなたも女の子だったらオシャレしなさいよ。まぁ、旅人だから荷物とかの関係でほいほい服買えないのはわかるけどさ」

 そう言われ、自分とロミルダの服装を見比べる。派手で今どきの若者っぽい服装のロミルダ。対して自分は動きやすさ重視のオーバーオール……ロミルダとのオシャレのあまりの差に羞恥を覚え、一気に自己嫌悪に襲われた。

「そ、そうだけど……。服ってかさ張るし、はっきり言って邪魔なのよね」

 たじろぎながらもぞもぞと言い訳すると、ロミルダの眉が何かに反応したようにぴくりと動いた。

「邪魔って……あなた本当に女の子?」

「…………」

「はぁ、まったく……信じられない。そりゃレベッカが男勝りっていうか男っぽいのはわかってたけど……ねぇ?」

 信じられない、という彼女の視線に自然と身が小さくなる。何か言い返そうと目を泳がす。

「……わ、私だって別に好んでこんな格好してる訳じゃないのよ? ただ荷物のことを考えると選べる服が限られてくるっていうか、その………………私だってたまには女の子っぽいことしたいっていうか……」

 言い訳と共にふと本音が零れる。それを見透かしたのか、ロミルダはしばらく黙った後に明るく言った。

「まぁ、いいんじゃない? たまには旅のことを忘れてのんびり女の子ライフを堪能してもさ。せっかく女の子に生まれてきたんだし。それにさっきも言ったけど、レベッカ容姿いいんだから。……本当もう、もったいないったらないわ」

 呆れたようにレベッカから目を離し、場所を確認するように辺りを見回す。行き先が決まったのか、ロミルダはぐいっとレベッカの腕を掴み歩き始めた。ロミルダに引きずられるようにして歩く。

「ついてきて。私が案内してあげる」

「ちょ、どこ行くの?」

「決まってるじゃない。洋服買いに行くのよ。ほら、歩いた歩いた」

「いや、でも私は……」

 せっかくの誘いだが、荷物のことがある。それを考慮すればやはり行かない方が得策のような気がしてならない。足取りは重かった。

「いいから行くの。今日は休日なんだし、ぱーっといこうよ! 旅のことなんて忘れてさ! ね?」

 レベッカの思いを知ってか知らずか、彼女は強く腕を引きながらどんどん先を行く。

「いやでも……」

「いいのいいの。この際旅のことなんて気にしない! たまには息抜きしなくちゃやってけないじゃない。だからさ、ね!」

「……そうね。じゃあ、ぱーっといこっかな」

「よし。そうこなくちゃ!」

 結局ロミルダの勢いに負け、膨らむ期待と少しばかりの罪悪感をひしひしと感じながら、レベッカは彼女に引きずられる。車道を横切り、向かいの歩道を歩く。広い歩道のすぐ隣にはファッション店が立ち並び、ガラスケースの中に飾られた服がときおり目を留める。

「わっ」

「きゃっ」

 ガラスケースの中の服に目を奪われていると、誰かに肩がぶつかった。

「す、すいません。よそ見してて……」

 ふらついた体を元に戻し、下を見ると書類が床に散乱していた。相手の女性が顔を真っ青にして書類を拾う。

「すいません。大丈夫ですか?」

 集めた書類を女性に渡す。ズリ落ちたメガネをはめ直しながら、急いでいるのか、時計を一瞥してから彼女は立ち上がった。

「こちらこそすいません。急いでいたので……」

 お互いに顔を見合わせる。レベッカは彼女の顔に覚えはなかったが、女性はレベッカを見た途端に目を丸くした。

「あ、あの、何か……?」

「あ、い、いえ! なんでもありません……急いでいるので、失礼します」

 戸惑ったように早口にそう告げ、女性は雑踏に紛れて行った。その姿を目で追う。

「レベッカ、どうしたの?」

「ううん。なんでもない。行こ」

 いつまで経っても動こうとしないレベッカの裾をロミルダが引き、レベッカは立ち上がった。あの女性の反応は、もしかしたら顔見知りだったのかもしれない。だとしたら悪いことしたなぁ……そう思いながら女性から視線を外す。

「よし。着いたわ」

 ドアをくぐり、中に入る。

 若い世代が多いからか店内の雰囲気は明るい。売られている服は若い女の子向けの物ばかりだ。スカートが人気なのか、短いもの、長いもの、花柄のものなど一つのスペースが様々なスカートで溢れている。レベッカ達と同年代の二人組の女の子が多く、中にはカップルの姿が時おり見えた。

「うーん。やっぱりレベッカはスタイルいいし、露出した方が……」

 そう言いながらワンピースのコーナーで立ち止まる。きれいに掛けられたワンピースを見、そしてレベッカを見比べて行く。それを幾度か繰り返し、ぱっぱと素早く服を腕にストックさせていく。何を選んでいるのかと彼女の手元を覗き込んでみる。その様子に気付いたのか、ロミルダは腕にあった服を胸の前で広げて見せた。そこには模様の違う三着のワンピースがあった。

「ミニワンピよ。どれがいい?」

 促され、選ぼうとするが、レベッカは苦笑した。見ればどれも丈が短い。

「ロミルダ……私あんまり短いの着たことないんだけど……」

「ものは試しよ。さ。選んだ選んだ。大丈夫。レベッカなら似合うから」

「う、うん……」

 意気込む彼女に仕方なく頷く。服にざっと目を通す。あったのはピンクを基調とし、上にいくにつれて白いもの。次に色が薄く抑えめな花柄のもの。そして純白のワンピースだった。いつもだったらここで値段を見て決めるところだが、今日は旅のことは忘れると決めたのだ。そんな決め方はよくない。だが、先程ロミルダに指摘された通り、レベッカにファッションセンスは乏しい。三着のどこが違うのかがわかっても、三着がファッション的にどこが違うのかがうまく掴めないのだ。詰まる所、今のレベッカには決め手となるものがなかった。

「迷ったら直感でね」

 いつまでも三着を睨んでいるレベッカにやや苦笑しながらアドバイスする。その様子に少々焦りを覚える。

「うんと、じゃあ……これで」

 長い逡巡の末、レベッカは真っ白なワンピースを手に取る。

「いかにもレベッカって感じね。試着してみたら?」

「うん」

 試着室に入り、着替える。鏡の前に立つ。そこに映った自分の姿に一瞬ドキリとする。

(私がスカートか……)

 普段ズボンしか着ないレベッカにとって、スカートは全く馴染みのないものだ。下からのすーすーとした感覚にかなりの違和感を感じる。鏡に映る、夏の熱気で紅潮した顔がワンピースの白さを際立たせている。その白さに引き込まれるように鏡の中をぼうっと見つめる。

「レベッカー、まだ? 早くー」

「あ、う、うん……」

 頭を左右に振り、熱気の所為かもやもやとした頭を冷ますようにパンパンと頬を叩く。仕切りのカーテンを開ける。驚いた様子のロミルダがいた。

「似合ってるじゃん! レベッカ!」

 こちらを見るなり感嘆の声をあげるロミルダにやや戸惑いながら苦笑を返す。

「うん。いかにもレベッカらしいわ。レベッカいつも私服だから、スカート姿は制服でしか見たことなかったけど……やっぱりスカート似合うよ!」

「そ、そう? じゃあこれにしよっかな……」

「あぁ待って。これも着けてみて」

 そうロミルダが差し出してきたのは、茶色の、何やら複雑に編み込まれたベルトだった。抵抗はなかったのでとりあえず彼女の言う通りにベルトを着けてみる。うーん、とロミルダが顎に手を当てながら渋い顔をして唸り声をあげる。

「やっぱりこっちの方がいいわね。でも少し胸元が寂しいような……そのペンダントじゃちょっと地味だし、何かアクセントになるようなネックレスとか着けたほうがいいかしらね。うーん……アジアン系のネックレスなんかどうかな。それだったら向かいのアンジュ雑貨店とか最適よね。あーでもこの前できたばっかのシュリエも結構いいのがそろってるって噂だし……」

「え、えーっと……ロミルダ。あの、いろいろと考えてくれるのはいいんだけど、取りあえずこれ買っていい?」

 眉根を寄せてレベッカを様々な角度から眺めながら、あれこれと意見を出しまくるロミルダに控えめに申し出てみる。

「あぁうん。それはいいんだけど。……あ、そうだ。お金の方はまだいける?」

「ええ。任せて」

「よし! じゃあ次は雑貨屋でいい?」

「いいわよ。じゃあ私会計済ませてくるね」

「オッケー。外で待ってるね」

「うん」

 急いで会計を済ませ、せっかくなのでその服装のまま行動することにする。今まで着ていた服の入った紙袋を提げ外に出ると、すぐに熱気が体を覆ってきた。

「おまたせー。ごめんね。レジがこんでて……あ、そういえば結局どっちの雑貨屋行くの? いや、別に私はどっちでもいいんだけど。一応聞いておこうと思って。……あの、ロミルダ? 話聞いてる?」

 雑踏を見て呆然と立ち尽くしているロミルダの肩を叩く。彼女が驚いた様子で振り返る。それでやっとレベッカの存在に気付いたのか、こちらの顔を見た途端にはっとした様子で目を見張った。

「あ、ごめん……ちょっとぼーっとしてて……」

 慌てて取り繕う彼女だが、顔が心ここに在らずとでも語っているような蒼白さだ。何かが起こったのだろうことが一瞬で察せられた。何が起きたのか訊くべきなのかもしれない。だが、彼女から発せられる重くどんよりとした空気から、事情を訊くことはためらわれた。数秒悩み、今は彼女の身だけを案じることにしようと決める。

「大丈夫? まさか熱中症とかじゃないでしょうね……。念のために病院行ってみる?」

「いや、ううん。大丈夫」

 そうは言うが、様子がおかしいのは声の張りや表情から明らかだ。

「無理しなくていいのよ?」

 わずか数分での彼女の変わりようにさすがに不安になる。面と向かっているはずなのにロミルダの視線が遠くを追い掛けているように見え、気になって視線を追うがそこには雑踏があるだけだ。首を傾げるレベッカに気付いたのか、彼女は正気付いたようにいつもの、しかしどこか焦燥を帯びた明るい声を弾ませた。

「無理なんてしてないってば。本当に大丈夫だから。ほら、こんな所で立ち話してないで雑貨屋行こ! ね?」

「う、うん……でも、具合が悪かったらすぐに言ってよね」

「わかってるって。もう、レベッカは心配性だなー」

 まるで何事もなかったかのように陽気に笑いながらロミルダが先を行く。前進する彼女を見失わないよう、雑踏の中小さな背を追い掛ける。レベッカが会計をしていたあの数分にロミルダに一体何が起こったのだろうか……訊きたいが、今の彼女にはどうしても訊くことはできなかった。まるでロミルダの周囲に見えない壁があるような、そんな拒絶が彼女から発せられていたのだ。

 人の波を越え、ロミルダの隣につく。脇目も振らず先導する彼女の横顔には、大切な何かが欠けているような気がした。


 頭上でチリンチリンと心地良くベルが鳴る。見回せば店内は商品棚だけでなく壁までもが雑貨品で埋め尽くされていた。それなりに繁盛しているのか、若い女性達があちらこちらに窺える。

「ネックレスのコーナーはー……っと、ここだ」

 相変わらずどこか抜けたような笑顔のままロミルダが足を止めたのは、様々なネックレスが飾られたコーナーだった。宝石で作られているとか、そういう高価なものではなく、どれもレベッカ達のような若い世代向けの手ごろな値段のものだった。雑貨屋にしては規模の大きい店だけあって、ネックレスのコーナーも他店に比べれば広くとられているように窺える。商品棚に並べられたいろいろな種類のネックレスはどれも目を引く。特に、山道などを歩くときに邪魔だと、まともにアクセサリーを買った経験のないレベッカにとって目の前の光景はひどく眩しく見えた。

 一つのネックレスが目に留まる。赤や青の色とりどりなビーズ石が通ったエスニック調のネックレスだ。丁度中心には楕円型の飾りがあり、一際大きなビーズ石がはめ込まれていた。手にとってもっと近くで見てみたいが、急に気恥ずかしさが込み上げて出した手を引っ込めてしまう。ロミルダを探す。今ならレベッカがいる所とはだいぶ離れている。

「…………」

 周囲に誰もいないことを確認し、そうっとネックレスを手に取る。思ったよりずっしりとした重みが加わってきた。手の平で傾けてみる。たくさんのビーズ石が照明を反射してきらきらと輝いた。

「きれい……」

「なんだー。レベッカって案外センスいいじゃん」

「ロミルダ! あ、いや、これは別に……」

 横から湧いた声にあたふたとネックレスを後ろへ隠す。いつの間にかロミルダが横から覗き込んでいた。

「そんな恥ずかしがらなくても。センスはいいと思うよ」

「ほ、本当?」

「ええ。少なくともファッションよりは」

「う……ふぁ、ファッションのことは仕方ないのよ……もう」

 ファッションという単語に一気にげんなりとなる。ロミルダがくすっと笑う。

「あぁごめんごめん。冗談だってば。だからそんながっくりしないで。あ、とりあえずそれは買って損することはないと思うから、買った方がいいと思うよ。私的にだけど」

「そっか……あ、そういえば値段見忘れてたけど、これいくらなんだろ……って高!?」

「レベッカ……店員さんがいる前でそんなこと大声で言わない」

「え? あぁっ、すいません……」

 商品を整えていた女性に謙遜しながら軽く頭を下げる。彼女は何も言うことなく少し形の崩れた営業スマイルでほほ笑んでくれた。女性が立ち去っていくのを見計らって、レベッカは周囲を見て思ったことを口に出した。

「そういえば、ここだけ客が少ないね。あっちの方はあんなにたくさんいるのに……」

 鞄のコーナーを見れば、そこには休日でもあるせいか若い女性達で賑わっている。遠くからでも動くのが窮屈そうだということが見て取れるほどの人数だ。一方、レベッカ達のいるネックレスコーナーは全く人気がない。はっきりと言ってしまえば、いるのはレベッカとロミルダの二人だけだ。

 訝しげに首を傾げるとロミルダが気まずそうに苦笑した。

「いつもは繁盛してるんだけど。まぁ、時期が時期だからねー……」

「時期? 何かあるの?」

「イベントよ。月に一回の月間行事みたいなもの。明後日にあるのよ」

「へぇー。でも、ネックレスと月間行事にどういう関係があるの?」

 訊くとロミルダに渋い顔をされてしまった。どう説明すればいいのか迷っているという顔だ。

「うーんと……なんていうのかな? えっと、とにかく不都合があるのよ」

「不都合ねぇ……。ちなみにそのイベントって私も出れるの?」

 はっきりとしない物言いにひそめた眉を戻し、ロミルダに尋ねてみる。彼女は話題がそれたことにほっとしたのか、少し頬を緩め頷いた。

「もちろん。この町にいる人は住民旅人関係なく全員参加って決まってるから」

「強制ってこと?」

「まあ、そういうことになるね」

 強制かー、と驚きも交えて頷く。

「珍しいね。イベントとかなら自由参加ってのが割とメジャーなのに」

「まあ、いろいろとあるのよ。ほら。この町って山奥だし他の地域から隔離されてるでしょ? だから他の町とやり方が違っていてもおかしいことじゃないのよ」

「個性のある町ってことね」

「良く言えばそーいうこと。悪く言えば時代遅れね。まぁ、私は特に気にしないからいいけど。それより、そのネックレス買うの、買わないの?」

 びっと指差され、レベッカは渋々後ろへ隠したネックレスを胸の前へと出した。

「うーん……買いたいのは山々なんだけど……値段がねー」

 ネックレスに直接付けられている値札を再度見る。3275セルド……確かに宝石よりは高くはないが、レベッカの財布には少し厳しい値だ。買おうと思えば買える。ただ、決してほいほいと買えるような代物ではないのは確かだ。

 値札を睨みつけるレベッカにロミルダはほほ笑んだ。

「レベッカは悩むね〜。さっきも言ったけど、迷ったら直感! それが一番よ」

「直感かぁ……」

 正直、手に取ったときはきれいだと思ったし欲しいとも思った。今も手の平で輝くビーズ石のはめ込まれたそれはきれいだと思うが、やはり値が値だ。この二年間の旅でもはや節約が癖になっているレベッカとしては、3275セルドを出すにはそれなりの勇気と自分を納得させる理由を必要とされた。勇気はともかく、まずは理由だ。自らを納得させる理由がなければ勇気がどうとか言っている場合ではない。そうだ、理由を考えなければ……しかし自分が重度の節約癖なのはレベッカ自身がよく理解している。自分を説得するにはそれなりの時間を要すると見えた。

「そんなに悩むんだったら、私が先に買っちゃおうかなー?」

 思考にふけっていると痺れを切らしたのであろうロミルダにネックレスを奪われてしまった。慌てて待ったをかける。

「あ! ちょっと! 待ってロミルダ。まだ……」

「残念でした。買い物に待ったは効かないの。早い者勝ちよ」

 そう言って悪戯に笑う。

「お願い! あともう少しだけ悩ませて。この通り!」

「やだねー」

「そんな……ロミルダの意地悪っ」

 両手を合わせて懇願するがロミルダは知らん顔だ。

「何度でも言ってれば。その代わり、これは私が頂くからねー!」

「うぅ……そんなあ……。ああもう! わかったよ! 買えばいいんでしょ! 買えば!」

 半ば投げやりに自分を言い聞かせ、何やら吹っ切れた彼女はロミルダからネックレスを強奪する。あまりの強引さに驚きの表情を見せたロミルダだったが、次には乾いた笑みを覗かせていた。

「やっと決まったわね。もう、人を何分待たせたと思ってんだか……」

 レジへ直進していくレベッカを見送りながら、時計を一瞥した彼女は苦笑した。

 12時を知らせる鐘が遠くから響いていた。

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